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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
35/124

2-07 侍女の剣術鍛錬

前回の更新2日前くらいから閲覧数が3倍くらいに跳ね上がり

前回の更新後、半日程度の間でしたが日間ランキングにランク入りいたしました。

皆様のご愛顧に感謝すると共に、愛想を尽かされないようがんばりたいと思います。

 神暦720年 王の月20日 闇曜日


 翌日、物音に起こされたが目覚め自体はすっきりとしたものだった。

 物音の方向に顔を向けると、ナターシャがお仕着せを脱いで寝巻きに着替えているところだった。


「あら、起こしちゃった?ごめんね~。」


 寝巻きから顔を出しながらナターシャが言う。


「仮眠はしたんだけどまだ眠いから一眠りするわ。ユーリアはまだ寝てる?」


 えーっと、今日は休みで騎士団の訓練に参加して…その前に軽く走っておくかなぁ…。


「起きる。ちょっと身体を動かしてくるわ。」


「そう。だったら朝食摂るときに起こして。んじゃ、おやすみ~。」


 そう言って寝床にもぐりこむナターシャ。

 こっちがベッドから身体を起こして少しぼーっとしている間に、すぐに寝息が聞こえてくる。

 仮眠程度しか取れないんじゃ、お疲れよね。

 私は物音を立てないように髪をまとめてからズボンにシャツの外着に着替え、その上から鎧下を着込むと汗拭き用の布と練習用の剣を持って静かに部屋を出た。



 さて、部屋を出はしたものの、どこで走るか。

 屋敷の庭園…は芝が痛むから駄目よね。

 街中…もこの時間では仕入れの馬車とかで交通量が多そう。

 となると順当に城砦の練兵場か。

 と、洗面所の前に差し掛かり、顔を洗っていないことに気がついた。

 昨晩はナターシャがいなかったので、洗面用の水を汲むのを忘れていたのだ。

 なので洗面所に入り、水がめから汲んだ水を備え付けの洗面器に張り、顔を洗って汗拭きの布で拭ってから外に出た。



 そのまま階段を下り、1階から使用人棟に入る。

 夜間は施錠されると聞いていたので入れるか不安だったが、問題なく入る事が出来た。

 早起きの女中達が開けたのだろう。

 そのまま使用人棟の1階を抜け、城砦への通路傍の階段を上る。

 女性使用人宿舎から渡り廊下でまっすぐ2階を来なかったのは、今頃の食堂には朝礼で多くの使用人たちが集まっているからだ。

 こんな格好で女子寮から出てきて注目を浴びるのは遠慮したい。


 そして城砦に入った私は、最初の十字路まで来てはたと足を止める。

 そういえば練兵場の場所を知らなかった。

 先日来たときは室内訓練場を教えてもらったが、さすがにあそこは走り回るにはちょっと狭い。

 まぁ、地階がなければこっちに行けばたどり着くだろうと十字路を左に折れる。

 この前とは違って所々の窓も開け放たれており、差し込む光で歩くのにも支障がない。

 その先にあった階段を下りてすぐ傍の扉を抜けると、建物の外に出た。

 降り注ぐ朝日を翳した手で遮り、日の光で眩んだ目が慣れてくると、目の前には練兵場が広がっていた。

 そこでは既に3~40人程度が外周を走ったり、柔軟や素振りをしていたりしている。

 そして足下には練兵場へと続く階段があったので、私は柔軟がてら足首を大きく曲げることを意識しながらゆっくりとそれを降りた。



 練兵場にたどり着いた私は、剣を壁に立てかけてから柔軟を始める。

 身体のあちこちの関節を満遍なく縮ませ、伸ばしている間にも、ちらほらと周囲からの視線を感じる。

 まぁ他の者達にとって私は余所者以外の何者でもない。

 だが誰も声を掛けて来る事は無く、やがて柔軟で身体を温めた私は外周を走り出す。

 速度はゆっくりで、速さよりも長い時間をかけて走り込みを行う。


 ちなみに、この練兵場の外周は1マイル(1.48km)程度。

