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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
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1-03 お嬢様、特訓する

 神暦720年 王の月7日


「ユーリアの行儀見習い先が決まった。ヴァレリー領タレイラン侯爵家。出立は3日後だ。」


 父上の言葉を、私は特に驚きもなく聞き、そして頷いた。

 まぁ、『ずいぶん急に決まったな』などとは思うが、それだけだ。


「ヴァレリー領…王都の北の守りですね。」


 その土地についての知識を呼び起こす。

 実際に行ったこともあったし、知り合いも何人かいたはずだ。


「わかりました。今朝の話では、期間は3年程度との事でしたが?」


「ああ、3年間だ。まずは領の本邸に配属、その後は王都の別邸付きになる可能性もあるそうだ。」


 話を聞きながら妙に静かだと思い、隣のアレリアに目をやる。

 こちらを見たまま、目いっぱいに涙を浮かべていた。

 苦笑しながら抱き寄せてやると、椅子に座ったまま私の腿に顔を伏せて、嗚咽を堪えている。

 その髪をなで、『昔はよく、こうやって泣き止むのを待ったな』と感傷に浸りながら父の話を聞く。


「侯爵とは家同士の表立った付き合いこそ少ないが、何かとご縁がある上、領地間の交易も活発だ。またヴァレリー領には、アルノルス殿が居られる。何かあったときには力になってくださるだろう。」


従兄弟伯父レイアのははのあにのこ様…お会いするのは、前回の王都剣術競技会(トーナメント)に応援に行って以来ですね。」


 4年ごとに王都で開かれる王都剣術競技会。

 周辺国からも腕に覚えのある猛者たちが集まる前回の大会に、ヴァレリー領騎士隊隊長である従兄弟伯父様(アルノルス)とデファンス領騎士隊副隊長である伯父様(ラザール)が参加したため、親族一同で王都まで応援に駆けつけたのだ。

 優勝候補だった両者ともに順調に決勝トーナメントへ進んだが、組み合わせ抽選の結果、初戦で両者がぶつかる事となった。

 だがその試合の凄まじさたるや、まさに筆舌に尽くしがたく、国内いや大陸最高峰の力と技のぶつかり合いと言っても過言ではなかった。

 剣技の応酬は1刻に及び、その間観客席は水を打ったかのように静まり返ったままであった。

 試合は相手の一毛のごときわずかな隙を幸運にも引き寄せたアルノルスの勝利に終わったが、試合終了後は観覧した王族、観客、審判、実行役員共々、そしてその後の試合に参加予定だった選手すらも手に汗握る試合の緊張から疲労困憊し、急遽その日の残り試合は中止され翌日に持ち越された。

 尚、その後はアルノルスが危なげない試合で順当に勝ち進み栄冠を手にしたが、実質的な決勝戦は初戦であったと『暴風のアルノルス』と『デファンスの岩鬼』の戦いは、今でも王都市民の語り草である。



