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第二十話 アルバムの思い出 後編

 廃村がある地点からまたしばらく登ると大きく開けた場所――一般的には展望台というであろう場所に到着する。大きく開けた空間が平らに(なら)され、ベンチがいくつか置いてあった。ただそれだけ。それでも僕には充分だった。平らな地面に腰を落ち着かせられる場所。

 ベンチに座って長時間金属(リヤキャリア)に痛めつけられていたお尻を落ち着かせる。


「朱祢ちゃん、こっちに来てごらん」


 広場の真ん中に、大の字になって寝っ転がっている葵ちゃんが手をひらひらさせながら言った。


 女の子なんだからもう少しお行儀よくとは思いますけれど、おそらく言うだけ無駄なのでしょう。それに僕たちの他には誰もいないから、ちょっとくらい良いかな。


「では、お隣失礼しますね」


「うむ、苦しゅうない」


 ひんやりとした土の感触が背中に伝わってくる。鞄を置いて枕の代わりにする。

 そうして、夜空を見上げる。


「素敵ね……」





 空一面に星が瞬く。闇を光で埋め尽くすかのように、星が自身の存在を大いに主張している。雨上がりで空が澄んでいるからでしょうか。それとも、山登りをして、いつもより空が近いからでしょうか。これまでに見たことがないほど星の数は多く、また一つ一つが輝いている。

 いつまで眺めていても飽きそうにない景色であった。


「――」


 ぽつりと葵ちゃんが呟いて、僕の心は地上へと引き戻された。どれだけの時間が経っていたのでしょう。


「なんですか?」


「え、あー、その、星がきれいで素敵だなあ、って思って」


「そうですね。こういうのって星月夜って言うんでしたっけ。そうそうお目にかかれませんね」


 一旦話を合わせて、彼女の動揺に踏み込む。


「……それで、さっきの言葉は本当は何と言ったのですか? 空と比べると私なんてちっぽけな人間だなーなんて考えてたりしました?」


 一瞬、肩が震えたような気配が伝わる。


「図星ですか? とりあえず話してみて下さい。今更何を遠慮するんですか。特別開講。西沢紅あらため、朱祢様による星空相談室! 二回目以降はケーキが一つ必要になるぞ。はーっはっはっはー!」


 朱祢ちゃんには敵わないな。そう言葉を漏らしてから葵ちゃんは話を切り出した。


「言ってしまえば結局は、宇宙に比べれば人間のスケールなんて余りにも小さいなあとかそういうことなんだけど。今、私達と同じように星空を眺めている人もいるはず。そして、昔にも、他の場所でも、大勢の人たちが星空を見上げてきた」


 葵ちゃんが空の一点を指差す。


「でね、北極星ってあるじゃない。あの星なんだけど、見える?」


 そう言われましても、星の数が多くてどれだか分かりません。


「船乗りは北極星を指針に方角を把握していたし、ギザの大ピラミッドの北面通路は正確に北極星を指していたと言われているわ。けれども、彼らが見ていたであろう北極星と、私たちが今見ている北極星は、違う星なの」


「爆発しちゃったんですか?」


「ううん。文字通り違う星なの」


 葵ちゃんの講釈が滔々(とうとう)と続く。


「歳差運動って習わなかった? コマを回すとその軸がブレるように、地球の自転もちょっとだけブレて円運動を描いているの。だいたい二万六千年で一周だったかな。……で、地軸の延長線上の近くにある充分に明るい星を北極星と呼んできたの。だから、当然対象となる星は移り変わって行く。まあ、星のことには詳しくないから昔の北極星は分からないけど、今の北極星はこぐま座α星――ポラリスよ。不変の象徴とされる北極星だって、長い長い時間をかければ動いてしまう。そう考えると人間はちっぽけだなあとか永遠なんてないんだろうなあって思っちゃって」


