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そばにいる理由

作者: 桜木 由有

「顔に残る傷跡」に関しての記述を不快に思う方はバック推奨です。

「美晴、帰るよ」

「うん」


 いつものように隼人が美晴の教室に迎えに来て、二人で帰っていく。その様子を一部の生徒は憎々しげに、他の生徒は遠目に見ていた。

「藤崎君も大変よね。あんな子に毎日毎日……」

「藤崎君って、さっきの男子?」

 今日転入してきたばかりの直子が友達になりたての女子生徒に問う。

「そう。藤崎隼人君。スポーツ万能で頭も良くてイケメンで、すっごく人気なんだけど」

「東上美晴がね……」

「藤崎君と一緒に行った人よね。あの人の顔の左側、どうしたの?」

 美晴の顔の左側のほとんどが白い包帯で隠されている。朝転入の挨拶をするため教壇の前に立ち、クラスメイトをざっと見た時から気になっていた。

「あれが原因で藤崎君はしたくもないのに東上さんの面倒をみてるのよ」


 あれは二年前のこと。中学三年生の夏。隼人は昼休みに友達たちと外でサッカーをしていた。

 その隼人が蹴ったボールが近くの女子更衣室の窓を破り、ガラスを巻き込んだままその場にいた女子生徒に衝突。その女子生徒は顔と腕に数針縫う怪我を負った。その傷は深く、跡が残るだろうと言われた女子生徒の両親に向かって隼人は頭を深く下げた。


『責任をとります』


 その言葉通り、彼はその日からその女子生徒、東上美晴のそばにずっといるようになった。


 美晴はいつものように静かに隼人の話を聞きながら帰り道を歩いていた。彼は学校がある日は毎日美晴の家まで迎えに来て、家まで送ってくれる。その間たわいないことを話して、美晴に優しく接してくれる。

 全ては彼の償い。

 美晴の顔に残る醜い傷跡の原因となった罪滅ぼし。

 二人のこの関係を周りが何と言っているか美晴は知っている。


『藤崎君かわいそう』

『顔って言ったって、ただの傷でしょ』

『いい加減許してあげればいいのに』

『藤崎君にかまってほしいだけじゃないの?』


 人気者の隼人。

 その隼人が一人の女子をこれだけかまっているのは他の女子にとっては面白くない。そういった女子が中心となり、クラスの全員が美晴を無視するようになった。

 勿論美晴のことを気にかけてくれる存在は何人かいるが、クラス分けの運が悪く、今のクラスにはそういった者は一人もいない。クラスの違う隼人も美晴の置かれている状況に気付いてはいないようだ。そのことが美晴に嫉妬する女子たちをつけあがらせ、美晴の持ち物をゴミ箱に捨てたり隠したりと小さな嫌がらせを増やしていった。

 そして元々内気だった美晴は教室ではいつも自分の席に座って本を読むか勉強するかで誰とも話すことなく、何をするにも常に俯いていた。

 もっとも、俯いていたのは顔の包帯を隠すためでもあるが。その時にはストレートの長い黒髪も役に立つ。


「……美晴、どうしたの?」


 少し色素の薄い髪は爽やかな感じにカットされ、シャープな顔立ちを際立たせている。

 隼人は一言で言うとモテる。成績優秀スポーツ万能だけでなく、性格もすこぶる良くて誰に対しても優しい。

 勿論、美晴にも。

 いや、美晴には特別優しい。

 美晴の送り迎えをするために部活にも入らず、廊下ですれ違った時も必ず声をかけてくれる。

今も考え事のためにぼーっとしていた美晴を心配して、その整った眉を寄せている。


 しかし、この優しさは偽りでしかない。


 隼人のせいで美晴は癒えない傷を負った、その代償。


 そう考える度、美晴の心臓はぎゅっと痛くなる。


『いい加減許してあげればいいのに』


 もうとっくに許してる。

 こんなに真摯に尽くしてくれる人にいつまでも憎しみを持てるはずがない。

 いや、元々彼のことは恨んでなんかいなかった。

 誠心誠意謝ってくれて、責任をとるなんて言ってくれて、その気持ちだけで充分だった。


 なのにいつまでも彼を自分に縛り付けていたのは美晴のエゴ。

 隼人にそばに居てほしかった。

 しかしもう彼を解放するべきなのだ。二年間も彼を縛り付けてしまったが、もうそれも終わり。


 だって彼を好きになってしまったから。


 彼が美晴のそばにいる理由はこの傷跡だが、美晴がそれを理由に彼のそばにいることはできない。だって隼人のことが好きな他の女子に対してフェアじゃない。好きな人には、自分が好きだからという理由でそばにいてほしい。