 思い出しただけで当時の興奮がぶり返してきそうになるが、真面目な話の最中なので抑える。


「あと、あちらにはマリエルがいます。」


「マリエル…薬師のメスメル家の娘ね?」


 母上が尋ねる。


「はい。タレイラン家付きの魔導師に弟子入りするために町を出て、魔術師見習いをしていると手紙にありました。」


 マリエルは私の1歳年上で、同じ私塾で学んでいた。

 年が近いこともあり私の姉代わりと言ってもいいくらい仲がよかったのだが、彼女は1年と少し前に成人し、町を出て行った。

 その後はたまに手紙をやり取りしていたが、彼女に会うのは久しぶりだ。

 今から会うのが楽しみだ。


「ふむ、その点を考慮すれば、恵まれた環境ではあるな。」


「はい。3年間、お役目を全うできるよう全力を尽くします。」


 父上に向き直り、目をまっすぐに見て約束する。

 鷹揚に頷く父上。

 そして母上が提案する。


「では、出立の準備は明日から行うとしても…礼儀作法の最終特訓もあるから、暇な時間はあまり無いわよ?」


「はい。さすがに剣術の訓練をする余裕があるとは思ってはおりません。」


 ただし、外せない予定もある。


「ただ、明日の午前中はレイシェル様に魔術の指南をお願いしています。そちらの受講と、学友への挨拶をしてきたいのですがよろしいでしょうか?」


「ええ、その程度でしたら大丈夫でしょう。まぁ、今更じたばたしても大して変わる物でもないわね。」


 まぁ礼儀作法はそれなりにやってきたつもりだ。

 ただし、母上の評によれば私の作法は、『洗練されてはいるが、無駄がなさ過ぎる』そうだ。

 最短距離を、一切の無駄を削ぎ落とし、最速で所作を行うため、優雅に見せるための『溜め』や『間』がなく、華やかさがないとの事。

 どう考えても、日々の剣術鍛錬の弊害である。

 やはり、奥方自らが娘に剣術を叩き込むのは間違っているのではないだろうか。

 とりあえず明日からの予定が決まった事で、その場はお開きとなった。


 久しぶりにアレリアと一緒のベッドに入ったが、この子も成長期である。

 さすがにベッドが手狭になって…まぁ子供のときからのベッドをそのまま使っているのだからこんなものか。

 そして夜遅くまでいろいろと話をした。

 これから行く事になる領地のこと、そこの領主の家族構成、私と仲のよい宿屋の娘の話、その幼馴染の商人の息子の話…

 やがてアレリアが船を漕ぎ出したので、しばらく彼女の寝顔を眺めてから明かりを消し眠りについた。

 かつてと同じように、おでこにおやすみのキスをしてから。



 神暦720年王の月8日


 翌朝、日の出のころに目が覚めた。

 普段は侍女に起こされるまで惰眠を貪るのだが、残り少ない故郷での生活を身体さえも惜しんでいるかのようだった。

 季節は春とはいえ、まだ朝方は肌寒い。

 ぴったりと身を寄せているアレリアを軽く抱きしめその体温を感じながら、侍女が起こしに来るのを待った。


 外出着に着替え、護身用の家紋入りの短剣を腰に吊るしてから厨房に向かい、家族の朝食を準備している使用人からサンドイッチとミルクの小瓶の包みを受け取る。

 お師匠様の早朝特訓を受ける時は、家族と共に朝食を摂ることができない。

 なのでいつも作らせているのだ。

 それを鞄にしまいこみ、まだ朝靄のかかる外へと出かける。



 丘をぐるりと回り私塾へ向かう。そのまま門を開け、扉をくぐる。

 基本、ここはお師匠様が在宅する限り無施錠だ。

 たまにだが、中に入ってもお師匠様がいないことがある。

 一度などは、すぐに帰るかと思って待ったら、日が沈んでも帰らないことがあった。

 翌日まで講義が無かったので出かけていたらしいが…無用心だと注意したら、彼女は『それなら大丈夫だ』と断言してニヤリと笑っただけであった。


 私室をノックすると『今行く』と短い返事があり、少しして眠たげなお師匠様が出てきた。

 彼女の場合、外見は眠たげなことが多いが、おそらくそれが彼女の『素』なのだろう。


「では外へ。今日は久しぶりに修行の成果を確認するとしよう。」


 そう言って外に向かう彼女についていく。

 そして、道すがら報告をする。


「行儀見習いの詳細が決まりました。行き先はヴァレリー領タレイラン家、期間は3年間、出立は明後日とのことです。」


「そうか、急だな…。ヴァレリー領には…マリエルとアルノルス殿、あとカロン殿がいたな?」


「はい。マリエルは元気にしていると聞いていますが。」


「うむ、こちらにも便りは届いている。マリエルをカロン殿に紹介したのは私だからな。」


 カロンはタレイラン家付きの魔導師。

