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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
115/124

3-29 近侍と水夫頭とお嬢様達の船上訓練

 神暦721年 供物の月12日 水曜日


 毛布の隙間から吹き付けた寒風が首筋を撫で、ミリアムはその冷たさに大きく身震いをした。

 そして浅い眠りから目覚めた彼女は、寝ぼけ眼で周囲の状況を眺めて首を傾げる。


「ここは…どこ?」


 壁にもたれかかっていた身体を起こそうと身をよじると、今度は互いにもたれかかっていたマリオンがあくび混じりにその身を起こした。


(そうだ、マリオン…彼女の弟君の誕生のお祝いに出向く為に、船で…。)


 未成年の身ではあれ、侯爵家の娘としての課せられる責務。

 そのさきがけとして、縁も深いリース家へ当主の代理として遣わされる重要な仕事だ。


(そういえば、船に酔って…。)


 風に当たれば体調も回復するのではないかとのユーリアの勧めに従って船室から甲板に上がった彼女。

 そこで毛布に包まって景色を眺めているうちに次第に眠気が襲ってきた事を彼女は思い出す。


(それで…そういえばユーリアは?)


 ミリアムは立ち上がって甲板上を見渡すが、そこにユーリアの姿はなくあるのは人気の無い甲板とその一角にだけ立ち並ぶ水夫達の姿。

 そしてその方向からは、絶えず水夫達の歓声と金属音が響いていた。


「あら、お姉様は?」


 ミリアムの動きにつられて目を覚ましたマリオンが、未だ寝ぼけているのか…ミリアムにそう問いかける。

 それにミリアムが首を振って答えると、マリオンは周囲に視線を向けてそれを水夫達の一団に止めた。


「不覚。私とした事が、寝過ごしましたわ。」


 マリオンはそう呟いてから立ち上がると、毛布で身体を包んだまま人ごみに向けて甲板上を歩き出す。


「ま、待って…待ちなさいよ!」


 自分付きのユーリアならともかく、母親付きのマリオンとは未だ距離感を測りかねるミリアム。

 彼女はマリオンに呼びかけると、慌ててそれを追いかける。

 だが、当のマリオンはそんな彼女を気にもせずに水夫達の所にたどり着くと、目ざとく隙間を見つけてそこに身を割り込ませた。


「ちょっと失礼致しますわ。前へとお通し下さいませ。」


「うひっ、変なところに触るんじゃねぇよ!俺ぁ脇が弱いのだからよ!」


「おいおい、押すなよ…ってちっこい嬢ちゃんか。前に出るのは構わんが、色々飛んでくるかも知れんから気ぃつけな。」


「はい、お心遣い感謝いたしますわ。」


 水夫達の脇をすり抜けその最前列に出たマリオンは、場所を譲った水夫に軽く礼をして視線を輪の中に向ける。

 そこでは、炎を曲剣に纏わせたイングリットと小剣を構えたユーリアがその得物を打ち合わせていた。


「ふぅ。途中からとなってしまいましたが、見逃さずに済んだので良しとしますわ。」


「ご、ごめんなさい、通して下さい。ちょっとマリオン、私を置いていくなんて、役目を…。」


 割り込みについて水夫達に謝りつつも、マリオンと同じ隙間を抜けて彼女に追いついたミリアム。

 彼女は自分を放って行動したマリオンに恨み言をぶつけるが、まったく反応を返さない彼女に眦を吊り上げる。

 だが、ふとマリオンの視線を追って水夫達の輪の中を見たミリアムは、そこで繰り広げられている剣戟に気付く。

 そして彼女に背を向けたその片割れが誰であるかに気付くと、ミリアムは大きく目を見開いた。


「ユーリア!?」


 思わず彼女の名を呼ぶミリアム。

 だが当人はミリアムの呼びかけに気づきもせず、ただ相手だけを見つめて切り結び、幾度も魔力光を振りまいていた。

