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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
123/124

章外20 従騎士の苦悩、侍女の心配事

長らくおまたせいたしました。

 神暦721年 子供の月


 デファンス近郊。

 中秋のさわやかな陽気の中、水利の都合で開墾もままならぬ丘陵部を騎士達が駆ける。

 実戦さながらに甲冑を着込み、騎兵槍(ランス)を携えた彼らは房飾り付き兜の指揮官に続いて丘の稜線を越えると、鋭くその視線を巡らせた。

 なだらかな坂の先、眼下にあるのは密集した陣形を模した藁人形の群れ。

 前面には盾を模した丸板が、脇には長槍(パイク)を模した木の棒が斜めに括りつけられて立ち並ぶ。


「総員突撃、敵段中央。かかれっ!!」


 突撃位置を指し示す指揮官の槍。

 彼らは一様にその先を見据えると、一斉に愛馬に拍車を当てる。


「「「ウオオオオオーーーッ!!」」」


 雄叫びを上げ、勢いよく丘を下る騎士達。

 そのうちの先頭を駆ける一団。

 隊の中でも特に勇猛果敢とされる彼らの中に、フェリクスとその愛馬スパークの姿もあった。

 刻一刻と近づく目標に、騎士達は余裕を持たせていたそれぞれの間隔を徐々に狭める。

 だがその中にあって、フェリクスの騎馬だけが遅れを取り始めていた。


「ハイヤァッ!」


 徐々に広がる先頭騎士との距離に、彼は表情を歪めながらも一段と拍車を当てる。

 だが一騎、また一騎と僚騎に追い抜かれ、密集した騎士達が藁人形の陣に突入する頃には、一団の中段といった方が妥当な位置まで下がってしまっていた。


「「「ウオォォォォ!!」」」


 蹂躙され、跳ね飛ばされ、踏みしだかれる藁人形の群れ。

 騎士隊の通った後には、その残骸と蹄に耕された地面しか残っていなかった。





「皆も知ってのとおり、突入前は散開して敵の飛び道具を避け、突入時は密集して蹂躙する。この際に敵の指揮官や伝達役を叩く事が―――。」


 訓練の後、屯所の会議室で開かれた報告会議(デブリーフィング)

 その内容に耳を傾けながらもフェリクスの表情は優れなかった。

 敵段突入時の遅れ。

 その日、突撃訓練を何度も繰り返すにつれ、それは顕著となっていた。

 原因は分かっている。

 解決方法もまた然り。

 だが彼は、いまだにそれを認められずにいた。


「以上を持って報告会議を終了、各員休憩とする。ああ、フェリクス。」


「はっ!」


「貴様は残れ。以上、解散。」


 本日の指揮官役である正騎士ボーダンの指示により、一斉に敬礼した騎士隊の面々が部屋を出て行く。

 後に残ったのは彼とフェリクスの二人だけであった。

 二人の間に満ちる沈黙。

 やがてため息と共にボーダンが口を開いた。


「今日の訓練だが…。」


「申し訳ありません。未だに訓練が足りません。今まで以上に―――。」


 ボーダンの言葉を途中で遮ったフェリクス。

 だが彼の言葉は、言い訳の体さえ為していない物だった。

 そんなフェリクスの態度に、ボーダンはやれやれと首を振る。


「お前はよくやっているよ。訓練も任務も、お前程真剣にやっている奴なんて数えるほどだ。」


「ですが―――!」


「お前に唯一至らぬ点があるとすれば…それはお前の馬だ。お前だって分かっているんだろう?」


 そう告げてから、ボーダンはフェリクスの様子を窺う。

 悔しそうに唇を噛み締め、ボーダンの足元をじっと睨み付ける彼はまるで親に叱られた子供のようだった。


「確かにスパーク号は優秀な馬だ。それは俺もよく知っている。なんせ、お前が受け継ぐ前、アイツの乗馬だった頃から知っていたからな。」


 その言葉に、はっと顔を上げるフェリクス。

 それを見て、ボーダンはニヤリと口元を歪めた。


「アイツ…ルイベルトの奴は立派な騎士だった。同期の俺の目からしても、模範足りうる良い騎士だった。だがあの日、ある冬の雨の日に奴は姿を消してしまった。山の麓でリオタール公国から逃れてきた逃亡奴隷の一家が保護され、山中ではぐれたその子供を捜索する為に俺達が駆り出された時だった。冷たい雨の降りしきる中の必死の捜索の後、集結時刻になっても奴は姿を現さなかった。その後の捜索で見つかったのは奴の防寒具に包まれ、スパーク号に乗せられた子供だけだった。」


