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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
15/124

1-14 お嬢様、髪を切る

神暦720年 王の月15日


朝、窓から差し込む光で眼を覚ます。

ベッドの中の温もりに目を向ければ、まだ寝ているアンジェル…の腹の上に陣取るミーアと目が合う。

…これは寒さから来る物なのか、それとも何か意図的に上に乗る理由があるのだろうか?


「おはよう、ミーア。」


そう話しかけると、ミーアは目を瞑り、尻尾を振る。

蚤はいないようだが、生え代わりの時期だけあって結構毛が落ちていた。

…宿の従業員に嫌がられるな。



昨晩はこの町(リシー)の赤ワインと川魚料理を思いっきり堪能した。

魚には白ワインと思っていたが、濃い目の味付けだったため赤ワインもよく合い、すばらしい組み合わせだった。

ミーアも丸々と太った里鱒(ヴィレッジトラウト)にかじりつき、上機嫌で尻尾を振っていた。

美味なことで知られる里鱒だが、冷たくきれいな水にのみ棲み、非常に足が早い魚としても知られている。

そのため、売れ残り気味のものが安く手に入った。

だが、新鮮なまま下流の町に運ばれていたのであれば、驚くほどの値段で取引されただろう



寝巻から着替え、アンジェルと共に階下の酒場兼食堂に向かう。

既にアンドレ以外は集合していた。アンドレは馬の世話だろう。


「「「「おはようございます、お嬢様。」」」」


皆が一斉に挨拶をする。フェリクスもだ。


「みんな、おはよう。けど、珍しいわね、フェルが『お嬢様』だなんて。」


「任務中であれば、たとえ従兄妹同士でも『お嬢様』とお呼びするべきです。」


と、ボーダンさん。

ああ、ボーダンさんに注意されたのか。

私は気にしないが、もっともな意見だ。

班長がお嬢様と呼ぶのに、下っ端がタメ口では示しがつかない。

まぁ、騎士隊内の教育にまで口を出すのは越権行為だ。

好きにさせよう。



朝食のメニューはスープにサラダ、腸詰に目玉焼き、パン、果物がいくつかだ。

それらを食べ終わり、食後の茶を飲んでいると、ボーダンさんが口を開く。


「お嬢様、旅の予定についてご相談がございます。」


カップに口をつけたまま、頷いて話を促す。


「はい、今回の旅は移動に6日、予備日を3日としておりますが…旅程は本日を含め2日、予備日を2日残しております。ですので、ヴァレリー到着予定日までに、予備日を如何に消費するか決めねばなりません。」


