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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
101/124

3-15 近侍と侍女と女中の淑女協定

 神暦721年 剣の月27日 岩曜日



「お姉様、お姉様、お姉様!!」


 廊下を近づいてくる大きな足音…それが部屋の前辺りで止まったかと思うと、扉が乱暴に開かれてマリオンが姿を現した。

 そして彼女は、ベッドで寄り添う私達の姿と床に脱ぎ捨てられお仕着せなどを一目見てすべてを察したのか、愕然とした表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。


「いつかはとは思っていましたが…実際にやられると思ったよりもダメージが大きいですわね…。」


 床に両手を突いた状態で、何やら呟いているマリオン。

 その表情は垂れ下がった前髪で隠れてしまったので直接見る事は叶わないが、その声が震えている事だけはわかった。

 その間にも、私の懐では早速マリオンにばれた事を恐れたのか、エミリーが身を震わせて縮こまっている。

 そんな彼女の頭を撫でて安心させようと努力しながら私は思案に暮れる。


「あー、そのね、マリオン?」


 さてどう言い訳したものかと私が口を開くと、それまで身を縮こませて居たエミリーがガバと身を起こして、マリオンに駆け寄る。

 私はいつぞやの彼女の平手打ちを思い浮かべながら、ちょっとちょっと流石に手を出すのは…などと考えて止めるように口を開こうとする。

 だが、それよりも早くエミリーはマリオンの前で床に伏した。

 いや、あれは東の島国に伝わるという謝罪の作法、土下座(DOGEZA)!!


「ごめんなさいマリオンさん!すべて私が悪いのです!」


 そして、マリオンに対して謝罪の言葉を並べるエミリー。


「ユーリアさんには貴女という人があることを知っていながら、優しさに甘えた私が悪いのです。ですから、どうかユーリアさんは責めないであげてください!」


 エミリーの土下座とそれに続く謝罪に、マリオンの怒りもどこへやら。

 あからさまに腰の引けているマリオンは、助けを求めるようにこちらに視線を送ってくる。

 私はベッドの上で起き上がって胡坐をかくと、どんどんと移り変わる状況に頭を悩ませながら口を開いた。


「とりあえずは…そうね。ドアを閉じてちょうだい、マリオン。話はそれからよ。」


 マリオンが入ってきた扉に目を向ければ、そのドアは開きっぱなし。

 そして廊下の外からはいくつかの足音と声を潜めたささやきが聞こえる。


「えっ、ユーリアさんとマリオンさん…に加えて、エミリーさんの三角関係?」


「だから言ったじゃない!エミリーさんも怪しいって!!」


「修羅場ですわ、修羅場!」


 …はぁ、これは後始末が大変そうね。




「まさか私も、行儀見習いの最中からお母様と同じ悩みに苦しむとは思いませんでしたわ。」


 服を着た私達は、部屋にあったテーブルでマリオンと向かい合っていた。

 もちろん扉を閉めてから服を着込み、さらに私が席に着いたのは一度扉から顔を出して慌てて逃げる女中達を一睨みしてからだった。

 これで室内の会話を盗み聞きされる心配は…多分大丈夫でしょう。


「同じ悩みって…ああ、伯爵の?」


「ええ、お母様が常日頃からお父様の女性関係に頭を悩ますのを私は幼い頃から見てまいりましたので…。それよりも、説明していただけますのよね?」


 取っ掛かりとして話を脇道に逸らそうとした私に、マリオンは答えつつも本筋に軌道修正する。

 むぅ、意外と手ごわい…と見るべきか?


