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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
22/124

1-21 お嬢様、侍女の身の上を聞く

神暦720年 王の月16日


その後はしばらく温まってから、風呂を上がった。

風呂を上がるまでは、ジョゼさんが涙目でこちらを睨みつつ腕で胸を隠していたが、上がって下着をつけるとそれもなくなった。

下着姿のまま皆で寝室に移動し、談笑しながらしばらく身体を冷やす。

その間に、ジョゼさん用の服を用意する。身長的に私の服が着れそうなので、胸元がゆったりしたローブを貸してみた。


「ユーリア様、私はお仕着せでも構いませんが。」


「それじゃ目立っちゃうじゃない?とりあえずは着てみて。サイズが合えばいいんだけど…。」


用意したローブを渡す。

ついでにジョゼさんが着替える間に、アンジェルの服も出す。


「まぁっ、アンジェルはワンピースですのね?昼間はズボンでしたので、新鮮ですわ。」


「うん、これじゃ馬にはのれないから、ズボンだったんだ。」


「ユーリア様、サイズは…問題ないようです。」


声に振り向けば…うん、自分の服のはずだがボリュームが違いすぎて違和感が凄い。

主に胸の。


「うーん、余裕はあった筈なんだけどね…。」


余裕以上に布地が押し上げられ、かなり目立ってしまっている。


「やはりお仕着せのほうが…。」


そう言いながら恥ずかしそうにしているジョゼさん。

お仕着せもいいが、胸以外の点では結構似合っていて良いと思うのだが…。


「だったら、このショールはどう?」


荷物の中からレースのショールを取り出し、ジョゼさんの後ろに回り込んでその肩にかける。


「これなら…多少は隠れるかしら?」


「ええ、これでしたら…大丈夫そうです。でも本当によろしいのでしょうか、お借りしても。」


「ええ、問題ないわ。さて、じゃアンジェルとマリオンも着替えちゃって。ジョゼは…マリオンの着付け?」


「わ、私だって1人で着れますわ。えーっとジョゼ、持って来たドレスを…。」


「はい、こちらに。」


どうやら、着付けは出来るようだが、着替えの用意は任せっきりのようだ。


「あとは髪結いと…化粧はいらないわね。アンジェル、着替えたらこっちいらっしゃい。髪を梳ってあげる。」


「うん、姉ちゃん。ちょっと待って。」


アンジェルは服に首を通しながら答える。

尚、余談だがアンジェルの髪を梳っている間中、マリオンが羨ましそうにそれ見ていたので、結局彼女の髪も私が結った。そして私の髪はジョゼさんに任せ、ジョゼさんの髪はアンジェルがたどたどしくも梳って、ミーアを残しみんなで酒場に下りていった。



私達が酒場に入ると、待ち構えていた支配人が駆け寄り、席へ案内する。

さすがにいい宿だけあって、酒場が喧騒で満たされる事はないが、所々の卓から陽気な笑い声が聞こえる。

案内された円卓には、私達以外が全員揃っていた。


「待たせたわね。じゃ、はじめましょうか。」


フェリクスが立ち上がり、マリオンたちの席を引く。

そして予想通りジョゼさんを自分のとなりに誘導している。

ちなみに席順はアンジェル-私-マリオン-ジョゼさん-フェリクス-中略-アンドレである。


「とりあえずは飲み物を…。」


傍に控えた給仕が差し出すメニューを開く。


「我々の分はすでに注文しております。」


「そう。マリオンとジョゼはお酒は?」


「お嬢様は酒精の入っていないものを。私…も、お嬢様のお世話がありますので同じものを。」


「ジョゼ、私はもう飲めますのよ!」


「いつも翌日にひどい目にあっているではありませんか。お嬢様にはまだ早すぎます。」


ひどい目か…それはそれで面白そうだ。


「飲みたいのなら、それを止めるつもりはないのだけど…だったらジョゼも同じものを頼んで、それで限界を見極めてみる?」


「ええ、それでお願いしますわ、お姉様。」


「お嬢様!…仕方がありません。ではそれで、限界だと判断したら止めさせていただきますからね?」


「うん、わかったわ。じゃぁ、林檎酒(シードル)でいいかしら?冷やしたそれを3つと、それの水割りをひとつで。」


まだ早いかもしれないが、林檎酒のさらに水割りならアンジェルも大丈夫だろう。

こっちは私がセーブしなければいけないが。

給仕がメニューを持ち、下がる。

そして程なく、飲み物とオードブルを乗せた大皿が運ばれ、それぞれに配られる。

どうやら皆に行き渡ったようだ。

私はグラスを手に取ると、皆もそれに習う。


「今日は私の新しい妹のマリオンと、友人のジョゼを招待したわ。知っての通り、こんなじゃじゃ馬ではなく本物のお嬢様とそのお付きよ。慣れない接待役(ホスト)ではあるけれど、楽しんでいただければ幸いね。では、乾杯。」


