第十九話 アルバムの思い出 前編
§ ←このマークが出たときはキャラクター視点が変わります。
「今日はいつもよりちょっと冷え込みますね……」
待ち合わせ場所となっている公園の大きなモミの木の下。待ち人となっている僕は冷たい手を擦り合わせながらそう呟く。
冬が順調に近づいてきているという証なのでしょうが、それだけでなく人を待っていて、しかも辺りに誰もいないというのが感情的に寒さを強めている気がします。
うーん、一人というのはやっぱり心細いですね。
この場所は普段は学生が近道をするため人通りが多く、また休日の昼間などなら子供達が遊具や木登りで遊んで賑わったりしますが、今の時間は平日の、しかも終電も過ぎているような深夜であり、子供達は勿論、人っ子一人いない状況となっている。
とはいえ、そんな状況のためこちらへ来る待ち合わせ相手はよく見え、人の溢れる普段と違ってすぐ合流できるはず……なんですけど、一向にその相手が現れる気配はない。
擦り合わせる手に挟まれた携帯電話の表示する時間は、既に待ち合わせの時間を少し過ぎており、明らかに遅刻である。
「まったくですね……」
毎度のことなので慣れてはいますが、それでも思わずため息をついてしまう。
重度の遅刻癖でもあるのでしょうか? 僕の大親友――水蓮寺葵ちゃんは、自ら時間と場所を指定してきますが、必ずと言っていいほど遅刻してきます。
「今頃何をしているのでしょう……」
何か持ってくるって言ってましたし、それがまだ見つかっていないのでしょうか。この待ち合わせに備えて仮眠でもしていて、寝過ごしちゃったりしているのでしょうか。それとも、純ちゃんと遊んでいて、うっかり約束を忘れてしまっているのでしょうか。
……三つ目の選択肢は少し悲しいですね。
ただ、散々時間にルーズなところを見せられているので、その可能性も否定出来ないのが事実ですね。今まで言い訳として三つ目は聞いたことがないけど、今日は何やら部室で純ちゃんと話していたみたいだし、いつもに比べて遅刻時間が長いので遊んでいるのかなと考えてしまう。
僕と居るより楽しいのでしょうか。
思わずそんなことが気になってしまう。学校で一緒に居るのをよく見かけますし、たまに活動内容について話し合っているときに僕の方を見て、葵ちゃんに何やら耳打ちしてからかっているのが見られるくらいです。そのたびに妙に慌てたように手を振る葵ちゃんとそれを見てニヤニヤと笑っている純ちゃんの様子からして、日頃から仲は良いように見えます。
「はぁ……」
そこまで考えたところで、月と星の輝く夜空を見上げて大きくため息を吐く。我ながら無意味なことを考えているなと思いながら。
たぶん、葵ちゃんは僕に見せたいものを探しているか寝過ごしたかで遅刻しているだけであって、純ちゃんとの仲もみんな知っていることじゃないですか。
「早く来てほしいです……」
胸のもやもやを消したくて、僕はもう一度、夜空に向かって大きなため息を吐いた。
§
「うーん、どうしよう……」
山の麓にある純の親が経営している旅館の、私が間借りしている部屋。勉強机に頬杖をつき、姿見に映る自分の姿を見ながら、私はどうも納得の行かない顔でそう悩み続けていた。
やっぱり家にあるのかな。
机の引き出しを再度開けるが、そこには探し物は入っておらず、私は大きく溜め息をつく。
私が言い出したことなのに……。
< この雨、通り雨らしいですわ、夜には綺麗な星が見れますわよ >
遡ること午後三時過ぎの西沢家、朱祢ちゃんの部屋。さて、朱祢ちゃんが飲み物を入れて来てくれる間に、お兄さんについてどういう風に聞こうか、朱祢ちゃんのベッドに座りながら考えていると、朧さんが私の頭上をクルクルと新聞片手に浮遊しながらそう声を掛けてきた。
しまった。朱祢ちゃんには朧さんが憑いてるのをすっかり忘れていたわ……。今から話すことは二人だけの秘密にしたいのだけれど……。とりあえず、やんわりと何処か別のところに行くよう促してみようかな。
< その必要はありませんわ >
あら? もしかして口に出してたかしら?。
< いいえ、出してませんよ。そうですね……私には人の悩みが聞こえる。と言えば分かりますか? >