「あ、あのっ、私が…。」


「エミリー、とりあえずは私から説明するわ。」


 先ほどの謝罪を繰り返そうとしたのか、不機嫌そうなマリオンにおびえつつも口を開くエミリー。

 だが私はそれをおしとどめる。

 彼女は私を庇おうとしてくれているが、これ幸いと彼女にすべての原因を押し付けて言い逃れするなんて、私の矜持が許さない。


「そうね。とりあえず事実だけを述べさせてもらうと…私は彼女に手を出したわ。」


 私がそう告げると、表情を硬くするマリオン。

 流石に私の口からは聞きたくない言葉であったのだろう。


「彼女の悩み、彼女の秘めた思い、彼女の葛藤…それを聞いた上で、私は彼女を受け入れた。もちろん、私には貴女というパートナーがいる事もエミリーはちゃんと理解していて、苦しみながらも身を引こうとしていた。だけど、そんな彼女を惑わしたのがあのカスティヘルミさんで…って、ホント碌な事をしないわねぇ。」


 私は思わずため息をつきながらも二人の表情を窺うと、共に微妙な表情をしていた。

 それぞれに思い当たる節があるのだろう。


「だからと言って、別にマリオンからエミリーに乗り換えたわけじゃないわ。マリオンは私にとって大切な存在である事には変わりは無いし、今回の事はそれにエミリーも加わっただけの事だと思ってるわ。だから。もしそれが許せなくて、私に愛想が尽きたというのであればそれもまた仕方がないことだと思う…残念だけどね。貴女が望むのならば私は別の部屋に移ってもいいし、もしそれでも許せないというのなら屋敷を出て行く事もやぶさかでは無いわ。」


 その時は奥様に申し出て、行儀見習いが終わるまで王都のお屋敷にでも配属してもらおう。

 そんな事を考えながらマリオンはと窺うと、眉を歪めて難しい顔をしている。

 どうやら頭に血を上らせた彼女にとっても、それは望ましくない事のようだ。


「ただ、罰を受けるとしたらそれは私の役目。エミリーがそれを受ける謂れは無いし、そんな事は私が絶対に許さないわ。」


 マリオンの視線をまっすぐに受けて私がそう言うと、彼女はぶるっと身を震わせる。

 そして何故か顔を赤らめてそっぽを向くと、ぼそっと呟いた。


「その眼差しは卑怯ですわ。そして、そこまで思ってもらえるエミリーに嫉妬してしまいますわ。」


 私には良く聞こえなかったが、彼女は咳払いで表情を取り繕うと今度はエミリーに視線を向けた。


「それで、貴女は何か申し開きがありますの?」


 半分諦めたようにぞんざいにマリオンが問いかけると、エミリーは緊張した面持ちで居住まいを正す。


「はいっ、ま、まず最初にお伝えしなければならないのは、私はお二人の間に入り込むつもりはなかった…ことです。」


 まずはそれだけ伝えてから深呼吸を数回繰り返したエミリーは、私のほうに視線を向ける。

 それに頷きで返すと、彼女は微笑を浮かべてマリオンのほうを向き直った。

 あ、マリオンの機嫌が更に悪くなった?


「マリオンさんがユーリアさんを慕っている事は、マリオンさんがお屋敷に来る前から知っていました。」


 自分の中で何かが吹っ切れたのか、エミリーの口からは彼女の説明がよどみなく流れ出す。


「お屋敷に来てからも、実の姉妹のように親しくするお二人を見て、私は内心羨みもしました。私も、ユーリアさんの事が大好きだったから…。でもしばらく経って、その関係が変化した事に気付いてしまって…まるで恋人同士のように接するようになったお二人を見て、私の心はさらに焦がれてしまいました。でも、私は自分に必死に言い聞かせていたんです。貴族の生まれの二人とは住む世界が違うから仕方がないんだと、お二人はお似合いのカップルだから、自分の入り込む隙間なんてないんだって。」


