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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
36/124

2-08 侍女の寸止め?試合

 神暦720年 王の月20日 闇曜日


「ではこれより手合わせを行う!武技・魔法の使用は無し、寸止めの五本勝負だ。」


 私とテオは前に進み出てからボリスさんの方向を見て一礼する。

 そして互いに向き合い、それぞれが訓練剣を鞘から引き抜く。


「それでは1本目っ!始めっ!!」


 ボリスさんの号令の下、私は両手で剣を正眼に構え、油断なくテオを睨みつけた。

 テオは頭上に剣を構えた上段の構えだ。



 試合が始まってから少しの間、お互いが相手の出方を窺い、動きが止まる。

 その膠着を破ったのはテオだった。


「ではユーリア様、行きますよ?」


 その言葉と共に、彼は素早く踏み込みつつ剣を袈裟に振り下ろす。

 私はそれを剣で左へ弾くと、切り返して横薙ぎに払う。

 それを下がって躱したテオは、上段に構え直してからこちらの出方を窺う。

 そのまま力任せの連撃につなげてくるかと思ったのだが…助かった。

 テオの剣を弾きはしたが、剣を握る手には相手の斬撃が鈍い痺れとなり残っていた。

 やはり相手のほうが膂力は上か…こればかりは仕方がない。

 だが、母上の剣に比べればまだ大したことはない。

 本当に、あの人は…いや、あの人も(・・・・)規格外だ。


 目前の相手を見ていて、ふと思い出すことがあった。

 連撃で相手の防御を崩し、そして致命的な一撃を繰り出すのが従兄妹伯父様(アルノルス)剣筋(スタイル)

 それに対して、鉄壁の防御の中から相手の隙を突いて致命的な一撃を繰り出すのが伯父上(ラザール)の剣筋。

 テオは伯父上に心酔していると言っていた。

 となれば、剣筋も伯父上に倣い、防御重視の物か。

 ならば相手の攻撃へのカウンター…いや、防御を封じての攻撃に繋げるか。


 まずは相手の守りを確かめるため、浅い攻撃を繰り返す。

 相変わらす私の剣はじれったいほど遅いが、それでもテオの剣と互角と言える程度には速い。

 上段、下段、右、左、突き、切り、打ち下ろし…そしてテオは、それを難無く避け、受け流し、受け止める。

 剣越しに見れば、彼の表情はまだ余裕が見て取れる。

 だがこちらの攻撃が浅かった所為か、隙を見つかられなかったのか反撃はない。

 こちらの攻撃を防ぎきって、疲れたところを仕留めるつもりか?

 ならば!


 私は上段から剣を振り下ろす。

 そしてテオが打ち払おうとした所で、一歩踏み出しつつ腕を伸ばして彼の剣先と私の根元を打ち合わせ、力任せに私の左側へ剣を逸らさせる。

 この瞬間、テオは剣を防御にも攻撃にも使用する事が出来ない。

 そして相手の防御を抉じ開けた隙にさらに一歩踏み出す。

 剣を打ち合わせた部分を滑らせ、それぞれの剣の根元同士を合わせた。

 防御を掻い潜り、懐に飛び込んできた私に、表情を驚愕に歪めるテオ。

 それを横目で認めつつ、剣の根元を支点に切先を右に廻せば…。


「それまで!」


 私の剣の切先は、テオの喉元で止まっていた。



 テオから距離を取りながら大きく一つ息をつく。

 気付けば、私たちの周囲から歓声が上がっていた。


「おお、テオから1本取ったぞ!」


「いやいや、まだ1本だけだ。」


「あのお嬢さん、正騎士のおまえよりも強いんじゃね?」


「あぁ?馬術なら負けねーよ。」


「否定しねーのかよ!?」


 …いつの間にか、正騎士たちも見物に回っていたようだ。

 何が起きたのか未だに理解しきれていないテオに勝者の笑みを投げかけたあとで、自分の立ち居位置に戻る。

 と、彼も気持ちを切り替え、立ち位置に戻り再び上段に剣を構える。


「2本目っ!始めっ!!」


 号令直後、テオが前に出る。

 そして繰り出されるのは、力任せの切り下ろし。

 小娘相手に一本取られて、頭に血が上ったか?

