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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
26/124

1-25 お嬢様、旅路の果て

 神暦720年 王の月17日


 揺れる馬車の中で目を覚ました。

 もたれ掛かった馬車の壁から身を起こそうとすると、反対側からアンジェルがもたれ掛かっている事に気づく。

 2人とも寝てしまっていた…昨日は夜更かししたからだろう。

 アンジェルを起こさないようにゆっくりと身を起こし、その頭をそのまま膝枕する。

 そしてカーテンの隙間から外をのぞけば、のどかな川沿いの風景が広がっていた。



 ブリーヴの町を出てから馬車はコムナ川沿いを南下、途中渡し舟で川を超え、今いる街道は川の西側を走っている。

 所々街道が川を跨ぐ箇所があるのは、王都への道に要害を配置する事で防衛拠点にすると共に、敵軍の侵攻を遅らせるためのものだ。

 こちらが行軍する際にも時間はかかるが、橋や渡し舟が使える分だけ遅れは少ない。

 そしてこれから向かう旅の目的地ヴァレリーは、王都ラゴランの北に位置する副王都とも言える城塞都市だ。

 王都からは北のヴァレリー、南のルフル以外への大きな街道は無く、それ以外の都市へはそれぞれを経由するしかない。

 これは、王都の守護として城塞都市を配置し、最後の防備とするためだ。

 そう、ブリーヴは城塞都市。

 商業、交通の要所でもあるが、何よりも軍事の町であった。



 さっきまでは遠くに霞んでいた城壁が、今でははっきりと見えている。

 ヴァレリーはコムナ川に面し、周囲を堀と高い城壁で囲まれている。

 城壁はほぼ円を描き、その直径は1.5マイル(2,220m)程度。

 人口は2万人を超え、このカノヴァス国では王都に次ぐ大都市だ。

 南側の1/5程度を城砦、執政館、水軍の砦が占め、その北側が一般の市民が暮らす市街となっている。

 なお、ここ数百年、この街が戦火に巻き込まれるようなことは無く、領主も生活の場を城砦から横の執政館に移して長いが、城砦はいつでも使えるよう騎士団の手により維持・管理され、日頃から城内の練兵場で訓練に励んでいるとのことだ。

 落ち着いたら従兄妹伯父(アルノルス)様に参加させてもらえるよう頼んでみよう。

 そして城壁と川の間が倉庫と造船工場、船着場が立ち並ぶ港地区となっており、コムナ川の水運を利用するために船が集まり、日々行き交う船にヴァレリー領水軍が睨みを利かせている。

