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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
28/124

1-27 お嬢様、しばしの別れを惜しむ

前回の更新時に評価をしていただいた方、ありがとうございました。

ご意見、ご感想などもありましたらそちらもお寄せ下さい。

 神暦720年 王の月18日


 大きく息をつき、伸びをする。

 とりあえず必要な相手への手紙は書き終えた。

 手紙を丸め、燭台の火で溶かした蝋を垂らし、封印する。

 窓に目をやれば、既に外は白み始めていた。

 思ったより時間がかかってしまった。

 というか、必要事項だけ書くつもりだったが、書き始めてみると

 ずいぶんと筆が乗ってしまった。

 ベッドに振り向けば、アンジェルがさっき見た格好のままで眠っていた。


「さて…いい加減に寝ないとね。」


 ずっと書き物をしていた所為で、疲れはあるものの妙に頭は冴えている。

 と、私の声で起きたのか、部屋の隅で首を上げたミーアが、身を起こし、大きく伸びとあくびをした後で、ベッドに歩み寄ってくる。

 よく見れば耳を伏せ、どこと無く不安顔だ。

 そしてベッドの上に飛び乗ると、アンジェルの匂いを嗅いでから、その膝元で安心したかのように丸くなった。

 ふむ、いままではミーアの移動の意味が不明だったのだが、これでなんとなく予想が付いた。

 どうやらミーアは、昼間はともかく目覚めたときにアンジェルがそばにいないと不安なのだろう。

 おそらくは共に育った幼少期の記憶と、その後の離れ離れの期間の所為だとは思うが、いつも早朝に一度目を覚まし、アンジェルを探してはそのそばに移動するのだ。

 今日までは自分とアンジェルが一緒に寝ていた所為でベッドが狭く、アンジェルの上で寝ていたが、これからは1人で寝ることになるので、上に乗ることもなくなるはずだ。

 毎度毎度ベッドに乗られて、抜け毛の処理とかが大変かもしれないが。

 そんな事を考えながら、アンジェルをベッドに横たえ、自分も床に就いた。



「姉ちゃーん、朝だよー。ごはん行こー?」


 アンジェルに揺り起こされて目を覚ました。

 窓の外の日は既に高く登っている。


「いま何刻?」


 寝たのは夜の12刻(5時)…ぐらいだったから、3刻ぐらいは寝れたか?


「さっき昼の3刻(8時)の鐘がなったよ。」


 だいたい予想したとおりだった。

 まだまだ寝足りないが…朝食はすっぽかせない。

 だが昨日の昼間に馬車で寝た分、多少は楽だ。


「わかったわ。ちょっと待ってて…。」


 そう言いながら眠い目をこすり、洗面所へ向かった。



「お嬢様、おはようございます。」


「「「「おはようございます」」」」


「おはよ。待たせたわね。」


 食堂に下りて、既に集まっていた面々と挨拶をする

 今日はアンドレも一緒だ。

 この面々との生活も今日で終わりかと思うと、少々寂しい。


「とりあえず食事だけど、終わったら色々と話があるから。」


「はい、お嬢様。」


 そうして、給仕を呼び朝食を注文した。

 寝不足で疲れていたので甘いパンケーキと炒りタマゴに眠気覚ましの濃い目のお茶。

 アンジェルも同じくパンケーキだが飲み物はミルクだ。

 やはりまだ甘い物が嬉しいのか、アンジェルはパンケーキにたっぷりとシロップをかけて食べている。

 っていうか、シロップが垂れて首に巻いたナフキンから零れ落ちてってほら!