 けどその一撃は、私の力じゃとても受け止められたものじゃない。

 一歩下がって辛うじて躱すと、テオは切り返して突きに繋げて来た。

 私はそれを打ち払い、切り返すと、テオは半身になり剣の柄を顔の高さまで上げ、下げた剣身で防ぐ。


 うん、さっきよりもぜんぜん手強いわね。

 もう油断もしないか。

 さっきまでの防御重視のとは打って変って果敢に攻めてくるテオ。

 これはどう考えても小父上(アルノルス)剣筋(スタイル)だ。

 この歳で両極端な二人のスタイルを使いこなせているのであれば、周囲からの評価も頷けよう。

 テオの連撃に、私が躱し、往なし、受け続ける。

 防戦一方だ。

 重い剣筋の所為で、防御を攻撃に繋げることもできない。

 これでは拙い、一旦距離をとろうと大きく下がるが、テオが追いすがる。

 そしてさらに仕掛けられた攻撃を往なそうとした所で、逆に剣を大きく弾かれる。

 狙っていたか!

 私は剣を引き戻そうとするが、テオがその隙を見逃すはずもなく、あっけなく無防備な首筋に剣を突きつけられた。


「それまで!」


「おお、さすがテオだ。」


「これで五分だな。」


「やっぱりお嬢様には厳しいか?」


「いや、でもお嬢様も良く捌いたな。」


「うわー、大の男が力づくとか大人げねぇ。」


「非力なお嬢様を力任せで無理矢理にとか…夜の素振りが捗るな。」


 周囲からの歓声を他所に、テオはほっとしたように息をついたあと、こちらを見てにやりと笑う。

 うわ、何その「これが当然の結果だ。」みたいな表情。

 驚かせるだけで上出来とか言ってたけど、前言撤回。

 絶対に泣かしちゃる。


 内心を表に出さずに、立ち位置に戻る。

 テオは先ほどと同じ様に、上段に剣を構えている。

 また同じように来るつもりか?

 ならば…。

 こちらも上段に構える。


「3本目っ!始めっ!!」


 号令と共に、前に出るテオ。

 同時に剣を振り下ろしてくる。


 来た!


 私は右前に一歩踏み出し、眼前に迫った剣先を躱しつつテオの篭手目がけて剣を振り下ろす。


「それまでっ!」


 っと、勢いあまって剣が軽くぶつかった。

 まぁ、ほぼ勢いは止まっていたので、多分大丈夫だろう。


「おおっ、お嬢様がまた取ったぞ!」


「テオ、後がないな。」


「そりゃぁ、おんなじ手が何度も通じるかよ。」


 篭手を見つめ、格下と見ていたお嬢様に2本取られるという屈辱に顔を歪ませるテオ。

 それに対して私は、してやったりと笑みを見せる。

 だがまた2本、あと1本を取らねば勝ちにならない。


 しかし、戦った事のない相手と手合わせをするのもなかなかに新鮮だ。

 故郷で騎士隊の鍛錬に参加するようになってからは、相手は顔見知りばっかりだった。

 勿論、やるからには勝ちに行くつもりだが、次を落としたとしてもそのあとが最後。

 それが少し勿体無いような気もする。



「3本目っ!始めっ!!」


 またテオと向き合う。

 今回、こちらは剣を顔の横で垂直に構える八相の構え、相手は上段の構えだ。

 さすがに先ほどのカウンターに懲りたのか、開始直後に突っ込む事もなく、双方じりじりと横に回りだす。

 では今回はこちらから仕掛けるか。

 横に移動するテオが、足を閉じる動作に入る。


 今だっ!

 切先で頭上に反時計回りに円を描き、そのまま相手の頭に横から切りつける。

 それを立てた剣で防ぐテオ。

 しかし私は右前に踏み出し、相手の剣を支点に切先を巡らせ、さらに頭を狙う。

 テオは咄嗟に腕を伸ばし、間合いを取って避ける。

 だが躱された切先がテオの顔面を指す瞬間、私は双方の剣の接合部を滑らせ、突きの動作に入る。

 テオの顔面に迫る切先。

 彼はこちらの剣を逸らそうと打ち合わせた剣を押し込むと、さらに左手を剣から離して、篭手で私の剣を打ち払った。

 くっ、入ったと思っ、不味っ!


