第十六話 届かない想い
「どうして幽霊になったんですか!」
「心霊映像撮ってもいいっすか!」
「おかしい、朱祢部長の霊気しか感じられない……!」
「簪に憑いていたのは呪いじゃなくて朧だったのね」
「こ、怖いことしませんよ……ね?」
「お、おい! みんな落ち着けって!」
みんなが思うままに質問してきて、何を言っているのかよく分かりませんわ、この混乱を私はどうしたらいいのでしょう? 確実に私の発言でこの見事なまでの大混乱を引き起こしてしまったわけですけど、朱祢ちゃんが言っていたほど嫌な思いは致しませんわ。
こうして目を閉じてると、まるで殿方が私を求めて言いあらそって――。
『―――さん』
……今なにか聞こえたような? 気のせい……かしら。でもこの胸を締め付けるような感覚は一体。
「――さん、朧さん?」
「< え? >」
「え? もしかして、聞いてなかったんですか!?」
純ちゃんが「がーん」と口で言いながら前のめりに倒れこんだかと思いきや、その体勢のまま私に(というより朱祢ちゃんの体に)抱きついてきた。
「< あー、えーっと、もしかして「抱きついていいですか、朧さん」って、言ったのでしょうか? >」
「……はい」
「違うだろ」
「きゃん!」
春斗くんが力など微塵も入っていないであろうチョップを純ちゃんの頭に振り落とし、私の体から引き剥がす。
「< それで、純ちゃんは私に何と仰ったのでしょうか? >」
純ちゃんが私の言葉を聞いて、春斗くんに振り下ろしていた右手の連打を止めて私のほうに向き直る。
「あのね、由紀が言うには、そろそろ朱祢ちゃんもなにか喋りたいんじゃないかって」
「霊気が一定感覚で強くなったりしているのを感じる、おそらく部長は助けを呼んでいる……」
「< そうですわね、由紀ちゃんの言うとおり今も心の中でずっと、出してくれー、出してくれー、と泣き叫んでおりますわ、またそれが可愛いんですのよ、ふふ >」
『鬼か!!』
全員から怒られてしまいましたわ。
夜の旅館の一室。この旅館は部員の村沙君の実家で街から少し離れた山の麓にあり、自転車で一時間位で来れる。かつては予約の取れない旅館とまで言われていたが、時代の移り変わりや宴会ブームが崩壊した事、そしてそもそもの常連客が年を取り宿泊客が減少したという事もあり、人の数は当時ほど多くは無いが、外国人客や年に何回かあるお祭りのおかげで今でも人気の高い旅館だ。
こんな時間になぜ僕達が村沙君の旅館に居るのか、それは偏に僕の親友のせいだったりする。やれやれと振り返り「ねぇ、春……」と声をかけようとしたが、その当人はいつの間にか居なくなっていた。
さっきまで隣にいたのに、どこへ行ったんだか……。
「おーい紅、こっちだ!」
見ると、つい今し方まで僕の脇にいたはずの春斗君が旅館の看板下で他のみんなと手を振っている。分かったからそんな大声で名前を呼ばないでほしい……ああほら夜のサイクリングしてる人達がこっちを見てる、恥ずかしいったらありゃしない。
文句の一つでも言ってやろうと急ぎ足で駆け寄る、すると春斗君は横に止めてある自転車のサドルを叩いた。
「ほら、お前の自転車」
「そんな軽々しく言わないでよ……っていうか、本当に行くの?」
「もうみんな準備万端だからな。それとも、一生女のままで生きていくのか?」
「うう、そこをつかれると……」
そう、村沙君の旅館に来たのも全ては廃村の再調査をするため……なような気がする。
そもそもの始まりは怪談を話している時だった。春斗君が「せっかくだから村沙の旅館で雰囲気の出る夜に話そうぜ!」と言い出した。それに対して、先立つものもないから無理だと反論すると、今度は村沙君が無料で泊まれるかもと言ってきた。
旅館の予約表を机の上に広げて「二組しかいないから余裕で泊まれるわね、料理は分からないけど」と説明してくれた。が、春斗君の顔が険しい……二人が喧嘩する前に話を終えよう。
「なん――」
「ありがとう村沙君、でも本当に無料でいいの? 迷惑じゃないかな」
「迷惑だなんてそんな……朱祢ちゃんが来てくれるだけでありがたいんだから、なにも気にしなくていいのよ」
「料理――」
「純の旅館の人たちはとても優しいわよ。それでいて、とても働きたがりだからお世話が出来て嬉しいんじゃないかしら」
「ええ、その通りよ葵。長年間借りしてるだけあるわね」
「ふふ、これからもよろしくね」
「こちらこそ」
……あの時の春斗君の表情は忘れられないかも。料理が出るって聞いてホッとしました。
そんなこんなで廃村に到着。七人もいるので到着するのが遅くなるかと思ったが、道中に「第二回 春斗より遅い人は罰金大会!!」が行われたためみんな死に物狂いでゴールの廃村へと向かったのだ。ちなみに第一回は去年の夏に開かれました。
「おお、真っ暗で何も見えないっすね」
「え、ぼ……俺ライト持ってきてないけど?」