 咄嗟に手を伸ばしナフキンを捲り上げる事で、何とか服が汚れるのを防ぐ。

 まったく、手がかかるわね。



「それで、話なんだけど…。」


 給仕にお茶のお代わりを貰いながら皆に話す。


「とりあえずは、本日までの護衛、ご苦労様でした。」


 こちらが頭を下げると、皆が返礼する。


「それでお願いしたいのはアンジェルの事。アンジェルの処遇について手紙をしたためたから、デファンスの皆に届けて頂戴。それで何とかなると思うけど、ならなかったときのことをお願いしたいの。あまり多くは望まないけど、寝床、食事、仕事、学習…読み書き計算を学べるような環境…ってところかしら?礼儀作法や女中・侍女の仕事についても教えてくれれば非常に助かるけど。」


「なるほど。ご家族にはどのようなお手紙を?」


 ボーダンさんが代表して質問する。


「屋敷に小間使いとして置いてやって欲しい。寺子屋に通わせ、その後は可能であればお師匠様に師事させて欲しい…といったところね。」


「ふむ、妥当な線ですな。それでしたら特に問題は無いと思いますが…畏まりました。もしアンジェルが路頭に迷う事になったときには、我が家で引き受けましょう。なに、直に子守が必要になると考えていた所です。アンジェルならば問題ないでしょう。」


 ボーダンさんが了承してくれる。

 彼ならば安心だ。


「そう、お願いするわね。もしそうなったら、お礼はさせて頂くわ。」


「いえ、お気になさらずに。こちらとしても願ったり…といったところですが、恐らくそうはならないでしょう。」


「ありがとう。フェリクスも、たまにでいいから気を配ってやってね。」


「ああ、任せろ。もっとも、親父に話したら騎士隊に欲しいとか言い出しかねないけどな。」


 うーん、確かに彼女の特殊能力(タレント)があれば、馬丁としても騎士としても見込みがある。

 尚、女性騎士というのも、数は多くないが存在する。

 母上も結婚するまでは騎士だった。

 もっとも除隊したわけではなく、未だに騎士隊に名を残しているらしいが。


「アンドレ、アンジェルが屋敷で働く事になったら、あなたがいちばん近くになるわ。彼女の事、お願いね?父上にも、アンジェルをあなたの手伝いに寄越すようお願いしてあるから。」