 もっとも、この川の上流はすべて自国領なので、どちらかというと下流の王都方面への後詰部隊の色が濃いが。



 そんな街も、今ではもう目前だ。

 馬車は街道を外れ、城へ続く大通りへの入り口へ進んでいる。

 じきに跳ね橋を通り、堀を渡る。

 ブレイユには堀は無かったし、はじめての経験だろうと私はアンジェルを揺り起こした。



 まだ明るいうちに宿に到着し、いつものようにアンジェルと2人で荷物を部屋に運び込んだ。


「アンジェル、すぐに買い物に出るわよ。動きやすい服(ズボン)に着替えときなさい。」


 そう言いつつ、結い上げていた髪を解き、ローブを脱いでズボンに着替える。

 騎士達には夕食を遅めにとる旨伝えてあるが、あまり待たせたくない。

 アンジェルもそれを聞いて、いそいそと鞄を漁って着替えの服を取り出す。

 うん、この前注意した内容は覚えているようね。

 アンジェルが着替えている間に、簡単に髪を1本の三つ編みにし、リボンで結ぶ。

 同じようにアンジェルの髪も櫛で梳ってから後ろ髪を三つ編みにして、ブリーヴ伯爵夫人(おくさま)から貰ったリボンで結ぶ。


「えへへっ、おそろいだね。」


 アンジェルは上機嫌だ。


「今夜教えてあげるから、今度ブリーヴへ行くときは自分で髪を結んでおきなさい。」


 そう伝えると、使っていないリボンを指に巻きつけていたアンジェルが頷く。


「うん、わかった。でも、姉ちゃんみたいに上手くできるかな…。」


 確かに、多少不恰好にはなるだろうが、多分伯爵夫人は気にしないだろう。

 それどころか、喜んで手ずから結び直しそうな気がする。


「まぁ大丈夫よ。」


 髪を結い終わったアンジェルを立たせると、『凍える大河(フローズンリバー)』を腰に吊るし、革鎧の入った袋を背負い、ミーアを連れたアンジェルと部屋を出る。

 まずはフロントで店の位置を聞いておこう。

 ブレイユでは、それをしなかったばかりにいろいろと面倒な事に巻き込まれてしまった。

 けど、そのおかげで今はアンジェルが隣にいる。

 だったらそれもいいかも…と思いながらも、いやいやと内心首を振る。

 さすがにもう1人の面倒は見きれない。

 そんな事を考えながら、早く早くと急かすアンジェルと共に階段を下りた。



「これ全部買い取りでお願い。」


 ブレイユで手に入れた鎧や武器を武器屋にすべて売り払う…段になって、短剣程度ならアンジェルも持っていたほうがいいかとも考えた。

 だがブレイユで手に入れたのは鋳鉄製のもので切れ味もいい物ではない。


「アンジェル、短剣を一本買ってあげるから、いくつか試してみなさい。」


 そう言いつつ、鋼鉄製の手ごろな短剣を見せてもらう。


「え、いらないと思うよ?」


 アンジェルは腰が引け気味だ。

 そういえば、ブレイユでは盗賊たちに囲まれて、短剣一本で向かい合ってたっけ。

 確かにそのイメージが染み付いていれば、武器を手元に置きたくないのもわかる。


「大丈夫よ、短剣だってただの道具。持っていれば便利だし、使用人として認められたら使用人用の家紋をもらえるようにお願いしておくから、手元に置いておきなさい。」


 見せてもらったほどほどのサイズの物の中に、家紋のメダルがを取り付けられる物があったので、それを購入する。

 シンプルな短剣だがそれゆえいくつか色違いを取りおいており、私は柄と鞘が青い『凍える大河』とよく似た色の物を選んだ。

 もちろん魔力は感じない、ただの短剣だけど。



 防具類が入っていた袋を背負って店を出る。

 ちなみに買った短剣もこの中だが、まだ渡す事はできない。

 アンジェルぐらいの子供には、使い方の注意を一通りしてからじゃないと危なくて渡せる物ではない。


「姉ちゃん、次はどこに行くんだ?」


「次は…革製品と…雑貨の小物かな?」


 とりあえずは近そうな雑貨屋へ行く事にする。



「櫛を見せてもらいたいんだけど、どんなのがあるかしら?」


 雑貨屋で開口一番に聞いてみた。


「材質なら青楊(ブルーボックス)弓の木(ボウツリー)森竹(ティンバーバンブー)琥珀亀(アンバータートル)の甲羅と象牙刃(アイボリーブレード)のがあるよ。銀製のだとウチじゃ扱っていないから、宝石商にでも聞いとくれ。」


 店番をしていた中年の女性店員が答える。

 おかみさんか?

