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第二十一話 活動を妨げる者

「これは……どうだろう? 写ってないんじゃないかしら」


「ん? 村沙先輩、見せてください」


「んだよこれ! もろに合成じゃねーか!」


「由宮君。学生の心霊写真に期待をするもんじゃないわ」


 僕たちは今日も今日とて心霊研究、写真の中の幽霊探しに勤しんでいる。僕が学校中(半分以上は動画研究部)から心霊写真を集めてきて、不定期に行っている。

 時刻は放課後。

 場所は部室。

 部員全員がいるということもありおどろおどろしい雰囲気は無く、ゆったりとした雰囲気が流れている。


「お願いします!」


「そう言われてもねぇ……」


 扉入ってすぐのミーティングテーブル以外……。


 テーブルに手を伸ばし、カップを持ち上げ縁に口をつける。その人物の姿を視界に収めたくなかったから。誰しも、放課後の時間くらいは自由に活動をしたいはずです。その時間を邪魔されたとあっては、あまり良い顔はできないというもの。僕自身も、写真を手元におき活動する気でいましたし。

 心霊研究部に入れてほしい、と頭を下げられたのはこれが最初ではありません。いつもこれで最後にしてほしいとは思うのですが、なかなかどうして謙る頭は減ってくれません。部長の僕が言うのもなんですが、そんなに魅力的な活動は行っていないと思うのですが……。


「お願いします! どうしても入りたいんです!」


「いや、だからそう頭を下げられても……」


 僕らの部室はファミレスやコンビニ、あるいは自然公園などより割と穏やかな雰囲気持ち、比較的静かな場所ではあるので、こう、彼のように野球部のエースもかくやという大声を張り上げられては、僕達への騒音被害は元より隣室への活動妨害にもなりかねない。ほら、さっきから扉の隙間から伊織ちゃんが鬼をも射殺す眼差しであなたを見詰めていることに気付かないかなぁ……。


「とりあえず、まあ、静かにね? 他にも部活している人達がいるってこと、自覚してる?」


「あっ……。す、すいません!」


 また一礼する。しかもきっちり斜め四十五度に。

 僕の表情を伺うようにゆっくりと顔を上げた彼は、おおよそ頼り甲斐があるとは言い難い風貌だった。

 全体的に痩せた身体、尖った顎、シャツとネクタイこそ綺麗にのりが掛かっていて、髪も一応は整えられているが、眼鏡越しに映る瞳はなんだか今にも泣き出しそうな色をしています。とても心霊スポットに連れて行けそうにもありません。


「あなたも先は長いんだし、ちゃんとした部活で記録を残しとかないと老後が大変になるよ?」


「それは関係ないです。僕は、心霊研究部に入ると決めたんです」


 親切心で忠告するも、全く聞く耳持たずといった様子。弱腰なのに頑固。


「うーん、さっきからそればっかりなんだけど……。どうして心霊研究部に入ろうと思ったの? その動機は?」


 うっ、と言葉を詰まらせる。というか、何故そこで呻く。

 心霊研究部に入会を希望する人間の大半は、大概このあたりで返答に窮する。熱意だけは立派なのに、どうしてその原因を語ることが出来ないのか。不思議でならない。


「ど、動機ですか……? あの、霊や死体に興味があるから、とかじゃ駄目ですか」


「霊はともかく、死体に興味があるって言うのは……、人間として駄目かも」


「え……。じゃ、じゃあ、未だに解明されていない世の中のあれこれを、あの手この手で解決に導く、というのは?」


「それはうちじゃないと思うんだよねー……」


 言って、生命線だけは異様に長い左手を見やる。


「他には」


「うっ……。あ、兄が、呪いに掛かったせいで留年してしまったから、その除霊を」


「御札代わりに参考書でも買ってあげたら。はい次」


「くっ……。み、道端に落ちてた油揚げを食べた友達が狐に憑かれたとしか思えない行動を取って、ついには『出家する』とか『沖縄のシーサー全部盗んできた』とか言い出して……」


「盗むな。すぐに返す。あと出家したいならさせる。最近はお坊さんが足りなくて困ってるらしいし」


「そ、そういう問題じゃ……」


 おろおろしている。……自分が言い出したことじゃないですか。


 挙動不審な人間をいつまでも立たせるのは流石に酷だと思い、いつも春斗君が座っている向かいの席に座らせてあげる。メンバーの椅子にあまり他人を座らせたくはないけど仕方ないよね。

 その彼は、申し訳なさそうに頭を下げながら、しずしずと席に着いた。肩を竦め、手を膝に乗せて項垂れる仕草は、来年から大学生だという男が発してはいけない類のヘタレオーラに満ち満ちている。あるいは、それを可愛いと思える女性も世の中にはいるかもしれませんが、いつも彼以上に頼り甲斐のある春斗君が隣りにいる身分としては、最低限もっとバイタリティに溢れた人格でなければ論ずるに値しないのです。


 部活を始めてから、五分ほど経った。あと五分くらいは、この押し黙った空気に付き合ってあげてもいいですね。なんだかんだ言ってこの沈黙を楽しんでいる自分に気付き、僕って嫌な女、もとい嫌な男なんじゃないだろうかと思ったりもする。

