おしゃべりは案外難しい
次の日、僕は何事もなかったかのように登校した。
おせっかい姫のあの一件で、騒がれるかもしれないと思ったが、案外みんな冷たかった。僕が教室に入っても、誰も騒がず、まるでそこに僕はいないような態度だった。それはそれでラッキーだったかもしれないが、さびしいような、うれしいような複雑な思いがあったのは言うまでもない。
そして昼休み。
僕はいつものように屋上で一人昼食をとっていた。もう最近はさみしいとも思わなくなっていた。これが普通だと、僕自身受け入れている。まぁ、そういう考えは良くないことも分かっているが、こればっかりは仕方がない。受け入れることによって、僕の心は安定するのだから…
でも、そんな日常を崩してくれる人たちがいる。
「こんにちわ、奥村くん。今日も一人で食べているの?さみしいでしょ、私たちも一緒に食べていいかな?」
おせっかい姫こと春川先輩とその友達こと立花先輩。この二人が来てから、僕の日常は変わった。それはきっといいことなのだろう。しかし、まだろくな事が起こっていないが…
二人は僕をはさんで座った。そして持ってきたパンを食べ始める。僕はどうしていいかわからず、黙々とパンを食べることに集中することにした。沈黙が僕たちを包みこんでいく…
誰かと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。ましてや、女の子と一緒だとますます緊張する。僕はひたすら目線をパンに移して、食べ続ける。
「あ~もう!静かすぎるよ!」
沈黙に耐えかねて、春川先輩が声をあげる。
「奥村くん、何か喋りなさい」
「えっ、いきなりなんですか!?」
「いいから、しゃべりなさい。それに会話の練習をするって言ったでしょ。さぁ、ほら」
「えっと……いい天気ですね」
「なんだ、それは。ありきたりな会話だな」
立花先輩が厳しい突っ込みを入れる。しかし、今の僕の会話力ではこれが限界だった。
「まぁ、会話の入り方として、天気の話題はいいと思うよ」
すかさず春川先輩がフォローしてくれた。それに救われる僕。悪いが僕は打たれ弱いのだ。ほめて伸びるタイプなのである。
「話しかけるのが目標なんだから、簡単な会話でいいよ。大事なのはきっかけだから」
春川先輩が優しく微笑みかけてくれる。僕はその笑顔に癒される。
春川先輩は無茶苦茶なところがあるけど、基本優しい。一方、立花先輩は厳しいところがある。まぁ、それで二人のバランスが取れているのだろうけど。
「まず話すきっかけは天気の話題でもいいよ。あとは勉強を教えてほしいというのもあるかな。でもこれは頭のいい人限定だけど。ほかには、その人の持ち物を褒めたりするとかかな?このペンケースかわいいねとか。ちょっと不自然かな?まぁいいか。こんなところかな」
春川先輩がいろいろと提案してくれる。それらを僕は、あらゆるシチュエーションに置き換え、頭の中で想像してみる。頭の中では、スムーズに話しかけられている僕がいる。これならいけるかもと納得する。だが次のステップをどうするかだ。
「きっかけはそれでいいと思いますけど、それからどうしましょうか?たぶんそこからが、僕には難しいような気がします」
「確かに、会話は続けないと意味がないものね。何か話題を探さなきゃ。友はどういうのいいと思う?」
「簡単に考えて、好きな芸能人や好きな音楽とか、そう言った好きなものを聞けばいいんじゃないか。あとは昨日見たテレビの話題だとかさ。でも急に聞くのもおかしいかもしれないな。簡単になにしてるの?とかでいいんじゃないか」
「う~ん、ありきたりだけど初めはそういうものだよね。わかった?奥村くん」
「はい…」
「自信なさげだなぁ」
立花先輩がそういうと、思いっきり僕の頭をなでてきた。もうそれは髪形が変わるぐらい激しいものだった。立花先輩なりの励ましのつもりなのだろう。
「じゃあ、練習してみようか。私をクラスの人に見立ててね」
髪を必死に直している僕に、春川先輩が言う。僕は居住まいを正して、春川先輩と向き合う。そして、深呼吸をする。そんな僕の様子に二人はくすくすと笑う。僕はどうかしたのかと首をかしげる。
「奥村、固すぎ」
「そうだよ、そんな緊張したら、相手も困っちゃうよ」
「すみません…」
「さぁ、気を取り直して。どうぞ」
僕はなるべく優しそうな笑顔を心掛けて、先輩に話しかける。
「あのう、今日はいい天気だね」
「そうだね」
「なにしてるの?」
「次の授業の準備だけど…」
「次は数学だよね。僕、苦手なんだよ」
「そうなんだ、わたしもなんだ。……いい感じだよ、奥村くん。その調子、ねぇ、友」
「あぁ、いい感じだった。だけど、必要か?この練習」
「大事だよ。練習して損はなし!よかったよ、奥村くん」
二人に褒められて照れる僕。何だがいけそうな気がするのは気のせいだろうか。この調子で話しかければ、答えてくれそうな気がする。だんだんと自信がついてきた。
最初はこの作戦は乗り気ではなかった。どうせ僕なんかと話してはくれないだろうと思った。でも、こうやって練習していると、もしかしたらと思うようになった。これもおせっかい姫の策略なのだろうか。それなら完全に乗せられている。