 大通りではなく細い路地にあった店なので対応もぞんざいだ。


「じゃぁ青楊と琥珀亀のを。」


 象牙刃も悪くは無いが、あれは手入れが面倒くさい。

 リクエストに答え、店員が用意した櫛を手に取り眺めてみる。

 横からアンジェルも櫛を眺め、感心したような声を上げている。

 夜百合(ナイトリリー)の彫刻が施された琥珀亀の櫛と、大睡蓮(ジャイアントロータス)の彫刻が施された青楊の櫛。

 双方共に櫛としての細工は申し分ないが、琥珀亀の櫛のの彫刻を目にするや否や、迷わずにその値段を尋ねる。


「うん、悪くない値段ね。アンジェルはこれでいい?」


「うん、両方ともすごく綺麗で、自分じゃ選べないから姉ちゃんに任せるよ。」


 私は軽く頷くと、その櫛を購入して、また袋にしまった。

 しかし何たる偶然、夜百合は私の印章にも使われている花だ。

 大睡蓮の彫刻も緻密で見事なものだったが、アンジェルに渡すならこれ以上の物は無いだろう。

 そんな事を考えながら、店を出て次の店へ向かった。



 次に訪れたのは港地区に近い革物屋だ。

 多分ここで扱っているであろう…が、ここに無ければその時は置いてある店を聞けばいい。


「皮製の首輪は置いてる?」


 入店一番の質問に、若い店員が面食らう。が、


「あんたが着けるのか?」


 下卑た笑いを浮かべながら返してきた。


「言葉が足りなかったわね。剣牙猫(サーベルキャット)用よ。」


 と、私に続きアンジェルとミーアが入店する。

 店員の顔から笑みが消え、真剣な顔になる。


「そのサイズだったら家畜用…よりも犬用で足りるな。大型犬の。」


 最初のセクハラ紛いの言動は、本人にとっては軽いジョークであったようだ。

 まぁずいぶんと下品ではあるが。


「鎖で繋いだりは…しない?だったら装飾用の細身のやつでいいんじゃないか?生憎と貴族様が飼い犬につけるような染めた革を使ったやつだとか装飾が付いたやつだったりとかは置いてないんだが、シンプルな耐久性重視のやつだと…これだな。」


 そう言って、店の奥から一つの首輪を持ってくる。


「これは狩猟犬用ので真鍮の名札(ネームプレート)付だ。少し時間をもらえれば、名入れもするよ。」


 首輪としては悪くは無い…が、ちょっと時間が無い。


「だったらそれを。名入れもお願いしたいんだけど、時間が無いから今日は代金だけで明日取りに来るわ。」


「あいよ。今晩中に仕上げるから、朝一で来てもらえれば大丈夫だ。いつも昼の4刻(午前9時)ぐらいには店を開けているから。」


「わかったわ。あ、そうそう名前は『ミーア』で。」


「ああ。あ、これ預り証。明日取りに来るときは忘れないでくれよ?」


 そう言って、店の名前と番号の焼印が押された木片に、日付が書かれたものを渡してくる。


「わかったわ。じゃ、よろしくね。」


 今回は荷物の増加は預り証のみだ。

 次は…アンジェル用に女の子っぽい服ももう一着ぐらい欲しい。

 そういった服は1着しかないから、次にブリーヴ伯のお屋敷にお邪魔する際も今朝と同じ服というのは少し恥ずかしい。

 まぁアンジェルは小間使いであるから、特に気にもされないかもしれないが、私が我慢ならない。

 というわけで、出来合いでいいからフリルの付いたワンピースでも買うとしよう。



「よう、嬢ちゃん、ずいぶんとご機嫌だな。ちと悪ぃが、あんたの財布の中身が貰えりゃ、おれっちもご機嫌になれんだよ。怪我したくなけりゃ黙って渡しな。」


 …と考えていたのだが、通りの服屋に行くために細い路地を近道しようとしたら、ゴロツキに短剣を向けられた。

 いや、ゴロツキというより物盗りか。

 肉付きがよく日に焼けた腕や顔、その顔は威圧するために歪められ、服は動きやすそうなものだが所々水に濡れたのか染みになっている。

 だがその表情も変顔と言ったほうがいいようなものだった。


「この街は治安がいいと聞いていたんだけど…。」


 そもそも小娘とはいえ剣を持っているのが見えるだろうに。

 と思ったら、袋を肩に担いでいた所為で、半分くらい隠れていた。

 その所為で気づかれなかったのか、あるいは事前に獲物の観察すらしていなかったのか。

 剣の構えも、はっきり言って隙だらけだ。

 身を乗り出すように前に出した右足に体重をかけているが、あんなんじゃ咄嗟に動けない。

 心の中でため息をつきながらアンジェルに目をやれば、私の後ろに隠れてミーアを抑えてはいるが、あまり恐れているようには見えない。

 一応緊張はしているようだが、物盗りよりも私をじっと見ている。

 まぁ、短剣を渡す前でよかった。碌に扱えないのに前に出られて怪我をされても困る。


「ま、運が無かったな。オラッ、サッサと財布を出し―――」


 面倒くさかったので、袋の陰で凍れる大河の柄を握ると、腰をひねって角度を調整しつつ抜きざまに切り付けた。

 相変わらず自分でも少し驚くような速度で剣が疾走(はし)る。

 やはり気のせいではなく、この剣を使うときには体が軽い。

 これも魔剣の力なのだろうか?


