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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
23/124

1-22 お嬢様、妹分の戸惑いに触れる

神暦720年 王の月16日


「姉ちゃん、お待たせ!」


そう言ってアンジェルが寝室に駆け込んでくる。その口の周りが少し赤い。


「アンジェル、口の周りが赤いけど、どうかした?」


「え、赤い?」


アンジェルは袖で口をこするが、特に色が落ちたりはしない…どちらかというと充血しているのか?

彼女は姿見に駆け寄り、覗き込むと、


「あ!ううん、なんでもないよ。」


すぐにこちらに振り返り、首を振る。

が、視線が泳いでおり何かを隠しているのは一目瞭然だ。後で問い質そ(からだにきこ)う。


「ほら、いい加減寝巻きに着替えなさい。」


私の指示に従い、ワンピースを脱いで下着姿になった後、鞄をあさりだす。


「服を脱ぐ前に用意しなさいよ…。」


思わず額に手を当て、ため息をつく。

そこへマリオンが寝室に入ってくるが、その顔は赤い。

そして部屋の入り口から熱っぽい視線を私とジョゼさんに向ける。


「マリオンも…どうかした?」


「いえ、何でもありませんわ。」


否定するが、部屋の入り口から動かない。


「お嬢様、お着替えを。」


ジョゼさんに促されてから、やっとノロノロと着替え始める。

が、さっきのように自分で着替えようとはせず、ジョゼさんにされるがままだ。

だがその視線をジョゼさんから外さない。


「そういえば、予備の寝巻きもあるからジョゼもそれを着たら?」


荷物から取り出しつつ勧めてみる。


「いえ、そこまでご迷惑をお掛けする訳には…すぐ近くですし、屋敷まで行って取ってまいります。」


「そう?まぁ使い慣れたものの方が楽か。ジョゼはお泊りの準備も無い訳だし。」


「はい。すぐに戻りますので少々お待ちください。」


そう言って、ローブを脱ぎ、お仕着せ(じじょふく)に着替えはじめる。


「でもさすがにこの時間の女性の一人歩きは物騒だから…護衛の騎士を用意するわね。従騎士(みならい)だけど。」


そう言って、私はジョゼさんが脱いだショールを寝巻きの上に羽織った。



マリオンとアンジェルを部屋に残し、ジョゼさんと下の階の従騎士たちの部屋に行く。

部屋に着いた私は、ジョゼさんをドアの影になる位置に立たせてから、扉をノックする。

聞こえてくる中からの返事に、声を作る。


「夜分遅くに申し訳ありません、フェリクス様はいらっしゃいますか?」


「え、俺?今出ます、しょっ、少々お待ちください!」


部屋の中から聞こえる物音(どたばた)に、ジョゼと視線を合わせ、にやりと笑う。


「お、お待たせしました!ジョ…」


「こんばんは、フェル。ジョゼだと思った?」


ドアを開けて硬直するフェリクスに明るく声をかける。


「あ、お嬢様でしたか。こんな夜更けに何用ですか?」


フェリクスの後ろに、もう1人の従騎士、ヤンさんが姿を現す。

私はヤンさんに一度頷いてから、ニヤニヤ笑いつつフェリクスを見る。

やがてフェリクスは大きくため息をつき、肩を落す。


「そーだよユーリア。なんだ、こんな夜更けに。」


砕けた言葉遣いのフェリクス。

こんな風におちょくる相手には、彼の礼儀は既に店じまいしてしまったようだ。


「うん、ちょっとお願いがあるんだけど。」


「なんだよ、野暮用なら明日にしてくれ、明日。」


「んんー、そう?ジョゼがお屋敷まで荷物取りに戻るから、ちょっとエスコートお願いしようと思ったんだけど…。」


そしてドアの影からジョゼさんが姿を現し、軽く一礼をする。


「えっ!?ジョゼさん?」


「それならまぁ私でもいいか。」


「えっ!…っと、すぐ行きます!俺が行きます!!」


フェリクスはそう言って大急ぎで部屋の中に戻る。


「えっと、剣、剣!あと鎧に馬具に礼服!!」


「おい、落ち着けよフェル。とりあえず平服に帯剣…だから兜もいらねーって。」


扉の前から、冷静にツッコミを入れるヤンさん。


「いやぁアイツ、食事から戻った後ジョゼさんジョゼさんと五月蝿くてですね…アイツにもやっと春が来たかと生暖かく見守っていたんですが、さすがにウザくなってきたんでしばらく他所にやってもらえると助かります。」


