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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
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3-24 近侍と侍女と足飾り

 神暦721年 供物の月07日 岩曜日


「ユーリアさん、時間ですよ?」


 その日の朝、私は囁き声による吐息と、唇に触れるぬくもりで夢から目覚めた。

 そしてその感触が2度、3度…と、ついばむように繰り返された後、相手の気配が離れたのを感じ取って私は目を開いた。


「ユーリアさん、おはようございます。ふふっ、お目覚めはいかがですか?」


 窓から差し込む僅かな薄明かり以外は光源の無い部屋の中、ベッドから抜け出した下着姿のエミリーが寒さに身を縮めながらも、悪戯っぽく微笑む。

 目覚めの口付け…普段は恥ずかしがりやなエミリーにしては珍しい行為。

 私は半ば寝ぼけ眼で彼女の顔を見返していたが、その羞恥に真っ赤に染まった顔を見ているだけで自然と笑みがこぼれる…うん、勿論大歓迎だ。


「おはよう、エミリー。ええ、悪く無いわね。」


 私のその言葉に、エミリーもまた蕩けるような笑みを浮かべて「それは何よりです。」と呟くと、その表情を隠すように着替えを始めた。


 私は布団の中から身を起こして、ベッドの上で胡坐をかく。

 寒い。

 布団がずり落ち、晩秋も過ぎて冬に入った朝の空気が下着姿の私の肌を刺す。

 ああ、昨日はエミリーがこの部屋に泊まって、就寝前の時間を3人で過ごしたんだっけ。

 そしてそのまま、下着姿でいつものように3人で身を寄せ合って眠りについた。

 まぁ、抱き合って…とも言うけどね。


 私は未だ焦点の合わない目をこすりながらあくびをひとつすると、次にそのまま大きく背伸び。

 そんな私の目の前では、こちらに背を向けたエミリーが、脱ぎ散らかしていた寝巻き頭からかぶっていた。

 僅かに腰を曲げて、お尻を突き出すようなその体勢…肉付きのよいそのお尻が揺れるのを見て、思わずそれれを撫でさすった。


「きやっ!?」


 突然のその感触に驚いたのか、目の前にあったマリオンのベッド…その無人のベッドに頭から突っ込んだエミリーは、

 起き上がってこちらに振り返る。


「ユーリアさんったら驚かせないで下さいよ。」


 そして私を睨みながら鼻をさする。


「あら、ぶつけちゃった?けど、キスで目覚めさせた上にあんな風に目の前でお尻を振られたら…ねぇ。つい手も出ちゃうって物よね。」


 私が悪びれもせずにそう嘯くと、エミリーは「もうっ。」とため息をつく。

 しかし、すぐに気を取り直したのか、再び身だしなみを整えながら口をひらいた。


「それはまた今度です。」


 昨夜の痴態を思い出したのかそれとも次の機会を想像したのか、そう言った彼女の顔は再び真っ赤に染まっていた。

 エミリーってば、いつまで経っても初心なんだから。

 そこが彼女の可愛い所なのだけれど。

 そんなことを考えながらニヤニヤと笑みを浮かべて彼女を眺めていると、それに気付いた彼女が眉を寄せた。


「ユーリアさんも…はやく準備しないと、お仕事に遅れちゃいますよ?」


 そして一通りその装いを確認してから、自分の部屋に戻るために扉に近づいた。


「ではユーリアさん、また後で。」


 扉を出た後で、こちらを振り返って微笑むエミリー。

 私はそれに手を振って答えると、彼女がわざと残した扉の隙間から差し込む光を頼りにベッド脇の引き出し開けて、それに手を突っ込む。


「マリオン、そろそろ起きなさーい。」


 同じベッドの中、まだ布団に包まっている彼女に声をかけながら櫛を探して引き出しを漁る。

 そして手探りでそれを見つけて取り出すが…あれ、いつもよりも重い?

 そんな違和感を感じながら手を見れば、櫛に絡まったのか鎖状の金属?っぽい物までも一緒に引きずり出されていた。

 こんなの、引き出しに入っていたかしら?

