1-17 お嬢様、招待される
神暦720年 王の月16日
棘鶉を鞄の中にあった皮袋に入れて鞍に吊るした後、マリオンの先導でブリーヴの町に向かった。
できれば血抜きして羽根を毟ってから吊るしておきたかったんだけど…さすがにそんな時間はなった。
ちなみにペースは速歩程度、ミーアも十分についてこれるスピードだ。
お淑やかなお嬢様は全力疾走などしないのだ。
城門に近づくと、遠目にも門の周囲が慌しくなる。
物見がいたのだろう、城壁内の屯所から衛士たちが槍を片手にわらわらと出てきて、門の左右に整列する。
そしてマリオンが門を通過するのに合わせ、一斉に槍を掲げ敬礼する。
「任務、ご苦労様。デファンス伯が御息女、ユーリア様とそのお付きのアンジェル嬢を屋敷へ招待します。」
マリオンが滔々と告げる。
「了解いたしました、お嬢様。ユーリア様、歓迎いたします。」
隊長らしき人が答える。
あ、衛士の中に町を出るときに声をかけてきた人もいる。
驚いてる驚いてる。
昨日は馬車の中まで調べなかったから、知らなかったのだろう。
基本、貴族の家紋を掲げた馬車なら出入りはフリーだ。
町に入っていくマリオンの後に続く。
領主の館は…大通りを抜けた先だったか?
宿泊している宿のさらに先に進んだところだったはずだ。
と、宿の近くで見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ボーダンさん!」
それに近づきつつ声をかけるとボーダンさんが振り向く。
露店で昼食を調達してきたのだろう。
布の包みを抱えている。
「これはお嬢様。随分と早いお帰りですな。」
「ちょっと色々あって。あ、これを宿に渡して、今晩の1品にしてもらって。」
そう言って棘鶉の入った袋を渡す。
ミーアの獲ったものだが、構わないだろう。
仕留めた際についたであろう唾液とかは考えないでおく。
「それと、領主のお嬢様にお呼ばれしたから、ちょっと行ってくるわ。晩までには戻る予定よ。」
「了解しました。ごゆっくりどうぞ。」
ボーダンさんに軽く手を振り、マリオンを追いかける。
「ユーリア様、先ほどの殿方は?」
「私の護衛班のリーダーです。棘鶉の処理とお呼ばれした旨を伝えてきました。」
「それでしたら、あの方もご招待したほうがよろしいかしら?」
「折角のお誘いですが、ご遠慮いたします。本日、彼らは休暇を取っておりますので。」
そんなことを話している内に、領主の館へ辿り着く。
衛士つきの開かれた門を抜け、屋敷の玄関まで進むと10人ほどの使用人が出迎える。
「お嬢様、お帰りなさいませ。」
「「「「お帰りなさいませ。」」」」
年配の執事に続き、使用人たちが一斉に挨拶をする。
敷地に入ってからの時間では出迎えることすらできないだろうから、おそらくは城壁から魔導具か何かで連絡がなされたのだろう。
さすが、都会の貴族。
爵位だけは同じな田舎貴族とは大違いだ。
ちなみに、使用人のうちの何人かの視線が時折ミーアに向けられている。
猫好きなのだろうか?
「ただいま戻りました。こちらはデファンス伯が御息女ユーリア様とそのお付のアンジェル嬢。昼食にお招きしました。エリック、おもてなしを。」
「かしこまりました、お嬢様。」
執事さんはマリオンに一礼してから、こちらを向き深く一礼する。
「ようこそおいで下さいました、ユーリア様、アンジェル様。歓迎いたしますぞ。」
「よろしくお願いします。えっと…」
「申し遅れました。リース家の家令をしておりますエリックと申します。」
執事じゃなくて家令か。
「ええ、よろしくお願いしますね、エリックさん。」
家令がいるなんて、さすが(ry
アンジェルを下ろしてから自分も馬を下りる。
「ジャック、お客様の馬を厩へ。ジョゼ、お客様のお世話を。」
「「はい」」
進み出た2人のうち、銀髪の若い近侍が手綱を受け取り、スパークを連れて行く。
そしてよく似た顔つきのやはり銀髪の侍女が、軽く頭を下げ脇に控える。
兄妹…か?年齢的には私の少し上に見える。
「マリオン様、ミーアはそのあたりの物陰で休ませて頂いてよろしいでしょうか?」
「あら?その子もぜひご招待したかったのですが…。」
さすがに獣を他人様の屋敷に入れるのは躊躇われたのだが…うん、そう来たか。
「それでしたらお言葉に甘えましょう。アンジェル、大人しくさせるのよ?」
「うん、ね…お嬢様。」
アンジェルはきょろきょろとせわしない。
そういえば、貴族の館は初めてか。
「ご案内いたします。どうぞこちらへ。」
エリックさんとジョゼさん?に続き、屋敷へ入った。
客間に案内されソファーに腰掛ける。マリオンの向かいでアンジェルは私の隣だ。
そしてミーアは足元に寝そべる。
これまた高価そうな絨毯に毛が!