そう言って、細い目をさらに細めて笑う。ちなみに彼は18歳、細身の体つきだが、その身の軽さを生かし斥候や伝令を主な任務とする従騎士だ。


「しばらく借りるわね。もっとも、狼になるほどの時間は与えないけど。」


「だったら戻る前に寝てしまうに限りますね。」


そう言ってにやりと笑う。


「お、お待たせしました、ジョゼさん!」


息を切らし、フェリクスが部屋から出てくる。


「じゃぁよろしくね、フェル。ちなみに、ジョゼに手を出したら承知しないわよ?それにジョゼはブリーヴ伯の縁者だから、とんでもない事になるわよ?」


「わかった、わかった…ってそうなの?」


「他言無用よ?」


「…畏まりました、お嬢様。従騎士フェリクスにお任せあれ。」


「では、お手数をお掛けしますがよろしくお願いします。」


深々と頭を下げるジョゼさん。


「いえ、お安い御用です。」


そして2人は連れ立って階段を下りていく。

さて、残った2人の面倒を見るために部屋に戻らねば。



そそくさと上階の部屋に戻る。

宿の中の廊下だ。

ショールを纏っているとはいえ、寝巻姿で出歩くのを他人に見られる事は淑女としては避けたいものだ。

だが、幸いにして誰とも出くわさずに部屋に戻ることが出来た。

そして誰もいない応接間を抜け、寝室に入る。

ベッドの上にマリオンが膝を抱えて座り込み、その傍にアンジェルが寄り添っている。

見回すと部屋の隅ではミーアが蹲っていた。私が部屋を出ている間に移動したのか。


「お待たせ…どうかした?」


荷物の上にショールを置いてからマリオンに近づき、ベッドに腰掛けて尋ねる。


「なんか、さっき姉ちゃんとジョゼ姉ちゃんとの話を聞いてから、マリオン姉ちゃんがおかしいんだ。」


やはり立ち聞きしていたか。まったく…ジョゼさんの苦労も水の泡だ。


「お姉様…申し訳ありません。こちらの部屋に入るときに、お話が聞こえてしまって…とっさにアンジェルの口を塞いで、扉の傍で聞き耳を…。」


そうか、しばらくアンジェルの口を押さえたてた所為で、口の周りが赤くなっていたのか。


「それ以来、話の内容が頭の中をぐるぐると回って…どうしても離れないのです。」


そう言って、赤くした顔で困ったように微笑む。


「そう、ショックだったのね…無理もないわ。幼い頃からずっと傍付きだったジョゼが、実の姉だったなんて。」


「はい。私は…いったいどんな顔をして、ジョゼに接すればよいのでしょうか?」


確かに、長年親しんだ身近な人物の立場が急に変われば、戸惑いもしよう。

それにマリオンはまだ子供だ。割り切りも苦手なのかもしれない。


「それで、マリオンはジョゼが姉だとわかって…嫌なの?」


「そんな事はありませんわ!!」


反射的に全力で否定する。

アンジェルは急な反応にびっくりしているが、私にとっては予想の範囲内だ。


「あ…申し訳ありません、お姉様。ジョゼは…その…私が小さな頃からずっと傍にいて…私の身の回りの世話をしていました。ジョゼのいない生活など、考えられない程に。」


マリオンは俯く。


「そう、マリオンお嬢様はお付きのジョゼが大好きなのね。それでいいじゃない。」


「えっ?」


私の言葉に、マリオンは驚き顔を上げる。


「ジョゼは仕事として、マリオンのお世話をしているんでしょ?家族関係よりも仕事関係が優先されるのなんて、よくあることよ?」


たとえ国王の兄といえども、国王に命令する事はできない。そんな話などごまんとある。


