番外編 活動を行う者たち
今回は番外編ということで、内容は二十一話の部員視点となっております。
そのためモノローグを語っている人物がコロコロ変わりますので、ご注意ください。
「これは……どうだろう? 写ってないんじゃないかしら」
「ん? 村沙先輩、見せてください」
「んだよこれ! もろに合成じゃねーか!」
「由宮君。学生の心霊写真に期待をするもんじゃないわ」
<春斗> 俺たちは今日も相変わらず心霊研究、写真の中の幽霊探しに勤しんでいる。紅こと朱祢が学校中(半分以上は動画研究部)から心霊写真を集めてきて、不定期に行っている。
時刻は放課後。
場所は部室。
部員全員がいるということもありおどろおどろしい雰囲気は無く、ゆったりとした雰囲気が流れている。
扉入ってすぐのミーティングテーブル以外……。
「お願いします!」
「そう言われてもねぇ……」
<縁> 急に大声を出されて反射的に大声のしたほうを向く。私しか向いていないということはこういう事は少なくないのかな? 朱祢部長はというと、テーブルに手を伸ばし、カップを持ち上げ縁に口をつけている。とても落ち着いていてかっこいいなぁ……。そして朱祢部長の正面に立っている男性はというと、全体的に痩せた身体、尖った顎、シャツとネクタイこそ綺麗にのりが掛かっていて、髪も一応は整えられていて優等生って感じだなぁ。
「とりあえず、まあ、静かにね? 他にも部活している人達がいるってこと、自覚してる?」
「あっ……。す、すいません!」
<縁> きっちり斜め四十五度に一礼する男性。
「ぷっ……ふふっ!」
「あ、葵、笑ったら失礼よっ……ぷっ、あははっ!」
「お前も笑ってんじゃねーか。ははっ!」
「ちょ、ちょっと。聞こえますって! ふふ!」
<由紀> はぁ……、一体何をそんなに盛り上がっているのやら……あら? あの人って確か……。
「ん? 由紀ちゃんどうしたの? そんなにあの人を見つめて」
「え、え、一目惚れ? 一目惚れ? あはっ!」
<由紀> しまった、しつこい人に気付かれてしまった。
「そんなんじゃないわよ。ただちょっと、お店に来たお客さんだなって思っただけよ……」
「よく店に来るのか? 学生服買いに……くくっ!」
「それだったらどれだけ儲けていたか……。あの人を見たのはこれで三度目よ。一度目は三年前にお店に学生服を仕立てに来たときね。二度目は私がこの学校に入学したての頃に校庭でバットを振っていたわ」
「へー。バット振ってたってことは野球部なのかしら? 八雲ちゃん。名前とか分からない?」
「名前、ですか……」
<葵> 由紀ちゃんが珍しく思い詰めたような顔で朱祢ちゃん達のほうを向いているので、私達もそれにつられてミーティングテーブルの方を向く。
すると、二人の間には重々しい空気が流れていて、共に言葉を発しようとしない。男性の方は肩を竦め、手を膝に乗せて項垂れている。朱祢ちゃんはというと、椅子に深く座って腕を組み、少し顔の角度を落として目を瞑っている。
そして、私達もその空気に飲み込まれ始めてきた頃に、男性の大声に阻まれる。
「納得できません。僕にはあなたが逃げているように見える」
「大きく出たね。名無しさんのわりに」
「名前はあります。ただ、今ここで言う訳にはいきません。名乗るのは僕が心霊研究部として迎え入れられた時です」
「……それが大きいと言ってるのだけれど」
<葵> 微かに棘のある表情を浮かべ、溜め息をつく朱祢ちゃん。その始めてみる表情、態度に恐怖すら感じてしまう。
「あいつも馬鹿だなぁ……。あんな意味のないこと言ったら、そりゃ朱祢も怒るよ」
「え? それってどういう――」
「ありがとうございま――!」
「静かに」
<葵> またしても男性の大声プラス椅子が倒れる音に阻まれてしまい、軽蔑的な目つきを向ける。するとそこには男性の口元を手で押さえる朱祢ちゃんがいた。
「なんてことなの――!」
<純> あーあ、葵ったらあんなに殺気立った顔しちゃって。ま、そっちからじゃ手元のティッシュが見えにくいから仕方ないだろうけど……。
そんなことよりも、あの朱祢ちゃんの体勢、なんて可愛いのかしら! 男の口元を押さえるために右手をテーブルにつき、左手を一心不乱に伸ばしている仕草がもう最高ね!