 そこまで言った所でマリオンが慌てて話を遮る。


「ちょっ、ちょっとまって下さいます?い、今の最後の所をもう一度…。」


「えっ?…えと、私には入る隙間は無いんだって、お二人はお似合いのカップルだから…ですか?」


「もう一回、もう一回おねがいしますの!」


「えっと、二人はお似合いのカップルだから…?」


 首を傾げるエミリーを他所に、マリオンは目を閉じてうっとりとした表情をしている。

 まぁ、彼女も私達の関係が道ならぬ恋…という認識があったのか、初めてであろう他者からの祝福の言葉を噛み締めている様だった。


「マリオン?」


 私が半目で視線を向けると、マリオンは咳払いをして誤魔化した後に続きを促がす。


「それで、自分の気持ちを押し殺してはいたのですが、カスティヘルミ様までユーリアさんの部屋に出入りするようになって…だったら私も、ユーリアさんの傍にいられるんじゃないかって期待してしまって…そんな時に、ユーリアさんに事情を聞かれ、優しく受け止められて…つい流されてしまったんです。」


 そう言って、彼女は苦笑ぎみに自嘲する。


「本当は、私がしっかりしていなくちゃいけなかったのに…二人の間に波風を立てるようなことをしまって、申し訳ありませんでした。ですので、ユーリアさんには何卒寛大な処置を…。」


 そう言って頭を下げるエミリーを、マリオンは腕を組んで横目で見下ろす。

 膨らんだ頬、歪んだ眉。

 だがそれは、内心とは逆に「怒ってるのよ」と態度で表そうと無駄な努力をする子供の様だった。


「とりあえず、今回の事でエミリーさんに言っておく事があります。」


「はい。」


 不機嫌そうにそう宣言するマリオンに、エミリーは神妙に背筋を伸ばして答える。


「お姉様の一番の座は、絶対に渡しませんわよ?」


「えっ、じゃぁ…?」


 マリオンの言葉に許されたことを感じ取ったのか、エミリーの表情が僅かに明るくなる。

 だがまだマリオンの話の途中だ。

 彼女もそれを思い出したのか、唇を噛んで無表情を保とうと努力する。


「まぁ、お姉様はとても素敵な方の上に誰にでも優しいので、いつかはこうなるんじゃないかと覚悟はしていましたわ。ただ、ここまで早いのは想定外でしたが。」


 そして大きくため息をつく。


「ですので、あまり怒ってはいない…と言うと嘘になりますわね。多少…どころでなく嫉妬していますし。ただ、私にはお姉様を遠ざけるなんて選択を取れるはずがありませんし、お姉様がエミリーさんを庇うと覚悟を決められては、まるで打つ手がありませんわ。それに、この状況でエミリーさんに罪をかぶせて後は知らん振りなんて、お姉様がするわけありませんし、もしそんな態度を取るようでは私といえども流石に幻滅しますわ。」


 その言葉の穏やかさに、私は知らずと入っていた肩の力を抜く。

 まぁ、まだ色々と問題点はありそうだが、とりあえずの形は…。


「それに、貴族では正妻だけではなく第2夫人等の側室を娶る事など珍しくはありませんわ。ですので、夫の手綱を握る事も妻の役目と心得ております。もっとも、私達は女同士ですが。」


 そう言いながらマリオンはにっこりと笑うが、その目は笑っていなかった。

 そしてその視線をきっ…と鋭い物に変え、口調を強くしてこちらを睨む。


「ただし、次はありませんわ。私を軽い女と見るのであれば、お姉様といえども容赦しませんわよ?」


 彼女の静かな怒りの発露に、私は慌ててこくこくと頷く。

 マリオンとの付き合いは1年程度だが、彼女の一途で思い悩む性格は良く知っているつもりだ。

 それに、ヴァネッサ奥様の血を引いている彼女の事だ、もし全てを忘れるほどに激高した場合はどうなるか分からない。


「それと…貴女ならまぁ立場を弁えてるようですし、節度ある関係を結べそうだというのも理由のひとつですわ。略奪愛やドロドロの愛憎劇は願い下げですわよ?」


「は、はい、誓います。」


 半目のマリオンの迫力に、冷や汗を浮かべて頷くエミリー。

 そんな彼女の態度に、マリオンはうんうんと頷く。


「よろしいですわ。それに…。」


 そこまで言って、マリオン微妙に顔を赤らめてちらとエミリーを見る。


「貴女は中々に見る目がありますものね。」


 ひょっとして、さっきの「お似合いのカップル」という評価の事を言っているのだろうか?

