表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
121/124

3-35 近侍とお屋敷の目覚め季節

長らくお待たせいたしました。

 神暦722年 玉座の月05日 風曜日



 窓から入り込む春の日差し。

 お屋敷の階段を登りきった私は、天窓から差し込む陽だまりの中で足を止めて外に視線を向けた。

 流れる雲。

 その合間から顔を覗かせる陽光に照らされた大地。

 風に靡く若葉。

 しばらくそれらを眺めた後、私は自分が立っている踊り場を見渡して思案する。

 いつぞやはエミリーがデボネア達に囲まれていたこの踊り場だが、階段上の行き止まりとはいえその広さはかなりなもので、自分達が暮らしている部屋に比べても遜色は無い。

 普段は人通りのない寂れた場所ではあるが、こんなところでもしっかりと掃除が行き届いているため綿埃のひとつも見当たらない。

 日差しにより暖められた空気は多少淀んでいるような気もするが、風を通せばそれもすぐに吹き飛ばされてしまうだろう。


 そして導き出された結論は…今日の午後のお茶の時間は、趣向を変えてみるのも良いかもしれない…といった内容だった。

 場所が場所だけに男手を借りる必要があるかもしれないが、ご家族の要望(わがまま)に応えるのも使用人の務めだ。

 春の陽気で緩みっぱなしの男性使用人(どうりょう)達には、きっと良い刺激となるだろう。


 私はそう考えながらほくそ笑むと、階下へと足を向けた。




 午後のお茶の時間についてお嬢様に提案する事を決めた私であったが、その前にすべき事があった。

 まぁ何のことは無い、少し遅めの昼食である。

 お屋敷の廊下を抜けて使用人棟に入ると、丁度お屋敷に向かおうとしていた少女達に呼び止められた。


「あっ、ユーリアさん!お疲れ様です!!」


 元気一杯の挨拶と共に駆け寄ってきたのは、ジャンヌ様付きの侍女であるエジュリー・アーロン。

 年が明けた頃にお屋敷にやってきた彼女はコムナ男爵家の令嬢であり、私と同室であったナターシャの妹である。

 いつもはきはきとした明るい態度で職務に励み、その上意外としっかり者の彼女は既に主人であるジャンヌ様を含めたお付きの侍女達にも可愛がられる存在になっている。


「ユーリアさん、交代が遅れて申し訳ありません。つい長く話し込んでしまいました。すぐにお嬢様のお傍に…。」


 私に頭を下げながら、慌てて駆け出そうとするのはカリーネ・アメレール。

 穂首派の夜会の常連であるオヌリ男爵令嬢で、旦那様方との面識も有った事からすんなりと当家への行儀見習いが決まり、先月からお屋敷に勤めている。

 尚、ポジションとしてはミリアムお嬢様付きの侍女…つまり私の後輩となる。


「カリーネ、今はお嬢様はお勉強の時間よ。イネスさんが付いてるから慌てて駆けつける必要は無いわ。それと、みんなもお疲れ様。お昼はちゃんと食べた?」


「はい、しっかり頂きました。」


 そう応えるのはコゼット・クラストマ。

 カリーネの従兄妹であり、彼女と一緒にお屋敷にやってきた客間女中である。

 デボネア絡みでトラブルに見舞われつつも、立派に行儀見習いを勤め上げてお屋敷を去ったキアラの後任となる。


 彼女達は歳も近い事もあり、一緒に行動している姿をよく目にする。

 それどころか、最近では3人揃うとまず私の所に押しかけてくる様になっていた。

 もっとも、さすがに私達の部屋にまで押しかけてくる事は無いが、現に今も私の言葉に頬を染めて何やら囁きあっている。

 そしてそんな彼女達は…有体に言えば私の追っかけであった。

 何故そうなったかといえば、すべては先日のお嬢様の誕生会まで遡る。

 既に行儀見習いを開始していたエジュリーはお屋敷に勤める使用人として、他の2人は行儀見習い直前の招待客としてニネット殿下やカリーネの妹のミレーヌと共に誕生会に参加し、そこで私達の劇を鑑賞する事になった。

 お題目は、去年に続いての『青き剣と白き百合の物語』。

 今回は、その後半部分の盛り上がるシーンを抜き出して寸劇とした。



 ヒロインであるシルヴェールに連れられ、親の(かたき)である彼女の父、大貴族バシスと面会する主人公のユーリス。

 彼の姿を見たバシスは主人公を反逆者の息子と詰り、そして娘との仲を認めるどころか自ら成敗してくれると告げて剣を抜く。

 図らずも、長年追い続けた敵と相対する事となってしまったユーリス。

 果たして、バシスの真意は?