「そうね…ブレイユの1日が無ければ、王都にでも足を伸ばしたのに。」


現在居るリシーからブリーヴまで1日、そしてその先のヴァレリーまでさらに1日。王都はさらに1日の距離にある。


「はい、現状でも王都への往復は可能ですが、ほぼとんぼ返りとなります。スケジュールの余裕を考えると、今回は見送るべきでしょう。」


「だったら…現実的な予定としては、ブリーヴで2泊、ヴァレリーで1泊といったところね。」


「はい。ブリーヴで3泊ではヴァレリーとの間に余裕がありません。ヴァレリーで2泊は…大都市とはいえ、さすがに退屈しましょう。」


この町で予備日を潰すのも選択肢としてはあるが、現在絶賛出発準備中のアンドレの努力を無駄にするのは避けたい。

よって本日は移動日だ。


「皆は何か意見はある?」


皆を見渡す。特に意見はなさそうだ。


「だったらブリーヴで2泊、ヴァレリーで1泊ということで。」


「了解しました。相談事は以上になります。この件につきましては、後でアンドレにも伝えておきます。」


「よろしくね。じゃぁそろそろ出発準備をするわ。」



馬車はオルノ川沿いに東進する。

今日の目的地であるブリーヴは、オルノ川とコムナ川の合流地点に位置し、ヴァレリーに到着する前の最終宿泊地となる。

今日も昨日に引き続き、アンジェルにデファンスについて話している。もちろん膝の上に座らせてだ。


「そういえば姉ちゃんの髪の色だけど、家族はみんなそうなのか?」


こちらにもたれかかって、そう言うアンジェル。

膝の上にもずいぶん慣れたのか、すっかりリラックスしている。


「この髪はね、母様が残してくれた物なの。だから、この色をしているのは私だけ。」


「ふーん、姉ちゃんの母ちゃんって、南のほうの出身なの?」


「それは…詳しくは判らないわ。母様は孤児だって話だったから。でも、肖像画だと肌の色は濃くなかったわ。」


「そうなんだ。でも孤児で貴族様と結婚するなんて、スゴイな。」


「まぁ育ての親がお師匠様だからね。あ、そうだ。10歳になったら、あなたもお師匠様に学びなさい。無駄にはならないだろうから。」


「うん、わかった。」


そう言って俯く。

はて?


「…けど、俺は姉ちゃんの髪、キレイで好きだぞ。」


赤面しながら、そう言うアンジェル。

そしてちらちらとこちらの反応を伺っている。

こ、これは…こうかはばつぐんだ。


「可愛いこと言ってくれるわね。私もアンジェルの蜂蜜のような髪は大好きよ。」


そう言って、リボンで後ろにまとめられたアンジェルの髪に顔をうずめる。

お日様のような匂いが心地よいが、所々に跳ねた髪がちくちくと肌を刺す。


「えへへっ、そうかな。」


「でも不揃いだから…そうね、ブリーヴに着いたら切りそろえてあげるわ。」


「え、姉ちゃん、髪切れるの?」


「あんまり切った事は無いけど、揃えるだけなら大丈夫よ。たぶん。」


「大丈夫かな…まぁいいか。姉ちゃんにやってもらえるなら。」


そうして、ブリーヴに着くまで話をしたり昼寝をしたりして過ごした。



ブリーヴ到着後、いつものように宿に荷物を運び込んだあと、ミーアを町の緑地まで連れて行き、自由にさせる。この町は城壁があるため、外に放つと朝まで戻ってこられないからだ。

そのあとに湯浴みをして食事…とするところだが、湯浴みの前にアンジェルの髪を整える事にした。



アンジェルに湯を溜めさせ、その間に宿から鋏と椅子、追加のシーツを借りてくる。

そのあとで蒸気の篭る浴室で2人して下着姿になり、アンジェルを椅子に座らせシーツを纏わせる。


「さあ、はじめるわよ。」


アンジェルの髪もいい感じで湿ってきた。


「とりあえずは…どんな感じにする?あまり難しい事はできないけど。」


「よくわかんないから、姉ちゃんにまかせる。」


「そうねぇ…とりあえず後ろ髪は肩上で切りそろえるとして、前髪は左右に流してから眉のラインでカット…まぁこんなところかしらね。」


「うん、それでいいよ。」


「あとは、髪が伸びてきたら適当に切りそろえなさいな。ウチだと、女中のメリーが結構得意よ。」


「ところで姉ちゃんは、髪は長いのと短いの、どっちが好きなんだ?」


「そうねぇ…短いほうが清潔だけど、長いほうが弄り甲斐があって好きよ。」


「そうなんだ…うん、じゃぁ伸ばす。」


「だったら、伸びてもみっともなくならないように…」


そう言って髪を梳り、ある程度まとめたあとに鋏で切る。

前髪、後ろ髪を整え、ボリュームがあるところは少し漉いて、すっきりとした印象にする。

出来の方は…まぁうまくいったかな?


「どう?多少はさっぱりしたんじゃないかしら?」


「うん、ありがとう姉ちゃん。」


本人は出来上がった髪を手鏡で眺め、嬉しそうにしているのでよしとしておこう。



髪屑を洗い流し、身体とアンジェルの頭をよく洗った後で、浴槽に漬かる。

いつものように重なり合って横になりながら、湯の中でアンジェルの身体を撫でる。


「ちょっ、姉ちゃん、くすぐったいって。」


「小間使いの健康状態を確認するのも主人の務めよ。ちょっとは肉が付いたかしら?」


そう言って胸元や腹をくすぐる。

出会った頃に比べれば、多少は肉も付いてきた…かな?