「んー? はっ! 心の中を呼んだのね!?」
< その通りですわ! そして、子供は二人がいいですわ~♪ >
「な!? そういう秘密じゃないわよ!」
奥様笑いで消えていく朧さん。それと入れ替わるように朱祢ちゃんがトレイに紅茶とイチゴタルトを乗せて部屋に入ってきた。
「お待たせしました。あれ? どうしました、クッションなんか掲げて?」
「いや別に……。ちょっとね、ポルターガイストが五月蝿かったから追い払っただけよ」
「あはは、ポルターガイストよりも悪質ですよ、朧さんは」
ケロッとした様子で、朱祢ちゃんが楽しそうに笑いながら言う。むぅ……。なんだか負けた気分になったので、目の前のローテーブルに置かれた紅茶に少しだけ口を付け、すぐさま本題に入る。
「早速、お兄さんについて聞きたいのだけれど……単刀直入に聞くわ。朱祢ちゃんのお兄さん――圭さんは、私のお姉様と付き合ってなかった?」
「……え? 葵ちゃん、お姉さん居たんですか? というより、そんな事でいいんですか?」
そんな事って……。でも、そうよね。二人っきりの状況を作ってるんだから、もっと凄いことを聞いてくると思うよね……。それに今思えば、あの時に聞いておいても良かった気がする……。
「うーん……」と頭を悩ませながら紅茶に口を付ける朱祢ちゃん。それにつられて、私も紅茶を口に運ぶ。
「一応、確認程度に聞きますけど、葵ちゃんのお姉さんは水蓮寺雫さんですか?」
「ええ、そうよ! お姉様の名前は誰にも教えたことないのに、知ってるって事は……やっぱり?」
「はい、そういうことになりますね」
「そっかー。お姉様は朱祢ちゃんのお兄さんと付き合ってたのね。うん、名前しか知らないけど、きっと、とてもいい人に違いないわ。だって、朱祢ちゃんのお兄さんなんだもん。うん」
「では、お兄様についてもっと詳しく聞きますか?」
「ん? んー、今日はもういい……かな?」
「え、本当にコレだけですか?」
「うん。一番聞きたかったことを聞いたらなんだか満足しちゃった。なんていうの、ちょっとした女子トークよ」
「そうですか……残念です」
そう小さく呟き、朱祢ちゃんはイチゴを口に運び咀嚼する。酸味が強かったのか、朱祢ちゃんはしばしば目をギュッと瞑りながら食べていた。
そんな事を二人してしばらくしていると、勉強机に置かれているアルバムが目に入り、朱祢ちゃんに開いていいか訪ねてからアルバムを開く。
「あっ、この人がお兄さんね。一緒に写ってる子は……もしかして朱祢ちゃん?」
「おお、よく分かったのう、儂じゃよ」
「何キャラ……?! ま、まあいいわ。ところで、写真に写ってる朱祢ちゃんはどうして女の子の服を着てるの? まあ、似合ってるし、可愛いから問題ないけど」
「葵どのの言う通りじゃよ、可愛いからという理由で着せられてたのじゃ。最初は親が楽しんで着せてたそうじゃが、次第に兄上も乗り始めてのう……困ったもんじゃったよ」
「へーそうなんだ。ところで、いつまでお婆ちゃんボイスでいくの?」
「おっと、失礼。イチゴの酸味が思ったよりも強くてのう……あ、強くてですね。おもわず……」
「おもわずでお婆ちゃん化するかしら? あ、この写真の朱祢ちゃんも可愛い。メイドさんかしら? 場所が……ここは、廃墟? なのが気になるわね」
またイチゴタルトのイチゴだけを夢中に食べていた朱祢ちゃんの手を押さえて聞いた。
「お兄様は廃墟と幽霊が好きだったんですよ。よく、幽霊を見に廃墟へ二人して出掛けたものです。ちなみに、そこはたしか、雲上山の有頂荘ですよ。……くっ!」
「ああ、有頂荘だったのね。私も行ったことあったけど、すごいがっかりしたのを覚えてるわ。また老け込んじゃうからダメよ」
「僕もです。でも、お兄様には沢山見えてたみたいですけど……。大丈夫ですよ……たぶん」
押さえられている左手のフォークを、空いていた右手に持ち替え、またイチゴを食べ始める。
「そういえば、私のお姉様も見えたって言ってたわね……。何となく二人がどういう流れで付き合い始めたのか読めてきたわ。あっ、もう! 戻れなくなっても知らないわよ!」