「お食事の用意をしておりますので今しばらくご歓談を。」
エリックさんがそう告げ、一礼してから部屋を出て行く。
ジョゼさんが茶を給仕し、そして壁沿いに控えた。
茶の注がれたカップに口をつける。
カップの中身は黒茶…その中でも香りがよく苦味が少なめな品種を、高温を維持したまま上手く煎れることでより香り高く仕上げている。
というか、これも結構高価な茶葉だわ。
「ユーリア様はブリーヴにどのような御用事で?」
カップを手にマリオンが尋ねる。
そういえば説明していなかったか。
「ヴァレリーのタレイラン家へと、行儀見習いに向かう途中に立ち寄りました。旅程に余裕あったため、今日は護衛の騎士の馬を借りてこの子と遠乗りに出かけていたところです。」
アンジェルに目をやると、茶と一緒に出てきた焼き菓子を一心に頬張っている。
アンジェル…程々にしないと、昼ごはんが入らないわよ?
「行儀見習いですか…ユーリア様の御歳をお聞きしてもよろしいでしょうか?私はもうじき14になります。」
やはり歳下か。
「私は先日15となりました。」
「まぁっ、1つ上でしたか。乗馬もお上手で、非常に落ち着かれているのでもっと年上かと思いましたわ。」
「乗馬に関しては田舎者故です。落ち着きに関しては…弟妹の面倒を見て来たからでしょうか。」
「田舎者だなんて…作法もとても洗練されてますわ。ご弟妹はおいくつで?」
「弟が12、妹が11になります。」
「私には兄弟はいないのでとても羨ましいですわ。…あの、ユーリア様?」
問いかけながら、マリオンが顔を赤くして俯く。
「何でしょうか、マリオン様?」
「よろしければ…もしよろしければですが、お姉様と呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「は…あ?」
突然の発言に面食らう。周りを見渡せば、アンジェルも目を丸くしている。
壁際の侍女は…表情は変えないが、興味津々なのはわかる。
「理由を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい。私は…昔から年の近い姉妹と言う物に憧れておりまして…私とローズクラウンを救って頂いた時のユーリア様は…とても素敵でした。もしこんな方が私のお姉様だったらと。」
私はその言葉を吟味する。
人脈の形成は、名家で行儀見習いを勤め上げたという箔を得る事と共に、今回の奉公の目的ともいえることだ。
今の私にはまともな人脈などない。交友関係を広げるという意味では、これは好都合…。
それに彼女自身、非常に好感の持てる良家の子女である。
アンジェルに対する印象も悪くなさそうだし、彼女のためにもなるだろう。
これを断る手はないわね。
と、こちらの返事を伺っていたマリオンの顔がだんだん曇ってきた。
おっと、早く答えねば。
「私のようなものでよろしければ…光栄です、マリオン様」
彼女の顔が喜びでほころぶ。
「でしたら、私のことはマリオンとだけお呼びください…ユーリアお姉様。」
故郷に残してきた妹の顔が浮かぶ。
この事を話したら、彼女は喜ぶだろうか?
「わかりました、マリオン。よろしくお願いしますね。」
「はい、こちらこそ、ユーリアお姉様。」
と、そのときノックの音がする。
マリオンの返事を受け扉が開くと、エリックさんが入室し、食事の準備が整った旨を伝えた。
昼食は、すばらしいものだった。
いや、宿での食事も十分美味しかったけど、こっちのはそれ以上。
貴族向けの最上級の宿だったら、こんなレベルの食事が毎回出るのだろうなぁ…。
なお、アンジェルはなんとか最低限のマナーは守れていたと言っておこう。
傍からも緊張していたのはよくわかったが、あれでは食事の味を楽しむ所ではなかっただろう。
まぁいい経験だ。
などと、食後に先ほどの応接間に移り、お茶を楽しみながら昼食の余韻に浸る。
アンジェルと共にミーアを撫でるマリオンを見ていたら、ノックの後に扉から見知らぬ男性が現れた。
「お邪魔するよ、マリオン。」
所々白髪の混じる銀髪…それも髭を除きほとんどが禿げ上がった、外見的に50代半ばと思われる細身の男性。
そしてその後ろにはエリックさんとジャックと呼ばれた近侍が控えている。マリオンを呼び捨て…ということは。
「あら、お父様。丁度よかったわ、紹介致しますね。」
やはり伯爵か。私はあわててソファーから立ち上がる。
「こちらはデファンス伯が御息女、ユーリア・ヴィエルニ様。ユーリア様、こちらが父のサミュエルです。」