 やがてニヤリと表情を歪めたイングリットが、大きく飛びのいて距離を取り、口を開く。


「さぁ、大きいの行くわよ?―――『炎の竜巻(ファイアストーム)』!」


 一際激しく炎を吹き出しながら大上段から振り下ろされたカトラス。

 それが炎の弧を描くと、その軌跡からまっすぐに外へと広がり伸びる。

 その伸びた先に位置するのは…ユーリア。

 迫り来る炎に、彼女はこちらに背を向けたまま僅かに低く構え、その剣を逆手に持ち替える。

 そして剣身で自分の身を庇うように前に突き出すと同時に、炎が彼女の身を包み込んだ。


「ユーリア!!」


 慌てて前に出ようとするミリアムであったが、その瞬間、後ろから伸びた太い腕が彼女の腰に巻きついた。


「危ねぇから大人しく見てな。」


 その低い声に咄嗟に振り向くミリアム。

 そこには、厳つい顔に精一杯の笑顔を浮かべることで普段以上の威圧感を纏ってしまったアントンがいた。


「って、こっちもやべぇぞ!!」


 周りの水夫の叫びに慌てて振り向けば、ユーリアを包み込んだ炎がそのままの勢いでミリアムの目前に迫っていた。


「ひいっ!」


 咄嗟の事態に、目を閉じて目の前の光景から逃げる事も出来ずにただ悲鳴を上げるミリアム。

 そんな彼女の視界が、ふぁさといった布音と共に闇に包まれた。


「この距離なら布一枚でも火傷せずに済むだろうぜ。って、いけねぇ。おい、そっちの嬢ちゃんも…。」


 ミリアムに炎避けの布をかぶせた後でマリオンの存在を思い出し、慌てて彼女の姿を探すアントン。

 だが、彼女は既に彼の影に隠れており、それを見止めた彼はため息と共に持っていた布を頭上まで引っ張り上げた。


「まったく、ちゃっかりしてるぜ。」


 そう彼が呟いたと同時に、彼らのいる位置を熱風が通り過ぎる。

『炎の竜巻』により生まれた炎は、彼らの直前で力を失っており、届いたのはその残滓のみであった。




 布を叩く風の音が止み、ミリアムはほっと胸をなでおろす。

 だが、彼女の目前で炎に包まれた自分付きの近侍の事を思い出すと、表情を強張らせ慌てて被せられていた布をめくり上げる。


「ユーリア!!」


 最悪の事態…炎に包まれ無残にも斃れるユーリアの姿を脳裏で描き、彼女の顔から血の気が引く。

 だが暗い布の下から抜け出した所為で眩んだ視界が晴れ、彼女の目に映ったのは最後に見た位置で微動だにしないユーリアの姿。

 だが、彼女の最後の姿との違いは体の前に掲げられ盾とされていた小剣がきらめく大剣に変化している事ぐらいで、それ以外には服への焦げ跡ひとつとして見当たらなかった。


「だから甲板上での訓練は危ないって言ってんのによ。まったく、お嬢も最近は調子に乗っちまって用心が足りてねえよな。」


 アントンのぼやきが、ミリアムの頭上から降ってくる。

 だが彼のぼやきは彼女の意識には届かず、ミリアムは安堵のため大きく息をつくとその場にへたり込んだ。




 私は『炎の竜巻』を防ぎきった事への安堵と達成感で、大きく息をついた。

 そしてまだ熱を持つ周囲の大気を深く吸い込む。

 だが…。


「あっつっ!」


 思い出したかのように熱を伝える両手の感覚に、私は『凍える大河(フローズンリバー)』の柄をお手玉することで風に当て、手に篭った熱を逃がす。

 体は『氷河の刃(グレイシャーブレード)』を発動させた剣身で庇えたけど、流石に柄を握った手まではそうはいかない。

 まぁ、多少の熱は感じたとはいえ、フォースシールドがあるんだから、酷い火傷とまでは行かないか。


 そして対峙する相手に視線を戻す。

『炎の捕食者』を振り下ろした体勢から構え直したイングリットは、軽く口笛を吹いて微笑んだ。


「上手く防いだわね。ま、『炎の嵐』一回で決着がついたら訓練にならないから、そうでなくっちゃね。」