 そのあたりの事は初めて耳にしたのだろう。

 真剣に耳を傾けているフェリクスを見て、ボーダンは話を続ける。


「結局奴の行方は杳として知れず、スパーク号は副隊長に引き取られその子供に与えられた。当時、馬を怖がって碌に乗る事もできなかったその子供は、今じゃ将来有望な従騎士サマだ。」


 そう言って微笑んでいたボーダンであったが、彼はやおら表情を引き締めた。


「乗馬としてならまだまだ役目を果たせるだろう。斥候や軽騎兵としてでもあと数年は持つ。だが重騎兵・・・甲冑を着た騎士を乗せて突撃させるには齢を取りすぎた。普通ならとっくに引退しているはずなのにここまでやってこれたのも、あいつが並外れて優秀だったおかげだろう。だが既に限界を迎えている。これ以上無理をさせては奴の寿命自体を縮めかねん。」


 そしてボーダンはその口元に苦笑いを浮かべると、足元を見つめ続けるフェリクスに歩み寄りその肩に手を置く。


「後はお前の決断次第だ。何にしても、後悔だけはしないようにな。」


 それだけ伝えると、彼はそのまま部屋を出ていった。

 後に残るのは床の一点を見つめ、歯を食いしばり続けるフェリクス。

 彼はしばらくそのままでいたが、やがてその眼差しを上げるとボーダンの後を追って部屋を出ていった。




 報告会議を終えた騎士達が鎧を脱ぎ、鎧下姿で屯所の食堂へ足を踏み入れると、そこには食欲をそそるスープの香りが満ちていた


「うおーっ、腹減った!」


 思わず呻く若年の騎士。

 他の連中は自制したためみっともなく空腹を訴える事はなかったが、苦笑を浮かべることでそれに同意した。

 彼らを迎えたのは騎士隊の婦人会。

 それは騎士達の奥方、家族、そして市民の有志による女性達で構成されており、一巡りに数度、持ち回りで騎士達の食事の世話とその手伝いを行っている。

 もっとも、屯所には専属の料理人達がいるので、それは騎士の家族間の交流、そして未婚騎士達との出会いの機会を望む町娘達のための活動であった。


「お疲れ様です。いま料理を運んできますから、椅子に座って待っててくださいね。」


 そう声をかけ、ボウルにスープをよそっていく若奥様の横で、年配のリーダー格の奥方が騎士達を睨み付ける。


「ちゃんと手は洗ってきただろうね、腹ペコ共。泥だらけの悪い子はお預けだよ?」


 いつもながらの小言に、騎士達は肩をすくめてみせたり苦笑を浮かべたりしながら、空いている席についていく。

 彼女の名はベティラ。

 婦人会の中でも最古参のメンバーでボーダンの母。

 ボーダン同様騎士であった夫と息子、二代に渡って家族として婦人会に参加している。


 そしてそうしばらく経たない内に厨房から声がかけられた。


「おまちどうさまでーす。メインディッシュの到着でーす!!」


「おまちどうさまでーす。」


 姿をあらわしたのはいくつものバスケットを抱えたマリエルの妹カーラと、鍛冶屋の娘テッサ。

 彼女達はバスケットをテーブルの上に置いて回ると、騎士達の顔ぶれに視線を巡らせた。


「まずはローストしたハムがたっぷりのサンドイッチだよ。って、あれ?フェルは?」


「アイツはちょっとな。まぁ直に来るとは思うが。」


 カーラの問いに、ヤンがため息と共に答える。

 そうしている間にも、騎士達の手が次々とバスケットに伸び、掴まれたサンドイッチが騎士達の腹の中に消えていく。


「うめぇ。ハムの香ばしさが堪らんな。」


「あー、辛ぇ。黄大根(イエローラディッシュ)が効くなぁ。これカーラちゃんたちが作ったの?二人とも、腕を上げたねぇ。」


 中年騎士の手放しの賞賛に、カーラは自慢げに胸をそらし、テッサは照れて俯く。


 そうしている間にもボーダンが、そして少し遅れてフェリクスが食堂に入ってきた。

 物憂げに空いていた席に座ったフェリクスは、食堂を見渡して求める人の姿が無く、テーブルの上に未だ騎士達の腹を満たすには不十分な量の食事しかない事を認めると、安心したかのような表情を浮かべ、バスケットに手を伸ばした。