よく食べるおかげで、顔色なんかは一目でわかるくらい健康的になってきているのだが。

そういえば、子供の頃はよくアレリアとこんな感じで風呂に入っては、今のようにくすぐりあって大騒ぎとなり侍女に窘められたものだ。


「だからやめっ、姉ちゃあんっ、湯船のなかっ!」


「んんー、肉付きもまだまだね。もっと食べなきゃ駄目よ?ただし運動もすること。いい?」


「わかったからっ、姉ちゃん、またっ漏らしちゃうっ。」


うん、同じ湯船の中でさすがにそれは勘弁願いたい。

仕方が無いのでくすぐるのをやめ、代わりにアンジェルを抱きしめる。

アンジェルの息は荒いが、決壊は避けられたようだ。


「姉ちゃんの…いじわる…。」


涙目で抗議するアンジェル。

あらやだ、かわいい。

何この小動物。

だがまだ夕食前だ。ここで気絶するまで可愛がるのは色々と不味い。

ここは我慢だ。耐えるのよ、ユーリア。



風呂を上がり、ゆったりとした服を着たあとで階下の酒場に向かう。

普段であれば、馬の世話の無い私達が先に着いているのだが、今日は皆のほうが早かった。


「お、随分とさっぱりしたな。」


フェリクスがアンジェルを構う。


「もう少し肉がつけば、いいとこのお嬢さんで通るんじゃないか?」


「お、俺はお嬢様の小間使いだから別にどうでも…。」


からかうフェリクスに対し、アンジェルの反応は冷めている…様に装っているが、動揺が見て取れる。

あれは照れているな。


「これはお嬢様が?ふむ、よく似合っているよ、アンジェル。」


ボーダンさんの言葉に、アンジェルが赤面してうつむく。素直な賞賛には弱いのか。


「じゃぁ、食事にしましょう。」



食事の内容は多種多様だった。

王都に近いだけあって国内の大抵の物は手に入り、また平野部のため小麦類も質が高く、パンも上質な物が安かった。

家畜はもちろん、川魚を中心とした魚介類、各種野菜や果物、あるいはジビエなどの山の鳥獣や魔獣肉。

その中から酒に合いそうなものやアンジェル用に腹の膨れる物、そして野菜類を注文する。

そしてお酒は、まずはよく冷えたエール。

この宿は王都に近い町の高級宿だけあって、魔導具による氷室も備えられていた。

だから冷えた物と常温の物で選択可能だったので、迷わず冷えている物を選んだ。

故郷にはそのような魔導具など無かったので、冷えた飲み物などは冬の間か、普通の氷室の氷が融けるまでしか飲めなかったものだ。

まぁ、大戦期の遺跡内に未踏破区域が発見されれば、そういった物の出土もあるだろうが、たいていは大都市の金持へ売られていってしまう。


っと、そういえば凍える大河(フローズンリバー)の魔力を使えば、飲み物を冷やすのも簡単にできるのではないだろうか?

ヴァレリーに着いて、鑑定してもらったら試してみよう。

そしてアンジェルには氷苺(アイスベリー)のジュース。

うん?ほかにも氷苺や蔦杏(アイビーコット)などの果物系のリキュールもある。

これはあとで注文して、美味しかったらお土産にしよう。




飲み物が届き、まずは乾杯をする。

そして順次届く料理を摘みながら酒を飲む。

うん、この三角牛(トライホーン)の香草焼き、柔らかくていい感じね。

こっちの湖鰹(レイクボニート)の炭火焼きも塩味が効いて酒にあう。

それらを適当に小皿に取り、アンジェルの前に置きながらフェリクスに話す。


「ねぇフェル、明日はどこか出かける?」


「いや、何も無ければ買い物ぐらいは行くかもしれないが…どうした?」


さすが幼馴染、『お願い』の匂いをかぎつけたか?