 私は無言で『凍える大河』を両手で構えて彼女に視線を配る。

 その彼女の刀からは、纏わりついていた炎が消えていた。

『炎の嵐』、彼女の持つ『炎の捕食者(フレイムイーター)』の切り札だが、蓄えられた魔力は全て消費されるので、『赤熱の刃(ヒートエッジ)』も効果を失ってしまう。

 攻めるなら、ただの切れ味の鋭いカトラスとなった今がチャンスだった。



 一気に距離を詰め、『凍える大河』を振り下ろす。

 先ほどまでの片手剣での間合いではなく、長剣…以上である大剣の間合いでだ。

 対する彼女はそれを打ち払って凌ぐが、両手持ちの大剣を片手剣であるカトラスで防ぎ切るには明らかに力負けしており、先ほどまでの余裕は伺えない。

 そして私といえば、彼女の刀の届かない間合いを維持し、一方的に斬り付ける。

 勿論、こちらの懐に踏み込まれ無いように、細心の注意を払いながらだ。


「ああっ、ズルい、ズルい、ズルい!やっぱりズルイよ、その剣。間合いを自由に選べるなんて。」


 後ろに飛んで距離を取り、水夫達が作る壁まで下がって、イングリッドがそう喚く。

 私はニヤリと口元を歪めると、自慢げに笑って胸を張る。


「まぁね。でもこの剣がなかったら、貴女に『炎の捕食者(それ)』が巡ってくる事も無かったんじゃないの?それに、貴女は小剣(こっち)よりもカトラス(そっち)のほうが慣れてるでしょ?」


「まぁね。やっぱり慣れ親しんだ得物の方が扱いやすいし、船乗りとしての相性もあるし。」


 そう言って彼女もニヤリと笑って見せるが、どう見てもそれは苦笑にしか見えず虚勢を張る意図が透けて見える。


 まぁ彼女の言うように、あの刀ほど船乗りと相性のいい武器も無いだろう。

 船乗りというものは、水面の上に出てしまえば頼れる物は自分と仲間とその船だけとなる。

 だが、彼女のあの刀は敵対者だけではなく、その船にとっても致命的な一撃を与えうる。

 船に火を放たれそれが燃え広がってしまえば、軍船であろうが密輸船であろうがその乗組員達が窮地に追い込まれる事に変わりはない。

 あとは相手の船を乗っ取るために破れかぶれで逆襲に出るか、命だけはと一縷の望みに縋って投降するか、逃亡の為に陸を目指して船を離れるか…三つに一つだ。


 そんな事を考えていたところで、私は彼女の小さな動きに気がついた。

 じりじりと動く彼女の先には、燃え盛る焚き火台があった。

 これは訓練…という事なので見逃すが、後でもうちょっと自然にするように忠告しておくべきかもしれない。


「それに、こういうこともできるからね。『炎の捕食(フレイムイート)』!」


 彼女の叫びと共に、焚き火台上の炎が吹き上がり、渦を巻いて彼女の刀に吸い込まれる。

 そしてすべてが吸い込まれると、彼女は正面に駆け出す…いや、向かうのは私じゃなくてさらに別の焚き火台か!!


「今日はとことん付き合ってもらうわよ、ユーリア!『赤熱の刃(ヒートエッジ)』!!」


 走りながら、再び刃に炎を纏わり付かせる彼女。

 そして私も、させじとばかりに彼女の行く先に回りこむために駆け出した。




 ミリアムの目の前で、二人の立ち合いは続いていた。

 ユーリアが迫り来る炎の渦を防ぎきった後、その長剣の間合いを生かしての一方的な逆襲に転じる。

 騎士団仕込みのその剣術によって繰り出される息もつかせぬ攻撃もさる物ながら、防ぐには不利な片手刀で凌ぎきるイングリットの腕も大した物だった。

 ユーリアが助かった安堵感からどこか遠い場所の風景といったように呆然と見つけていたミリアムであったが、何時しか二人の攻防を見つめる手は難く握り締められ、魅入られたように彼女達の一挙手一投足を固唾を飲んで見つめていた。


(…すごい。私のユーリアって、ほんとに強かったんだ…。)