「だったら今まで通りに世話をしてもらいながら、妹として今まで以上に甘えちゃいなさい。」


「それで…良いのでしょうか?」


「ええ。でも、わがままは程々にしておかないと、愛想尽かされるかも知れないけどね。」


そう言って微笑む。

やがてその言葉が染みたのか、マリオンも困ったように笑う。


「お姉様、私も何時までも子供のままではありませんわ。少しでもジョゼの手間を減らせるよう努力して…その分彼女に甘える事にします。」


「ええ、そうしなさいな。それにしても、なんだかんだ言ってすぐ傍に『お姉様』がいたんじゃないの。これは私も負けてられないわね。」


そう言いつつ、ベッドの上のマリオンに這い寄る。


「だから、私にも甘えちゃいなさい。それで、少しでもアンジェルを甘えさせてくれたらうれしいわ。」


半ば無理やりマリオンの背を倒し、膝枕の体勢に入る。


「あまり柔らかくなかったらごめんね。」


そしてマリオンの髪を撫でる。


「いえ、とても暖かで柔らかいです。ありがとうございます、お姉様。」


そう言って、マリオンは私の腿にすがるように手を添え、目を閉じた。

その顔には陰りはなく、とても穏やかな表情だった。



「マリオン姉ちゃん、寝ちゃったね。」


いつの間にか寝息を立てはじめたマリオンの顔を覗き込み、アンジェルがささやく。

軽く頷き、微笑みながら顔の前で指を立て、静かにするように合図を送る。

そしてそのままマリオンの寝顔を眺めつつ髪を撫でていると、しばらくして隣の部屋でドアの音が聞こえ、すぐに鞄を持ったジョゼが寝室に入ってきた。


「遅くなりました、ユーリア様。…お嬢様はお休みですか?」


途中から小声にしたジョゼに私は無言で頷く。


「お帰りなさい、ジョゼ。そういえば、あなたの達の事知られてしまったわ。」


小声でジョゼに伝えると、彼女の顔が歪む。


「別に話した訳じゃないわよ。さっきの話を聞かれてしまったのよ。」


「そう…でしたか。」


彼女は俯く…が、すぐに顔を上げた。


「旦那様には、お嬢様が成人するまでは秘していただくようお願いしていたのですが…少しだけ早く知られてしまいました。」


そう言って、彼女は困ったように眉を歪めて微笑む。


「まぁ、この子が起きてからゆっくりと話し合いなさい。何なら起こす?」


私の質問に、ジョゼは無言で首を振る。


「別に、そんなに気に病むことはないわよ。彼女は言っていたわ。『ジョゼが姉だと知って嬉しい』って。安心しなさい。」


ジョゼはその言葉を聞き、大きく目を見開いた後、今度は目を閉じた。

そして再び目を開いた時には、表情から困ったような歪みは消え、純粋な微笑だけがあった。


「ありがとうございます、ユーリア様。これで今夜は心安らかに眠れます。」


そう言って軽く頭を下げる。


「どういたしまして。…そういえば、少し時間がかかったけど、何かあった?狼にでも襲われた?」


ニヤニヤと笑いながら問いかける。


「いえ、狼には襲われなかったのですが、屋敷で奥様に呼び止められている間にいたずら好きな妖精(フェアリー)が2匹ほど現れてフェリクス様にちょっかいを…。」


「妖精?珍しいわね、こんな街中に。」


深い森の奥や自然の中ならともかく、こんな街中では目にする機会などめったに無い筈だ。


「いえ、そうではなく、(ジャック)と旦那様の事です。私を待つ間、『何しに来た』『君は誰で、ジョゼとはどんな関係かね?』と質問攻め(おもちゃ)にされていた様で…。」