 そしてテオは右手一本で、剣を打ち払われ体勢が崩れた私に切先を突き入れる。


「それまでっ!」


 勢いが止まらず、切先が私の胸を打つ。

 いくら刃先が潰されているとはいえ鎧下だけでは衝撃を防ぐ事が出来ず、胸を押さえてしゃがみこみ、咳き込む。

 畜生、あと一歩のところで。

 だがあれを凌ぎきるか!


「大丈夫ですかい?今のは寸止めにならなかった。この勝負…」


「待ってください。」


 咳き込みながらも、それだけはボリスさんに伝える。


「先ほどの小手も止めきれませんでした。これでおあいこです。」


 そう言って立ち上がる。

 同点に持ち込んだことで浮かれているかとテオを見れば、まるで信じられないものを見たかのように剣を払った篭手を呆然と見つめていた。


 周囲の声が耳に入る。


「おい、テオが篭手で打ち払ったぞ?」


「普段なら、無様な勝利よりもすまし顔での負けを選ぶのにな。」


「というか、お嬢様の切り返しの速さがすげぇ。テオの奴も、何で切り抜けれるんだよ。」


 周囲から色々と聞こえてくる。

 なんだ、テオはあまりいいイメージを持たれていないのか?


 息を落ち着かせながら立ち位置に戻る。

 次で最後か。

 だが、ここまで競った試合、最後の一本であっさりと勝負がつくのはなんとも勿体無い。

 出来る事なら、心行くまで剣の腕を競いたい。

 そう考えると、ふつふつと悪戯心が沸き上がってくる。

 どうせ振り出しに戻ったんだ。

 これぐらい構わないだろう。


『我らを守れ、四重の強き力の盾よ―――ダブルターゲット・クアドラプルリーインフォースド・フォースシールド』


 フォースシールドを対象倍化、効果4倍で重ね掛けをする。

 少なくない魔力の消費に、さすがに少しくらっとするが、奥歯をかみ締めて耐える。


「おい、何だこれは!魔法で勝つつもりか?」


「お嬢さん、これは?」


 突然の魔術の使用に驚く一同。

 というか、テオの口調が変わった。

 いよいよもって取り繕うのを止めたか?


「ボリスさん、私達に強化した守りの魔術をかけました。それを踏まえて、手合わせのルール変更を提案します。」


 テオを睨みながら、ボリスさんと周囲に告げる。


寸止め無し(フルコンタクト)戦闘不能(ノックアウト)もしくは降参までの1本勝負に。」


 試合条件を聞き、外野(しゅうい)から歓声が上がる。


「おおっ、そう来るか! 燃えてきたっ!!」


「お嬢様、あんた最高だ!」


「おい、誰か胴元やれ!俺は懐が寂しいからパス!!」


「じゃぁお嬢様に100ゴルダ!」


 周囲の歓声を他所に、さすがにボリスさんは困り顔だ。

 もし何かあれば、もちろん監督責任を問われる事になるだろう。


「ですがお嬢さん…。」


「強化して掛けたから、大怪我はしないはずよ…多分。まぁ故郷では母上にシゴかれて怪我はいつもの事だったから、怪我をしても私は気にしないわ。」


「副隊長、やらせて下さい。コイツには絶対に負けたくありません。」


 私達に頼み込まれ、ボリスさんは大きくため息をつく。


「仕方ない…まぁ普段の訓練でも、つい熱くなって流血騒ぎになることなんざ珍しくないし、防具の分は魔術があれば何とかなるか。但し、怪我したらすぐに手合わせを止めて、従軍司祭の所に行ってもらいますからね?」


