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第二十三話 かまってお化けと枯渇井戸

「朱祢」


「なに」


 若干、苛立たしげに僕は返事をする。その返答は暗に話しかけるなと言っているようにも見え、他の友人達は少し前の段階で深く突っ込みを入れることを避けていたのだが、こと由宮春斗に限れば、僕の機嫌が良かろうが悪かろうが話しかけることにいちいち躊躇いを覚えたりはしないのである。

 たったひとり、神社へと続く階段の前にある鳥居を占拠していた僕の正面に、春斗君はここが特等席だと言わんばかりにどっかりと腰を落ち着ける。ふん、と僕が小さく鼻を鳴らしたのを知ってか知らずか、春斗君は段差の上に自販機で買っておいたコーヒーを乗せた。


「ご機嫌がよろしくないな、どうした?」


「……どうだっていいでしょ」


 空に手をついて地面を蹴りながら明後日の方向を向いている僕に、春斗君はどこか生温かい視線を送り続けている。ふたりとも膝に手を突き、ひとりは憂鬱そうに、ひとりは愉快そうに。


「そんな朱祢に朗報だ」


「何さ」


「紳士であるこの俺、由宮春斗は、悩める幼馴染を地獄から解放してあげるための最先端技術を有しております」


「ふうん……聞かないけど」


「聞こうぜ」


 落ちていた木の枝で、僕の頬を突いてくる春斗君を無視したものかどうか迷っているうちに、春斗君は缶コーヒーにストローを突き刺してちゅーちゅー吸い始めていた。


「なんでストローで飲んでるの?」


「ぶくぶくぶくぶく」


「やると思ったっす」


「そのへんの期待を裏切らないのが由宮先輩ですね」


「裏切りなさいよ……」


 ずぞぞぞッと頬を窄めながら物凄い勢いでコーヒーを啜る春斗君に鬼気迫るものを覚え、僕を含めた皆は軽く引いた。その数秒後には、ちゅるぽん、とストローを抜いて満足げな笑みを浮かべるいつもの春斗君である。


「それでは発表致しましょう!」


「聞いてない……」


 他人の話を聞かないのはまさに春斗君というほかないけれど、僕はこの状況下で普段のような穏やかさを保てるほど人間が出来ているわけではない。春斗君の手のひらは硬く、いくら木の棒を押して突き返しても彼の表情に変化はない。