「あっフェル。それテッサが作ったんだよ。味のほうは折り紙つきだから、いっぱい食べてよね。」


「あっ、あのっ、足りなければまだありますので…。」


 自信ありげに勧めるカーラと、赤面しつつもお代わりを勧めるテッサ。

 フェリクスはそんな二人に頷きを返してから手に取った物を食べつくすと、二つ目に取りかかる。


「で、味のほうはどう?自信作なんだけど。」


「ん?まぁ、普通に美味いな。」


 そう答えるものの心ここにあらずといったフェリクスの表情に、カーラが眦を吊り上げる。


「ちょっと、しっかりと味わって食べなさいよ。」


「カーラちゃん、落ち着いて!」


 フェリクスに食って掛かろうとしたカーラをテッサが押しとどめようとした時に、食堂に新たな声が響いた。


「おまたせしました。遅くなって申し訳ありません。」


「おまたせ。こっちはタマゴのサンドイッチだよ。」


 凜として落ち着いた声と、明るく弾んだ声。


 カーラ達と同じようにバスケットを抱えたジョゼとアンジェルだった。

 まだ小さいアンジェルがうんしょうんしょとテーブルに近寄れば、騎士達の手が伸びてバスケットを取り上げ、テーブルに運び上げていく。


「なんだ、見ないと思ったらまだ作ってたのか。」


「おうおう、えらいえらい。ほら、褒めてやろう。」


「もう、やめろよ~。」


 騎士達の…特に年配の騎士の空いた手がアンジェルの頭をくしゃくしゃとなでていき、髪を乱されるのを嫌がったアンジェルが身をよじってそれを払い除ける。

 だがみんな笑顔だ。

 それはデファンス騎士隊長の奥方であり、婦人会会長でもあるレイアの提案で婦人会に参加することになったアンジェルのいつもの光景だった。


「おまたせしました。どうぞご賞味下さいませ。」


 そして同じくレイアの提案で婦人会に参加しているジョゼが、フェリクスの前のテーブルにバスケットを置き終えるとにっこりと微笑む。

 その途端、若い騎士達が長椅子から腰を上げて先を争うようにバスケットへと手を伸ばした。


「「ジョゼさん、頂きます!」」


 だが、その手が届く前にバスケットは横から掻っ攫われ、彼らの手は空を切る。


「あっ!?テメェ何しやがる!」


「お前人のモノを・・・!」


 殺気立った騎士達の視線の先には、さっきまで上の空で食事を口に運んでいたフェリクスがいた。

 だが彼は他の騎士の視線を真っ向から受け止めると、物怖じせずに口を開く。


「スンマセンがさっきのヤツは碌に食えなかったんすよ。その分、こっちのは遠慮なく頂きます。」


「ああん?お前、ジョゼさんの手料理を独り占めする気か?」


「そおっスよ。俺だってジョゼさんが作ったのを食いたいっス。」


 そしてぎゃぁぎゃぁとサンドイッチの取り合いを始める面々…特にその中心人物を、ジョセは顔をほのかに赤らめながらも困ったように見つめる。

 だがそんな馬鹿騒ぎも長くは続かず、ベティラの雷が落ちることで面々は逃げるように自分の席に戻り、何事も無かったかのように行儀よく食事を再開した。


 そんな彼らにスープのお代わりをよそったり、使い終わった食器を片付けたりしていく婦人会の方々。

 だが、テッサだけは悲しげに目を伏せ、彼女を横目で見ながらカーラは時折フェリクスを睨みつける。

 そしてそんな二人を、ヤンは静かに眺めていたのであった。




 町外れの領主の館へと続く道の上に、傾き始めた西日を受けた大小三つの影。

 婦人会の仕事を終えて館へと帰るジョゼとアンジェル、そしてそれを送るフェリクスであった。


「焼き菓子 焼き菓子 いっぱいだ~♪」


 昼食の片付けの後、毎回恒例となっている婦人会のお茶会を済ませ、その余りの茶菓子を手に入れたアンジェルは至って上機嫌だ。

 婦人会の中で最年少という事もあり(おまけの子供達は除く)、特に年配の奥様方からは非常に可愛がられているアンジェルであった。

 そしてそれを温かい目で見つめるジョゼ。

 自分達の姿をあるかもしれない未来と重ね合わせうっすらと頬を染める彼女ではあったが、眉間に皺を寄せて表情が冴えないフェリクスに気付くと、彼女もその表情を曇らせる。