 行進の訓練なども出来るよう、広く作られている。

 まぁ騎乗での集団訓練となると、さすがに城砦の外で行うことになるだろうが、それ以外なら十分な広さだ。



 ゆっくりと1周を走り、2周目に入る。

 と、途中から私に併走してくる人がいた。

 テオドールだ。


「おはようございます、ユーリア様。朝の運動ですか?」


「おはよう、テオ。ええ、早速休暇になったからね。」


 軽く息を弾ませて答える。

 ゆっくり走っているので、話しながらでも息は切れない。


「そういえば、昨日の早朝にユーリア様が練習場で剣を振っていたと聞きましたが?」


「ええ、ちょっと寝付けなくてね。」


「そうだったのですか。一昨日は夜勤で城砦に居たもので、知っていれば手ほどき(・・・・)差し上げたのですが、残念です。」


 もしあの場にテオが居ても、小父上の話以上の価値があったかは疑問だ。

 だがそれを顔に出さずに、有体な言葉でお茶を濁す。


「ええ、それは残念ね。よければ手合わせ(・・・・)など…と思っていたのだけど。」


「いえ、これからも機会はいくらでもありますよ。」


 テオは笑顔で答えるが、彼の自信からか優越感がかすかに透けて見えてイラッとする。

 ぶち壊したい、この笑顔。

 とはいえ、体格差などがあるので一方的に勝つ事は難しそうだ。

 まぁ勝てなくても驚かす事が出来れば満足か。


「ええ、次の機会にはぜひ。」


 内心を顔に出さずに、テオに手合わせを約束させた。

 その後も色々と話しながら、5周ほど走って走り込みを終了する。

 ちなみにここの騎士団は4隊体制で訓練→日勤→夜勤→休暇と職務を持ち回りしているそうだ。

 ちなみにテオの所属する第1騎士隊の本日の持ち回りは「訓練」。

 手合わせの機会もすぐに来そうだった。



 まだ走るテオと分かれ、手ぬぐいで汗を拭きながら井戸に行き、水を汲んで顔を洗う。

 洗った後で気がつくが、濁りも無く綺麗な水だ。

 川の水を引いているのではなく、この井戸も上流から引いた水道を使っているのだろう。

 そしてもう一度汲むと、今度は桶を井戸の縁に置いて傾け、こぼれた水を手に受けて飲む。

 乾いた身体に、水が染込むようだ。

 距離とペースから言って、1刻少々は走っていた計算になるから当然だろう。

 練兵場を見渡せば、そこに居る人数は減っている…ように見える。

 そろそろ朝食の始まる時間だし、そっちに行ったのだろう。

 そんな中、走り続けるテオに何人かが併走し、話し掛けているのが見える。

 時折一同の視線がこちらに向くので、多分私の素性などを尋ねているのだろう。

 私はテオに軽く手を振ると、剣を置いてある場所へ足をむけた。

 あー、結局使わなかったな。

 少し素振りをしておきたいとも思うが、ここでしては大体の力量を周りに知られてしまう。

 テオを驚かせる為にも、止した方がよさそうだが…。


 と、昨日行った室内練習場を思い出す。

 今の時間なら、人は居ないかもしれない。

 こんな明るい時間に、わざわざ息のこもる室内で練習する者も居ないだろう。

 もし誰かがいたら、そのまま使用人棟に戻って朝食にしよう。

 そう考えて、私は室内練習場に向かった。



 再び訪れた室内練習場は、日の光が差し込み、風の通る心地よい場所だった。

 前回は気づかなかったが、部屋の奥の壁と天井に窓があり、それが開け放たれていた。

 幸い室内には誰も居なかったので、気兼ねなく剣を振る事が出来た。

 やはり意識のスピードに剣が付いてこない。

 だが前回に感じたような焦燥感は無い。

 鍛錬し、意識に付いて行ける速さで剣を振れるようになればよいだけだ。



 集中して剣を振っていると、窓の外から鐘の音が響く。

 回数から言って3刻を告げる鐘。

 丁度執政館の住人の方々の食事が始まった頃か。

 それが終われば、侍女や女中達が食堂にやってくる。

 その前に朝食を済ませようと、私は手ぬぐいで汗を拭い、練習場を後にする。

