2-06 侍女と繕い物
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神暦720年 王の月19日 地曜日
ユニスさんから職務上必要な知識を、宣言通りに大量に詰め込んで教わりながら、奥様の着替えと家族揃っての朝食の世話を行い、やっと我々の朝食の時間となった。
ちなみにこの屋敷の住人構成は
旦那様、ガスパール・タレイラン侯。
御歳43歳の金髪でカイゼル髭、神経質そうな貌の細身の中年。
芸術に造詣が深く、歌姫や劇団のパトロンとしても名を馳せる。
奥様、イザベル・タレイラン。
御歳41歳の青髪でふくよかで明るい美女。
没落貴族出身の元歌姫で、パトロンである旦那様に気に入られそのまま奥方に。
髪が青いのは、南方出身の先祖が海妖精の血を引いていたため。
長男、オディロン・タレイラン。
御歳19歳の父親によく似た金髪で神経質そうな青年。
だが、父親のような貫禄などといったものもなく、どことなく頼りない。
長男の奥様、ジャンヌ・タレイラン。
御歳18歳、公爵家より昨年嫁がれた、ウェーブのかかった輝くような金髪のまだ少女といてもいい外見の女性。
小柄で大人しく、儚げな印象。
長女、ミリアム・タレイラン。
御歳11歳。母親譲りの青髪で元気いっぱいの明るい少女。ジャンヌ様とも仲がいい。
意外と読書家とか。
次女、ソフィー・タレイラン。
御歳9歳。金髪の少女。まだまだ甘えたがりで母親や乳母にべったり。
最近はジャンヌ様にもべったり。
次男、アルフレッド・タレイラン。
御歳6歳。好奇心旺盛で悪戯好きな銀髪少年。
といった所。
ちなみに、先代夫婦は孫の結婚を期に隠居し、郊外の別邸に住んでいるとの事だ。
私はスープを口に運びながら家族構成を思い出し、色々と頭の中でごっちゃになった知識を整理しようとしていた。
「今の時間は比較的手が空く時間ですので、1刻程度であれば交代で食事の時間が取れます。それが終わればカスティヘルミ様と交代です。本日は外出も来客の予定もありませんので、その後は衣装の確認も兼ねて繕いを行いましょう。」
向かいの席に座っているユニスさんが説明する。
主人の衣服や身の回りの物の管理は侍女の仕事だ。
部屋の掃除などは主人の朝食中に掃除女中が済ませている。
「あっ、ユーリア、いた!」
トレーを持ったマリエルが近づいてきたが、ユニスさんを見て速度を落とす。
仕事中と見て遠慮したか?
「魔術師見習…殿ですね。どうぞお席に。」
席を勧められ、ほっとした表情で私のとなりに腰掛けるマリエル。
「こちらは先任のユニスさん。こっちは同郷のマリエルです。」
お互いが軽く会釈をする。
「同郷との事ですが…デファンスでしたか。」
「ええ、そうよ。国の外れの田舎町よ。まぁ、遺跡都市ではあるけど。」
そういえば、実家にいた頃でも、隅まで調査された観光用の遺跡しか見学したことがなかった。
可能であれば未調査の遺跡を探索したいとは思うのだが…私の立場ではもう難しいかな。
「そういえばあの町は、大山塊にも近く、紅の森の森林資源にも恵まれています。町の発展のために、岩妖精の山師を招いて鉱脈を探し、鉱山を中心とした開拓村を開くのはいかがでしょうかね。」
何故か真剣な顔でデファンス領の発展について意見を述べるユニスさん。
だがそんな考えは故郷では既に出尽くしている。
「数十年前にそんな話もあったのですが、大規模な鉱山開発の場合、精錬が原因の毒水の影響が無視できず、当時唯でさえ少なかった領内の耕作地に壊滅的な影響が見込まれたので、時の領主の指示で計画は廃止されました。まぁ、現在も細々と採掘をする山師はいるようですが。」
山脈の奥地には、採掘から仕上げまですべてを自らで手掛け、己の全てを込めて剣を鍛え上げる匠が隠れ住んでいると言う噂もある。
ちなみに、反対派の中核は町の賢者だ。
決定権を持つ領主の助言役も兼任していたので、計画を潰すのも造作もないことだっただろう。
「それに、あまり大規模な開拓村を作るのは、山向こうのリオタール公国を刺激しかねない上に、リオタールが自国内で精錬した金属塊でデファンス領内の余剰作物を買い上げてくれる事を鑑みると、最近では耕地を増やしたり街道を整備したりして大規模な作物の輸出を推進するほうが利が大きいという意見が多数派ですね。」
私の話を聞いてなるほどと呟いた後、ふと我に返ってため息をつくユニスさん。
「申し訳ありません。こういった話となると、つい熱が入ってしまうもので…。故郷に帰ったあとは、婿を取って父を助けながら領内の経営に勤しむ事になりそうなので、その際の大まかな計画を今のうちに…と考えているので。」
ユニスさんには兄弟はいないのだろうか。
「バロー家というと、アクィ男爵領でしたね。」
「ええ、朝霧の草原の北西にある、麦畑しかない小さな領地ですわ。」
その辺の知識はうろ覚えではあったが、合っていたようだ。