 マリエルの師である。


「ならば孤立無援という事もあるまい。但し、人間関係には気を配れよ?上流階級の人間は陰湿だぞ?」


 こちらを脅すように意地の悪い笑みを浮かべるお師匠様。

 その笑みにため息をつくことで心情を表し、私たちは屋敷の裏に出る。



 屋敷の横はちょっとした広場になっており、北に広がる森側にはぼろぼろの鉄鎧を纏った藁人形が3体立っている。

 私は入り口側の柵にかばんを引っ掛けると、お師匠様の待つ広場の中ほどへ向かう。


 お師匠様がこちらに向け、口を開く


「さて、とりあえずは現在の実力を一通り見るとして…今までに修めた魔術を一通り試してみろ。」


「はい。では…」


 発動させる魔術を脳裏に描き、意識を高め、研ぎ澄ます。そして魔術言語による呪文を唱える。


『顕れよ、叡智の光よ―――ライト!』


 私の目の前に、まぶしく光る光源が顕れる。

 それをゆっくりと浮かび上がらせ、人の背の2倍ぐらいの高さまであげたところで目も眩むほど一際まぶしく輝かせ、消滅させる。


『打ち抜け、力の矢よ―――フォースアロー』


 その呪文により私の目の前に2本の淡く光る矢が顕れ、それを藁人形に向け放つ。

 軽いカーブを描き、その2本の矢は1体の藁人形の胴体へ突き刺さる。

 お師匠様に目を向けるとこちらをじっと見ているので、そのまま続ける。


『守れ、力の盾よ―――フォースシールド』


 私の身体に薄い光が宿る。とりあえずこれはそのままで。


『消し去れ、抗いの力よ―――ディスペル』


 私の身体に宿っていた光が消える。


『立ち昇れ、魔力の霧よ―――フォースフォグ』


 藁人形たちの周囲に、霧が立ち込める。


『現せ、力の宿りし視界よ―――センスマジック』


 私の目に力が宿る。周囲を見渡すと、藁人形を包む霧や、お師匠様の装備品などが光って見える。

 さて、そろそろ打ち止めか。腰の短剣を引き抜き、それに意識を集中する。


『宿れ、氷の力よ―――アイスエンチャント』


 フォースエンチャントの呪文を、氷の属性つきで発動する。短剣の刃が淡く光った後に、冷気に包まれ白く霜がつく。


 それを見届けると大きく息をつき、緊張から来る力を抜く。


「お師匠様、以上です。」


「ふむ、初級呪文が一通りに2級呪文はエンチャント…しかも氷の属性付与か。それを真っ先に取る所がお前らしい。」


 フォース系は発動時に属性の付与が可能だ。

 但し、使用すると消費魔力が増え、より深い集中力が必要になる。

 大体ワンランク上くらいだろうか。


「はい。属性剣は子供のころからの夢でした。」


 お師匠様がジト目で睨んでくる。


「しかも駆け出し魔術師レベルの癖に、知っている呪文を立て続けに使って平気な顔をしている。」


「ええ、今の魔術でしたら、もう2セットはできそうです。」


 それを聞いて、ため息をつくお師匠様


「…もう少し真面目に学べば中級レベルぐらいまで行っただろうになぁ。」


「それでは剣術を学ぶ時間がなくなってしまいます。」


「ああ、お前はどうしようもないくらいにレイアの娘だな。イーリアの魔術の才能を受け継いでる癖に。」


「ええ、常々お母様たちには感謝しております。」


「まぁいい。で、武技は何が使える?」


「『スラッシュ』と『パリィ』、『イベイド』といったところです。」


 武技とは精神力を使用して発動させる武術の技である。

 スラッシュは威力の高い剣撃、パリィは剣での受け流し、イベイドは瞬間的な回避だ。


「ふん、あまり使ってはいないのか?」


「はい、母上との訓練では基礎を伸ばすことを重点に置いていますので。というか、訓練で武技を使うと、ここぞとばかりに武技で畳み掛けられて勝ち目がありません」


「そうか…だったら、『ミラージュ』の呪文と『ダブルスラッシュ』の武技を覚えておけば役に立つだろう。

 とりあえず『ミラージュ』の基礎は教える。『ダブルスラッシュ』はレイアかアルノルス殿に教わるのだな。」


「はい、よろしくお願いします。」


 そして新しい術の特訓を行った。

 だが呪文などの基本を教わり、何度か自分でも試してみたが一度も成功しなかった。



 特訓の後、お師匠様と分かれた私は荷物を持って教室に入る。

 持ってきたサンドイッチで軽く朝食を取ろうと思ったのだが、そこには先客がいた。

 赤毛を肩の後ろで一纏めにした少女…宿屋の娘エルザがこちらに振り向く。

 振り向いた彼女の瞳は隠しきれない涙に濡れ、真っ赤になっていた。


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