周りは真っ暗な夜。とてもじゃないが明かり無しで歩きたく無い。「今日はあきらめて帰ろう」と言おうとしたとき、葵君が不気味に笑い出した。
「ふふふ、朱祢ちゃん、あなたは私に負けた」
そう言うと肩から提げていた鞄からテレビドラマの警備員が持っているような懐中電灯を三本取り出した。……何も準備してないんだから負けますよ。
「水蓮寺家特製、超強力懐中電灯よ。三十分充電しただけでなんと五十時間も点けっぱなしに出来る優れものよ」
試しに点けてみる。すると、一瞬にして視界全体が昼間にように明るくなった。
「わあ、すごい……これなら暗い夜中でも気兼ねなく活動が出来るね!」
雛森さん、縁君が共に懐中電灯を点けたことにより、完全に暗闇が視界から無くなった。
「おい水蓮寺、あいつに何てもん渡したんだ! お前のせいで深夜の活動が増えるかもじゃねーか!」
「別にいいじゃない、その分朱祢ちゃんと一緒にいられる時間が長くなるんだし。ね、朱祢ちゃん」
葵君が僕の腕に自分の腕を絡めてきた。それを見て村沙君達が「あぁー! 抜け駆け禁止!」と叫んで僕に抱きついたり匂いを嗅いだりしている。春斗君はこの状況を見て「なんだこれ……」と完全に引いているが、僕もどういう状況なのか一向に理解できない。
前に似たような状況にあったときは「誰が一番最初に朱祢ちゃんの気を引いて恋人になれるか」とか言っていたような気がする……今ここでやられても困るんだけど。
「と、とりあえず、ぼ……俺が簪を拾った所まで行こうか」
『はーい!』
ああ、春斗君そんな蔑んだ眼でこっちを見ないで……。
廃村を進むこと数分。前に来たときよりも明るいながらどこか不気味な雰囲気を漂わせている村をみんな真剣な表情で見て回りながら目的の湖へと到着する。ここで僕は簪を拾い、次の日には女の子になり朧さんという怨霊に取り付かれた。
もし、ここで僕が簪を拾わなかったら、今頃は今までと変わらない生活を送っていたのだろうか? いや、過ぎたことを考えても仕方が無い。
「昔、病院があったのね」
僕が無意味なことを考えていると、葵君が湖の向こう側にある建物を手で指し示しながらそんなことを言った。無表情だけど、どこか楽しそうに見えた。
「へぇ、此処にあったんだ気付かなかった」
だからというわけではないけれど、僕は無意識のうちに葵君に似せた表情で答えていた。何の意味も無い。そんな僕を見ていた春斗君が声を殺して笑っている。ある種のジョークのようになってしまい頬が熱くなる。
そんなジョークの対象にされてしまった廃病院は、本来は白かったであろう外壁をみすぼらしいものに変えて僕たちを見下ろしていた。いつからこんな廃墟になってしまったのだろうかと一瞬だけ考えてやめる。そういった思考は酷く無意味なものと知っているから。
「何の病院だったんでしょうね。こんな人里離れた場所だと緊急のとき不便じゃないですか? 部長は何の病院か知りませんか?」
廃病院に光を当てながら縁君が質問をしてきた。
「病院というか、サナトリウム。世間的にはそう言われてたかな」
顎に手を当ててこの村に関する情報を記憶の奥から引っ張り出しながら返事をした。
「あくまで、世間的には、ね」
「じ、実際は……?」
含みのある言い方をして恐怖心を煽る。一人の後輩以外みんなやれやれとしたような表情を浮かべている。僕以外知らないくせに……。
「実際は、閉鎖病棟だったらしいけど……」
『けど?』
僕が言いよどむと続きが気になってみんなの声が重なり、少しだけ穏やかな空気になったかと思いきや僕の言葉の続きを待つようにみんなが静かになる。
ふと僕は、この廃病院は僕の呪いとは関係ないと思い、話を中断する。まあ、当然の如くブーイングが起こるわけで……。
「さ、廃村の調査はまた今度するとして。今日はもうかえろう、か――」
なに……何かが僕の中に入ってきてる。朧さん……? 違う、じゃあ一体……まずい、立ってられない。
僕がその場に崩れるように座り込むとみんなが駆け寄って心配しているのが感じられる。顔を上げて安心させようとするが、みんなの顔を見れない。見てしまったらみんなを拒絶してしまいそうだから。
「ぁ……あ…」
声が出ない。このままだと誰かが顔色を見るために覗き込んで来るかもしれない。こういう状況になるって分かっていたなら、この湖についてちゃんと話しておくべきだった。
「朱祢ちゃん、大丈夫?」
「水蓮寺先輩、いま朱祢部長の顔を見てはいけません!」
今までに無いほどの力強い口調で話す……誰だろう、頭がぼーっとして思い出せない。でも、なんとか意識は保っていられる。
彼女は僕の後ろに回りこむと、何か紙のようなものを貼り付けてぶつぶつと唱えだした。すると、体から力が抜け、意識も段々と遠のいてきて後ろにいる女性に倒れこむ。ああ、思い出した。彼女の名前は
「由紀ちゃん。ありがとう……」