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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
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3-28 近侍と水夫頭の船上訓練

大変長らくお待たせいたしました、本年1回目の更新です。


あ、あけましておめでとうございます。(今更感)


 神暦721年 供物の月12日 水曜日


 へそを曲げた『大垂水媛(キャタラクト)』と会話を続ける事でそのご機嫌をとり、なんとか彼女を宥めた私は疲労感から舷側にもたれたままぼうっと甲板上を眺めていた。


 ちなみに私の足元では、船員から借りてきた桶の中で『大垂水媛』が時折その触手を伸ばし、私の足を突っついては慌ててそれを引っ込める遊びを続けている。

 私はそれを多少鬱陶しく感じながらも、されるがままにしていた。

 まぁ、この子も寂しかったんでしょうしねぇ…。


 ちなみに『科戸風の命(ブレスウインド)』と『大垂水媛』と接しているうちに、ずいぶんと二人の性格が違うことに気がついた。

『科戸風の命』は外に出ると、時折こちらの身体を撫でる以外は自由奔放に飛び回っている。

 それに対して、『大垂水媛』は何かとこちらに纏わりついてくる。

 ドライな『科戸風の命』とウェットな『大垂水媛』と言った所か。

 これが『炎の精霊(サラマンダー)』だったらどうなるのかしらねぇ…。

 等と益体も無いことを考えていると、帆走になって手の空いた水夫達が甲板に集まり始めた。

 となれば、始まるのはいつもの通り木製のカトラス…デュサックによる腕試しだ。



 出来上がった人の輪の中から、2人の水夫が歩み出て向かい合う。

 お、そのうちの片方、総じて体格のいい水夫達から比べても頭ひとつ高いあの背丈は、オーガ…もといアントンさんか。

 いつもイングリットに付き従っている無口な彼だが、別段消極的な性格という訳ではない。

 仕事は進んでこなすし、部下に号令する時は多少ダミ声ながらも良く響く大声を出している。

 そしてこういった場合には、真っ先に出てくるくらいに腕に自信を持っている。

 直接言葉を交わす事は稀だが、いつもイングリットのそばにいる彼との付き合いも彼女と同じに長い。


 そうして始まった腕試し。

 最初の立会いは相手の切込みを上手く往なし続けたアントンさんが、勝利の雄叫びを上げることとなった。

 彼の体格を生かしたリーチの長さと、体格(それ)に似合わぬ小器用な剣捌き…成程、腕に自信があるのも頷ける。

 そして敗者と入れ替わって彼の前に現れる新たな挑戦者。

 それも難なく下し続けて3人目にも勝ちを収めると、彼は満足気に輪の中心から外れて再び見物人の中に混ざっていった。

 うん、いつもながら大した物だ。

 彼であれば、並の騎士とだって互角以上の戦いができるだろう。

 まぁ、揺れる船上での立会いという条件がつけばだが。


 そしてそのまま試合を眺める私であったが、自分でも段々と観戦に熱が入ってくるのを感じていた。

 うーん、いけない兆候よね。

 普段の様に水軍からのお誘いで乗船しているのならともかく、今回はお嬢様のお付きとして船に乗り込んでいるのだ。

 それを放り出して、腕試しに参加する事など許されることではない。

 そしてちらと視線を向ければ、お嬢様は相変わらすマリオンともたれあって寝息を立てている。

 うん、船酔いで悪かった顔色もだいぶ回復してきたみたいね。

 だけど、たとえ手を離せる状態であっても、お役目はお役目だ。

 残念だけど今日は諦めるしかない。

 またの機会…だ。

 私はため息と共に我慢我慢と内心で自分に言い聞かせ、再び視線を船員達の輪に向ける…と、いつの間にやらそこから抜け出したアントンさんが、船室から何やら運び出しているのに気がついた…って、まさか?



 私が嫌な予感に苛まれている間にも、彼は輪となった船員たちを避けながら見覚えのあるそれを甲板に置いて回り、彼の行動に気付いた船員達は皆一様に苦笑いを浮かべながらそれに取り付き、手際よく組み立て始める…やがて出来上がったのは、船上で使用する三脚の上に乗った焚き火台だった。


 ああ、やっぱり…私が諦めと少しの期待を込めてため息をつくとほぼ同時に、正面に人影が立ち塞がる。


「ユーリア、今回も付き合ってもらうわよ!」


 そうのたまうイングリットの右手には『炎の捕食者(フレイムイーター)』が握られ、こちらに向けられた抜き身の切っ先は自ら放つ光によりぼんやりと色づいていた。




 輪となった水夫たちに囲まれ、私はイングリットと向かい合う。

 何処となく嬉しそうに身体を伸ばしている彼女を前に、私は大きくため息をついた。


「あのねぇ…貴女に水夫としての仕事があるように、私にも近侍としてのお役目って物があるのよ?」


 そして私が恨みがましい視線をイングリットに向けるが、彼女には悪びれた様子も無い。


「お嬢様は夢の中で手もかからないんだし、別にいいじゃないの。現に、貴女の相方もお役目を放り出して夢の中だしね。それにこの船は私達の『斧犀号(ふね)』なのよ?寝ててもお役目をサボってても、ちゃんと目的地まで連れて行くから大船に乗った気持ちでいなさいよ。」