 そんな彼らの沈黙に気付いたアンジェルが、視線を上げて表情を伺った。


「兄ちゃん、どうかした?」


 アンジェルの心配げな声に、彼は初めて自分が浮かべていた表情に気付き、首を振って気分を切り替えると、心配させまいと作り笑いを浮かべる。


「うん、なんでも…いや、少し訓練の事でな。」


 問題ないと誤魔化そうとした彼ではあったが、嘘をつく後ろめたさからつい弱音をこぼす。


「まだまだ修行が足りないなって。正騎士へ昇格するのも直だっていうのに…。」


「ですがフェリクス様は見込みのある従騎士だともっぱらの噂ですよ?」


 ジョゼが自分の事のように自慢げにそう告げると、フェリクスは照れからか視線をそらして頭をかく。


「うんうん、みんな言ってるよ。家柄もいれれば一番の注目株だって。」


 婦人会のお茶会でも、彼の名は度々挙がっている。

 実質的な騎士隊長であるアルノルスの息子で、領主とも縁戚となればよっぽどの事がなければその将来は安泰だ。

 行儀見習中いという事もあり未だに非公式な付き合いではあるが、その隣にはジョゼがいる事が多いため彼らを温かく見守る年配者がほとんどだが、未だに彼の隣を諦めきれない少女も少なくない。

 もっとも、来年には領主嫡男であるレオリウスが従騎士として入隊予定のため、それもいつまで続くか分かったものではないが。

 そんな彼女達の反応に、ますますジョゼに相応しい存在にならねばとフェリクスが気持ちを引き締めていると、道の脇にある潅木の茂みがガサガサと大きく揺れた。


「うんっ!?」


 刹那の間に気持ちを切り替え、訓練された動きでジョゼ達と茂みの間に身を割り込ませるフェリクス。

 だが茂みの中から顔を出したミーアの姿を認めると、苦笑とともにその肩の力を抜いた。


「うにゃー。」


「あっ、ミーア!今、帰り?」


「にゃにゃー。」


 茂みから這い出してきたミーアに声をかけるアンジェルは、目線を合わせるようにそのそばにしゃがみ込む。

 そんな彼女に返事をするように鳴きながら、ミーアは体を振ってその身についた草葉を落とした。


「にゃーにゃーにゃ。」


「ふーん、そうなんだ。気をつけないとね。」


 そうしてしばらくミーアと会話らしき物を続けていたアンジェルは、ぐるんと首を回してフェリクスを見上げると口を開く。


「ミーアの縄張りに狼たちが居るんだってさ。お腹を空かせて西から流れ込んできたみたい。まだ姿は見てないらしいけど。」


 そんな彼女に、感心したかのような表情を浮かべて、フェリクスが息をつく。


「ふーむ、そうか。けど、いつもながらに便利な能力(ちから)だな。」


「ええ、本当に。それに相変わらず仲がいいのですね。」


 アンジェルの腕に頭を押し付けて甘えるミーア。

 そんな彼女達を眺めながら、ジョゼが微笑を浮かべる。

 お仕着せに毛が付くと注意してからは、アンジェルの体に擦り寄る事は…あまりない。


「えへへへへ…まぁね。」


 アンジェルがそう自慢げに答えると、フェリクスは屈めていたその身を起こした。


「ともあれ、狼が来たんならみんなに知らせとかないとな。街に近づくようなら追い払わないといけない。」


「そうですね。そういえばもう少ししたら放牧も始まるのでしたね。」


 秋も深まれば、木々に実ったどんぐりが地面に落ちる。

 それを食べさせて肥え太らせるために豚を森に放つのは、一般的な領民の習慣だ。


「ええ、いつもならまだ余裕がありますが、気の早い農民が放牧する前に何とかしないと。」


 彼はそう言って、ジョゼたちを送り届けた後は騎士隊の隊舎に寄ろうと考えた。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。

続きは数日中に投稿予定です。



ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

評価を付けていただければ今後の励みになります。

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