 なんてね。そう小さく呟き、葵ちゃんは再び、静かに星を眺め始めた。





 永遠。

 果たしてそんなものが存在するのでしょうか。移り変わらぬものはない。長い時をかけなくとも、ほんの僅かな一瞬で変わってしまう、失われてしまう。


「あっ! そういえば……」


 僕の思考を遮るようにして、葵ちゃんが飛び起き、さっきまで枕代わりにしていた鞄から一冊のアルバムを取り出した。

 僕も上体を起こし、それが何か尋ねた。


「きょう朱祢ちゃん家でアルバムを見せてくれたじゃない? だから、今度は私が見せる番かなって思って探してたんだけど、なかなか見つけられなくてね……」


「それであんなに遅れたんですか」


 こくりと小さく頷く。


「そんなことだと思ってましたよ。では、時間も惜しいので、ぱぱっと見ちゃいましょう」


「ぱ、ぱぱっと……」


 震えている手で葵ちゃんがアルバムを開く。


「懐かしいわね。青木ヶ原樹海に行ったときの写真だわ」


 写真の中、暗がりにぼんやりと浮かぶ姉妹の姿は、一人はコンパスと地図を持って難しい表情を浮かべていて、もう一人は右手を口の前に当てて大きく欠伸をしている。


「これ遊歩道から外れてませんか?」


「わざとよ。ほら、あそこって心霊スポットとしてテレビで紹介されるじゃない?。まあ、大した収穫はなかったけどね」


「霊感がある人が聞いたら怒られそうですね……。では、次は僕のターンですよ!」


 枕にしていた鞄からアルバムを取り出す。


「あら、朱祢ちゃんも持ってきてたのね」


「はい! 久しぶりにアルバムを見たものですから、つい持ってきちゃいました」


「私としては、朱祢ちゃんの過去をずっと聞いていたいわね」


「そんなこと言って。実は自分の幼少期の写真を見られるのが恥ずかしいんじゃないですか?」


 ち、違うわよと目を泳がせながら言う葵ちゃんにアルバムを渡し、ペラペラとページをめくらせてゆく。


「この写真……二人ともお地蔵さんの前で何をしているの? しかも浴衣姿。可愛すぎるわ」


 写真の中、僕とお兄様が草むらの中にあるお地蔵様を興味深そうにのぞいている姿が映っていた。


「これはたしか、家族で神社のお祭りに行ったとき、お兄様がお社の後ろの茂みにお地蔵様を見つけて、それを調査をしているときですね」


「どうしてお地蔵さんを?」


「ほら、お地蔵様には色々伝承があるじゃないですか。それで、なにか不思議なことが起こらないかなーって」


「罰が当たるわよ……」


「本望です」


 この後も僕達は、アルバムを交互に見せ合い、気がつけば空は薄白い明るみが広がっていた。


「はぁ……。なんだか名残惜しいわ、この時間が永遠に続けばいいのに」


「……」


 そう言って葵ちゃんは、そっとアルバムを閉じる。

 僕達が、二つの兄弟と姉妹が辿った軌跡。

 それは確かに、ここに残っている。尊い一瞬は切り取られ、永遠となってここに在る。

 楽しくて、幻想的で、幸せで、僕とお兄様が一緒にいた日々。

 写真の中に並んだ僕達の笑顔、真剣に不思議を探す表情。それらは決して色褪せない。

 この思いは胸に秘めた方がいいのかもしれない。

 だけど……だけどやっぱり、このまま終わるなんて嫌です。

 このまま明日になるなんて嫌です。

 このまま全てが闇の中に消えていくなんて、気付いてしまったのに、見て見ぬ振りなんて出来ません。

 今となっては確かめる術なんて無いのかもしれません、それでも僕達の探求は終わってはいません。

 だから、まだ僕には言うべきことがある、確かめるべきことがある。

 少しの勇気を振り絞って、その言葉を。

 きっと、大丈夫――


「あの、葵ちゃん」「ねぇ、朱祢ちゃん」


 不意に重なった言葉に、僕達はお互いに顔を見合わせて笑い合う。


 そうですよ。葵ちゃんだってきっと、気付いてます。葵ちゃんだってきっと、僕と同じ気持ちのはずです。

 だって、僕達は――心霊研究部ですから。


 そして、一瞬止まった空気を飲み込むように。

 僕達は言葉を重ねる―――







『この写真、「誰」が撮ったの……?』







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