 その程度でほだされるなんて…ちょろすぎるわよ、マリオン。


「さて、そろそろ夜もいい時間です。明日も仕事があるのですから、そろそろ床に着かないといけませんね。」


 マリオンの言葉にふと我に返る。

 既に浴場の火もとっくに落ちている頃合だ。

 私達の部屋にいる小間使い(チビ)達も、疲れが限界を超えて寝ついている事だろう。

 しかしそんな時間になってもこの部屋の住人が誰も戻ってこないところを見ると、ポーレットとカスティヘルミさんが彼女達を寝かしつけてくれているに違いない。

 とりあえずは彼女達を半分寝ながらでも風呂に入れて…そんな事を考えながら部屋を見渡すと、小間使いの着替えを用意するエミリーと目が合う。

 うん、流石はエミリーね。


 「それじゃ、行きましょう。」


 私達は微笑み会うと、小間使い達の着替えを片手に自分達の部屋へ戻っていった。




 神暦721年 技の月09日 炎曜日


「ただいまー。」


 ポーレットが一人本を読んでいた女中達の部屋に、アリアとアリスが戻ってきた。

 彼女達は既にその日の仕事を為し終えて、風呂に入ってユーリア達の部屋で涼んできた後だ。

 そんな二人の姿を見た彼女は、一人足りないことに気付いて二人に尋ねた。


「あれ、エミリーはどうしたんすか?」


 彼女の問いに、顔を見合わせた二人は表情を歪ませる。

 そして憤懣やるかたないといった表情で、口々に不満を訴える。


「エミリーはおよばれー。」


「エミリーだけずるいー。」


 だがそんな二人の態度も、側から見ればただ微笑ましいばかりだ。

 ポーレットは「ああ、そういえば」と思い至ると共に苦笑を浮かべた。


「ずるい…って、あんた達は昨日お呼ばれされていたでしょうに…。」


「えーっ?でもずるいー。」


「ユーリアたちといっしょにねたいー。」


 二人は口々に不満を述べる。



 …あの日以来、エミリーの表情はすっかり明るくなった。

 それは喜ぶべき事ではあるが、問題となるのは彼女が時折見せる女の表情。

 それをユーリアに向ける彼女を見て、ポーレットはすべてを察した。


(まぁ、当人達が納得してるんなら別に問題無いんすけどね…。)


 そして往々にしてエミリーはユーリア達の部屋で夜を明かすようになり、それを羨ましがった小間使い(ちび)達も偶にではあるがユーリア達の部屋に呼ばれるようになった。


(二人が呼ばれた日はエミリーと二人きりなんで、ちょっと気まずいのが困り物ですが…でも、流石に二人(チビ)に手を出す事はないと信じてるっすよ、ユーリアさん?)


「ねぇ、ポーレットも行こう?」


「わたしは…惚れると怖いんで、遠慮しとくっす。」


 アリスのおねだりを苦笑で躱すと、さて…とポーレットは勢いをつけて椅子から立ち上がる。


「明日も早いから、そろそろ寝ましょうかね。」


 彼女の提案に、「はーい」と二人は返事をして、早速寝巻きに着替え始める。


「ねぇ、ポーレット、いっしょに…ねよ?」


「えー、アリスがいっしょにねるんだよー!」


 着替えも終わらない中、ポーレットのベッドを巡って言い争う二人。

 彼女は苦笑を浮かべたまま、はいはいと手を打ち鳴らす。


「さすがに三人だと窮屈っすからね。今日は二人で寝ときなさい。」


 そして二人を寝かせてから、自分も床に着くポーレット。


(まぁ、これで一件落着…だといいんすけどね。)


 そんな事を考えながら、彼女も眠りに落ちていくのであった。


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