 頷く私達。

 そしてそれぞれの位置に立ち、構える。


「あと、勝敗が明らかな場合は、怪我する前に止めさせてもらいます。それでは1本勝負っ!始めっ!!」


 周囲の歓声の中、私たちは相手に向けて踏み出した。





 5本目は動きの激しい戦いとなった。

 テオが油断なく相手の出方を窺いながらも、積極的に攻める。

 そしてお嬢様がそれを往なし、躱し、掻い潜りつつ隙を突いて反撃を行う。

 躱しきれない攻撃が魔術による力場に阻まれ、剣の軌跡を追って光の飛沫が飛び交った。

 力比べになったら彼女に勝ち目はない。

 それを理解して、テオの攻撃線から身を躱し、そうならないように動き回っている。

 いい動きだ。

 彼女は肉体面ではウチの従騎士どもに劣るが、技巧はかなりのものだ。

 正騎士でも、あそこまで深く(ことわり)を理解して剣を振れる奴は少ないだろう。

 どいつもこいつも、理よりも派手な武技の習得に躍起になる奴ばかりだからなぁ…。


「副隊長、これは何の騒ぎだ!」


 声に振り向くと、1番隊隊長であるケリングの野郎と騎士団長がそこにいた。

 おっと、試合に集中していて気づかなかった。


「はっ、団長の姪っ子であるユーリア様が鍛錬に参られたので、実力を測るための手合わせ中であります。」


 それを聞いて、手合わせに目を向ける二人。

 そしてお嬢様の装備と飛び散る魔力光、そして力の限り振り抜かれる剣を見て、ケリングの顔が青くなる。


「おいっ、何だあれは!あんな軽装で、お嬢様が怪我でもされたらどうするつもりだ!!」


 …ったく、剣を持っての喧嘩のひとつもしたことのないボンボンはこれだから。


「はっ、寸止め無しの試合条件はお嬢様が望まれた事であります。軽装の分は、お嬢様自らの守りの魔術で補っております!」


 それを聞き、顔を赤くする隊長。


「なんという事だ、それで怪我でもしたら俺にまで責任が着いてまわる事になるぞ!今すぐに止めさせたまえ!!」


「いや、待ちたまえケリング君。」


 隊長の半ば裏返った叫びを遮ったのは、団長の静かな言葉だった。


「あいつの言い出した事だ。もし今止めれば、邪魔をされたと私が恨まれる事になる。拗ねられては厄介だし、彼女ももう成人だ。怪我をしても彼女に責任を取らせればよかろう。」


 それを聞き、隊長が顔を歪める。

 きっと脳内では、団長の意向と自分の保身とがぐるぐるとダンスを踊っている事だろう。


「それでしたら…致し方ありませんな。もし何かあればすぐに従軍司祭の下に運び、治療をさせましょう。」


 やがてしぶしぶと言った体で、頷く。


「うむ、そうしてくれ。」


 隊長に頷いたあとで、私の横に並び立つ団長。

 真剣に手合わせを眺めながら、口を開く。


「従騎士ジャリエ…顔見知り相手か。それで、あいつの腕はどうだ、副隊長?」


「はっ、従騎士たちと比較して、膂力ではいかんともしがたい差がありますが、技巧はかなりのものです。攻撃線を躱す足運びと、理に適った剣運び…剣の柄もよく動いとりますし、レイア様が手塩に掛けて鍛え上げたという話も納得であります。」


 姿勢を正して答えた。

 隊長といえば、横でもっともらしく頷いて聞いてはいたが、レイアの名前が出たところで、眉が動いたのを見逃さなかった。

 そういえば隊長が騎士団に来たのはレイアが故郷に戻った後か。


 手合わせの方はといえば、まだ決着がつかずに打ち合いが続いているが、双方共に疲れが見えてきた。

 テオに比べて軽装とはいえ、このままだとお嬢さんに分が悪いか?





 失敗した。

 打ち合いがしばらく続いた所で、自分の間違いに気づく。

 気兼ねなく打ち合うために守りの魔術を使ったが、相手のほうが固い上にこちらが非力なため、かなりこちらの不利な条件になってしまったのではないか。

 生半可な攻撃では当ててもあちらには応えたようには見えず、相手の攻撃が当たるとこちらはそれなりに痛い。

 調子に乗って強化してかけすぎたか?