「趣味が同じ人同士は長続きするイメージがありますね。僕もそういう人と付き合いたいものじゃの。大丈夫じゃって、そうそうお婆ちゃんにはならんぞい」
「朱祢ちゃんもやっぱり恋愛とか興味あるの?。言ったそばからお婆ちゃん化……?!」
「もちろんじゃ、儂も年頃の男の子じゃからな、そういう感情も、もちろんあるぞい。じゃが、今は女の子じゃよ。ほっほっほっ……」
渇いた笑い声が部屋中に響く。その声に朱祢ちゃんの気持ちすべてが詰まっている気がして、私の胸を強く絞めつける。
ふと、部屋が静まり返ったときに雨音が聞こえて来ないことにに気付き、窓の外に視線を向ける。雨は既に上がっており、夕日で空が紅くなり、割れた雨雲に光が当たり、美しい夕焼け雲を作り、空を流れていた。
「ねえ朱祢ちゃん、今夜、二人で廃村に天体観測しに行かない?」
顔を窓の外に向けたまま問い掛ける。
「天体観測?」
「そ、天体観測。あの村には少し開けた場所があってね、そこから見える星空は知る人ぞ知る名スポットなのよ!」
「心霊スポットですよね? 霊が怖くて人が来ないんじゃないですか? はっ……! もしや、今日二人で会ったことをそこで隠蔽しようと……。くっ、僕は負けませんよ!」
一人で勝手に盛り上がり、熱くなる朱祢ちゃん。
この子ったら本当、どんなドラマを見てるのかしら? でも、元気が出たみたいで良かった……。
「違うわよ。雨が上がって空気が澄んでるから星が綺麗に見えると思っただけ、他意なんてないわよ。分かった?」
「あはは。はい、冗談が過ぎましたね、ごめんなさい」
ニコニコと、どこか嬉しそうに謝る朱祢ちゃん。
本当に分かってるのかしら?。
「さてと、私はこれから今夜に備えて探し物をしなくちゃならないから、失礼させてもらうわね」
「探し物? 何か持ってくるんですか?」
「それは今夜のお楽しみって事で。待ち合わせはいつもの公園に二時で、遅れないでね」
「それは自分に言ってるのですか?」
「あらひどい。でも今夜、朱祢ちゃんは驚くことになるわよ!」
「なるほど。期待します」
他愛もない会話をしながら玄関へと向かい、雨で少し濡れている靴を履き、朱祢ちゃんに再度待ち合わせの確認をして、お茶のお礼を言ってから外へ出る。
ゆっくりと閉まる扉。その閉まりきる最後に、朱祢ちゃんが嬉しそうに笑いながら、私に聞こえるぐらいに叫んだ。
「デート、楽しみにしてますね!」
「えぇっ?! あ、朱祢ちゃん!?」
カチャッと音を立てて閉まる扉。
外には私一人だけがぽつんと夕日に照らされて頬を紅くしていた。
うぅ……。いつもはどこか抜けてるのに、どうしてこういう時だけ鋭いのよ、もう!。
頬に手を当てると、少しだけ手に熱が伝わってきた。
「デート……か。ふふ」
紅い空に、うっすらと消えかかっている虹を眺めながら、私はゆっくりと旅館に歩いていく。
「おーい、こんな所で寝てると風邪引きますわよー。早めにお布団に入りなさいねー」
「ん……」
誰だろう……どこかで聞いたことのあるような、いつも言われていた気がする……。
「あ、それと。葵ちゃんが探していたもの見つけておきましたわー。それでは、失礼させていただきますわー」
足音は聞こえないが気配で遠ざかっていくのがわかる。静かに襖を閉めた音がした瞬間、霧が晴れていくかのように私の頭の中が鮮明になっていった。
今の人物が誰なのかを確認するため、急いで閉じられた襖まで行こうと、イスを回転させて立ち上がろうとするが、手に何かが当たり、床に落ちてしまった。拾い上げてみると、それは、私がどんなに探しても見つけられなかったアルバムだった。
「どうして机の上なんかに……?」
そういえばと、少し思考を巡らせようとしたとき、バッグに入れていた携帯のアラームが鳴り、私を現実へと引き戻した。
「何はともあれ、探し物が見つかってよかったわ。今は朱祢ちゃんが最優先よ」
アルバムをバッグに詰め込み、ハンガーからコートを下ろし急いで待ち合わせ場所へと向かった。
やっとの事で公園に着いた時には約束の時間を優に過ぎており、誰も居ない公園を急いで見回し、朱祢ちゃんを探す。目を凝らして見ると、大きなモミの木に大きく揺れてる影を見つけ、急いで近付く。すると、朱祢ちゃんが木に付けられているブランコを全力で立ち漕ぎしていた。
