変わりたいんだ
「さぁ、会話の練習もしたことだし、あとは実践に移さなきゃね」
「もう実践するんですか!?まだ早いんじゃないかな…」
「今の調子ならいけるって!」
いざ実践に移すとなると怖気づく僕だが、本当に意気地なしである。でも、こんな自分ともおさらばするにはいい機会なのかもしれない。
「…わかりました、がんばってみます」
「うん!がんばって。まだ休み時間はあるからね」
「がんばれ、奥村」
そう言って春川先輩と立花先輩は、僕を送り出してくれた。屋上を後にし、教室へと向かう。僕は重い足取りを何とか軽くしようと、自分自身を励ましながら廊下を歩いて行くのだった。
教室に着き、僕は自分の席に座る。
周りのみんなは、こんな時間に僕が帰ってくることなどなかったために驚いている。僕は、そんなみんなの視線を無視する。そんなことを気にしている場合ではないのだ。僕の心臓は早鐘のように胸の中で鳴り響いている。そう誰かに話しかけなくてはならないのだから。たかが誰かに話しけるくらいで、ここまで緊張するのもどうかと思うが、今の僕にとっては大ごとなのである。それだけはわかってほしい。さぁ、誰に話しかけたものか…僕はきょろきょろとあたりを見渡す。やはり、ここは簡単に隣の席の人に話しかけてみるか。僕は隣に座る女の子を見る。
僕の隣の席にいるのは、髪が肩までの女の子。名前は井原ユウ。この子も僕と同じでおとなしい子である。今まで会話らしい会話をしたことがない。彼女も友達がいないみたいで、いつも休み時間は一人でいる。僕は試しに、その子に話しかけてみた。
「今日はいい天気だね」
するとどうだろうか、彼女はまるで気付かないようで、こちらを見ようともしない。なので、もう一度僕はさっきよりはちょっと大きめの声で話しかける。
「今日はいい天気だね」
すると彼女はようやく気付いたのか僕のほうを見た。そしてきょろきょろして周りに人がいないのを確認する。そこでようやく自分に話しかけているんだということに気づいたらしく、その目を大きく見開いた。話しかけられたことに驚いているようだった。僕はなるべく笑顔で返答を待った。
だが、井原さんはここで思いもよらない行動をとった。彼女は僕の言葉に返事をするわけでもなく、急に立ち上がるとその場から逃げるように立ち去ってしまった。その行動に僕は驚き、そして傷ついた。まさか逃げられるとは思いもしなかった。僕は誰もいない椅子をただただ見つめるばかりだった。
その放課後、僕は傷心のまま帰る準備をしていた。
今日は屋上に行く気がしない。話しかけて友達を作ろう作戦はもののみごとに失敗に終わった。まだ話しかけたのは一人だから失敗とはいえないかもしれないが、その一人目が悪かった。僕のガラスのハートは粉々にされてしまった…こんなこと先輩たちには話せない…
そこに委員長の桐嶋さんが僕のほうに近づいてきた。そして僕に話しかけてきた。
「休み時間、井原さんに話しかけていましたけど、何話そうとしてたんですか?」
「…見られてたんだ」
「私、委員長として奥村くんのことは気にかけていますから…それで何話そうとしてたんですか?」
僕は春川先輩たちと考えた、話しかけて友達を作ろう作戦のことを話した。すると、だんだん桐嶋さんの顔が険しくなっていく。そして話し終えるとすぐに桐嶋さんは踵を返し、どこかに向かおうとする。僕はピンと来て、彼女を止める。
「やめて。また先輩たちに文句を言いに行くつもりなんだろ」
「当たり前じゃないですか。あれだけ迷惑だって言ったのに、まだやっているなんて…どうかしています」
「違うんだ、これは僕が望んでやっているようなものなんだ。だから先輩に文句を言うのは違うよ…」
「どういうことです?」
「僕自身、友達がほしい。一人はさみしいから…それにこうやっておせっかい姫の思いつきに付き合っていったら、僕自身かわれるんじゃないかって思うようになって…」
僕はたどたどしく、自分の気持ちを正直に話した。桐嶋さんはそんな僕の様子を見て、ため息をついた。
「仕方がありませんね。奥村くんがそう言うなら、私からは何も言いません。でも、本当に困ったら言ってくださいね。私がまた、おせっかい姫にガツンと言ってやりますから」
「ありがとう、桐嶋さん」
「委員長として当たり前のことです」
そう言うと桐嶋さんは笑顔で帰って行った。
僕は自分の今の気持ちを話して、少しすっきりした。これくらいでへこんでいてはダメなのだ。気を持ち直した僕は、予定通り屋上に向かうことにした。