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第十七話 二人で過ごした少しの時間

 僕は兄が大好きだった。

 優しくて、頭が良くて、一緒に居るだけで楽しくて。でも、たまに女の子用の服を着せられたり。たわいも無い嘘をつかれたり。急に脅かされたりもしたけれど、すぐに僕の頭を優しく撫でて謝ってくれる。そんな兄が誰よりも大好きだった。だから僕は、兄から離れないように何処へでもついていった。




『圭お兄様、待ってください!』


『ん? ああ、ほら見てみろ、目的地に着いたぞ』


 お兄様が湖を指差し僕のほうに振り返る。


『あう、眩しい……』


 お兄様の隣に並び一緒に湖を見つめる。湖は雲ひとつない空から浴びせられる太陽の光で眩しいくらい輝いていて眼を細める。手で影を作りながら向こう岸を見ると、大きな建物が壊れて建っている。何だろうアレ?


『おお、あれなんかは丁度良さそうだな』


 僕と同じものを見ていたらしく、丁度良く建物についての話題になったのであれが何なのか聞いてみる。


『お兄様はあの建物が何なのかご存知なのですか?』


 僕の問いかけに「あの建物は……」と呟いて腕組みをして考え出す。


『たしか、サナトリウムだったかな……』


『さなとりうむ?』


 聞いたことのない言葉に首を傾げる。


『サナトリウムっていうのは、そうだな……大きな病気を治す病院、かな……』


 今は廃墟だけどな。と付け加えてお兄様が壊れた建物に向かって歩き始めのでそれに続く。

 建物の周りは錆びたフェンスで囲まれていて、おそらくこっち側は裏なんだろうと思っていると、お兄様が雑草を踏み倒しながらフェンスまで歩いていって、錆びたそれに手を掛けて登っていく。汚れるな、などという悪態だけが聞こえてきた。

 ……やめればいいのに。


『よし、行こうか』


『あ、はい! すぐ行きます』


 今までの経験からこういうことはよくあったため、用意していた

軍手を装備して、僕はお兄様の後に続いてフェンスをよじ登った。フェンスを越えて、草で脚を切らないように注意をしながらお兄様に近づいた。とても入り口とは思えないほどに崩れた空間で、両手を腰に当ててお兄様が立っているのが目に入る。



…………



「お兄様!……あれ?」


 自分の声がとても五月蝿く聞こえて飛び起きる。

 今見ていた夢はたしか……と、あまり働かない頭でそれなりに考えていると、頭の方から(ふすま)を隔てて話し声が聞こえてきた。


「ちょっと朱祢ちゃんの様子見てくるね」


「あっ、あたしも行きたいっす!」


 雛森さんと葵ちゃんの会話が聞こえる。


「伊織ちゃん、寝てる朱祢ちゃんをまた洗脳しようとか考えてないよね?」


「そそ、そんなわけないわよ!。あたしは、えーっと、そう! ただちょっと寝てるあかねっちを動画で撮ろうとしただけよ!。洗脳しようだなんて口が裂けても言えないわ!」


「言ってるじゃない……。それと、素に戻ってるわよ」


「はっ! ふ、ふふん。これは素じゃないっす、演技っす! まんまと騙されたっすね。わーっはっは!!」


 そのわりにはすごい動揺してたように聞こえたけど……。


「はいはい、他の宿泊客に迷惑だから静かにね」


 足音が一つ遠のいていき、襖が開いた。暗かった部屋に人工的な光が差し込み、葵ちゃんが入ってきた。


「伊織ちゃんも伊織ちゃんなりに心配してるのは分かるけど、どこか違うのよね……あら?」


 部屋に入ってきた葵ちゃんと目が合……ったのかどうかは分からないけど、気が付いたら一緒に布団に横になっていた。


「どう気分は? あぁ……寝顔も可愛かったけど、やっぱり起きているときのほうが何倍も可愛いわ! 特に誰かに困らされてる顔とか!」


 その困り顔をさせているのがあなたなんですけどね。


「と、とりあえず離れてくれる? 起き上がるから……よいしょ」


「キャー! 起き上がるだけで可愛いなんてもう罪ね! 有罪よ有罪」


 そんなことで罪に問われたら堪ったもんじゃない……。とりあえず、僕が気を失った後どうしたのかを聞いてみよう。


「葵ちゃん、あの後みんなどうしたの?」


「……」


 返事がない。どうしたんだろう、さっきまで元気だったのに急に静かになっちゃって。


「あの、葵ちゃん?」


「あえっ?! ご、ごめんなさい、少し気を失ってたわ。何かしら?」


「大丈夫? 僕が気を失った後、何か大変な目にあったの?」


「いえ、そうじゃないの、気にしないで……。そうね、あの後は旅館に電話して、朱祢ちゃんと自転車を車に乗せて旅館に送ってもらったわ。その後みんな急いで旅館に戻ったわ」