「ええ、わかりました。こちらとしても大助かりですよ。彼女は馬達にも気に入られてますからね。」


「うん、手伝いがんばるよ。」


 アンジェルも、馬達の世話をできると聞いて嬉しそうだ。


「とりあえずはこれでアンジェルのデファンスでの身の振り方は大丈夫そうね。じゃぁ次は帰り道のブリーヴ滞在時のことなんだけど…。」


 私は一同にアンジェルがブリーヴ伯夫人に招待されている旨を伝え、ちゃんと送迎してもらえるようお願いした。

 うん、私ができるのはここまで。

 あとはアンジェルの頑張り次第ね。



 食堂から部屋に戻り、身だしなみを整えてから街に出る。

 もちろん、アンジェルとミーアも一緒だ。


「今日は人が多いね、姉ちゃん。」


 昨日の人出も多かったが、時間帯の所為か今日はそれ以上だ。

 身長の低いアンジェルでは、行き交う人々とすれ違うのも一苦労だろう。

 迷子にならないように、私はアンジェルに手を差し出す。


「ほら、手を繋いで行くわよ?」


「…うん、姉ちゃん。」


 アンジェルは差し出された手を少し見つめた後、嬉しそうにその手をとる。

 そして上機嫌で歩きながら、繋いだ手を大きく振る。

 幼い頃のアレリア(いもうと)とまったく同じ行動に、思わず笑みが漏れる。

 笑顔の理由を問いただすアンジェルと共に、まずは港方面の革物屋へ向かった。


 革物屋で注文していた首輪を受け取り、早速ミーアに着けた。

 着けたあとは、しばらく前足で外そうともがいていたが、アンジェルがやめるよう諭すと、

 それを受け入れたのか大人しくなった。

 で、その後は通りの服屋を見て回り、アンジェルの服を選んだ。

 さすがに仕立てている時間が無かったので、古着で我慢するかと思っていたが、裕福な家庭向けの

 子供服を中心に置いている店に多少大きめのサイズのものがあり、そこで紅色のワンピースを購入した。

 多少高くついてしまったが、アンジェルの髪の色に映えてなかなかに似合っていた。


「姉ちゃん、ほんとにこんな服買ってもらっていいの?古着でもいいのに…。」


 店を出てから、アンジェルが声をかける。

 ちなみに服はまた背負い袋の中で、私が背負っている。


「気にしない気にしない。それに、伯爵夫人(おくさま)たちに招待されたんだから、おめかししていかないと。お土産にマリオンのお下がりを貰えるとしてもね。」


 アンジェルを着せ替え人形にする件は、こちらが言い出している。

 こちらの同意があるので何着ものドレスを着せられ、着飾った状態で晩まで過ごす事になるだろう。

 お土産についてはジョゼさんの選択に期待するしかないが。


「お下がりの服はどうでもいいけど、その服は大切にするよ。」


 こちらをまっすぐに見つめ、アンジェルが言う。

 これから成長期に入るから多少大きめのものを見繕ったけど、さすがに3年は持たないかな…。

 まぁそれでも喜んでくれるのなら贈った価値はあるだろう。



 買い物の後に通りの店で食事をした。

 料理は美味しかったけど、夕方にはお屋敷に出向くからお酒が飲めないのが不満だった。

 まぁ仕方が無いか。

 そしてその後は宿に戻り、屋敷に出向く準備をした。


「とりあえずは、当分の生活費としてこれを渡しておくわ。無駄遣いしちゃ駄目よ?」


 そう言って財布代わりの小袋をアンジェルに渡す。

 中には小金貨1枚に銀貨が10枚。


「屋敷で働けば多少なりとも給金が出るから、残りはいざという時のために取っておきなさい。」


 アンジェルが袋の中身を取り出して驚いている。


「姉ちゃん、こんな大金、怖くて持てないよ。」


 確かに、スラムなどの治安の悪いところなら平気で命を狙われる額だ。


「だったらボーダンさんにでも預けておきなさい。」


 荷物をまとめ、身だしなみを整え終わる。


「お屋敷の玄関までは見送りに来て貰うから、あなたの髪も梳るわよ。」


 私はベッドの縁に腰掛け、アンジェルを招くと、その髪に櫛を当てる。

 出合った頃に比べれば、この髪も随分とつややかになり、切り揃えたおかげで小間使いとしても十分に見栄えがよくなった。

 髪を梳き終わると、それを三つ編みにし、リボンを結ぶ。

 そして今度は身体をこちらに向けさせる。

 指で前髪を分け、頬を撫で、そしてほっぺたをつまむ。

 まだ硬い。が、多少は肉がついてきたか?


「ねーひゃん、ひたひ。」


 アンジェルが抗議するが、その声を無視してほっぺたの感触を十分に楽しんでから放す。


「子供のほっぺたは柔らかい物だけど、アンジェルのはまだ硬いわね。さて、このほっぺたが3年後にはどうなっているかしら。」


 そのまま、うにうにとこねくり回す。

 何時までもこうしていたが、しばしの別れが数刻後に迫っている。


「俺、姉ちゃんにはホントに感謝してるんだよ。ミーアとも会えたし、父ちゃんたちのお墓も見つかって、お別れも言えた。だから、姉ちゃん自慢の小間使いになるために何があっても頑張るんだ。」


 こちらの目を見つめそう言ったアンジェルは、腕を伸ばして私の首に抱きつくと、目を閉じて唇にキスをした。

 軽く触れるだけですぐに離れたが、その顔にはやり遂げた満足感から笑みがこぼれる。


「へへっ、俺、姉ちゃんのこと大好きだよ。」


 そう言って顔を赤くして俯く。


「ありがとう、アンジェル。でも、唇は恋人のキスで、親愛を表すならほっぺたよ。今はまだ幼いから、親愛と愛情の区別が付かないかないかもしれないけど、大きくなれば直に分かるわ。」