 そして彼女は腰に手を当てると、意地悪げにほくそ笑む。


「それに、ちょっとは練習に付き合ってもバチは当たらないんじゃない?毎月、少なくない金額を払ってるんだし、少しぐらいサービスしなさいよ。」


 そうのたまう彼女に、私は再びため息をいた。


 ああ、そうなのだ。

 彼女はあの『炎の捕食者(おもちゃ)』を手にして以来、それを使いこなすべく研鑽を重ねていた。

 それは水夫として、職務に前向きに向き合っているという事で褒められるべきなのだが…いかんせん、その剣を使っての実戦的な練習につき合わされるのは、いつも私だった。

 なぜなら、その訓練にはひとつの問題点が存在したからだ。

 それは、彼女の持つ魔剣の威力と、その性質であった。



 通常、真剣や魔剣を使った訓練においては、その弾みで人を殺めかねない程に鋭い刃を殺す為に当て布を巻くなどして対策を取る事が必要となる。

 だが彼女の魔剣の属性は『火』。

 付与効果である『赤熱の刃(ヒートエッジ)』を発動していなくてもその刃は素手では触れられぬほどの熱を放ち、布などを巻きつけようものならやがて燻ぶり発火する事となる。

 …夏はともかく、今の季節なら便利な性質よねぇ。


 なので、なまじっかな対策では鈍器と同じ程度までその切れ味を落とす代わりに、燃え盛る松明で殴られるのと変わらない状態となってしまう。

 まぁ、火に強い素材で刃を覆うことでそれを防ぐ事も可能だが、総じてそういった物はかなり高価である為、士官とはいえまだ下っ端の彼女では手が出せる物ではない。

 一度などは、試しに鍛冶で焼き入れに使うような不燃性の油を布に染み込ませて訓練をしてみたそうだが、飛び散った油が甲板上に広がってえらい事になったらしい。

 勿論、船長から大目玉を喰らう事になったのは言うまでもない。


 であるので、その問題点を解決するには魔術の力を利用するのが一番手っ取り早いのだが…いかんせん『斧犀号』どころかヴァレリー水軍にすらそんな稀有な才能を有する者など存在せず、彼女の交友関係にその範囲を広げる事でやっと私とマリエルが該当する事となった。


 おかげで水軍の船に厄介になる度に、私は彼女の訓練に付き合わされる羽目になっていた。

 その所為か、最初は挨拶代わり…社交辞令程度であった船長からの水軍へのお誘いも、段々と力が入って来ているような気もしている今日此の頃である。


 だがその甲斐あってか、彼女は随分と腕を上げた。

 以前の彼女は水夫としては中々の腕ではあったが、それでも他の熟練水夫達に埋もれて並の成果を上げることしかできていなかった。

 しかし『炎の捕食者』を手に入れてからは目に見えて戦果が増え、ついに先日、密輸船に切り込んだ際に賞金首であった船長を一人で切り伏せ、その賞金を得るまでに至った。

 それを機に私と彼女は正式に契約を交わし、魔剣の代金として月毎にとりあえずは小金貨5枚が支払われる事となった。

 勿論、このペースでは支払いを終えるまでに10年程度の歳月を要するので、彼女の支払い能力に応じて金額を増やすことになっている。

 とは言っても、まぁ私と彼女の仲だ。

 まだ内緒ではあるが、順調に支払いが行われるのならば5年の支払いが行われた時点で残金があっても残りはおまけするつもりでいる。

 よき友人である彼女が手柄を上げれば私だって嬉しいし、その職務の中で命を落とすような事などまっぴらごめんだからだ。


 そんなこんなで、私は仕方が無く…あくまでも嫌々といった体で、彼女の鍛練に付き合うこととなった。




 着込んでいた外套を脱ぎ、それをアントンさんに預けてから軽く身体をほぐす。

 膝の屈伸、軽い飛び上がり、肩肘の曲げ伸ばし…。

 それらを行って少し汗ばむ程度に身体を温めてから、改めてイングリットに向かい合った。

『炎の捕食者』を器用に振り回しながらこちらの準備が終わるのを待っていた彼女は、それを認めると剣を持った右手を

 だらりと垂らす。


 そうしているうちに水夫達の輪が一回り大きく広がり、下がった人ごみの間から焚き火台が姿を現した。

 その上ではまだ昼前という時間にも関わらず炎が燃え盛り、傍らにはいつでも再点火できるように松明を持った水夫と、不意の延焼に対応する為に水で満たした桶を持っている水夫が幾人も控えている。