「お初にお目にかかります、伯爵。ユーリア・ヴィエルニです。お邪魔させて頂いております。」
挨拶と共に一礼する。
伯爵は鷹揚に頷き、
「ブリーヴ領主、サミュエル・リースだ。よく来てくれたね、ユーリア嬢。歓迎するよ。」
にこやかに答える。
よく手入れさた口髭ときりっとした目元、センスのいい高級そうな服装…若い頃はさぞかしモテたのだろうと容易に想像できる。
今は今でまた別の魅力により現役かもしれないが。
「そしてそちらが、ユーリア様のお付きのアンジェル嬢とその飼い猫のミーアです。」
アンジェルがソファーから立ち上がり、こちらを真似て礼をする。
うん、とりあえずは合格だ。
「うん、かわいらしい子だね。そちらの…猫も…猫?」
剣牙猫を見て驚いている。
「ええ、剣牙猫でしてよ。よく懐いてますの。」
マリオンがフォローを入れるとミーアが一声鳴く。
「ユーリア様とアンジェルは、崖から落ちようとした私とローズクラウンを救って下さいましたの。私たちの命の恩人ですわ。」
「おお、そうか、そう…か?」
伯爵の笑顔が固まった。
興奮して事情説明を求める伯爵を宥めてから、マリオンが事情を説明する。
馬が暴れだし、崖のほうに突進していたところを、偶然通りがかった私達が命がけで助けたと。
こちらは所々で補足説明を入れたが、棘鶉の件はもちろん話さなかった。
「……事情はよくわかった。ユーリア嬢とアンジェル、よくぞ娘を救ってくれた。最大級の感謝を。」
そう言って私の手を取り、頭を下げる伯爵。
「身に余る光栄です、伯爵。私もマリオン様をお救いすることができて、大変うれしく思います。どうかお顔をお上げ下さい。」
そう言って微笑みかける。
そして顔を上げた伯爵は、私の隣のアンジェルの手をとり、また頭を下げた。
「伯爵様、オレも家族が死んじゃったときはすごく悲しかったから、そうならなくて良かったよ。」
そう言って微笑むアンジェル。
「伯爵、申し訳ありません。その子はまだ仕えてから日が浅いもので、非礼については平にご容赦を。」
「この子の…家族は?」
アンジェルの非礼を詫びる私に、呆然とアンジェルの笑顔を見つめていた伯爵は尋ねる。
「両親は流行り病で亡くなったとのことです。天涯孤独であったところを縁あって知り合い、小間使いとしました。」
「おお、このような幼き身で…不憫だ。だがそのような身でも、娘の無事を喜んでくれるか。有難い事だ。」
そう言ってうっすらと涙を浮かべた伯爵は、アンジェルを強く抱きしめた。
四人でソファーに向かい合って座る。
私の正面に伯爵、私の右にアンジェル、その向かいにマリオンだ。
「いや、みっともない所をお見せした。マリオンは歳をとってからの子でね。厳しく躾けなければいけないことは重々承知しているが、どうも甘くなっていかん。」
「いえ、大変素直なお嬢様だと思います。」
「だがマリオン、いつも言っているように先ほどのような大事な話はもっと早くに言いなさい。」
「申し訳ありません、お父様。」
マリオンは叱られても笑顔だ。伯爵は大きくため息をつく。
「娘は生まれたのが遅かった所為で、親戚にも同年代の子供がいなくてね。親戚中から可愛がれてこの様だ。ユーリア嬢、このように甘やかされて育った娘だが、どうかこれから仲良くしてやってくれると嬉しい。」
「それなら大丈夫ですわ、お父様。先ほど、ユーリア様にお姉様になって頂けるようお願いしましたの。」
「返事は?」
「もちろん承諾して頂きましたわ!」
「はっはっは、そうかそうか。」
何故か大爆笑の伯爵。
「いやいや、ユーリア嬢、娘の姉妹ごっこにつき合わせて悪いが、まぁ君が飽きるまで付き合ってやってくれたまえ。」
「ごっこじゃありませんわ、お父様!」
「しかし、そのうちに息子ができるとは考えておったが、まさかこんなに大きな娘が増えるとはな。いやぁ、目出度い。」
伯爵は随分と上機嫌だ。
「それにアンジェル、娘の恩人で獣使いなどというかなり珍しい特殊能力持ちか。何か望む物はあるかね?娘の恩人だ、何でも言いたまえ。」
「ありがとうございます、伯爵様。でも今は何もないよ。」
と、扉からノックの音がした。壁際に控えていた侍女が扉を開け、対応すると母上と同じぐらいの年齢の栗毛を結い上げた女性が入室する。
「あなた、どうされましたの?私の部屋まで大きな笑い声が…あら、お客様?」
「おお、ヴァネッサか。喜べ、娘が増えたぞ!」
修羅場になった。
読んでいただき、感謝いたします。
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