 だが、しばらくの間はこちらも相手の剣筋を上手く躱す事が出来ていたが、やがて疲労から足の動きが鈍くなると相手の剣に捉えられる事が多くなり、周囲に光の飛沫が舞いだす。

 そしてついに、逆袈裟の振り下ろしを受け流す事に失敗して、力任せの鍔迫り合いに持ち込まれた。

 上背のあるテオが力任せに剣を押し込み、押し負けた私はだんだんと背が反り不利な状況になっていく。

 剣越しに視線が絡む。

 相手の顔には油断は窺えず、ただ貪欲に勝利を欲するように真剣な表情をしていた。

 私は打開策を探るが、碌な考えが浮かばない。

 剣の接点をずらして躱そうにも、既に剣の根元で競っている状態だ。

 より力の入らない剣先に接点をずらそうものなら、今以上のペースで圧し負けることは明白だ。

 そんな時に脳裏に浮かんだのは、母上との鍛錬の記憶だった。


『ユーリア、もし武技も魔法も無い状態で、全身鎧で固めた重戦士を相手取る事になったら―――。』


 なんだ、現状にぴったりのものがあるじゃないか。

 だが軽装である事が不安要素だ。

 篭手装備ならともかく、皮手袋ではいささか不安だが…現状のままではジリ貧だ。

 やってみるしかない!

 私は剣を持った腕に身体を押し付け、全身の力を振り絞って一瞬の間だけ押し返す。

 そして稼いだ一瞬で、左手を柄から離し、自分の剣の刀身の中ほどを掴んで相手の剣を押し支えた。


「なっ!?」


 こちらの行動に困惑するテオ。

 その隙を逃がさず、右足を半身になった相手の左足の外側に置いて、接点から反時計回りに剣をまわしすぐそばにあるテオの顔を柄頭で殴る。

 咄嗟に鍔迫り合いを解き、上半身をそらして避けるテオ。

 敵ながら素早い反応だ。

 だが私は、躱された後にさらに柄頭を突き入れ、今度は逆に廻して首の向こう側から引っ掛ける。

 テオは私の右に回ってそれから逃げようとするが、私はその勢いを利用し先ほど踏み込んだ右足を支点にテオを引き倒した。



 テオが地面に転がる。

 さすがに重装で両手が塞がったあの状態では、受身も取れないか。

 周囲から聞こえる歓声の中、頭を振って起き上がろうともがくテオに近づきつつ、剣を持ち変える。

 今決着を着けなければ、勝利は望めない。

 地面に腕を付き、なんとか上体をもたげたテオの前に立った私は、剣先を持った(・・・・・・)剣を振り上げた。


 武技も魔法も無しで重戦士を相手取る方法―――

 片手で刀身の半ばを持った、ハーフソードと呼ばれる闘法を使用し―――

 クロスレンジで戦い、鎧の隙間に刃を通すか―――

 投げ倒したあとで、動けない敵を逆さに持った剣で殴りつけなさい!


 私がテオの頭部目がけて、渾身の力を込めて剣を振り下ろそうとするのと


「それまでっ!!」


 ボリスさんが決着の宣言をするのはほぼ同時であった。







 周囲で上がる歓声の中、大きく息を付く。

 何とか打ち勝つ事が出来たか。

 散々母上に転がされて身に付けた連携だ。

 この状況では、私にはこれ以外の打開策はなかったと言っていい。

 実戦なら、魔法とか凍える大河(フローズンリバー)で何とかするんだろうけどね。


 テオはと見れば、胡坐を掻いた状態でがっくりと地面に座り込んでいた。

 私は彼に歩み寄る。


「とっとと立ちなさい。負けた上に何時までもそんな所に座り込んでいたら、余計に情けないわよ。まだまだやれる、くらいの気概を見せてみなさい。」


 そう悪態をつきつつも、笑顔を向け、手を伸ばす。

 私の声に顔を上げたテオは、一瞬その表情を歪めるが、私の手を見てすぐに力を抜く。


「まいった。参りました!ったく、どこが良家のお嬢様だ。従騎士どころか、正騎士クラスじゃないか。」


 不貞腐れたように言うが、その表情は苦笑といったものだった。

 彼は伸ばされた手を掴み、立ち上がる。


「俺の負けだ、ユーリア。ぜんぜん力量が見抜けてなかった。まだまだ精進が足りないな。」


「何言ってるのよ、テオ。正直、ギリギリだったわよ?武技がありなら、多分勝てないわ。」


「それだったら魔術もありじゃないかよ。ここまでぶ厚い防御魔術を使われたら、並の攻撃じゃ手も足も出ねぇよ。」


 そう言って、手を握ったまま笑うテオ。

 それは、普段の見下したような笑みではなく、純朴な笑みだった。



「はっは、中々に面白いものが見れたな、ケリング君。」


 声に振り向けば、そこには小父上と…誰だ?