 と思ったら星空を指差したままぷるぷる震えてた。


「泣きたかったら泣けばいいのに」


「その前に突くのをやめてくれればいいのに」


「それは嫌かな……」


「やめてくださいお願いします」


「わかった」


 さしもの僕も鬼ではない。


「それでは改めて発表する」


「しつこいな……」


「おや、何だか本格的に朱祢の機嫌が悪いみたいだな。特に眉間の皺あたりがぷにぷにしてる」


「つまむな」


 枝の先を折り、目前の手首に突き刺す。


「朱祢、容赦ない。突っ込みに愛が足りない。このままだと心霊研究部は解散する!」


「はいはい」


 これ見よがしに溜息をついても、また手を伸ばしてくる春斗君に枝を構えて素振りをする。


「本当はデコピンでもお見舞いしてやろうと思ったんだけど、俺も枝を眼球に突き立てられたまま余生を過ごしたくはないから、普通に手伝ってやる」


「そうして」


 僕の背中に回り込み、力を入れる。


「なんて……心優しい親友なんだ……春斗……」


 って春斗君が言ってた。


「へえ」


「スルーされても泣かない、慣れっこだし、無理だわ」


「本音がダダ漏れしてるわよ」


「お、そういうこと言うなら、こういうことに一番詳しそうな八雲。あとは任せた」


 そういって階段に再度座り、ストローを抜いて、残りのコーヒーを飲み干す。


「後輩に丸投げする先輩ってどうなのよ……まあいいわ。朱祢部長、背負ってる重荷を降ろして御覧なさい。たぶん通れるから」


「うーん、降ろそうとは試みてはいるんだけど……」


 そういって背中を振り向き、脱力しきった体を腕二本だけで肩にしがみついている朧さんを見やる。


< わたくし、最近は仏教にハマっていますので神社はちょっと…… >


「だから鳥居をくぐれないの?」


< いえ、単に私が悪霊だから通してくれないだけですよ >


 仏教関係ないんだ。


「わざわざ関係のない仏教を出してくるなんて、私へのあてつけかしら? お祓いするわよ」


 何処からともなくお祓い棒を取り出す由紀ちゃん。


< あら、御幣(ごへい)を持ってるということは神職なのですか? てっきり巫女なのかと…… >


「私は八雲神社(ここ)の跡継ぎの予定だから何でも出来るのよ。まあ、お婆ちゃんが現役だから未だに巫女のような仕事しかしたことないけど……。って、そんなことはどうでもいいのよ! 今すぐ貴女を成仏させるわよ!」


「八雲君、成仏は仏教用語だよ」


「いいのよ! 一般的にも浸透してるんだから。それよりも朱祢部長、動かないでよ。すぐにその悪霊を消し去ってあげるから」


 すると突然、朧さんが由紀ちゃんを指さし、声に嬉しさを滲ませながら笑い出す。


< あっはは! まんまとわたくしの術中にハマりましたね! >


「何のことよ。訳のわからないことを言って話を逸らすのはやめなさい! 除霊するわよ!」


「お祓い、成仏、除霊。次は何が出るんだろうな」


 ひとり次の言葉を予想している春斗君を横目に、臨戦態勢をとる由紀ちゃん。


< まあまあ、そんなに目くじらを立てずとも……。いいでしょう、お教えしましょう >


 僕の背中から降り、こほんと咳払いをしてから由紀ちゃんを真正面でとらえる。


< やーい、由紀ちゃんの家貧乏神社ー。……はい >


「……」


 どきりとする。まるで学校の先生や親に叱られるときのような、場を凍らせる緊張感があった。その雰囲気を放っている由紀ちゃんは俯き黙ったままで、僕達は一瞬言葉を詰まらせた。

 けれど、彼女が顔を上げると場の空気を和らげるように微笑んだものだから、説教に相応しい緊張感はあっさりと消え去った。


「あわわっ! 朧さん! 由紀ちゃんにそんなこと言ったら本当に――」


 縁ちゃんが慌てふためき、朧さんに言い寄ろうとしたところを由紀ちゃんに手で制される。


「大丈夫よ縁。少しむっとはしたけど、何故だか今は清々しい気分なの。何故かしら?」


「マゾ気質だったのか、お前……」


 お祓い棒をダーツのように投げつけ、紙一重でかわす春斗君。


< ほら、よく心霊体験の再現ドラマとかで、知人がいきなり怒り出したり泣いたりしますよね? あれをしたんです! >


 何とも伝わりにくい例えですね。


「つまり朧さんは八雲君の感情を操って、些細なことで怒ったり、ひどいことを言われたのに平然とするようにしてたってこと?」


< 細かいことを抜きにしますと、その通りですわ >


「ん? 今のと朱祢が鳥居を潜れないのに、何の関係があるんだ?」


< 先程も言いましたけど、わたくしが悪霊だからですわ。それも、朱祢ちゃんの姿を男から女に変えたり、感情を操ったりすることができるほどにね。それほど危険な悪霊を通すわけありませんわ >