 使用人たちの剣術訓練の時の話は、他の使用人から耳にしていた。

 指導役の従騎士たちと互角以上に渡り合うどころか、終始圧倒していたと。

 彼女が所有するという魔剣と魔導具の事は執事達の間でも広まっており、それのおかげだと決め付ける者もいたが、主人の身を守る為に使用人たちが剣を取る状況となった時には、彼女が切り札となるであろう事は皆の意見は一致していた。


「ふふっ、目にするのは初めてでしたの?」


 声に振り向けば、いつの間にか彼女の傍らに立っていたマリオンが、笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

 だが彼女もこちらを見つめつつも、ちらりちらりと攻防に意識を向けている。


「あ…は、ええ。聞いてたよりもずっとすごいのね。」


 ミリアムの返答に、マリオンは満足気に頷く。


「ええ、お姉様はとても素晴らしい方ですわ。侍女として、そして近侍としても文句を付け様の無いどころか、剣術、魔術に精通し、精霊術についても森妖精(エルフ)のカスティヘルミ様に指導を受けていますもの。」


 そう、正にミリアムが夢に見て止まなかったユーリス…御伽噺の主人公にも匹敵する存在だ。

 ただ…。


「ただ、惜しむらくは、お姉様が殿方ではない事ですわね。そうであれば、どのような手を用いてでも嫁いでみせますのに。もっとも、その点を欠いてもお姉様は最高だという事実に変わりはありませんが。」


 そしてマリオンの目配せにつられ、ミリアムは二人に視線を戻す。

 いくつもの焚き火台の間を走り回り、炎を吸い取り、あるいは阻止していた二人の動きが止まっていた。

 火の消えた松明台、その前で構えるイングリットの刀身では、3つの紅玉が光を放っていた。




「さぁーて、そろそろ決着といきましょうかねぇ。さっきは宝石二つ分だったけど、今度は三つ分よ?」


 焚き火台を前にし、楽しげに笑みを浮かべたイングリットが刀を振りかぶる。

 まったく、すっかり病み付きになっちゃってるんじゃないの?

 あの『炎の竜巻』に。

 まぁ、私だって初めて魔法が使える様になったころは、浮かれて使いまくって…そして魔力の使いすぎでぶっ倒れたりしたものだけど…彼女の場合は完全に魔力を『炎の捕食』だけで賄ってるからそれを目論む事もできない。

 まったく、厄介この上ないわね。

 だけど、そろそろ決着をつけようというのは賛成だ。

 狭い甲板上とはいえ走り続けて息は上がってきてるし、さっき周囲に視線を配った際に確認した限りでは、お嬢様も目を覚ました様だ。

 いい加減に近侍としての仕事に戻らなければ、評価に響きかねない。


「だったら、こっちも気合入れていくわよ?」


 不敵な笑みを作った私が答えると、彼女はより笑みを深くして頷く。

 そして互いに構えた状態で、それぞれが魔剣の能力を解き放つ。


「『炎の竜巻(ファイアストーム)』!」


「『氷の奔流(アバランシェ)』!」


 放たれた炎と氷雪。

 その二つの力が私達の丁度中間でぶつかり合い、互いを蒸発させ、かき消させた事で霧の渦となり、甲板上を覆いつくした。





『炎の竜巻』を放ったイングリットは、互いの攻撃がかき消されたのを見るとすぐに刀を構えなおした。


「『炎の捕食』!『赤熱の刃』!」


 そして気の利く水夫の手により再点火された背後の焚き火台から炎を吸い取り、再びその刀身に炎を纏わりつかせる。


(さぁ、どう来るかしら?)


 そう自問しつつ、周囲に油断なく視線を送るイングリット。

 ユーリアであれば、視界の不自由なこの状態を見逃す筈が無い。

 必ず何か仕掛けてくると考え、耳を澄まし、目を凝らしてその時を待った。




 周囲が白く塗りつぶされた霧の中。

 だがその中でも、私はイングリットの位置をはっきりと認識していた。


「『炎の捕食』!『赤熱の刃』!」


 霧の向こうから彼女の声がし、霧越しに彼女の刀が炎を纏い浮かび上がるのがかすかに見える。

 これは…やっちゃったわね、イングリット。

 霧に閉ざされた甲板の上、彼女のミスが無ければ彼女の立ち位置さえも掴めなかっただろう。

 だがおかげで、霧越しに彼女の構えすら把握でき、前もって彼女への攻撃を組み立てておく事が出来た。

 行ける!