 頭に浮かぶ疑問符。

 そして記憶の中で該当する物を探す私の目の前、部屋に差し込む明かりに浮かび上がったのは…私の記憶が確かであれば、それはいつぞやのアンクレットだった…。




 水害の時の魔法薬騒動で『樫の古木商店(エルダーオーク)』から借り受けたアンクレット。

 勿論、それは騒動のあったその日のうちに店に返却された。

 それ以来、私はそのアンクレットを手に入れたいと思って手を尽くしてはいたのだが…結局の所それを手に入れることは叶わなかった。

 理由は非常に簡単な事、そのアンクレットの値段であった。



 そもそも、あのアンクレットにはいくつかの効果が付与されたていたが、その中でも特に身体能力向上効果は身体を動かす生業に就く者であれば誰もが欲しがるであろう物だ。

 特に裕福な上級騎士や貴族連中であれば、市場で見つけ次第押さえに走る程に。


 ただ、欠点を挙げるとすれば、そのデザインが女性向けである事だろうか?

 それにより、殿方が大っぴらに身に付けるのは少々気恥ずかしいと言う点で、彼らにとっての価値を落としてしまっているのだが…そうなってくると今度は踊り子や役者、女性騎士といった女性にとっての価値が増してくるので、私にとってはどっちもどっちか。

 まぁその点を考慮しても…店でつけられていた値段である大金貨50枚は破格の値段であった。

 破格に安いのだ…そう、この値段でも。


 本来であればこれは2個セットの魔導具だとかで、片方が欠損している為のこの値段との事だ。

 …両方が揃っていた時の値段は考えたくも無い。


 だがこの値段であっても、私の手持ちでは手が届かなかった。

 値引き交渉もしてみたのだが、それでもまだ届かない。

 氷血華(アイスブラッド)の売却による資金の追加も考えてみたのだが、前回販売時からそれほど時間が経っていないため、カロン師のところには次回購入用の予算は未だ用意されておらず、また『樫の古木商店』に売却するのも足元を見られそうで躊躇われた。

 ちなみに、2本目の氷血華は1本目よりも品質が高いとの事で、大金貨25枚で買い取ってもらえた。

 カロン師はその値段の高さにぼやいていたけど、品質の高さにより使用量も削れるのでそこは諦めて欲しい物だ。

 あとは…イングリットからの『炎の捕食者(フレイムイーター)』の代金も定期的に入ってきてはいるが、そう大した額ではなかった。


 それからというもの、私は休みの日に街に繰り出しては店に立ち寄ってまだ売れていないことを確かめるといった生活を続けていたのだが、ある休日に店に訪れるとそのアンクレットは棚の上から姿を消しており、私は諦めきれぬ気持ちを抱いたままその日はいつも以上に飲んでお屋敷へと帰る事となったのだ。



 それから数日、こうしてそのアンクレットは私の目の前に再び存在していた。


「えーっと、あれ、まだ寝ぼけて?」


 混乱する意識の中周囲を見回すと、視界に入ってきたのは未だ布団に包まってその中からこちらを見つめるマリオンの瞳。

 彼女の瞳には、こちらの反応を楽しむかのような色が浮かび…って、ああ、貴女(おまえ)かっ!


