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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
107/124

3-21 近侍と魔術師見習いと魔法薬の仕上げ

おかしい、百合百合としたエピソードを書くだけでどんどんと文字数が膨らんでしまう。



…何故だ。

 神暦721年 子供の月25日 森曜日


 ドアの音で目を覚ます。

 まだ暗い室内、目の前にはほのかな明かりに照らされたエミリーの寝顔…幸せそうな表情のそれを見て私は自然と微笑を浮かべ、足元の扉のほうに視線を向ける。


 そこには、蝋燭の明かりの下でお仕着せを脱ぎ、寝支度を整えようとするマリオンが居た。


「マリオン、お疲れ…。」


 半分眠ったままのしゃがれ声でそう言うと、マリオンはこちらに視線を向ける。

 振り返ったその表情は随分と厳しく…よっぽど疲れていたのだろう。

 彼女はこちらに無言で頷くと、私が眺める前でお仕着せを脱ぎ終え下着姿でその長い髪を解く。

 そしてそれを手櫛で軽く梳った後に、そのままの格好で燭台片手にこちらに歩み寄りベッドに腰掛けた。

 ベッドの頭側にあるヘッドボード。

 彼女はその引き出しを開けると、中から私の櫛を取り出す。

 最近の彼女はほぼ毎日私のベッドで寝起きしているので日用品を共用する事も多く、そのあたりの管理も随分とおざなりになっている。

 私は寝ているエミリーを起こさないようにそっと身を起こすと、手を伸ばしてマリオンに櫛を寄越すように指示する。

 それに対してマリオンも一瞬戸惑ったように身を固めるが、やがて無言で櫛を渡して私に背を向けた。

 私は言葉も無く彼女の髪を梳っていく…その髪の間を櫛の歯が通り抜ける感覚に、マリオンはほぅっと息をついた。


「随分とお疲れのようね。」


 私が小声でそう尋ねると、彼女は一瞬動きを止めた後に小さく首を振った。


「仕事に関してはいつもどおりですわ。夜中に奥様に呼ばれる事もありませんでしたし、仮眠も良く取れましたし。」


 そう言って視界の横端ギリギリでこちらを見つめるマリオン。

 その瞳はこちらを責めるように細められて…うん?

 ひょっとして…彼女は疲れている訳ではないのかしら?