 私はアンクレット『水面の爪先(トゥーオンウォーター)』の効果で音も無く踏み切ると、イングリットを目指して一直線に駆け出した。




「来た!」


 霧の中に浮かび上がる影。

 それは次の瞬間、ユーリアの姿となって現前に現れた。


(!?)


 一直線にこちらへと駆け寄るユーリア。

 イングリットは小細工の無いその動作に疑問を感じつつも、幾度も繰り返された訓練の習慣から無意識にユーリアを迎え討つ。

 彼女の右肩から左脇に抜ける袈裟斬り。

 相手の姿を認識してから最速ともいえるその動作であったが、ユーリアはそれを予測していたかのように身をよじって躱し、そして更に左手で作った拳で、イングリットの刀の柄頭を打ち据えた。


(何っ…!?)


 剣を振り下ろした勢いに、さらに打ち据えられた勢いが加わり彼女の胴体ががら空きとなる。

 そんなイングリットに、ユーリアはそのまま、勢いを殺さずに直進する。

 彼女の剣は、力なく下げられてイングリットに向けられてすらいない。


(体当たり?舐めた真似を!)


 思わず表情を歪めたイングリットは、体当たりの勢いを利用しユーリア自身を投げ飛ばさんと彼女の首に空いている左腕を回す。

 だが、イングリットの腕が巻きついて尚、ユーリアの表情は涼しげなままで…。


 …トントン。


 ユーリアを投げ飛ばすために捻った右肩に、軽い衝撃が連続で当たる。

 途端に周囲で巻き起こる大歓声。


(えっ?何よ…?)


 状況を理解できていないイングリットは思わず振り返るが、その右肩越しにユーリアの剣の切っ先が突きつけられていた。


「えっ?」


 反対側を振り返れば、ユーリアの右腕はイングリットの左脇を抜けて背後に伸びている。

 そしてその先には『凍える大河』がある。

 つまり…。




「それまで!勝者、ユーリア!」


 審判役の水夫が叫ぶ。

 彼とはイングリットと共に何度か飲んだ事があるので、すっかり顔なじみだ。

 私は大きく息をつくと、首に巻きついたままのイングリットの腕を引き剥がす。

 うん、何とか勝てたか。

 イングリットが『赤熱の刃』を使ってくれたおかげで、霧越しに『炎の捕食者』の位置がしっかりと分かり、咄嗟に振るわれるであろう太刀筋も予測する事が出来た。

 正に闇の中で松明を振りまわすがごとき行い、相手にも利する行為だ。


「ああいった視界の効かない状態で『赤熱の刃』なんか使うものだから、おかげでしっかり見えてたわよ?」


 私の忠告に、イングリットははっと気付いてその視線をカトラスに向ける。

 ま、とりあえずは今回の立会いで、色々と気づく事があったでしょう。

 もっとも、偉そうに心中で呟いてるけど、魔剣の使用経験で言えば…私には一日の長…程度の優位しかないんだけどね。


「お姉様!」


「ユーリア!」


 試合の決着が付いたと見て、マリオンとミリアムお嬢様が駆け寄って来る。


「お疲れ様でした、お姉様。こちらで汗を。」


「すごかったわ、ユーリア!貴女本当に強かったのね!!まるでユーリス様が物語から出てきたようだったわ。」


 マリオンから手ぬぐいを受け取り、汗を拭きながらお嬢様を宥めて甲板上の円の外に誘導する。

 ふと船外の景色に目をやれば、随分と旅程を消化した様でそろそろブリーヴ領に差し掛かるところだった。

 港まではもう少しかかるだろうが、息を落ち着けるにはちょうどよい時間か。

 私は舷側に近いところにあった木箱に腰をかけると、未だに興奮して舞い上がっているお嬢様を見つめて、どう落ち着かせた物かとため息をついた。


 これには、ちょっと時間が足りないかもしれないわね…。

 そんな事を考えている間にも、船は風を受け水面を滑るように進んでいた。



読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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