「そうでしょうか、団長。刀身を持ったり、あまつさえ剣を逆に持ったりするなど、騎士にあるまじき行為かと。」


「ああ、知らんのかね?まぁ、どちらも廃れてしまった剣技だからな。」


 小父上の言葉に、顔を赤くして俯く男…ケリングとかいったか?


「申し訳ありません、団長。わたくしもよく知らないもので、浅学な私めにご教授願えませんでしょうか?」


 そういって頭を掻くボリスさん。


「ん、そうだったか?ボリスも知っていたと思ったのだが…まぁいい。」


 ごほんと咳払いをする小父上。

 さっきのボリスさんの発言はケリングさんのフォローのためか?


「剣の半ばを持って闘うハーフソードは相手の間合いの内側に潜り込み、格闘を交えながら鎧の隙間に剣先を正確に突き入れる闘法、剣を逆さに持って鈍器として扱う殺撃は、鍔の手元にある重心を利用して強力な打撃を与えたり、鍔を利用して引っ掛けたりする闘法だ。」


 それを聞き、ボリスさんは『ほう、そのような技が』と大きく驚き、ケリングさん?はいかにも知っていたと言う様にうんうんと頷いている。

 うん、大体二人の関係が分かってきた。

 ケリングさんというのが、留守にしていた隊長か?


「両方とも“大戦”の影響により武技も魔剣も衰退した時代に、重装備の戦士を打ち倒すために考えられた技だが、やがて武技の普及や、“大戦”期には劣るが、十分強力な今打ちの魔剣が生産されるようになってからは、すっかり廃れてな。今は一部の古流流派に伝わるのみだ。」


 そしてくるりとこちらに視線を向ける。


「私も半ば忘れておったのだが、昔こやつの母親が使用していた事を思い出した。ユーリア、今でもデファンス騎士団ではこの技を伝えておるのか?」


「たしか…母上以外の何人かがこれらの技を使うところを見たので、細々ですが伝えられているのかもしれません。」


 私は答える。

 使っているのを見た事がある人は、全員デファンスの私塾出身の人たちだ。

 案外お師匠様が伝えているのではないか?


「ふむ、そうか…失われるのは惜しいが、使いどころに悩む技だからな。やがては消え去ってしまう物かも知れん。さて、それでユーリアの腕はどうかね、ボリス?」


「はっ、従騎士どころか、一部の正騎士からも1本取れるだけの腕前は有していると見受けられます。ですがまずは従騎士に混ざり鍛錬するのがよろしいかと。」


「ふむ、そうか。ユーリアもそれでよいか?」


「はい。今回の手合わせで、まだまだ鍛錬が足りないことを思い知りました。精進いたします。」


「うむ、そうか。だがまずは、二人とも従軍司祭殿の所に行って、傷を癒してもらえ。防御魔術があっても、打ち身程度にはなるからな。」


「はい。」


 私は頷くが、テオ頷かずに一歩前に出る。


「団長、私は鎧を着けていたため、打ち身もほとんどありません。ですのでこのまま鍛錬を続けますがよろしいでしょうか?出来れば記憶が鮮明なうちに、先ほどの手合わせの内容を振り返りたいと思います。」


 テオの言葉を聞き、周囲が驚いたような顔をする。


「ふん、そうか。まぁ程々にな。」


 そう言って小父上は苦笑気味に頷いた。


「貴様ら、何時まで休んでおる!さっさと鍛錬を再開しろ!賭け金の支払いなど後だ、後!!」


 ボリスさんの号令が響く中、私も前に出る。


「ん?おまえも鍛錬か?」


「いえ、そうではないのですが…、従軍司祭様はどちらでしょうか?」


 いや、城砦の中は全然知らないし。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

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