 私が訝しげに目を細めると、彼女は唇を尖らせて視線を逸らす。

 …ああ、そうか、彼女は拗ねているのか。


「残念でなりませんわ…私が仕事で手を離せない時に限ってみんなで楽しげに色々としていて…一人だけのけ者にされるのはすごく寂しい事ですのよ?」


 そのかわいらしい頬を膨らませてむくれるマリオン。

 その表情に、私は思わず笑みをこぼす。


「それは仕方が無い事じゃない。それに休みの日の前日でなければ、私も手伝えなかったし。」


「しかもその後はエミリーさんと二人きりだなんて…。」


「それは貴女が夜番の日はいつもの事でしょう?」


 エミリーがこの部屋で夜を明かすのは一巡りに多くて4日。

 それに対して、マリオンは最低でも6日だ。

 まぁ、マリオンはこの部屋の住人なので当たり前といえば当たり前なのだが、彼女が目くじらを立てるほどエミリーが来ている訳でもない。

 そんな事を考えているうちに、マリオンの髪を梳り終えた。

 私は櫛をヘッドボードに置くと、彼女を背中から抱きしめる。


「あん、お姉様…。」


 抱きしめられたまま耳を甘噛みされ、彼女は小さく声を漏らす。


「まだまだ外も暗いし…朝まで十分に時間はあるわ。まぁ、疲れて仕方が無いのなら又の機会にするけど…どうする?」


 私が小声で…含み笑いと共に耳元で囁くと、彼女は動きを止めてから顔を赤らめて俯く。


「す、少しだけでしたら…。」


 躊躇いがちにそう小声でつぶやくマリオン。

 だが私はその返事を聞き終える前に、彼女をベッドに引き倒していた。




「さぁてマリエル、作業の進み具合はどう?」


 身支度を整えた後で客用の厨房までやってきた私は、そこに入るなり声を上げる。

 ちなみに、マリオンはすっかり満足して今は夢の中、そしてその後にエミリーに声をかけると、彼女は目を開くなり真っ赤な顔で着替えてくると部屋を飛び出していった…。

 いや、起す前から微妙に赤かった様な気も。

 いつの間にやら目を覚まして私達の秘め事をしっかりと見ていたみたいね。

 …二人きりとか三人一緒でってのは珍しくないけど、見られている前で二人だけ…ってのはそういえば経験が無かったっけ。


 まぁそれは置いておいて、目の前の光景である。

 室内に広がるのは床に敷かれた布と、その上に並べられた瓶、瓶、瓶…。

 そしてその瓶の間からは、敷かれた布に描かれた魔方陣が見て取れる。


「おはよう、ユーリア。もうじき儀式よ~やっとここまで来たわ~。」


「おはようっす、ユーリアさん。良く眠れましたか?」


 あくび混じりに答えるマリエルとポーレット。

 私は二人に頷きで返事を返す。


「さーって、さっさと完成させて、肩の荷をぶん投げちゃおうかしらね!!」


 徹夜明けでハイになってるのかテンション高めで宣言するマリエル。

 と、ちょうどその時に、廊下から複数の足音が近づいてきた。


「おはよー!おくすりできたー?」


「おはよー!もう終わっちゃった?」


 元気一杯に駆け込んできたのは、アリアとアリス。

 私はそんな彼女達が床に置かれた瓶を蹴散らさないように、その手前で腰を落として両手を広げ、通せんぼをした。


「はいはーい、ここまでよ。」


 それを認めた二人は、喜び勇んでこちらに飛びついてくる。

 いくら子供とはいえ、二人分となればかなりの重量。

 だが私はそれを難なく受け止めると、二人をまとめて抱きしめた。


「あのねー、エミリーおぱんつきがえてたの。」


「おとななのにおねしょかな?でも、ないしょだって。」


 耳元で囁く二人に、私は苦笑を浮かべる。

 まったく、秘密も何もあった物じゃないわね。


「おはようございます、皆さん。そろそろ仕上げですか?」


 と、部屋に入ってきたエミリーがそう声をかける。

 そんな彼女に徹夜組からは挨拶が、おちびさん達からは悪戯っぽい含み笑いが、私からは苦笑いが向けられる。

 そして密着している私達を見て、エミリーの笑顔が引きつった。


「あの、何か…。」


 恐る恐るそう問いかけるエミリーに、私はため息混じりに答えた。


「秘密の話よ。」


「いやぁあああああ!」


 私の回答に、エミリーは頭を抱えて真っ赤な顔で蹲った。


 まったく私達の仲なんだから、今更気にする事でも無いでしょうに。

 そんな事を考えながらも、私は双子に向き直った。


「いい事?内緒の約束をしたら、ちゃんと守らなきゃ駄目よ。じゃないと、そのうちに酷い目にあうわよ?」


 下働きとはいえ貴族の屋敷で働いているのだ。