 旅館の人たちにも迷惑掛けちゃったのか、明日謝りに行かないと。


「と、ところで朱祢ちゃん、私の名前やっと「ちゃん」付けで呼んでくれたね、嬉しい……」


「え?」


 僕が「ちゃん」呼び? そんなはずはない。だって「ちゃん」呼びは男らしくないじゃないか、約束したんだから……呼ぶはずがない。


「本当に呼んだの? 僕が葵ちゃんのことを葵ちゃんって……あれ? ち、違う! あの、今の「ちゃん」はその、何かの間違いでえっと……うぅ、圭お兄様……」


「朱祢ちゃん……?」


「あ、葵ちゃん……僕はどうしたらいいのしょう? 圭お兄様との約束を、破ってしまいました……どうしたら……」


「落ち着いて、大丈夫だから。ね?」


 葵ちゃんが優しく抱きついて頭を撫でてくれた。あったかい。


「落ち着いた? 私のハグはどんな人でも落ち着かせられるのよ。まあ、私が本当に気に入った人しかハグはしないんだけどね。さて、まずは口調が変わったことを聞かせてくれるかしら? いま私朱祢ちゃんが可愛いすぎてすごい動揺してます説明を早くお願いします変になりそうだわ」


「あ、はい。えーと、そうですね。何処から話せばいいか……」


「Will you hurry up?(急いでくれる?)」


 顔の近くで変になって怒られた……。


「この口調は元からですよ、素ってやつですね」


「あっ、やっぱりそうだったのね」


「気付いてたんですか?」


「ええ、今日の由宮くん家で薄々はね。それまでは私たちをおちょくる演技だと思ってたわ」


「そうだったんですか。でも、春斗くんの家ではギリギリ演技は出来てたと思いますよ? 一応「くん」呼びだったので」


「そうかしら? 一人称は僕だったし、なんというか、いつもの感じっていうの? 中二病感がなかったし。なにより、純に一人称について聞かれたとき思考停止してたじゃない」


「ぐ、うぅ……。あの思考停止中にも色々あったんですよ? 心の中でも「くん」呼びだったのが「ちゃん」になりかけてて、必死に演技してたんですからね!」


「いや、心の中くらいは素でいいと思うけど」


「……!」


 そういえばそうだ、なんで心の中まで「くん」呼びだったんだろう。


「それで、一番聞きたいのは圭お兄様って人についてだけど……これは日を改めて聞くことにするわ。もちろん、その時も二人きりよ!」


 どうして日を改める必要があるのだろう? 兄がいるなんて言った事がないから、どんな人か気になるのかな? でも、そんなことは今ここで話せるし……。もしかして、圭お兄様の事について何か知っているとか? 心霊スポットについて色々調べている葵ちゃんなら或いは――。

 と、ここまで思考したところで葵ちゃんが唐突に立ち上がったので、反射的に僕も立ち上がる。


「さてと、この後どうする?」


「んー、僕はみんなの所に行って迷惑掛けたことを謝りに行きますけど、葵ちゃんは?」


「そうね、星が綺麗だから散歩でもしてこようかしら。朱祢ちゃんと」


 何を言ってるのでしょう?。僕は今からみんなの所に行って謝りに……あっ、手を掴まれてしまいました。


「私はキミを飽きさせないよ……」


「いや、飽きる飽きないではなくてですね……。みんなに対する罪悪感が……」


「大丈夫、大丈夫。旅館近くをウロウロするだけだし、それにみんなの器は大きいはずよ。さ、行こ!」


「ちょ、ちょっと! 分かりましたから、そんなに急がないでください!」


 星々が輝く空の下で。

 僕たちは、あっという間の時間を過ごした後。二人でみんなに謝りに行った。

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