 二人の愛の行方は…といったところである。



 だがそれを見て、彼女達は…いや、『彼女達も』と言うべきか、すっかりそれに惚れ込んでしまった様だ。

 しかも劇の後には満場の拍手喝采を浴びせてくれた観客へのサービスとして、舞台上で役者達が希望者を抱き寄せて劇中の愛の台詞を囁いたりしたものだからさぁ大変。


 我も我もと押し寄せる観客達。

 ユーリス役の私は勿論、バシス役のキャロル、そして昨年に続いてのシルベール役のテオの前にも行列が出来、それに並んだ女性使用人達はうっとりと名残惜しげに、その場のノリでテオの前に並んだ男共は自らの軽慮に心の底から後悔しながら舞台から離れていった。

 無論、その日の夜は焼きもちを焼いたマリオンのご機嫌取りに終始することになったが、その後お屋敷で顔を合わせた彼女達は、それぞれが述べた劇の感想から意気投合し、やがて非公式のファンクラブを立ち上げたとの事。


 ちなみに非公式としているのは、彼女達の公認申請に対し『馬鹿な事もほどほどにしておきなさいよ?』と私が素気無く断った事が理由であるらしい。

 まぁ認めてあげてもよかったんだけど、下手するとマリオンがファンクラブどころか彼女達自体を本気で潰す為に動きかねないので、それを恐れて『非公式であるが黙認』といった態度をとっているのである。