「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

音頭と共にグラスが触れあい、澄んだ音が響く。

男共は一気に飲み干し、淑女達はグラスに軽く口をつけ、それをテーブルに置く。


「こらアンジェル、淑女が『ぷはぁ』とか言わないの。」


「ゴメンよ、ね…申し訳ありません、おじょうさま。喉がかわいていたから。でもこれ甘いけど、やっぱり変な味がする。」


ふむ、やはりアンジェルには少し早かったか。じゃあ次は果汁(ジュース)ね。


「うふふ、本当に仲の良い姉妹のようですのね、お姉様。」


アンジェルと私のやり取りを見て、マリオンが笑う。ジョゼさんも目を細めている。


「まぁ、しつけがあまりなってないけど、3年も離れる事になるからそれ迄にできるだけ見てあげないと…ね。」


可能であれば手元に置いておきたいんだけど、小間使い付きで行儀見習いってのもあんまりだ。


「私、お姉さまはもちろんですが、アンジェルにも手紙を書きますわ。落ち着いたら遊びに行きますわね。」


「あら、それはいいわね。故郷にいる私の妹なんだけど、甘えたがりで私の真似をしてたお転婆だから、少しはマリオンを見習ってくれると安心だわ。けどアンジェルは…まずは読み書きが出来るようにならなきゃね。」


