きっかけ
すると、春川先輩がうつむき、肩を震わせ始めた。後輩にあれだけきつく言われたのだから、泣いているのだろうか。すると、いきなり僕に抱きついてきたではないか。
「ど、どうしたんですか?春川先輩、泣いているんですか?」
「ご、ごめんねぇ~ごめん、奥村くん」
何度も僕に向かって謝る春川先輩。きっと彼女なりに悪かったと思っていたのだろう。こう何度も謝られたら、僕だって怒る気にもなれない。これもまた、おせっかい姫の手なんだろうか。どこか憎めないキャラクターである。まぁ、僕が甘いだけなのかもしれないが…
「もういいですよ、怒ってませんから」
「ほ、本当に?」
「本当です」
そう言うと春川先輩は今まで泣きそうな顔をしていたのだが、パッと明るい顔になった。このかわりようには、感嘆する。そして先輩は明るい声で言う。
「それでこれからどうする?」
「これからどうするって…まだやる気ですか?友達作り」
「だって、まだ友達できてないじゃない。できるまでやるつもりだけど…ダメ?」
「ダメというか、なんというか…もう、休み時間みたいなことはやめてほしいというか…」
「わかってるよ~」
そう言うと春川先輩は黙ってしまった。何かを考えているようだ。僕はそれを黙って見守るが、やはり先輩は黙ったままだ。そして困った表情で、立花先輩に助けを求める。
「友~どうしたら友達ってできるのかな~?」
「なぜ、私に聞くんだ。もとはと言えば、ほのかが言い出したことだろ。自分で考えろ」
「ひどいよ~友」
春川先輩はぐすんと泣く。一方、立花先輩はそれを完全に無視する。僕はそれを温かい目で見守るが、このままでは春川先輩がかわいそうなので、話を振ってみる。
「春川先輩と立花先輩は、どうやって友達になったんですか?」
そう聞かれた二人はきょとんとして、お互いの顔を見合わせる。
「どうやって友達になったかって。そんなこと覚えてない」
「私も覚えてないなぁ。いつの間にか一緒にいるようになったって感じかな?」
僕の期待する答えは返ってこなかった。友達の作り方がわからないのだから、二人の場合を参考にしようと思ったのだ。だが、答えは覚えていないと来た。これでは参考にならない。
でも、友達というのはそういうものなのかもしれない。いつの間にか気の合うやつが一緒にいるような感じ。だからどうやって友達になったかは覚えていない。そう考えると今の僕には難しいことが分かる。
「でもきっかけはあったような気がする…」
「きっかけ…」
「うん、確か、プリントを職員室まで運ばなくちゃならなかったときに、友が一緒に運んでくれたの。それからかな、話すようになったのは」
「そういや、そうだったかもな」
立花先輩が、そう言いながら照れくさそうに頭をかく。それを見て春川先輩はうれしそうに微笑んでいる。こうやってみると二人が本当に仲良しなんだなということが分かる。雰囲気からして仲がよさそうなのだ。親友とはこういうのを言うのだろう。僕は少しうらやましくなった。
「そう、きっかけよ!」
春川先輩が思い出したかのように叫ぶ。僕と立花先輩はその声に驚く。
「急に大きな声を出すな、ほのか」
「ご、ごめん。でもね、わかったの、友達を作る方法」
「なんですか?」
僕は期待を込めた目で春川先輩を見る。
「大事なのはきっかけよ。だからきっかけを作ればいいのよ」
「きっかけを作るってどうすればいいんですか?」
「そうだな~まずは自分から話しかけてみるのはどうかな?いちばん簡単だと思うけど…」
「自分からですか…」
僕にとって自分から話すということは、かなり難易度が高いような気がする。僕自身、人見知りするたちである。それに加えて、今僕は死神と呼ばれ、みんなに避けられている。話しかけたところで、会話してくれるとは到底思えない。
そんな僕の心情をくみ取ったのか、春川先輩は僕の肩に手を置き、こういった。
「怖がっていちゃだめだよ。チャンスは自分で作らなきゃ。そうだよね、友」
「そうだな、何も始まらないな」
言うのは簡単である。それを行動に移すのは、また別の話のような気がする。それはただ僕が、意気地なしなだけなのだろうか。
「そうだ、明日練習しましょう。それがいいわ」
春川先輩は思いついたように言う。
「練習ですか…」
「あれ?乗り気じゃないね。でも、練習しといて損はないともうよ。案外、話すってなると何話していいかわからないもの」
「そうですね…」
「じゃあ、決まりね」
笑顔で言う春川先輩。僕はそれに苦笑いで答える。もう何を言っても聞いてくれないだろう。おせっかい姫との付き合いは、たった一日と短いが、なんとなくだがその性格がわかってきた。一度言い出したら聞かない頑固さがある。それはこの一日で嫌というほど感じたことである。だから、なにを言っても無駄である。僕はあきらめた。
そんな僕の気持ちも知らずに春川先輩たちは、満足したのか帰るようだった。
「それじゃあ、奥村くん、また明日ね」
「奥村も気をつけて帰るんだぞ」
そう言って二人は屋上を後にした。扉が閉まる音がやけに僕の心に響いたのは気のせいだろうか。
取り残された僕は、フェンスに体を預け、空を見上げる。雲ひとつなく夕焼けに染まるオレンジ色の空はとてもきれいだった。だが、僕の心の中はそれとは正反対だった。
僕のため息が屋上に響いたのだった。