 ナターシャからも『妹をよろしく』と手紙を受け取っているし、これもすべて彼女達を思っての事である。


 そんな事を考えながら、私は目を細めて彼女達を眺める。

 仲の良い小雀達が、無邪気に戯れる様は微笑ましい物であるが、締める所は締めるのが先達の役目である。


「さて、急ぐ必要は無いけれども、おしゃべりは程々に、そして裏方でだけね。あと、お屋敷での駆け足は駄目よ?あくまでも裾を乱さぬ様に早足で。」


 そう言って片目を閉じて見せると、彼女達は頬を赤らめて揃った返事を返す。

 そして同様に揃った一礼をしてお屋敷へと向かうのを見送ると、私はそっとため息をついた。

 素直で扱いやすいいい子達ではあるけど…無制限の信頼と愛情を込めたその眼差しが重い。

 まぁ、昔からそういった立場だったから、時間が経てば彼女達も少しは目を醒ますだろう事は分かってるつもりなんだけどね。

 私は気疲れから来る肩の凝りを感じながら、首を動かしつつ配膳へと歩みを進めるのであった。



「ユーリアさん、こちらですわ。」


 昼食を受け取り、座席に見知った顔がいないかと見渡す私に、それを待っていたかのようにマリオンが手を振る。

 おそらくは配膳に並ぶ前から彼女に気付かれていたのであろう。

 苦笑を浮かべながら彼女のほうに向かうと、そこにはマリオンと共に騎士団の面々も顔をそろえていた。


「今日は随分と遅いんだな。」


 自分達の事を棚に上げてそう漏らすテオ。

 その鎧下姿の胸には、彼が正騎士であることを示す紋章が描かれている。

 つい先日、それまで従騎士であった彼とリリアンはその修練が認められ、正式に騎士として叙される事となったのだ。

 それにしても…。


「見慣れている所為か、貴方が正騎士章をつけていると違和感しかないのよね。」


 私が苦笑気味にそう呟くと、彼は「ほっとけ」と一人愚痴る。


「それにしても…儀式の時のテオの宣誓、意外だったよな。」


「ああ、コイツの事だから、順当に領主か、あっても仲間の誓いをするものとばっかり思ってたからな。」


 未だ従騎士であるポールがそう漏らすと、同じくユーリも首肯しながら同意する。

 騎士団の叙勲の儀式…一度は見て見たいと常々思っていたのだが、その願いは小父上に申し出るまでもなく叶えられる事となった。

 今年の叙勲担当…儀式で騎士に剣を授けるお役目。

その役目を授かったお嬢様のおかげである。


 そしてその儀式の際に、騎士は自分の剣を誰に捧げるかを宣誓する事になる。

 自らの仕える主君の為、共に肩を並べる仲間の為、自らが修める武芸の為…そして力を持たぬ民の為。

 テオが己の剣を捧げる相手として誓ったのは、その最後ひとつであった。

 ちなみに、誓いの内容によってそれぞれ騎士団上層部、団の同僚、武芸者全般、一般市民…といった具合で好意的に受け止められる層が分かれる。

 もっとも、3つ目に関しては腕が追いつかないうちは歯牙にもかけられないが。



「しっかし、2年ぐらい前までは『従騎士の割に腕は立つが、鼻持ちならない奴』って陰口叩かれてた癖に、どんな心変わりがあったのかねぇ。」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらそうからかうリリアン。