「んー、だったらリシーからオルノまで川をさかのぼって、そこから朝霧の高原西の間道でデファンスまで穀物を運ぶのはどう?」
それまでただ話を聞いていたマリエルが口を出す。
「大規模な交易には間道の整備が必要になるかもしれないけど、牛馬に関しては牧畜が盛んなオルノ周辺で調達できるし、シリット越えよりかは高低差がないはずよ。」
「牛や山羊に荷物を運ばせて、そのまま食用として輸出すれば手間が省けるわね。山脈沿いには岩塩鉱山もあるし。」
私もふと思いついた意見を追加すると、ユニスさんは大きくうなずく。
「成程…それでしたら、川船を利用すれば王都方面への交易も容易ですね。まだまだ検討すべき課題はありますが、非常に魅力的な案です。故郷へ手紙で相談してみますが…見習とはいえ、さすが魔術師様ですね。」
ユニスさんが興奮気味にマリエルを褒める。
「えっ、そうかな~?」
褒められた本人は照れながら頭を掻いていた。
まだまだ見習いの彼女だと、叱られてばっかりで褒められることに慣れていないのだろうか。
「あ、そういえば、氷血華の話と一緒にあの剣をお師匠様に見せたんだけど、暇なときに訪ねてくれって言ってたわよ?」
食事を終えて、長テーブル備え付けのポットから3人分のお茶を注いでいる時にマリエルが言う。
「へぇ、早いわね。」
そのうちに話があるとは思っていたが、まさか昨日の今日で来るとは思わなかった。
「時間帯はいつでもいいって。留守だったら懲りずに出直してくれって。」
まぁこちらは一介の侍女だ。
領主付きの魔導師様にならそれぐらいは当たり前だ。
「分かったわ。こっちも色々と聞きたいこととか出来たから、そうね…明日の午後にでも。」
そう答えてから、ゆっくりとお茶を飲む。
まかない用だけあって茶葉の質は望むべくもないが、濃い目に煎れられた茶の苦味が眠気を退ける。
まぁ飲みすぎてもお手洗いが近くなるから、程々にしておかないといけない。
直に休憩時間も終わりだ。
この後は繕い物…人並み程度にしかお洒落には興味はないのだが、大貴族の奥様の衣装コレクションはちょっと楽しみだ。
私はカップを干してからユニスさんに目配せをし、マリエルにまたと告げてから席を立った。
奥様の居室の奥、旦那様の部屋へと続く扉の反対側の壁にある扉から入った衣裳部屋は、居室の半分程度の広さの部屋を丸ごと使ったものだった。
ちなみに、衣裳部屋への扉がある壁には、侍女の控え室への扉もあり、こちらのほうも同程度の広さだ。
そして日焼けを防ぐために、遮光され薄暗い室内には、ずらりと吊るされた衣装が並び、あちらのクローゼットには箱に入った帽子類、またそちらの棚には靴が綺麗に並べられ、一番奥の鍵のかかる棚にはアクセサリー類といった感じで、部屋が丸ごと奥様の身の回りのもので埋まっていた。
「なんともまぁ…。」
実家には自分の衣裳部屋はあったが、せいぜい大きさは寝台ぐらいだ。
母上も同じような物だったので、そういったものだろうと思っていたら、度肝を抜かれた。
さすが都会の大貴族。
「昔はもうちょっと痩せてたけんだけど、今はこうだから半分くらいはサイズが合わないのよね。」
カスティヘルミさんとユニスさんに案内されていたはずが、いつの間にか奥様まで一緒に着いてきている。
本来、主人は自分の衣装の維持管理からその日の組み合わせまで侍女に任せっきりにするもので、あまり衣装部屋には入るべきではないとされている。
なのでカスティヘルミさんたちも困り顔だが、奥様はそんなことは気にしないようだ。
「衣装については手前左側が季節物、右側が晴れ着、奥が季節はずれのものと、古着になります。」
「古着の中でサイズが合うものがあったら、持っていっていいわよ?生憎とジャンヌちゃんとはサイズが合わないから。」
「奥様、またその様な事を!」
あまり衣服の価値の分からない私でも、気が引けて手が出せない程の衣装。
一着だけでも一財産…どころではない価値があるのだろう。
世間の侍女や家政婦は奥様の古着を与えられるものだが、そのようなものを新入りの侍女にほいほいと渡しては、教育上好ましくないのでカスティヘルミさんもさすがに阻止する。
「衣装の処分に関しては、セリア様も交えて厳格に対処いたしますので、使用人に気軽に与えないでください。」
さすがにカスティヘルミさんほどのベテランになると、奥様にも強く出れるのか…いやこれは、奥様の人柄ゆえだろうか。
カスティヘルミさんに注意されて、笑顔で「分かったわよぉ。」と答えてはいるが、口ぶり、表情からしてとても分かっているようには見えない。
「ホント、カスティは実家のマリーにそっくりね。」
そう言って微笑む奥様。
何でも、奥様が幼少の頃に仕えていた侍女がそれはもう口うるさい人で、カスティヘルミさんが奥様に注意をするたびに、彼女を思い出して懐かしくなるのだとか。
って、これはわざとカスティヘルミさんに注意されるために、色々と隙を作っているのだろうか?