 下唇に指の腹を這わせ、可笑しそうに、意地悪に笑む朧さん。


「ん? 朧さんが悪霊だからということは……」


 何かを思った葵ちゃんが僕の手を引いて鳥居をくぐる。すると、今まで通れなかったのが嘘のようにするりと通れてしまった。

 それを見てあっと口走る朧さん。


「そうか! 悪霊が原因で通れなかったんだから、離れてる間に通しちまえばよかったのか!」


< ぐ、うぅ……。油断しましたわ……。もっとからかいたかったのに >


 悔しそうに地団駄を踏む朧さん。それを見て高笑いをする五人。

 相手にしていると長くなりそうだったので、それを微笑ましく眺めていた縁ちゃんに先に行ってようかと促し、階段を上っていく。





「水不足よ」


 由紀ちゃんは大仰に宣言した。


『はあ』

 

 八雲神社の境内に集められたメンバーは主を除いて七名、由紀ちゃんに選りすぐられたいずれ劣らぬ精鋭ばかりである。って言ってた。

 由紀ちゃんから見て左から、僕、朧さん、春斗君、葵ちゃん、純ちゃん、縁ちゃん、伊織ちゃんと続く。僕の隣四名は、先程の階段下での出来事で小競り合いを繰り広げているため、後輩がおろおろしながら仲裁に入っており、実際の戦力には加算されないでしょう。

 そしてみな一様に「なんでこんなことしなきゃいけないんだろ」と言いたげな表情を浮かべ、寒空の砂利の上に佇んでいる。

 ここで、由紀ちゃんから一言。


「お焚き上げで火事を起こしたくないので、助けてください」


 懇願である。

 何故だか本気で泣き出しそうだったので、春斗君が咄嗟にフォローに入る。とはいえ、由紀ちゃんの頭をぺしぺしと叩くことしかできない。春斗君は自分の無力さを嘆き、由紀ちゃんは春斗君のお腹を殴り続けている。


「超イテェ……」


「私もよ……」


「そうだな」


 それでも何とか顔に生気が戻る。僕を含め、一同は胸を撫で下ろす。

 わりと切羽詰まっているらしい彼女の瞳が見つめる先には、既に枯渇済みの井戸がある。


「そんなわけですから」


「なんで敬語なの」


 純ちゃんが素早く突っ込むが、早くも瞳が虚ろになっている由紀ちゃんは聞く耳を持たなかった。


「みんな、早いとこ私に水を恵んでくれればいいと思う」


「いや、水道から汲んでくれば――」


 いいだろ、と言いかける前に、春斗君のおでこにお祓い棒が突き刺さる。


「水にも種類があるのよ。知ってる?」


『シ、シッテマース』


「同じだろ……っ!」


 百八十近くある春斗君の顎を蹴り上げる。柔らかいなー。


「そうね。この近くの川の水が井戸と繋がってるから同じといえば同じね。というわけで、汲みに行くわよ」


 顎を蹴られて気絶してしまった春斗君を引きずりながら、由紀ちゃんは今一度階段を下っていく。

 そんな後姿についていきながら、隣を歩いていた純ちゃんが状況を分析しだす。


「川と井戸が繋がっていて、井戸は既に枯渇済み。そんなの昨日今日の出来事じゃないし、もちろん由紀も知っていたはず。なのに、なんで対策なり予め川の水を汲んでおくなりをしてなかったのかしら」


 言われてみれば、という空気があたりを包むなか、先を歩いていた由紀ちゃんが春斗君を引きずりながら振り向く。


「そんなの決まってるじゃない。一人でするのがめん……大変だからよ」


 明らかにめんどくさいと言いかけた由紀ちゃんは、少しばつが悪くなったのか、首根っこをつかんでいた手に力を入れて足早に去っていく。

 正直なところ、枯れているのは八雲神社の井戸だけだから、僕達は別に何も困ってはいないのです。

 しかし何故、ここの井戸だけが枯渇の憂き目に遭ったのか――。

 その答えはきっと、川に行けば分かるのでしょうか。


< 何はともあれ、行きますわよ >


 さっきまでお祓いされそうになっていた朧さんに鼓舞され、和んだ空気の中、僕達は改めて由紀ちゃんの後についていく。

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