願いよ届け
そう言うと春川先輩は携帯を取り出し、時間を確認する。二人が屋上に来てから、だいぶ時間がたっているような気がする。きっと休み時間は残り少ないだろう。春川先輩は携帯を見てうなずいている。
「まだ時間があるわ。これから奥村くんの教室に行きましょう」
「教室に行ってどうするんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。これから教室に行き、みんなにお願いをします」
「お願い?」
「そう、お願い。みんなに友達になってくださいってお願いするの」
「はい?うそでしょ」
「うそじゃないよ。これが一番手っ取り早い方法だと思うの」
僕はその提案に疑問を感じた。いったい誰がお願いすることで友達になってくれるというのだろうか。それに友達とはお願いしてなってもらうものではないだろう。だからといって、僕には友達の作り方などわからない。けれども、この方法は間違っている気がするのは確かだった。
僕は春川先輩に抗議しようとした。しかし、時はすでに遅し。春川先輩は僕の腕を掴んで、ぐいぐいと引きずるように屋上を後にする。その力は思った以上に強かった。
「あ、あの春川先輩?春川先輩、ま、待って~」
「なにぐずぐずしているの。早くしないと休み時間が終わっちゃう」
「や、やっぱりやめましょう、お願いするのは」
「どうして?もう、いいから早く」
まったくもって聞く耳を持たない。僕は最後まで抵抗するが、力が強く意味がなかった。春川先輩のどこにこんな力が眠っているというのだろうか。
「言っただろ、ほのかは言っても聞かないって。一度決めたら突っ走るのが、おせっかい姫なんだよ、奥村。あきらめるんだな」
何度言われただろうか、あきらめろと。そして、僕は抵抗することをやめた。まさしくあきらめたのである。もうどうにでもなれという感じだ。
僕の教室のドアが見えてきた。
僕は大きくため息をつき、覚悟を決めたのだった
バン!
教室のドアが勢いよく開け放たれた。
教室内にいる生徒たちは何事かと、開け放たれたドアのほうを一斉に見つめる。そこにいたのは、女の子二人と男の子一人。もちろん僕たちのことだ。僕は相変わらず春川先輩に腕を掴まれたままだ。
春川先輩は僕を引き連れたまま教室に入り、教壇の前に立つ。生徒の視線は一斉に春川先輩に注がれる。そして囁き始める。
「おい、あれ誰だ?」
「私知ってる、おせっかい姫って呼ばれている人だよ」
「あのおせっかい姫か?本物だ、でも、何の用だろ?」
「あの横にいる男の子、誰?」
春川先輩は周りを見渡し、意を決して話し始めた。
「こほん。ええと、みんな聞いて。今日はみんなにお願いしたいことがあってきました」
そう言うと春川先輩は、掴んでいた腕を離し、僕を横にきちんと立たせた。そして、僕の肩に両手を置き、一歩前に押し出した。急に押し出されて戸惑う僕。生徒たちの視線は僕に集まった。僕の顔がみるみる赤くなるのを感じる。前を向いていられない。
「お願いというのは…この奥村啓太くんとお友達になってほしいの」
あぁ、本当に言ってしまった……
僕は恐る恐る前を向き、みんなの顔を眺める。すると、みんなぽかんとしている。それはそうだろう、いきなり友達になってくれと言われたってどう反応していいかわからないはずだ。それでも春川先輩は続ける。
「奥村くんは死神なんかじゃない。本当は優しくていい子なんだよ。だからお願い、友達になってあげて」
もう僕は恥ずかしくて前を向いていられなかった。穴があったら入りたいというのは、こういうことを言うのだろう。もう僕は耐えられなくなり、春川先輩を止める。
「もういいですから、これ以上はやめてください」
「で、でも……」
渋る春川先輩。すると立花先輩が出てきて、春川先輩を連れていこうとする。
「もういいだろ、ほのか。もうこれ以上は無理だ」
「でも、もっとお願いしたら…」
すると一人の生徒がたちあがる。
「どんなにお願いされても、死神とは友達にならねぇよ、なぁ、みんな。こいつのせいで、ひどい目にあったやつがいるんだよ」
そう言うと周りも、そうだそうだと賛同する。
「死神くんと友達はね~ちょっと無理かな」
「あいつと友達なんて無理だよ」
僕はうつむき後悔する。やっぱり、おせっかい姫にかかわるとロクなことがない。今の僕の心の中は、悲しみや後悔でいっぱいだった。
春川先輩は引っ張る立花先輩を振りほどき、教壇をおもいっきり叩く。その音で教室内は静まりかえる。
「どうして、そんなこと言うの?奥村くんの気持ちも考えたことあるの?」
キンコンカンコン…
むなしく休み時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
春川先輩は唇をかみしめ、静かに教室を出て行った。それを立花先輩が追いかける。残された僕は、何とも言えない気持ちで自分の席に戻ったのだった。