そして男は口の中で一通り何かを発露し終え、平静を取り戻し、私達に頭を下げながら恥ずかしそうに着席する。
「で、由紀。あの男の名前は?」
「店員としてはお客さんの個人情報は守らなきゃなんだけど……」
「そこをなんとか……!」
「あの、先輩方……。どうしてそんなに名前に執着してるんですか? あの方がなにかしたんですか?」
『いや、別に?』
「あれぇ?」
<由紀> なんとも間の抜けた声を出す友人を横目に、名前くらいなら言ってもいいかな、と声を発しようとしたとき。またしてもあの男に妨げられてしまった。
「やっぱりキャッチセールスだー!」
<由紀> 大袈裟に頭を抱える男に、それを見てニコニコと楽しそうに微笑む朱祢部長。
男は青い顔で二枚の紙を引ったくり、ついでにペンをテーブルに叩き付け、その拍子で零れた紅茶を丁寧に拭き取ってから――
「こ、これで失礼します! 本日はどうもありがとうございましたっ!」
――きっちり斜め四十五度に頭を下げて、ギクシャクしながら逃げ出して行った。
「――あ、ちょっと待って」
<縁> 朱祢部長がテーブルに頬杖をつき、低く通る声でその背中を呼び止める。ぎしし、とロボットのごとく硬い動きで振り返った男性に、朱祢部長が楽しそうに言う。
「良かったら、また遊びに来てよ」
<縁> 青白かった男性の表情が一気に青ざめて、返す言葉も持たずに廊下を駆け抜けていく。
それを見送った朱祢部長は椅子にもたれて、大きく背伸びをする。
「朱祢」
<縁> 私の隣で写真鑑定をしていた由宮先輩が、朱祢部長の名前を呼び、満面の笑みで親指を突き立てる。それに対して朱祢部長は、静かな落ち着いた微笑みを浮かべながら、親指を下に下げる。
なんか、アメリカ映画みたいでカッコいいなぁ……。
「縁、手止まってる……」
「へ? わわ! ごめんごめん!」
<縁> 由紀ちゃんに注意されて、急いで手を動かす。
「いやーみんな、明けましてー」
「明けてねぇよ」
<春斗> ローテーブルの真ん中に置かれている「済み」と書かれている箱に、大量の写真を丁寧に入れながら、晴れやかな表情で登場する心霊研究部の部長。
「今ごろ、世界のどこかでは新年を迎えていたり……」
「九月なんだが、今」
「この無限に広がり続ける宇宙のどこかでは……」
「わかったわかった。えーっと、サボり時間は……。十五分二十三秒八二。部長としてどうなんだ……」
<春斗> タイマーに表示された時間を朱祢に見せる。
「サボってないよ! さっきまでのは入部のお断りをしていたのであって、決してサボってなんかないよ! それと、ストップウォッチまで用意しなくてもいいと思うのは俺だけかな」
「ああ、お前だけだな。……まあ、サボりのことはいいから、早くコレを片付けるぞ」
「うん。いいと言われたら綺麗に忘れるけど、それでもいい?」
「良くないでしょ。朱祢ちゃんは方便という言葉を知りなさい」
<葵> ところで、と全く違う方向に話を逸らす純。ティーカップに紅茶を淹れながら、思い出したように語り始める。
「さっき、眼鏡の好青年と話してたわよね。小奇麗な格好した」
「話はしたけど……。心霊研究部には入れません、ところでこの何も写ってない心霊写真買わない? って断ったよ」
<葵> ふぅん、と純は写真の山から一枚手に取り、ひらひらと眺める。
「前にも心霊研究部に入りたいって人、結構いたでしょう? なんでか分かる?」
「なんでって……。俺も聞いたんだけど、理由や動機に触れると途端に口の滑りが悪くなるんだよねぇ。不思議だ」
「そんなの、不思議でも何でもないじゃないの。簡単よ」
<縁> さっきまで座っていた椅子に腰を下ろし、視線だけを村沙先輩に向ける朱祢部長。村沙先輩は相変わらず写真をひらひらさせたままの状態で、妙に生温かい笑みを浮かべながら、その答えというのを告げる。
「……じゃ、なんで?」
「朱祢ちゃん目当てだからに決まってるじゃない」
<縁> ずれた。あまりの急転直下ぶりに、朱祢部長の首が頬杖から勢いよく外れた。
……というより、村沙先輩は今なんて言ったの?
「へ?」
「こぉの蒼髪美女め。水色髪って言い難いのよこんちくしょー。それと紅眼が可愛いのよっ」
「いや、囃し立てられてもリアクションに困るんだけど……」
「朱祢部長が目当てって、えぇ!?」
<縁> 自分でもアホな声を出していると思う。が、動揺を素直に言葉にするとこんな感じ。
「なんで多々良が動揺してるんだ?」
「たぶん、この子も朱祢部長と同じで気付いてなかったんじゃないかしら。で、入部希望者が全員朱祢部長目当てって知って、いろいろ考えてるのよ。恋のこととか」
『あ~……』
「仕方ないじゃないですか、私達の朱祢部長に気があるとか言われたら、なんかこう……」
「それは仕方ないわね。朱祢ちゃんの容姿を見て恋に堕ちない者はいないもの」
「と、言われていますが。聞いていてどうなんですか、大スターの朱祢さん」
<葵> 由宮君がレポーターのような喋り方をして、マイクの代わりにペンを差し出す。
「ん……ごめん、聞いてなかったよ。なに?」
<葵> 紅茶を飲みながら写真を見ていた朱祢ちゃんは、由宮君に軽く柔らかな声で聞き返す。
「いやただ、自分の容姿に無関心で嫌な女だなって話してただけだよ」
<葵> そう言って、写真を鑑定しながら皮肉げに笑う由宮君。
「……それを言うなら、みんなが目当ての人だって絶対にいたと思うけど……」
「なんだ、聞こえてたのかよ。それと、それは無いな」
「無いわね」
「あー、それだけは無いわね。あはは」
「……ありえない」
「無いですね」
<縁> これでは、誰が鈍感だか分からないわね。でも多分、全員こういうことに関してはこの上なく鈍感で不器用なんだろうなぁ、と根拠のない確信を得て活動を再開するのだった。