 テオはそんな彼を一睨みするが、互いを知った同期である彼にはどこ吹く風だ。

 そして、そのまま馬鹿笑いで騒ぎ立て始めた騎士達を横目に、私はマリオンと視線を合わせてため息をつく。

 全く、男ってのはいつまで経っても子供なんだから。



 食事を終え、そろそろ仕事に戻る頃合。

 私達のテーブルに近づく影があった。


「あの、マリオンさん?」


 遠慮がちにかけられた声。

 それに振り向けば、そこに立っていたのは一人の客間女中だった。


「あら、ジスレーヌさん…でしたわね。」


 そう応えるマリオンに、不安げだった彼女はほっとしたように笑みを浮かべる。


「はい。少しお話があるのですが…お時間をよろしいでしょうか?」


 彼女の問いかけに、マリオンはこちらに視線を向ける。

 うん、丁度いいか。

 私が頷いて腰を上げると、彼女もすぐにそれに倣った。


「では食器を片付けてまいりますので、その後に。ですが、私も仕事がありますのでそう長くは出来ませんわよ?」


 マリオンの言葉に、「お手数をお掛けします。」と応えるジスレーヌさん。

 うん、マリオンも、私達だけじゃなくってそれ以外の人脈も築けてるみたいね。

 私は内心頷きつつ食器を片付けると、未だにテーブルに居座っている騎士達に視線で応えてからお屋敷へと足を向けた。




「テーブルセットはそのあたりで…椅子の並びは階段側を開けるようにお願い。テーブルクロスは、足元にかからないようにね。」


 近侍や従者達には運んできた家具の並びを、カリーネには卓上の設えを矢継ぎ早に指示していく。


「ユーリアさん、食器はいかが致しましょう?」


「あ、エミリーが来てくれたのね。奥がお嬢様で、南側に奥様、残りがジャンヌ様でお願い。」


 厨房女中からは、普段は奥様付きのエミリーがやってきた。

 つまりは奥様がどこからかこのお茶会の事を聞きつけ、既にここでお茶をされる心積もりであるようなのだ。

 こうなってはもう何かあっての中止は許されない。


「あのっ、ユーリアさん、お花をお持ちしました。」


「ありがとうコゼット。飾りつけも任せていい?ふふ、客間女中の腕の見せ所よ。じゃ、よろしくね。」


 卓上の飾りのため、庭師から花を受け取ってきたのはコゼット。

 その手にある籠には、春らしく色とりどりの花が摘まれていた。

 そして普段は人気のない屋上の踊り場が賑やかになってしばらく経ち、ようやく設えが整うとお嬢様は満足そうに頷いた。


「いつもとは違う趣向だったけど、素晴らしい設えね。貴方達、ありがとう。」


 お嬢様のお褒めの言葉に、居並んだ使用人たちが揃って礼を返す。

 そして給仕に残る者以外は、そのまま階下へと降りていった。

 その後にはカリーネの姿が続く。

 彼女には、奥様とジャンヌ様へのお誘いの言葉を託してある。

 そして待つことしばし…。


「あら、今日は随分と高い所なのね。」


「はい、お母様。庭でのお茶も素敵ですが、ここは街の外まで広がる見晴らしが自慢ですのよ。」


 階下より軽い足取りで現れた奥様をお嬢様が迎え入れる。

 彼女は奥様の手を引いて席へと導くと、奥様はそのままお嬢様の頬に手を当てて微笑んだ。


「一通りのおもてなしはできるようになってきたわね。母として…誇らしいけど、ちょっと寂しいわね。」


「はいっ。お母様自慢の娘ですもの。これ位は当然です。」


 奥様のお褒めの言葉に、笑顔で答えるお嬢様。

 彼女はそのまま奥様の豊満な胸元に抱きつき、その顔をうずめる。


「お母様~。」


「あらあら、褒めた途端にコレなのね。」


 奥様は困り顔でそう呟くが、お嬢様の髪を撫でる彼女の視線はとても穏やかだ。

 その微笑ましい光景…それを眺める周囲の使用人達の表情は皆一様に澄ました物であったが、それぞれの口元には僅かな微笑が見て取れた。


 と、階下からの声に一同の注意がそちらに向く。

 そこには、侍女に付き添われたジャンヌ様の姿があった。

 だが、その表情はいまひとつ冴えず…。


「お義姉様、ようこそお越し下さいました…あら、お顔の色が…。」


「ごめんなさいミリアムさん。少し気分が優れなくて…。」


 申し訳なさそうに詫びるジャンヌ様であるが、その身が侍女…ジャンヌ様付きの筆頭、ジュヌヴィエーヴさんに支えられている事に気付いてお嬢様は慌てて駆け寄る。


「だっ、大丈夫ですの、お義姉様?」


「あら、無理はいけないわよ、ジャンヌちゃん。体調が優れないのなら、侍女に言付いてくれれば…。」


 奥様も心配そうに歩み寄ると、そのまま手を引いて踊り場へと導き、彼女を椅子に座らせてその顔を覗きこむ。

 私はといえば、無言で奥様達のすぐ後ろに移動し、不測の事態に備えていた。


「お義母様、申し訳ありません。折角のミリアムさんからのお誘いだったので、少し休めばすぐに気分も晴れるかと思ったのですが…。」


「いいのよそんな事は。それよりも貴方の体のことのほうが心配だわ。それでお医者様は…まだ呼んでないわよね。セリアからは何も聞いてないし。」


「いえ、大丈夫です。少し食欲がなくて…気分が優れないだけなので、明日になれば…。」


 奥様への遠慮か、心配無いと言い張るジャンヌ様…公爵家から嫁いだだけあって、蝶よ花よと育てられたかと思いきや意外と我慢強いのか…そんなジャンヌ様から症状を聞きながら、奥様は彼女の額に手を当てて自分のそれとを比べたり、口を開かせて喉の奥を覗いたりする。

 周囲はガラス張りなので光量は十分だ。

 だがふと何かに思い当たったのか、奥様は急に目を見開いて手を口に当てた。


「お義母様?」


「あら、ごめんなさいね。」


 表情の変化に気付いたジャンヌ様が問いかけると、奥様は苦笑気味に「なんでもないわよ」と応える。


「どうやら風邪というわけでもなさそうだし、あったかくして休むのが一番ね。ジュネちゃん、お願いできる?」


 奥様の指示に、ジュヌヴィエーヴさんが恭しく頷くが、顔を上げた彼女に奥様は耳を寄せるように手招きした。


(簡単なものでも良いから、何か食べれるものを作らせなさい。最低、果汁や果実だけでも構わないわ。あと、お酒とお薬は控えるように。いいわね?)


 声を潜めてそう伝えられた指示に、ジュヌヴィエーヴさんはこくこくと頷く。


「お医者様は手配しておくから、後は明日の体調次第ね。大丈夫、多分大した病気じゃないわ。ゆっくりとお休みなさい。」


「はい、お義母様。ではミリアムさんも、また誘ってくださいね?」


 そう仰ると。ジャンヌ様は侍女と共に階下へと降りていく。

 後に残されたのは心配そうにジャンヌ様の去っていった方向を見つめ続けるお嬢様と奥様、そして使用人達。

 その奥様といえば嬢様の頭をぽんと撫でて「お茶にしましょう」と促がすのだが、その口元はどこか楽しげに歪められていたのであった。



 その数日後、ジャンヌ様を診察した医師により彼女の懐妊が判明し、お屋敷が新たなご家族の誕生に向けて活気付く事になるのだがだが、それはまた別の話である。


====================================================================================================


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

評価を付けていただければ今後の励みになります。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