 私は自分でも良く分からないほどの思考的のショートカットによって犯人の目星を付けると、彼女目がけて手を伸ばす。

 そして手探りでその耳を探り当てると、彼女ごと布団の中から引っ張り出した。


「痛い、痛い~!やめてくださいまし、お姉様!!」


 抗議の声を上げながら身をよじるマリオン。

 だが、その妙に演技がかった声には甘いものが混じり、歳の割に発育の良いその胸を強調するように身をよじる様は、明らかにこちらを誘っているようだった。


「…はっ!?」


 思わず空いた手をその胸に伸ばしていた私は、その僅かに硬さの残る感触に自分を取り戻して彼女を睨んだ。

 まったく、あれだけ無駄使いはしないようにと言い含めておいたのに…。

 そもそも彼女の金貨はほとんどをセリアさんに預けていた筈。

 一体どこから代金の都合をつけたのだか。


「マリオン、これはどういうことかしら?」


 怒りにより普段より低くなった声で尋ねるが、マリオンは薄く笑みを浮かべてこちらを見つめている。


「ふふっ、お姉様、怖~い。ですが、こんな事している時間はありますの?」


 こちらをからかうかのような彼女の問いに、私は今の状況を思い出して返事に詰まる。

 いつもいつも朝の時間は慌しく、朝礼までの余分な時間はごく僅か。

 そしてそれはすでに尽きかけていて…いい加減に準備を始めなければ間に合わない頃合だ。

 まったく、彼女もすっかりこっちを手玉に取るようになっちゃって…。


「仕方が無いわね。帰ったらしっかり話を聞かせてもらうわよ?」


 私はため息混じりにそう言うと、不意を突いて彼女の唇に軽く口付ける。


「えっ?」


 突然の私の行為に驚き、目を見開くマリオン。

 だが、彼女はすぐに蕩ける様な笑みを浮かべて頷いた。


「はい…必ずですわよ?」


 それで気持ちを切り替えたのか、彼女はお互いの髪を梳らせるためにこちらに背中を預けるのだった。





「まったく、あの駄目親父は…。」


 仕事も落ち着き、その日の夜になってから行われたマリオンからの事情説明。

 それを聞きながら、私は頭痛を堪えてため息と共にその言葉を吐き出した。


「はい、『日頃お世話になった方へのお礼は欠かさぬように。』と、この前の夜会の時にお父様が下さいましたの。ですので、まずは一番お世話になっているお姉様にと。」


 椅子に座った私の前、ベッドに腰掛けたマリオンがそうのたまう。

 それであのアンクレットか。

 まったく、財布の紐を絞めるために私に託した奥様の願いを伯爵は何と考えているのか。


「だけど、アレが買えるとか一体いくら貰ったのよ?」


「さぁ…金貨の枚数は数えていませんもの。お父様もこれを下さっただけで特に中身については触れられませんでしたし。ですが、魔導具というものも存外に値が張るものですのね。アレだけでこれの半分ほど使ってしまいましたわ。」


 そして彼女は視線を下へと落とす。

 ベッドのシーツの上、そこには多少容量に余裕を持った小袋と、件のアンクレットが鎮座ましましていた。

 その小袋中身は…彼女の話が確かであれば、大金貨が詰まっているはずだ。

 しかし…大金貨50枚で半分…って事は100枚程度あったという事?

 まぁ、有り余る財力を誇るリース家だけあって、有り金かき集めて中途半端な額を渡した…って筈も無いし、きっかり100枚入っていたと見るべきね。

 私は段々と大きくなる頭痛に頭を押さえて、首を振る。

 だがマリオンはそんな私を他所に、ぽんと手を叩いて笑顔を浮かべた。


「ああ、いい事を思いつきましたわ。折角手元に余裕があるのですから、日頃お世話になっている方を集めて、ぱぁっと感謝の宴などを催しましょうか。お屋敷の方だけではなく、騎士団や水軍の方たちもお誘いして…。」


 金貨と言う裏づけを得て暴走し始めるマリオンのアイデアに、私は再びため息をついて首を振り続けた。

 そして、精神的な疲労により低くなった声で、一人ごちる。


「まったく…貴女の浪費に目を光らせるよう奥様に頼まれたというのに…碌にできてないじゃない…。」


「はい?お姉様何かおっしゃられました?」


 私のつぶやきに、妄想から現実に戻ってきょとんとした表情を見せるマリオン。

 彼女の無邪気な問いに益々疲労の度合いを深めた私は、腹の底から響いてくるような低い声を出した。


「…マリオン?」


 だが私はそんな彼女に、にっこりと笑みを見せる。

 自分でもその笑みが引きつっているのを意識しながらだが。


「大金貨一枚だけは見逃すわ…。だから…残りはバートン夫人に預けてきなさい!今すぐ!!」


「は、はいっ!!」


 私の怒りに任せた叫びに、マリオンは血相を変えて慌ててベッドから立ち上がると、金貨の入った袋を掴んで廊下へと駆け出していった。

読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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