 ナターシャを起こして、マリエルを誘うとしよう。




 皆で食事を終えてから食後のお茶を飲む。

 この時間、食堂は主に騎士団の隊員達で混雑している。

 ほかに居るのは、まだ来客の対応が無い客間女中と目の前の休暇中の侍女くらいだ。

 まぁ私も休暇中の侍女なんだけど、どう見ても騎士団の一員よね。

 そうカップを傾けながら思う。

 男物のようなズボンとシャツに鎧下、革手袋に革長靴と、このまま剣術の訓練に行くような格好だ。

 実際そうなんだけど。

 ちなみにマリエルはいつものローブ姿、ナターシャもお仕着せだ。

 私服よりもこっちのほうが楽だからだそうだ。


 そして目の前には、仮眠から目覚めてすっかり元気なナターシャと、かなり眠たげに見えるマリエルが並んでいた。

 というか、マリエルは半分、舟をこいでいる。


「ちょっとマリエル、そのままだと空とはいえシチュー皿に顔を突っ込むわよ?」


 私が注意すると、目をうっすらと開ける。


「ふあああぁあ…ゴメン、ユーリア。昨日も夜更かししてたから…でもあの剣、だいぶ分かってきたわよ…。」


「あら、あの剣、結局貴女が鑑定しているの?」


 ナターシャが口を挟む。

 鑑定書の価値で言えばマリエル名義よりもカロン名義の物のほうが上だ。

 だからカロンが鑑定するものだと私も思っていた。


「うん、お師様がやってみろって。鑑定するの初めてだから気合入っちゃってさー。今朝も明け方までやっていたわ。」


 そう言って、隈の出来た顔で暗く笑う。


「けど、夜更かしも程々にしておきなさいよ?別に急いでる訳じゃないから。それに、出来れば早さよりもきっちりと鑑定して欲しいし。」


「だぁ~いじょうぶ!むぁ~かせて!」


 そう言って、カップを飲み干して立ち上がる。


「さ、鑑定する時間を作るために、さっさと他の仕事を終わらせないと。あ、今日は歓迎会もあったわね。だったら今日は鑑定は無理かな…じゃぁ、お先に~。」


 そう言って、トレーを持って席を立つマリエルを見送る。


「ナターシャは今日の予定は?」


「そうねぇ。本でも読みながらゆっくり過ごすわ。実はまだちょっと眠いし。」


「分かったわ。夕方までには戻るから、そのあとに街に繰り出しましょう。」


 そう言って私達も立ち上がり、食堂を後にした。



 自室で軽く休んでから、練兵場へ向かった。

 先に行って所在無げに立っているよりも、途中から参加したほうが色々と面倒がなさそうだったからだ。

 練兵場に出ると、既に剣術戦闘の訓練が始まっている。

 遠目に見た感じだと、年齢層や装備から見て正騎士、従騎士、衛士で別れて訓練しているようだ。

 それが基本なのか、それとも今日のメニューがそうなのか、騎士はロングソード、衛士はショートソードを持ち、盾を使っている者は1人も居ない。

 そして全員が、不揃いで飾りのない草臥れた鎧を身に纏っている。

 騎士団といえば、お揃いの金属鎧が普通だ。

 おそらく練習用だろうが…そうか、訓練でも鎧はあった方が良かったか…間に合わせだったから微妙にサイズが違ったし、邪魔になると思ったからさっさと処分しちゃったけど…早まったわね。



 私はその場で少しの間訓練を眺め、従騎士と思われる集団の中にテオが居るのを確認すると、訓練を監督している指揮官らしき人の元へと向かった。

 その人は、遠目にも大柄で筋肉質な体つきをしているのが分かった。

 配下であろう教官たちが声を上げ指導する中、その人は沈黙したまま、真剣な眼差しで訓練を見ていた。

 私があと数歩進んで声を掛けようと考えていると、彼がこちらにくるりと振り向いた。


「ん?何用ですかな、お嬢さん。」


 長年の指導の結果か、声は多少しわがれてはいるが、言葉遣いは丁寧だ。


「失礼します。私、ユーリア・ヴィエルニと申します。騎士団長である従兄叔父(おじ)上にお願いして、騎士団での剣術の訓練に参加させていただくよう取り計らいをお願いしたのですが…。」