なんというか…カスティヘルミさんも大変だ。
そんなことを考えているうちに、最後には奥様はユニスさんの手により隣室へ追い出されてしまった。
もっとも、隣室へ通じる扉は開け放たれたままなので、お声がかかればすぐに対応できる状態だ。
それでも奥様は、めげずに入り口の扉の影からこちらを窺っている。
これは…気にしたら負けなのだろうか?
「衣装の修繕についてですが、基本的には出入りの仕立て屋が屋敷に訪れた際に行います。
我々の役目は日常的に衣服の確認を行い、修繕が必要な箇所を見つけることと、緊急に行う必要がある修繕です。」
カスティヘルミさんの質問に頷く。
繕いに関しては…母上や実家の侍女から教わりはしたが、あまり得意ではない。
ちなみに、生地の裁断は得意だったが、やはり母上には及ばなかった。
「とはいっても、技術がなければ奥様の衣装に相応しい繕いなど出来ませんので、常日頃から鍛錬として空き時間には刺繍などを行い、技術の向上に努めてください。刺繍道具や生地などはこちらの棚にありますし、棚には折り畳み式の作業台も付属しているので、作業を行うときはこれを使ってください。また控え室にも同様の棚があります。」
見ている前で、ユニスさんが棚を引き出す。
意外と広い作業スペースが出来るので、椅子と一緒に窓際に運べば作業をするのにも十分な明かりが取れそうだ。
「当分の間はこちらの手引書の図柄を参考に、刺繍をしてみて下さい。一通りできるようになれば、縫い方については問題なくなるでしょう。」
渡された手引書をぱらぱらとめくる。
侍女たちに代々伝わってきたものか、使い込まれ年季が入っている。
思ったよりも図柄の数が多い。
これは、一月ぐらいかかるだろうか…。
それから昼食までの時間、3人で奥様の傍に控えつつ、刺繍を行った。
図案を参照に手を動かしつつ、口も動かす。
初日だけあって、それぞれの自己紹介の延長上の話題だ。
最初は控え室で行っていたのだが、奥様が本を片手に空いた椅子に腰掛けて私を質問攻めにしてきたので、皆で椅子を持って居室に移った。
ちなみに奥様が持っていた本の内容は、先ごろから王都の女性の間で流行している恋愛物の小説だ。
知り合いの奥方から薦められて読んだところ奥様も嵌ってしまい、布教としてミリアムお嬢様の誕生日にプレゼントしたところ、お嬢様も大いにのめりこんでいるとか。
女性使用人棟の談話室にも1冊あるらしいので、暇なら読んでみようか。
「ああ、目が痛い指が痛い腰が痛い…。」
私は体中の痛みをぼやきながら背中からベッドに倒れこむ。
目と指は慣れない針仕事を長時間行ったことで、腰は…午後になって奥様の元を訪れたアルフレッド様が新入りである私にちょっかいをかけて来たので、お仕置きがてらに両手を持って振り回したらそれがいたく気に入られ、調子に乗って巨人廻しをやりすぎたためだ。
これにより懐かれたのか、ユーリアユーリアとまとわりついてきて鬱陶しい位だったが、まぁ小さい子供でもあるし、舐められなかっただけ良しとしよう。
奥様はともかく、他の侍女と坊ちゃんの子守の視線は痛かったが。
そんなこんなで、初日の業務は無事(?)終了となり、食事も済ませて部屋に戻ってきた状態だ。
本来であれば休日の前日は常夜番となるのだが、まだ見習いとの事もあり、今夜は免除されている。
ちなみに常夜番と日勤との引継ぎは朝礼の前に行われるとの事。
だからパメラさんとはまだ顔を合わせていない。
ナターシャといえば、彼女も今夜は常夜番との事だ。
昼食の際に食堂で会ったので休暇の件を話したら、これは幸いと明日の夜に歓迎会を兼ねて街で食事でもという話になった。
支払いはナターシャとマリエルの割り勘だというと、マリエルは手持ちが無いとぶーぶー言っていたので、今回はナターシャが選んだ店で彼女の奢りということで話がついた。
ちなみに次回はナターシャが選んだ店でマリエルの奢りだとのことだが…今回よりもいい店を指定されて高く付く事は想像に難くない。
まんま高利貸しに搾り取られる貧乏人の構図である。
お金がないって事は惨めだ。
ちなみに、一緒に出かけることも出来るので同居人と休暇が重なるのはありがたいが、おそらくただの偶然だろう。
仕える相手が違えば、主人の都合により休暇がずれることなど珍しくもないからだ。
さぁ、何時まで経ってもベッドで寝ていては風呂の火が落とされてしまう。
疲れた身体に鞭を打って着替えを用意すると、私はマリエルを誘うために部屋を出た。
読んでいただき、ありがとうございました。
次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。
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