「美晴……?」

 返事をしない美晴を不審に思ったのか、彼女の額に手を当てる隼人。

「具合が悪いの?」

「ううん、大丈夫」

 美晴はそっと彼の手を避けた。もうこの手の温もりも感じてはいけない。

「隼人君」


 私から、解放してあげる。


「もう明日から私の送り迎えしなくていいよ」

 隼人は急なことに目を見開いている。

「もうこの傷のことは恨んでない。隼人君も責任なんてとらなくていいの」

 美晴はあの事件以降滅多に見せなかった笑顔を隼人に向けた。

「……でもそれじゃあ俺の気がおさまらないよ。その傷は俺のせいなんだし」

「確かに傷を負ったのは隼人君が原因だけど、傷が残るのは隼人君のせいじゃなくて私の顔の皮膚の問題だよ」

「それでも!!」

 隼人の苦々しい顔からどれほど彼が苦しんできたか理解できた。この二年間、その優しい表情の裏にこんな表情を隠していたんだ。

 毎日毎日自分の罪の証を間近で見ていたのだから。

「もういいの。私が言うんだから、もう、いいんだよ」

 こんな表情をしている隼人君を見ていると私が辛いの。私の傷跡を理由に傷ついている隼人君を見たくない。私が離れれば隼人君にこんな表情をさせなくて済むよね。

「じゃあね」

「待って!」

 隼人はその場から立ち去ろうと駆け出す美晴の腕を掴んで止める。


「美晴の傷跡を理由にして、ずっとそばにいたかったって言ったら……どうする?」


「……え?」


 唐突な言葉に身体が固まった。

 それってどういう意味……?


「怪我させた時は、女の子の顔に傷をつけたからには責任をとらないといけないってことばかり考えてた。責任をとるといっても一時的なこと。美晴も他に好きな人ができて俺のことが邪魔になると思ったし、そうでなくてもいずれ俺のことを許してくれて解放されると思った。しばらくの辛抱だって。でも……」

 隼人はそこで言葉を切り、美晴の腕を握っている手に力をこめた。

「ずっと美晴のそばにいるうちに、美晴に惹かれていった。美晴は思ってたよりか弱くて、俺が守ってあげたいって思った。責任どうこうじゃなくて、美晴のそばにずっといたいと思ったんだ」

 ゆっくりと振り向いた美晴の目に映ったのは真剣な表情の隼人。

「俺がそばに居たいと思っても、美晴がどう思っているかわからない。だから、美晴の傷跡を理由にしたらずっとそばにいられるんじゃないかと思った。責任を口実にして美晴にずっとついていたら、美晴は他の男と接する機会も減って、他の男を好きになることもないんじゃないかって。他の男より近くにいる俺のことを好きになってくれるんじゃないかって。そんなこと考えてたんだ。……軽蔑した?」

 まだ隼人の言っていることがよく理解できていないのだが、不安そうに美晴を見つめる隼人に、ゆっくり首を横に振る。

 そして隼人の言葉を一つ一つ咀嚼してようやく理解できた美晴は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 これは夢なのか。自分の作り出した妄想なのではないかとこんがらがった頭で考える美晴の両手を隼人が自分の手で包む。

「俺、結構へたれだからこんな風になってからしか告白できなかったけど、ちゃんと言うよ……。俺は美晴が好きです。傷をつけた責任とか関係なく、美晴のそばにいる権利を俺にください」


 美晴はまだ信じられない気持ちでいたが、まっすぐ美晴を見つめる隼人の目に心を固めた。


「私も、隼人君が好き。暗くて俯いてばかりの私に優しくしてくれる隼人君に、いつも支えられてきた。でもその優しさはこの傷跡があるからなんだと思うと、すごくつらかったの」

「俺は美晴が好きだから、特別優しくしてるつもりだったんだけどな」

 隼人は美晴をぎゅっと抱きしめながら言う。そのちょっと拗ねたような口調に笑いがもれる。

「隼人君を好きになって、隼人君にも私を好きになってほしかった。好きだからという理由でそばにいてほしかった」

「今までも、美晴が好きだからずっとそばにいたんだよ」


 『傷跡』なんて関係ない。

 お互いがお互いを想いあっているから一緒にいるのだ。


 そばにいる理由は「好きだから」。

 それ以外の理由なんて必要ない。





読んでくださってありがとうございました




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