 そこのところを弁えていなければ、いつ面倒事に巻き込まれるか分かったものじゃない。

 私が真剣な顔でそう諭すと、ちゃんと伝わったのか神妙な顔をして頷く二人。

 悪戯好きで甘えん坊な二人ではあるが、年長者が真面目に話せばちゃんとそれに従うのだ。

 このあたりは、さすが『泉の園』の出身。

 幼くともしっかりと躾けられている。

 私はそんな彼女達の態度を褒めるようにその頭を撫でると、準備を整えたマリエルのほうに振り返った。




「そんじゃぁ始めますかね…。」


 床に敷かれた布の前に立ったマリエルは、その手に彼女愛用の杖を掲げて呟いた。

 魔法薬を作る場合、薬品の調合の後…もしくは上級の物はその製法の所々に魔術を用いる。

 薬効の強化だったり、即効化だったり、保存期間の長期化だったり。

 これらの魔術を使う点が、市井でも珍しくはない一般の薬師との差だ。

 彼女の実家がデファンスでも評判の薬師だけあって、見習いとはいえ薬物の知識も立派なもの。

 これで魔法薬の作成を修めれば、彼女は高名な魔法薬師として名を残す事も夢ではない。


 やがて彼女の口から魔方陣を起動する為の呪文が紡がれ、その周りを魔力が漂いだす。

 その魔力の一部は現象として顕現し、彼女の周りに薄く埃の渦を巻く。


「わぁ…。」


 初めて見る光景なのだろう。

 おちびさん達は目を見開き、口を開け放したままその光景を見つめている。


『宿れ、秘薬の力よ―――クリエイトポーション!』


 呪文の最後、魔法陣起動の命令が高らかに告げられると、魔方陣がまばゆく光を放った後、徐々にそれが収まってゆく。

 そして後に残ったのは、魔法陣の上でかすかに燐光を放つ小瓶の群れだ。


「ふぅ…。」


 マリエルが大きくため息をつき、そして掲げていた腕を下ろしてその額の汗を拭う。

 どうやら問題なく完成したみたいね。


「わー、マリエルすごい!」


「すごいすごい!!」


 おちびさん達は興奮からかぴょんぴょん跳ねながら、マリエルの周りを走り回る。


「はぁ~、これが魔法薬の作成っすか。初めて見ましたけど、いや、凄い物っすね。」


 寝不足の疲れもどこへやら、しきりに感心するポーレットの態度に、マリエルも得意気だ。


「まぁ、私にかかれば、ざっとこんな物ね!」


 胸をそらしてそうのたまう彼女を他所に、私は魔方陣に歩み寄りそこに置かれている小瓶を手に取った。

 これは…結構…どころかかなり熱い。


「ちょっとマリエル、アンタ粗熱を取らずに瓶に詰めたわね?」


 本来、魔法薬を煮込んだ後は常温に冷してから瓶に詰めるのが常識だ。

 物によっては詰める前に冷却が必要な物、あるいは高温を保ったまま瓶詰めを行う魔法薬もあるが、一般の治癒のポーションはそれには当たらない。

 私が批判を込めて半目で睨むと、彼女は目をそらして唇を尖らせる。


「だって、冷すのにも時間かかるし、とっとと作業を終わらせたかったし…。」


「まったく、見習いのうちから手を抜く事を憶えたら、まともな手順なんか身につかないわよ?」


 困った物だとため息をつく私であったが、まぁ終わった物は仕方が無いと気持ちを切り替える。


「まぁいいわ。じゃぁ、後は片づけね。…って、これは?」


 ふと周りを見回せば、調合で使用した鍋の中には、まだ1/3程の薬液が残っていた。

 それについてマリエルに尋ねると、彼女は出来上がった瓶を運搬用の容器に並べ替えながら答える。


「ああ、それは魔法薬を作る時に出た廃液よ。魔法薬には調合した薬液の上澄みを使ったんで、後は捨てるだけね。まぁそれを使っても治癒の効果がある魔法薬ができるから、なんなら作ってみる?」


 そう言いつつ、意地悪そうにぐふふと笑う。


「なによ、その如何にも何かありそうな笑いは。」


「別に~。ただ、それで作った魔法薬は肌に着くと目立つシミになるのと、使用後は一晩ぐらい全身に耐え難い痒みが発生するぐらいで、別段問題ないわよ?」


 別段問題ない…って、大ありじゃない。

 それじゃぁ、よっぽどの緊急事態でも無い限り商品価値なんか無いに等しいわね。


「まぁ、人体に使うんじゃなければ、それなりに使い道はあるけどね。殺虫剤とかなら。でも、それなら除虫葉(ピレスリーフ)とか使ったほうが全然安上がりよね。」


「そんな物、とっとと捨てなさいよ。」


 私が呆れて頭を抱えると、マリエルはニヤリと表情を歪める。


「捨ててもいいんだけど、それって冷めてからじゃないと下水溝の漆喰を痛めるし、水で冷そうとすると大量の蒸気を発生させるのよ。それを浴びると…まぁいろいろ面倒だから冷えるまで放置してるのよ。」