そう言いつつ、小皿に料理を山盛りにしつつ、アンジェルの前に置く。

アンジェルだと、フォークなどを使っての大皿からの取り分けはまだおぼつかないからだ。

横を見ると、ジョゼさんもマリオンへの取り分けやフェリクスへの対応に忙しい。

そうしている間にも、続々と料理の大皿が卓上に並べられていく。


「ところでマリオン、こういった酒場はどう?庶民の酒場ほどゴミゴミしていないけど、あんまり体験した事ないんじゃない?」


「ええ、とても興味深いです。こういった大皿料理や円卓での会食は初めてですので。」


「普段は給仕付きで、静かな雰囲気での食事ばかりですからね。斯く言う私も、お嬢様と席を共にするのは初めてですが…。」


「ええ、それも楽しいわ。」


そう言って微笑むマリオン。

その笑顔を見ながらグラスを取れば、一口で空になった。

手を上げ給仕を呼び、メニューを開く。そういえばマリオンのグラスも空に近いな。


「マリオンは次は何にする?」


「お姉様は何になさるので?」


メニューを見ると…あら珍しい。


藪石榴(グローブグレネード)のリキュールなんて置いてあるのね。」


その呟きに、給仕が答える。


「はい、当宿の主人が南洋圏の生まれでして、故郷を懐かしむために近郊で栽培し醸造しております。」


「じゃぁそれを1つと、藪石榴の果汁はある?」


「生憎と果汁はございませんが、果汁を使用したシロップでしたら、ご用意できますが。」


「じゃぁそれを鉱泉水(ソーダ)割りで1つ。」


「かしこまりました。」


「では私もお姉様と同じもので。」


「では藪石榴のリキュールを全部で3つ。冷やしたのでいい?」


マリオンとジョゼさんが頷くのを見て、給仕に頷く。

と、卓の上を見れば棘鶉のローストが3皿、並んでいた。


「これは…ミーアが仕留めたのはどれかしら?」


調理済みであり、その大きさ以外は一見、見分けが付かない。


「お嬢様に頂いた物は比較的小柄でしたので、おそらくはこの皿かと。」


ボーダンさんが目の前の一つを示す。


「しかし、仕留めてからの下ごしらえが不十分でしたので、お客様には店が用意したものをご賞味いただいたほうが宜しいかと。」 


そう言われると確かにマリオン達に出すのははばかれるが、だがそれを食してみたいという思いはある。

だって仕方ないじゃない、血抜きする時間もなかったし。


「じゃぁ…マリオンはどっちがいい?」


「ミーアが捕まえたもので!」


即答だった。


「いいの?あまり大きくないし、味も落ちると思うけど。」


「そちらのほうが、お母様に自慢できますわ。それに、私はあまり量を食べませんし。」


なるほど、確かに貴族相手では棘鶉など珍しくもないが、ミーアが仕留めたものなら別だ。


「じゃぁその皿をこっちに。」


その皿の傍にいたボーダンさんに頼むと給仕たちが皿の位置を交換し、ミーアの棘鶉が目の前にやってくる。

そして給仕にお願いして、それを切り分けてもらう。

給仕された料理を観察する…表面はパリッと焼かれ、皮も香ばしそうだ。

ナイフで切り分け、香りを確かめる。

臭み消しだろうか?香草の匂いが鼻腔を擽る。

そしてそれを口に含み、噛み締めると…太い繊維の間から肉汁があふれ出す。

香草のおかげで、嫌な臭みもエグ味もなく、シンプルな塩の味にかすかに感じる苦さが程よいアクセントになっている。


「あら、これは…美味しいわ。」


「はい、シンプルな味付けですが、それが素材の旨みを引き出し、濃厚な肉汁と相まって絶妙です。」


「そうか、ミーアと狩をすれば、肉が食えるのか…。」


皆にも評判だが、アンジェルは何やら思うこともあるみたいだ。

というか、味を占めたか?


「臭みがあるかと思ったけど…上手く消されてるわね。無理を言ったけど、すばらしい料理だわ。」


後半の言葉を給仕に向けると、彼は黙礼を一つ返す。

この言葉は料理人にも伝わるだろう。

私は口内の油をリキュールで洗い流すと、他の料理にも手を出した。



その後も程よく食べ、飲み、食事会はお開きとなった。


「普段は家族と同席する事しかありませんから…とても楽しかったですわ、お姉様。」


ジョゼが程々に抑えたおかげか、マリオンは上機嫌だ。楽しんでもらえたようで、何よりだった。


部屋に戻ると、アンジェルがもらってきた黒鱒(ブラックトラウト)を木皿に載せてミーアに与える。

そしてそれを食べるのをマリオンと2人で眺めていた。


「アンジェルとマリオンも、それが終わったら寝巻きに着替えなさいね。」


2人に声をかけ、寝室へ向かう。

そしてクローゼットの中から寝巻きを取り出すと、マリオンの寝巻きを用意していたジョゼさんが、こちらに寄って来る。


「ユーリア様、お手伝いいたします。」


「あら、別にいいのに。」


「ドレスをお借りしてしまいましたので、せめてお手伝いさせて下さい。」


その言葉に甘え、ジョゼさんに手伝ってもらい、寝巻きに着替える。

そして纏め上げていた髪を解くと、ジョゼさんは化粧台へ櫛を取りに行ったので、その間にベッドに腰掛ける。

本来であれば化粧台の前の椅子を使い、侍女は立たせたまま髪の手入れをさせるものだが…こっちのほうが私達らしいだろう。

私の黒髪を梳るジョゼさんの手の感触を感じながら、食事会のことを思い出す。

そういえば、ジョゼさんはフェリクスと2人で色々と話をしていたようだ。

フェリクスは奥手であまり女性には興味を示さないと思っていたが、この旅で何か思う事もあったのだろうか。

それとも、彼女の人柄(きょにゅう)に惚れたか?