 そんな、他愛もない夢想を掻き消すように、眼前の彼は凛と通る声で語り出した。

 本当に、声だけはよく通る。


「納得できません。僕にはあなたが逃げているように見える」


「大きく出たね。名無しさんのわりに」


「名前はあります。ただ、今ここで言う訳にはいきません。名乗るのは僕が心霊研究部として迎え入れられた時です」


「……それが大きいと言ってるのだけれど」


 溜め息をつくも、彼の決意を揺るがすには不十分なのでしょう。


 そして、また沈黙。程よく抑えられたメンバーの声量が耳に心地良い。野球部の声援や吹奏楽部の音楽も遠く、窓から差し込む陽光は輝き、都会から隔離幽閉されたサナトリウムはこんな感じなのかなぁ、と考えたりする。


「はぁ……。今までにも沢山の人が来たけれど、あなたのような人は初めてだね……」


「え、え? それって……、もしかして……!」


「おめでとう。あなたも今日から晴れて心霊研究を名乗ることが出来るよ」


「あ……、あ。ありがとうございま――!」


「静かに」


 予想通り、椅子を蹴散らして立ち上がり際に巨大な謝辞を述べようとしたので、すかさずその口を手のひらで塞ぐ。一応、ティッシュは添えてあるから汚くはない。念のため。口の中で一通り感情を発露し終え、彼は平静を取り戻し、周りに頭を下げながら恥ずかしそうに着席する。


「で、まずはこれに住所、氏名、電話番号を記入して」


「あ、はい。分かりました」


 予め用意していた紙とペンを差し出す。何の疑いもなくさらさらと必要事項を埋めていく受験生。余計なお世話だと思うのですが、彼の将来が非常に危ぶまれます。妙な宗教に引っ掛からなければいいのですが。


「で、次はこちらの契約書に名前と、あと印鑑。実印じゃなくてもいいよ」


「はい、印鑑ですね」


 鞄の中から瞬時に取り出す。やけに準備が良すぎるのは一体どうしてだろう? まさか、この程度は予想の範囲内だったということですか。ますます彼の未来が心配です。普通、部活の入部に印鑑は必要ないのに。


「でー、続いてはー、うちの部活に入ってもらう人は全員持っていなくちゃいけないってゆぅー、幸せの絵画なんだけどもー」


「あ、はい。……って、それ心霊写真ですよね」


「絵画だよ」


 手元から取り出したるは、鑑定するはずの写真。ちょうどいいので、契約書の上にそれを展示する。無論、絵画の訳がない。


「言い切られても……。だから、心霊写真じゃないですか」


「絵画だよ」


「リアル過ぎですって」


「上手だよね」


「上手って……」


 ここに来て彼もようやく自分が陥った事態に気付いたようです。というか、気付かない方がおかしいですね。


 僕は彼を視線の檻に捕らえる。動きたくても動けないように。正確には、最後まで忠告を聞いてもらえるように。


「もしかして……。僕のこと騙してます?」


「これ、実は十万円くらいするんだけど。今なら西沢朱祢特価で一万円になって無闇にお得だよ」


「割引き率がありえないです。……あの、心霊研究部って、もしかして……」


「もしかしてばっかりだね。でもまあ、あながち外れじゃないとだけ言っておくかな。霊能者って胡散臭いのが多いし」


「で、でも、さっきは一員を名乗ることが出来るって……」


 必死に食い下がる彼に、ぱたぱたと適当に手を振る。


「あぁ、あれ? 部員じゃなくて心霊を追い求める一員って意味だから、お一人でどうぞ。……ところで、この心霊写真のような絵画買ってくれないかな?」


「やっぱりキャッチセールスだー!」


 大袈裟に頭を抱える。


 今更遅い。あと、静かにしてと言ったのに。


 彼は青い顔で紙と契約書を引ったくり、ついでにペンをテーブルに叩き付け、その拍子で零れた紅茶を丁寧に拭き取ってから――


「こ、これで失礼します! 本日はどうもありがとうございましたっ!」


 ――きっちり斜め四十五度に頭を下げて、ギクシャクしながら逃げ出して行った。


 これ以上脅かすの可哀想ですが、折角だから完全に杭を打っておきしょう。


「――あ、ちょっと待って」


 わざと低く通る声で、その背中を呼び止める。

 ぎしし、とロボットのごとく硬い動きで振り返った彼に、トドメの一言を。



「良かったら、また遊びに来てよ」



 青白かった彼の表情が一気に青ざめて、返す言葉も持たずに廊下を駆け抜ける。


 もう、彼がこの部室に現れることはないでしょう。ちょっと意地悪しすぎたとは思いますけど。


「朱祢」


 僕が大きく背伸びをしていると、ソファーで写真鑑定をしていた春斗君が僕の名前を呼んでサムズアップをする。


 だから僕はそれに対して――


「どうも」


 ――助けてくれなかった怨みを込めてサムズダウンで答えた。

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