あら、まだまだこれからって相手に手荒い歓迎ね。


「さすがに気疲れしたのか、帰り道は言葉少なでした。」


まぁ、勢いあまって襲い掛かるよりかはいいか。


「その際に奥様から言伝を承っております。『明朝、町を出立するついででよいので、2人を屋敷まで送り届け顔を見せてほしい。』との事です。」


「ふーん、何かしらね。2人へのもてなしへのお礼…かしら?」


「『朝早く起きて準備…』などと仰られていたので、おそらくは。」


別にいいのに。

しかし、さすがにジョゼだけで2人分の荷物を運ぶのは大変そうなので、すすんで引き受けよう。

まぁ、宿に言えば荷物運び(ポーター)ぐらい、いくらでも貸してもらえそうではあるが。


「ま、それはそれでいいとして、マリオンも寝ちゃったし、私達も寝ましょうか?遅くまでおしゃべりするのも良かったけど。アンジェル、歯を磨いてきなさい。」


「うん、姉ちゃん。」


アンジェルが荷物をあさりだす。


「で、マリオンはこのまま寝かせとく?」


「そうですね…。このまま寝かせてさしあげたいのは山々ですが、お付きの侍女としましては寝る前の無精を見逃す訳には参りませんので…やはり起こすしかありませんか。」


そう言ってジョゼさんは、ベッドに上がりマリオンを揺り起こす。


「お嬢様、身だしなみがまだ整っておりません、起きてください。」


寝付いてからそれほど時間が経っていなかったが、揺り起こされたマリオンは目をこすりながら辺りを見回すと、笑顔でジョゼさんの膝に抱きつき、二度寝に入る。


「お嬢様、起きてください。歯を磨かなくてはなりませんし、髪もまだ梳っておりませんよ。」


そう辛抱強くマリオンを起こすジョゼさんの貌は、傍から見れば歳の離れた妹に手を焼く姉の貌だった。



しばらくしてマリオンは目を覚まし、ジョゼと共に洗面所に向かった。

身だしなみを整える間に話し合ったのだろう、二人は気恥ずかし気だが、すっきりとしたような顔で戻ってきた。


「お姉様、お騒がせいたしました。」


「ユーリア様、ご心配をお掛けしました。」


一足先に洗面所から戻ってきたアンジェルの髪を梳る私に、2人が順に詫びる。


「話は出来たの?」


「はい。ほとんどは今まで通りで、ただ、私は今まで以上にジョゼを大事にし、彼女の話に耳を傾けます。」


「そして私は今まで以上にお嬢様に尽くすと共に、必要時には忌憚なく諫めます。」


「そう。ま、あなた達2人なら大丈夫でしょうとも。」


そう言って、アンジェルの髪に視線を戻す。


「だったら、これでみんな姉妹(きょうだい)だね。」


そういって、アンジェルが笑う。

そして他の三人も、顔を見合わせ破顔する。


「そういうことになる…のかしらね。」


「ええ、アンジェルも私の妹ですわ。」


「ふふっ、ずいぶんと個性的な姉妹ですね。」


「一巡り前はひとりぼっちだったけど、やっぱり姉ちゃんはすげぇや。」


「私だって、昨日までは一人っ子でしたのよ?」


そう言って皆がベッドに集まり、手を取り笑い合う。


しかしこれはあくまでも若い娘達の姉妹ごっこでしかない。

だが、その関係が何時までも続けばいいと思い、それを願った。


フェリクス:『手を出すな』…つまり、『絶対押すなよ』って事だな?

ユーリア :弟と父親にからかわれてすごすご逃げ出したヘタレが何言ってんの?

      勢いに任せて『ジョゼさんを私にください!』ぐらい言いなさいよ。

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読んでいただき、感謝いたします。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。


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