「朱祢ちゃん、何してるの?」
「見ての通りブランコ乗ってます」
「それは分かるんだけど……女の子がスカートで乗るもんじゃないわよ?」
「ロングだから大丈夫です。それに、心は男の子のままですから」
「そういう問題かしら?」
未だに加速を続けるブランコに、止める気の無い朱祢ちゃん。
「あ、あの……朱祢ちゃん? もしかしなくても、遅れてきたこと怒ってる……よね?」
私は恐らく、いたずらが親にバレた子供のようにバツの悪そうな表情をしていたに違いない。
数秒間の沈黙の後、朱祢ちゃんはいつものちょっと幼いような口調から、朧さんが憑依していた時のような大人びた口調で話し出した。
「葵ちゃん……僕達、親友ですよね?」
「え……? そ、そうよ! むしろ大親友よ!」
思いがけない質問だったので思わずうろたえてしまった。
どうして今さら親友確認をしたんだろう? 確認なんかしなくても、私が朱祢ちゃんを嫌うはず――はっ! もしかして、愛想を尽かされた!? ああ、どうしよう……このまま大車輪なんかされたら確実だわ。とにかく、弁明しないと――。
「……せん」
「え?」
「怖くて降りれません……」
「ブランコからってこと? えっと……漕ぐのをやめたら?」
「慣性の法則で飛んじゃいそうで怖いです!」
「足に力を入れなさい!」
まったく、私から大親友って言い出したのに全然朱祢ちゃんのこと分かってないじゃない。昔から私が遅刻したって笑って許してくれた、そんなやさしい子じゃない。
そう思うと気が楽になり自然と笑みがこぼれる。
「どうしました?」
「ふふ、何でもない。ほら、こんな所で遊んでる暇ないわよ」
「で、でも、ブランコが……」
「分かってる。任せて!」
揺れてるブランコの紐を片方――朱祢ちゃんから見て左側――だけ掴む。案の定、並行して動いているものの片方だけを止めたため、反動でブランコは勢いよく捻りだした。
乗っていた朱祢ちゃんは慣性の法則(というなの足を滑らせただけ)によりブランコから投げ出され、紐を掴んでいた私に向かって飛んできた。
「きゃっ!」「にゃっ!」
勢いよくぶつかり、朱祢ちゃんが私の上に覆いかぶさるような形で地面に倒れこむ。
「いたた……朱祢ちゃん、大丈夫?」
「はい。僕は大丈夫ですけど、葵ちゃんが……」
「私はいいのよ、朱祢ちゃんさえ無事なら――」
「いえいえ、葵ちゃんが最優先です」
む……、どうしてこういうときに限って頑固なのよ。こうなったら――
「へ? わわ、はひふふんへふはー! うあーん!」
柔らかな頬を押したり引っ張ったりして懲らしめる。
「朱祢ちゃん、これは遅れてきたことへの罪滅ぼしなの。だから、素直に受け取って。ね?」
「ほほらへんはふひほろほひらんれふは?」
「うっ……、たしかに、遅れてきた事とブランコを止めただけじゃ割に合わないわね……。んーもう!」
摘んでいた頬を限界まで引っ張ってから放す。すると猫みたいな声を上げて赤くなっている頬を撫でる朱祢ちゃん。そんな朱祢ちゃんにジェスチャーで立ち上がるよう促し、ようやくスタート地点に立つことができた。
急いで止めてある自転車の所まで行き、スタンドを蹴り、サドルに座ってから朱祢ちゃんに視線を移すと、元気の無い顔をして未だに頬を撫でていた。
「どうしたの朱祢ちゃん? 早く天体観測しに行くわよ」
「うぅ……、最後の引っ張ってから放すやつが解せません……」
「うっ……、あれはその……ただの八つ当たりです、ごめんなさい……」
私が頭を少し下げて謝ると、足がゆっくりと向かってきて自転車のリヤキャリア――荷台のこと――に足を揃えて座り、私の腰に腕を回してきた。
「ふふふ。さあ、おふざけはここまでにして、早く廃村まで行きましょう!」
左手で前方を指差し、いつもの楽しそうな笑顔で言う。
「ふふ、そうね。よーし! しっかりつかまっててね!」
勢いよくペダルを踏み込むと自転車はゆっくりと加速をつけていき、廃村へ向けて走り出す。
投稿が遅くなり申し訳ありません!!
後編は出来る限り早く投稿できるようがんばります!