 私はアンジェルを抱き寄せ、その頬にキスをする。


「今はこれで我慢しなさい。私は貴女のそばに居られないけど、必ずまた会えるわ。」


「うん、姉ちゃん。我慢するよ。」


 アンジェルの髪を撫でようとするが…さっき纏めたばかりだ。

 仕方長いので頭の上だけを撫でる。


「そういえば、私の櫛があったでしょう?(アレリア)ならあれを出せば、何でも言う事を聞くはずよ。」


「えー、あれをあげるなんてもったいないよ。」


「最後の手段よ。それが嫌なら工夫なさい。」


 まぁ、いざとなれば、今使っているのを送るのもありか。

 それ無しでも二人の関係が親しい物になるのが一番だが。



 出発の時間が来た。

 騎士達の手を借りて荷物を馬車に積み込み、私自身もアンジェルとミーアと共に乗り込む。

 騎士達は皆正装に身を包み、その馬の毛並も普段にも増して整えられ、また馬車も旅の汚れをまったく感じさせられない程に綺麗に磨き上げられている。


「さぁ、短い短い最後の旅路よ。」


 私は横に並んだアンジェルに話しかける。

 アンジェルは別れの寂しさからか、さっきからずっと黙っている。


「大丈夫よ。3年なんてあっという間よ。終わってから後悔しないように、しっかり頑張んなさい。」


 そう言ってアンジェルを抱き寄せ、膝枕をする。


「少しの間だけだけど、こうしていなさい。ただし、涙とか鼻水とかは我慢してね。」


 そしてそのまま頭を撫でる。

 この綺麗な蜂蜜のような金髪もしばらくはお預けか。


「最後の鞄、随分と重かったが何が入ってるんだ?」


 荷物を積み込んだフェリクスが聞いてくる。

 確かあの鞄には…。


「お土産が少しだけよ。私向けのお酒が10本程度」


 それを聞き、顔をしかめるフェリクス。


「職場の同僚との親睦にも使う予定よ。ほとんどが自分用だけど。」


「まぁお前らしいっちゃらしいけど、程々にしておけよ?」


 フェリクスは呆れ顔で、ボーダンさんに準備が整った旨を報告する。

 そしてフェリクスが騎乗し、隊列に並んだ所で、号令をかける。


「デファンス騎士隊ユーリア様護衛班、出発!!」


 号令と共に騎馬には拍車が当てられ、馬車馬には鞭がとび、隊列が進み始める。

 宿からヴァレリー領主の執政館までは3スタディオン(555メートル)程度。

 道行く人々の視線を受けながら進めばすぐだ。

 先触れとして先行したヤンさんが執政館の門番に到着を告げ、正門が開かれる。

 馬車は止まることなく敷地に入り、車止めで停車する。

 既に玄関の前には屋敷の執事と思われる初老の男と、女中達、そして扉の前に従者が2人並んでいた。

 私はアンジェルを引き起こし、その髪を整える。

 そうしていると下馬した騎士達が馬車と玄関の間に並び、御者台から下りたアンドレが扉を開ける。

 彼に介添いされ、馬車を降りる私の後にアンジェルが続く。

 馬車を出た私は列の先頭に立つ執事に一礼し、用向きを告げた。


「デファンス伯が娘、ユーリア・ヴィエルニ。行儀見習いとして罷り越しました。」


 それを受け執事が深く一礼する。


「タレイラン家 家令のドミニクと申します。ユーリア様、お待ちしておりました。まずは旦那様と奥様の下へご案内いたします。お荷物は、女中にお任せ下さい。」


「はい、よろしくお願いします。」


 執事と思ったが…家令だったか。

 彼に返事をした後、馬車に振り返る。

 左右に分かれた騎士の間に、アンジェルと座ったミーア、アンドレさんが並ぶ。


「お嬢様に、敬礼!」


「「「「「お嬢様、行ってらっしゃいませ!」」」」」


 ボーダンさんの号令と共に敬礼する皆に黙礼で答える。

 騎士達は表情を引き締めているが、アンジェルはうっすらと涙を浮かべているのが分かる。

 もう、しょうがないわね。


 私はそのまま振り返ると、ドミニクさんに続き、扉に向かう。

 従者が扉を開き、それを抜けた後、振り返って笑顔でアンジェルに向けて小さく手を降る。

 視線が絡み、アンジェルの顔にかすかに笑みが浮かんだ事を確認すると、私はドミニクさんを追いかけ歩き出す。

 やがてその後ろで、アンジェルと自分とを隔てる扉が音もなく閉じられた。


今回で第1章 旅立ち編が終了となります。

次回からは行儀見習い編、合間に閑話で小間使い編を挟む予定です。

来週更新予定ではありますが、書き溜めの為に1週お休みを頂くかも知れず…詳細については活動報告で連絡させていただきます。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

評価を付けていただければ今後の励みになります。

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