 キンッ!


 物盗りは油断しているのか短剣を軽く握っているようにしか見えなかったので、それを狙って弾き飛ばそうと考えたのだが、根元のあたりで刃が断ち切れた。

 鋳鉄製か…腕どころか獲物までもお粗末だ。


「ひぃっ?なっ、何しやがる!」


 短くなった自分の短剣に驚き、それを手から落とした物盗りが地面にへたり込みながらも自分の行為を差し置いて非難する。

 だが私はそれを無視して、相手の眼前に剣先を向けたまま一歩前に出る。


「折角この子の服を買いに行くつもりだったのに…あなたを衛士に突き出してたらその時間もなくなっちゃうじゃない。」


「だったら、みみ見逃してやってもいいんだぜ?」


 腰の引けた物盗りが、震える声で精一杯虚勢を張る。

 …こいつ自分の立場がわかっていないわね。


「そんなことしたら、あんた次は他所様に迷惑かけるでしょ?」


 そう言いつつ、さらに一歩前に出る。


「だったら、どうするって言うんだよ!?」


「とりあえず…死になさい。」


 そう言いつつ、『凍える大河』を肩の高さに振り上げる。


「姉ちゃん、殺さなくても…!」


 そしてそれを、こちらに手を向け後退る物盗りの首筋に振り下ろす。

 届く寸前に刃を返した剣身は、物盗りの首筋をしたたかに打ち付け、意識を刈り取った。

 あとは拘束して衛士にでも突き出すか…死の恐怖は十分に味わえたでしょう。


「姉ちゃん、殺したのか?」


「首筋を打って、気絶させただけよ。」


 そう言いつつ、剣を鞘に収め拘束できそうなものを探す…が、適当な物が見つからない。

 アンジェルのリボンはもったいないし、しょうがない、物盗りの帯革(ベルト)でいいか。

 あまり触りたくないが、仕方なく男の腰回りを探って帯革を外し、拘束を…と思ったら、物盗りの首筋がうっすらと白く凍りつき、顔色が土気色になっている事に気づいた。

『凍える大河』の冷気か…頚動脈…血行が…まずい!

 ヤバイ、下手するとコイツ死ぬ!


「アンジェル、手伝って!首筋の氷を溶かすわよ!!」


 私はあわててアンジェルに指示して首筋を手のひらで暖めさせると、首筋を揉み解し、血行を再開させるために手を尽くす。

 しばらくすると物盗りの顔色に血の気が戻り、私は安堵から傍にへたり込んだ。

 あ、危なかった。

 盗賊行為を働いた以上、返り討ちにされても仕方がないとは言え、さすがに無益な殺生は寝覚めが悪い。


 そうしてへたり込んだまま、そろそろ拘束しようかと考えていると、路地の入り口のほうから、どかどか、がちゃがちゃといった音が近づいてくる。

 軍靴や鎧の音か?

 視線を向ければ、鎧を着た騎士に率いられた衛士の一団が駆け寄ってくる。

 誰かが通報したのだろうか?

 運がいい。

 物盗りを衛士に引き渡す手間が省けた。


「貴様かっ!無抵抗な男の首を絞める女というのはっ!!」


 騎士…年齢は私といくつも変わらなそうな…従騎士か?が叫ぶ。

 広い肩幅に鍛えられた腕、刈り上げられたくすんだ金色の髪から流れた汗が、鉢金を濡らしている。

 そしてそれに従う衛士たちは横に広がり、槍を向けこちらを囲む。


 通報した誰かさん…状況はもう少し正確に伝えておいてよ…。


読んでいただき、感謝いたします。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。


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