「準備は大丈夫?ブリーヴに到着するまでまだ時間があるとはいえ、あんまり占有し続けるのも顰蹙物だし、さっさと始めちゃいましょうか。」


 私は黙って頷くと、口を開いて呪文を唱える。


『我らを守れ、二十重の比類なき力の盾よ―――ダブルターゲット・ウィグプルリーインフォースド・フォースシールド』

 呪文の効果により、私達の身体が日の光の下でもはっきりと分かるくらいに光りだす。

 扱う物が物だけあって、乙女の柔肌に醜い跡などが残らないようにと念には念を重ねてのこの強化だ。

 たとえ治癒魔法でほとんど跡も残らず治療できるといっても、こればっかりはねぇ…。

 魔術の手応えを感じて私が軽く頷くと、イングリットは口元を歪めて頷き返す。

 まったく、どんだけこの訓練を楽しみにしてたのよ…。


 そして2、3回軽くその場で飛び上がった彼女は、着地後に前後に脚を開いて構えると一瞬だけ動きを止めて力を蓄える。

 そして次の瞬間、彼女は勢い良く床板を踏み切った。


「さぁ、行くわよ、ユーリア!!」


 だから、そういった事は踏み切る前に言いなさいよ。




 鋭い踏み込みで間合いに入ったイングリットがそのカトラスを振るう。

 揺れる船の上、その揺れを初動に利用した水夫特有の素早い動きだ。

 …私も何度かこの船に乗っているけど、その程度じゃ到底身に着けられない技である。

 揺れのタイミングに注意を払うことでそれを見切る事も不可能では無いが、彼女程となるとわざと揺れで自分の動きを殺してこちらのタイミングを外す事ぐらいは平気でやってのけるから厄介だ。

 そして迫る『炎の捕食者』。

 小手調べの為か、特に小細工も無く振るわれるそれを私は『凍える大河(フローズンリバー)』でもって迎え撃つ。

 払い、往なし、打ち込む中で、魔剣同士がぶつかり合って光を散らす。

 さて、そろそろ仕掛けてくるかな?

 そう考えた途端、払った『炎の捕食者』が彼女の手首の動きで軌跡を捻じ曲げ、剣を持ったこちらの腕に迫る。

 ほら来た。

 私はその変化に慌てる事も無く、素早く一歩下がってそれを躱すと今度は間髪置かずに間合いに踏み込んで『凍える大河』を突き出す。

 だが、今度は彼女が間合いを取る事でそれを躱した。


「以前から妙に鋭い踏み込みをする時があるとは思っていたけど…退くのも随分と早くなったじゃない?」


 こちらに向け剣を構えて警戒しつつ、イングリットが口を開く。

 以前は…片足に『睦言の腕輪ラバーズトーク』を着けていたので、その足で踏み切る時だけ素早い動きができていたのだ。

 だが、今はもう片方にも『水面の爪先(トゥーオンウォーター)』を着けているので、連続した素早い動きができるようになっている。


「まぁね。こっちも色々やってるのよ。」


 私の軽口に、彼女は不敵に笑みを浮かべる。


「そう。だったら気兼ねせずに本気が出せるわね。『赤熱の刃(ヒートエッジ)』。」


 そう彼女がキーワードを唱えると、『炎の捕食者』の刀身に埋め込まれた紅玉のひとつが一度強く輝いてからその輝きを失う。そしてそれと同時に、その刀身が炎を纏った。


「さあ、続けて行くわよ!」


 刀身の炎をその瞳に映した彼女は、その身を低くすると距離を一気に詰めてきた。

 そして振るわれる『炎の捕食者』の刀身を、私は払い、躱し続ける。

 引き続きフォースシールドによって守られているのには変わりはないが、その心中では紙一重を見極めて最小の動きで躱すなどといった余裕すら一片もなく、無様にも全力で凌ぐのに必死だ。


 だが考えてみて欲しい。

 いくら刃が殺されているとはいえ、炎で覆われた刀身での攻撃は松明で殴られているのと変わらない。

 それによる火傷の醜さを想像してみれは、守りがあるとはいえ罷りなりにでも乙女である私が必死になるのも理解できるだろう。


 ギリギリで避けた刀身が守りを削って光を放ち、打ち払った『凍える大河』と『炎の捕食者』が火花を散らす。

 それを幾度も繰り返した後、気分が乗ってきたのかニヤリとその表情を歪めたイングリットが距離を取り、口を開いた。


「さぁ、大きいの行くわよ?」


 来たか!

 いよいよここからが本番、『炎の捕食者』の全力を出し切るという宣言に私は奥歯を噛み締める。


「『炎の竜巻(ファイアストーム)』!」


 能力の発動と共に大上段に構えられた刀身から一際激しく炎が吹き上がると、彼女はそれを振り下ろす。

 そしてその炎は剣の軌跡の延長上に、波となって舌を伸ばし、私を包み込んだ。

続きは数日中に投稿予定です。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

評価を付けていただければ今後の励みになります。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。


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