 そして、「そんな事も知らないの~?」と嫌みったらしくのたまっている。

 私はマリエルの両頬を摘んでから彼女を吊り上げると、無視して片づけを続けましょうと他のみんなに目線で合図するのであった。




「お出かけっ、お出かけっ、お姉様とお出かけ~。」


 客用厨房の片づけを一通り済ませた後、様子を見に来たサンドラさんに鍋には冷えるまで手を触れないように申し付けてから、私達は納品の為に街に繰り出していた。


 上機嫌で腕を組むブラウスとスカート姿のマリオンを左手に、そして多少顔を赤らめながらおずおずと縋りつく少し短めの裾のワンピース姿のエミリーを右手において私達は町の通りを歩いていた。

 長く続いた雨が止んで二日目、未だに路地裏には水溜りが残るので、石畳の大通りを選んでの道程だ。

 私はいつもの近侍然とした格好に腕輪と『凍える大河(フローズンリバー)』。

 その背には魔法薬を収めた行李を背負い、前を行くマリエルと私と同じく両手にアリアとアリスをぶら下げたポーレットの背にも同じ物が背負われている。


「まったく、ユーリアはいつもやりすぎなのよ。一体、どこで育て方を間違えたのか…。」


 両頬を真っ赤に腫らしたマリエルが、ぶつくさと呟いている。

 まったく、こっちの育て方云々よりも、自分の身を省みなさいよ。


「あっ、ポーレット、おかしうってる。」


「あれは『あめざいく』っていうんだって!」


 みんなで街に繰り出している所為か、いつも以上にテンション高くおちびさん達がはしゃいで露店を指差す。

 普段は文句のひとつも言わずに過酷な労働についている所為か、こういった休みの時はその反動でいつも以上に雄弁で、ポーレットも彼女達をなだめるのに手を焼いていた。


「二人とも、荷物を届けたら見て回りましょうね。大丈夫、きっとマリエルがお駄賃をくれるわよ。」


「「わーい!」」


 私の言葉に、二人は更にテンションを挙げてあれやこれやを指差して報告し、マリエルは苦虫を噛み潰したような表情でこっちを睨む。

 まさか、只で手伝いなんかする筈がないじゃない。

 まぁ、年長組は付き合いもあるから飲み代食事代程度で応じるとしても、年少組には目に見えるお駄賃が無いとね。


「マリオンとエミリーも、それでいいわよね?」


 私の問いに、満面の笑みで頷くマリオンと、恥ずかしげに頷くエミリー。

 そんな二人の反応を見て、すれ違う若い男達から舌打ちが聞こえる。

 まぁ二人ともかわいいから…しかし、モテない男達の僻みってのもみっともないわね。

 もっとも、ニコル程度にやれとは言わないけど。


「ですが露店を見てまわろうにも、お姉様はそういった店の小奇麗なアクセサリーはあまり好みませんものね。」


「そうなんですか、マリオンさん?」


 マリオンのため息混じりの呟きに、エミリーが喰い付く。

 そんな彼女の態度に、マリオンは満足そうに頷いた。


「ええ。お姉様は普通のアクセサリーよりも、魔導具のような高価で特殊な効果のあるものを喜びますわ。だからこそ、贈り甲斐があるのですが。」


 マリオンの言葉を聞いて、エミリーがうな垂れる。

 おそらくは魔導具の価値を予想して、自分の懐具合では手が届かないと想像したのだろう。


「マリオン、それは違うわよ。私は自分で買うとしたら魔導具だと考えて、いつもそればっかりを見ているだけ。心が篭っていれば、たとえ綺麗な石ころでも貰ったら嬉しい物よ?」


 まぁ、それが魔法金属の小塊とかであれば、嬉しい事この上ないのではあるが。


「それに…あまり高価な物を貰っても、気後れしちゃうから…程々にね。」


 エミリーへのフォローとともに、マリオンに釘を刺すことも忘れない。

 高価な物ばかり貰っていては、結局最後にはその価値で自分が縛り付けられる事になりかねない。

 彼女にはそれを実行する程の財力の裏付けがある上に、事あるごとに釘を刺しておかないとそれを実行しかねない危うさもある。

 現に彼女は、「そんな物別に構いませんのに…。」と呟いている。

 ホント、気をつけなきゃね。

続きは数日中に。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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