章外1 小間使い、思い煩う
神暦720年 王の月13日
彼女は真夜中に目を覚ました。
天涯孤独の孤児アンジェル、9歳の少女。
だがそれも昨日まで話。
小さな頃から一緒に育った、家族とも言える存在である剣牙猫のミーアと再会し、街中で出会ったおてんばお嬢様に拾われ、小間使いとして側に置いて貰える事となった。
優しい匂いが鼻腔をくすぐる。今も暖かな温もりに寄り添い、ふかふかのベッドの中でまどろんでいた。
(姉ちゃん…女なのに強くて、かっこよくて、優しくて…おっぱいはちいさいけど、これから大きくなるのかな…でもあまり大きくならないほうが、男みたいでかっこいいよな…。)
そんなことを考えながらまどろみ、手を伸ばす。
すぐそこにあった温もりは人肌の体温と、滑らかな感触を返してくる。
だが、手のひらを動かすと、その滑らかさがどこまでも続いていた。
(あれ、姉ちゃん寝巻きは…?)
ふとそんな疑問を抱き、目覚める。
気づくと、自分はベッドの中でユーリアの胸に抱きかかえられており、2人とも下着姿だった。
酒場でのユーリアの言葉が脳内で再生される。
『―――一生手元に置いて寵愛を与えつつ侍らせてやるわ。』
酒の席でのたわいも無い言葉であったが、アンジェルにとっては至上の響きに聞こえた。
その言葉を聞いて以来、たびたび思い出しては、赤面する自分を感じていた。
そう、風呂に入る時も、気恥ずかしさから思わず身体を隠してしまった。
その後は何とか耐えていたものの、身体を洗われる感触とくすぐり攻撃により、気を失ってしまったのだ。
(姉ちゃんに抱きつかれて…くすぐられて…こそばゆくて…でも気持ちよくって…ああそうか、気を失うときに、オレお漏らししちゃったんだ。)
そして今の状況を考える。
粗相をしてしまった自分を洗い、身体を拭いて、ベッドまで運んでくれたんだろう。
(駄目じゃないか、オレ。姉ちゃんにこんなに迷惑をかけて…。)
悔しさに涙がにじむ。まだ自分は何もできていない。
だがふと思い当たる。
(でもこの状況は…姉ちゃんと『閨を共にして』、『裸で抱かれて』、『可愛がられた』ことになるのかな?)
アンジェル9歳、まだまだ子供である。
言葉は知っていても、その裏の意味までは知らない。
(ってことは、オレはもう姉ちゃんのおんな?になっちゃったのかな?)
思わず赤面する。だが、その言葉を思い浮かべると、胸の奥にじわりと熱が入る。
(なんだろう、姉ちゃんのことを思うと、胸の奥が暖かい…)
そして熱に浮かされたように手を伸ばし、ユーリアの顔を探り当てると、そのおでこにキスをした。
昔、自分が寝る前に両親にされたように。
そして満足そうにユーリアの寝顔を眺めると、目を閉じた。
『―――一生手元に置いて寵愛を与えつつ侍らせてやるわ。』
(もう、一人ぼっちじゃないんだ。すっと姉ちゃんが側にいてくれるんだ。)
そう思いながら、彼女は眠りの淵に落ちていった。
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次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。
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