「だったら明日、あなたのスパークを貸してくれない?」


スパークはフェリクスの愛馬である。

青鹿毛の牡馬、額の白斑がチャームポイントだ。


「俺は別に構わないけど…いいっすかね、班長?」


「馬に無理させなければ、別に構いません。それに行儀見習い中は乗馬の機会も無いでしょうしね。」


「うん、ありがとう。明日はアンジェルと2人でちょっと遠乗りに行ってくるわ。夕方までには戻る予定よ。」


「ええ、わかりました。明日は…我々は宿か市場でしょう。」


とりあえずこれで足は確保。

あとは向かう場所だが…。


爪鶏(クローチキン)のサラダ、お待たせしました~。」


…あ、ちょうどいい所に女給が。


「ちょっと聞きたいんだけど、この辺りにお勧めの遠乗りスポットとかってある?ハイキングスポットなんかでもいいけど。」


「ハイキング…ですか?それでしたら、東の丘が見晴らしがいいですし、麓にある湖の周辺なら今の季節、花が咲いて綺麗ですよ。モンスターも出ませんし。」


「そう…そこに行ってみようかしら。」


「貴族様もよくそちらに遠乗りに行かれるそうです。」


「ありがとう、これ取っておいて。」


そう言って銀貨を一枚渡す。


「あと蔦杏のリキュールをロックで。」


「こっちにも冷えたエールを1、2…ええい、4杯で。」


「はい、少々お待ちください。」


テーブルを離れる女給。


「と、いう訳で明日は遠乗りに行くわよ。天気もいいといいんだけど。」


「うん、わかりましたお嬢さま。へへっ、楽しみ…です。」


口の中の物を飲み込んでから微笑むアンジェル。

うん、楽しみだ。



少しふらつく足取りで路地を歩く。


「姉ちゃん、いくらなんでもあれは飲み過ぎだって。」


「いやぁ、甘い果実酒が美味しくってねぇ…。」


うん、ちょっと調子に乗っていたようだ。

緑地でミーアを回収して部屋に戻る。

今夜も大暴れしたのか、毛に木の枝やら葉っぱやらがついている。

それらを摘み取りながら、持ってきた餌を与える。

今日は小さめの兎。

それを食べるのを眺めていると、部屋の隅に置かれた革鎧が目に入った。


「そういえば、まだその鎧を処分していなかったわね…。」


「そうだね。早めに処分しないと、姉ちゃんの小遣いが減っちゃうからね。」


さすがに次の処分可能日が3年後というのは考え物だ。

明日か、ヴァレリー到着後には処分しないと。

そう考えてから寝巻きに着替えようとしたが、酒場の熱気とアルコールの所為で汗をかいていたので気持ちが悪い。


「アンジェル、汗かいてる?」


「うん、少しかいたかな?」


「だったら残り湯で軽く流しましょう。」


アンジェルを連れ風呂に入る。

汗を流し、煮詰め椰子で身体を洗う。

そして頃合を見計らって…アンジェルをくすぐりに入る。


「ちょっ、姉ちゃん、だからやめろって!」


「ふっふっふーっ。お預けされたてたからね。もう止まらないわよ~。」


「あっ、畜生!風呂に誘ったのもこのためかっ!」


「すこーし気づくのが遅かったわね。さぁ、観念なさい。」


「いやっ、姉ちゃん、やめっ、あっ。」


…その後は満足するまでアンジェルを思う存分可愛がり、寝てしまった(・・・・・・)彼女を抱きかかえて風呂をあがった。

下着だけ付てから彼女をベッドに横たえ、自分もベッドに横になる。

私は寝そべりながらアンジェルの顔にかかる髪を分け、その寝顔を眺めた。

風呂あがりで上気しているが、どこか幸せそうな寝顔だ。

いや、そうに違いない。

少し笑顔がだらしなく感じるのもきっと気のせいだ。

しばらくそのまま寝顔を眺め、身体から熱が引いてから明かりを消して二人して布団をかぶる。

眼を閉じ、まどろんでいると、温もりが寄り添うのがわかる。

私はそれを抱きしめ、そしていつしか眠りの淵に落ちていった。



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アンジェル:アイエエエエ!ナンデ?クスグリナンデ!?

ユーリア:『アンジェルはしめやかに失禁した。』


読んでいただき、感謝いたします。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。

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