 私が名乗ると、すぐに思い当たる節があったようだ。


「おお、貴女が団長の姪っ子の。私はヴァレリー騎士団第一騎士隊で副隊長をやっとります、ボリスと申します。ウチの隊長は隊長会議で出てましてね。今は私が監督しとります。」


 差し出された手を握ると、その力強さが伝わってくる。

 それに、言葉も多少砕けてきた。

 こっちが地か?


「よろしくお願いします、ボリスさん。聞き及んでいるかもしれませんが、3年ほどこちらで侍女としてお世話になります。なので、その間に稽古を付けていただければと。」


「ええ、聞いてますよ。聞けばお母上に剣を習ったとか。あのレイアの娘がここまで大きくなるとは…俺も歳を取る訳だ。」


 見た感じ40歳程度だと思っていたが、やはり母上の事を知っていたか。


「母上をご存知で?」


「ええ、共に剣の腕を磨いた仲間でしたからな。跳ねっ返りで気も強かったが、腕も確かないい女でした。」


 当時を思い出しているのか、あごひげに手を当ててしみじみと語る。

 彼ならお母様の事も知っているかもしれない…だが、残念だがそれは後回しだ。


「それで、お嬢さんはご自分の腕前はどの程度だと思われますか?」


 ボリスさんが、こちらを見つめて問いかける。

 尋ねた後は、こちらへの視線を外さない。

 こちらの反応も含めて確認したいようだった。


「故郷では騎士団に混ざって稽古を行いもしましたが…現状では並の従騎士程度だと思います。」


 ボリスさんの目をまっすぐに見て答える。

 すると、彼は髭面を歪めてにやりと笑った。


「はっは、その歳で並の従騎士程度(・・)とは。ウチのじゃその歳では駆け出しがいいとこですよ。よほど師匠に恵まれたのでしょうな。でしたら、こちらへ。」


 そう言って、従騎士たちのほうへ歩き出す。

 それについていくと、彼は従騎士担当の教官の横に立ち、声を張り上げる。


「従騎士一同、訓練止めっ!整列!!」


 腹の底から響くような大声だ。

 それを聞き、ボリスさんの前に整列する従騎士たち。

 5人が3列…15人か。

 その中にはもちろん、テオも居る。


「こちらはユーリア嬢、団長の従妹姪(めい)御さんだ。3年ほど執政館で侍女をする間、諸君らと共に剣術の鍛錬を受ける事になる。宜しくやっとくれ。」


「「「「はっ!!」」」」


「とりあえずは、その腕前を見たいところだが…お嬢様、準備運動はよろしいですかな?」


「ええ、食事前に一通り済ませました。」


「でしたら…誰か腕が立つ者を…。」


 と、そこで私が割り込む。


「ボリスさん、問題が無いようでしたら、従騎士テオドールとの手合わせを願いたいのですが?」


「おや、お知り合いですか?ふむ、彼なら技量的にも問題ないでしょう。…おいテオ、お前がお相手しろ。他の者は下がれ!」


「「「「はっ!」」」」


 ボリスさんの指示を受け、テオが前に出て、他の隊員が半円に広がり後ろに下がる。

 テオの顔には、指名された事による他のメンバーへの優越感と剣の腕への自信が透けて見える。


「彼は17歳で既に従騎士(やつら)の中では上位の腕を持ちます。あの中じゃ一番の有望株ですよ。」


 さらに上官からの評価も聞こえたのか、テオの顔が自慢げに上気する。


「お嬢様は…防具はブーツと手袋、鎧下だけですね?まぁ訓練に参加するんならなんだかんだ言って一式必要になるんですが、今日のところは問題ないでしょう。必要とあれば、備品から貸す事も出来ますし。」


 やはり鎧は必要か…借りる…のも少し抵抗があるから、仕立てる事も考慮しよう。

 幸い、収入の当てもあるし。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

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