まぁそれは冗談として、ジョゼさんにフェリクスに付いて感想を聞いてみる。


「食事会ではフェル…フェリクスが色々と話しかけていたようだったけど…迷惑じゃなかった?」


所詮、田舎者の悪ガキだ。相手の迷惑など考えてもいないのではないかと考えたが、


「フェリクス様ですか?いえ、とても親しみやすい方だと思いました。話していると、歳相応に背伸びはしていますが朴訥な方で…弟を見ているようで、少し安心します。」


印象は悪くはないが、恋愛対象として見られているかは…微妙だ。


「そういえばジョゼ、歳は?」

「はい、18になります。ユーリア様の3つ上です。」


という事は、フェリクスの2つ上。縁談の一つや二つ、あってもおかしくない歳だ。


「ジョゼなら、縁談なんかもあるんじゃないの?」


「はい、いくつかは。ですが、お嬢様のお世話がありますので、少なくとも成人なさるまでは仕事を続けたいと旦那様にお願いしております。」


「ふーん。そういえばジョゼって、リース家の親戚筋?伯爵と顔つきがよく似ているのが気になったのだけど。」


微妙な話題ではあるが、少し気になったのでその点に触れてみる。


横目で窺うと、ジョゼさんは応接間に続く扉を気にしているようだ。

その扉からは、ミーアをかわいがる(いじる)マリオンとアンジェルの声が聞こえてくる。


「言いづらい事だったら、別に聞かなくてもいいんだけど。」


「いえ、そういった訳ではないのですが、この話はお嬢様には内密にお願いします。」


声を潜め、ジョゼさんが答える。


「思い当たる節がおありかも知れませんが、私…私達姉弟は、旦那様の庶子にございます。」


私はジョゼさんの告白に息を飲む。やはり、彼女は伯爵の話にあった庶子だったか。


「私の母はとある士爵家の令嬢であったのですが、社交デビューの際に舞い上がってしまったのでしょう。その時に出合った旦那様と一夜の関係を持ってしまい、こう言っては何ですが、運悪くそのまま懐妊してしまいました。」


ジョゼさんは自嘲気味に微笑む。そう、運がよければ彼女達は存在していなかった筈だ。


「そしてそのことが家に知られ、母は勘当されると共に、半ば秘密裏に親戚筋に預けられました。その家で生まれた私達は母と共に質素ではありましたが幸せに暮らして居りましたが、私達が6つになろうとした頃、母が病に倒れました。母は病床で旦那様に私達の庇護を求める旨の手紙をしたためた後、旦那様が駆けつける前に息を引き取りました。」


「そう、伯爵の話にあったのは貴女達だったの…。」


「はい。その後私達は旦那様の下に引き取られ、教育を施されつつ私はお嬢様の子守から侍女として、弟は小間使いから近侍として、リース家に仕えさせていただいております。」


「そう…。でも良かったの?今日会ったばっかりの私にそのような事を話して。」


私の問いに、ジョゼさんは微笑む。


「ふふ、何ででしょうね。自分でもわかりませんが、ユーリア様でしたら信頼できそうな気がしたものですから。改めて私からもお願いいたしますが、お嬢様とどうぞ良しなに。」


そう言って、深く頭を下げるジョゼさん。


「ええ、もちろんよ。それにしても、こんなに近くにお姉様がいるじゃないの、マリオン。」


私は呆れ気味に呟く。


「はい、旦那様には周囲に伏せる必要は無いと仰って頂いたのですが、家督の問題などもございます。この件はくれぐれもお嬢様にはご内密にお願いします。」


私は頷く。

だが、彼女は気づいていない。いつの間にか応接間からはマリオンたちの声が聞こえてこない事に。


「ところで、気に入ったようだったらフェルと仲良くしてやってね。あいつも意外と狙い目よ?田舎だからあまり贅沢は出来ないだろうけど、うちの騎士隊で将来を嘱望されてるし、あいつ自身意外と才能あるから、隠れ優良物件よ。あ、そうそう知ってる?あいつの父親…私の伯父上なんだけどね……。」


ここぞとばかりにフェリクスを売り込む。

ジョゼさんは苦笑しつつそれに耳を傾けている。


「そうですね、ユーリア様と縁続きになれるのは非常に魅力的ですが…まだまだ先の話です。」


「まぁそれもそうね。」


今の所、フェリクス自身にはあまり魅力は感じないのか…哀れな。

まぁこれ以上は彼の今後の頑張り次第か。

っと、いくらなんでもマリオンたちが遅すぎるわね。

いったい何時までミーアをいじっているつもりだか。


「アンジェル、マリオンも!早く着替えなさい!!」


隣の部屋に声をかける。

すると、隣の部屋の中で動き回る気配の後、わかったと返事がある。

声のした位置も、ミーアの寝ていた辺りではなく部屋の真ん中ぐらいからだった。

ちらとジョゼさんを窺うと、特に気づいていないように思える。

ま、私はジョゼさんの事をマリオンに話すつもりはないけど、既にその必要も無いかもしれない。


読んでいただき、感謝いたします。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。


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