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 星が瞬きをしているようだ、とユナは思った。

 短い梯子を上りきり、平らな屋根に上がるとそこは小さな菜園だ。日々の生活に最低限必要とされる野菜などは、全てここから採っている。時おり山の中に入り山菜や木の実をラムザ爺さんと採りに行くこともあるが、ほとんどがこの菜園、そして家畜の乳や肉で賄っていた。また、数件しかない民家の者同士も非常に親睦が深く、辺り一面に広がる農場や果実園から、少しだけ分けて貰えることもある。ユナは放牧されている羊のぽてぽてと歩く姿が好きだ。だから羊の肉を食べるのは好きではない。だが、果実園いっぱいに生った林檎や葡萄を絞った飲み物や、漬けて甘くなった果実は、ラムザ爺さんが捏ねて焼いたパンと同じくらい好きだった。

 先日ラムザ爺さんと野菜を採取したばかりの小さな菜園は緑一色に染まっている。ユナはその中で、草をかきわけて仰向けに寝そべるのが好きだった。夜眠れない日は決まってここへ来る。

 そして目が冴えてしまうほどの濃紺の空に浮かぶ星を眺めるのが、とても好きだ。茫洋とした夜空で静かに瞬く様子を見ていると、自分が抱え込んでいるものが、いかに小さなものなのかと思い知らされる。

 こんなに広く、たくさんの星があり、もしかしたら自分は見てもらえないのではないか、なんて悩みはきっと星にはないのだろう。そうでなければ、あんなに輝いてなんていられない。

 ユナはいまだ覚めきらぬ夢に、茫然と空を見上げる。

 今まで見ていた獣の夢は、しっかりと自分がそこに在った。ユナという肉体と、ユナという意識は夢の中でも確立していたが、最近の夢は違った。ユナという一人の人間の意識は皆無であり、また意識はジェスだった。一抹の疑いもなく。本来の夢は、きっとそうなのだろう。だが、こうも毎日毎日見るようになれば、誰だって不安になる。目が覚めても、どちらが夢で、どちらが現実なのか境目が曖昧になるときがあった。

 そうして意識が覚醒しきれないまま、屋根に上って星や月を眺めるのだ。夜の冷たい空気、りぃんりん、と聞こえてくる虫の声に、やがて自分という存在を取り戻す。

 ――ああ、自分はジェスじゃない。ユナだ、と。

 だが、安堵すると同時に落胆もある。凛然と、まっすぐ先を見据えることのできるジェスではないのだ。彼ならば、きっと瑣末な、と笑って見過ごすだろう事柄でも、うじうじと悩んで俯くことしかできないユナ、という弱虫のほうなのだと。

 以前、獣との夢を見ていたときは、短くても三日に一度くらいの間隔だった。だが最近は毎日だ。夜、床についてから朝日の眩しさで目を覚ます、ということはごく稀だった。そのほとんどが、今日みたいに夢の途中、ふと我に返るかのように目覚め、夜空を眺める。

 だからか、日々の眠りはとても浅い。家畜の餌やりに出ているとき、菜園の水遣りに出ているとき、ふと眠気が襲う。また学舎で居眠りすることも、多くなった。

 揶揄と嘲笑、学舎に行くたびに惨めな思いになる。そのとき、ジェスならばこの思いをどうやってやり過ごすのだろう、と思わずにいられない。嘲弄に慣れるなど、この先いくら待ってもこないような絶望を覚える。外見が他者と違うというだけで邪険にされたとき、ジェスはどういう思いでいただろうか。どう対応していただろうか。思い出せば思い出すほど、ジェスを憧憬せずにはいられない。

 明日は学舎に行く日だ。そう思い出し、胸の奥に血が広がるような気持ちになった

 自分から望んで通うようになった学舎。だが、学ぶ楽しさよりも与えられる痛みのほうが最近では大きく感じる。

 学舎は義務ではない。ユナの家のように、裕福ではない家庭の子供は行かないまま成人することのほうが多い。それでも学舎に行きたい、と思ったのは、ラムザ爺さんが昔教師をしていたと聞いたから。また、ラムザ爺さんの話を聞いているうちに、もっと色々知りたいと思ったから。それを悟ったラムザ爺さんから、学舎に行かないかと訊ねられたとき迷うことなく頷いたのだった。

 そう、裕福ではない。本来ならば学舎に行ける余裕なんてないはずなのに。

 ラムザ爺さんが働いていたこともあり、多少の免除はあるものの、それでも生活が厳しいのはわかる。現に、学舎に行きだす前の朝食には決まってパンと果実は必ず食卓に並んだ。今では乳のスープのみ。週に三度の学舎へ行く日だけ、パンが出る。それくらい、切り詰めなくてはいけないのだ。なのに、行きたくないと思ってしまう自分がいる。学ぶことは楽しい。知らない知識を増やしていくことに、喜びも感じる。だが、それ以上に周りの目線が怖いのだ。周りの生徒のほとんどは貴族で、着るものひとつとっても違う。最初はそれでからかわれたのだ。

(早く寝ないと……また明日も居眠りしちゃう)

 目を閉じても、瞼の裏には同じ教室の子供たちのせせら笑う姿が消えない。嫌だ嫌だと思えば思うほど、彼らの姿は強く、鮮明に出てくる。学舎に行く前日の夜は決まって眠れないことが多い。

 重ねてあの毎日見る夢だ。辛い夢ではないが、やはり不安のひとつには変わらない。ただの夢だと思えるには、まだユナは幼く、想像力が豊かすぎたのだ。

 瞼を閉じても眠れない時をどれくらい過ぎた頃だろうか。ふと、歌が聴こえてきた。

 綺麗、とは程遠いしわがれた声。だが、妖精の歌よりも、天使の囁きよりも、ユナにとっては何よりも大好きな声。もっとずっと幼い頃は、毎晩歌って聴かせてくれたラムザ爺さんの歌だった。

 違う国の言葉で歌われた歌は、何を伝えようとしているのかはわからない。だがきっと優しい歌詞なんだろう、と思う。

 小さい頃は、眠れない晩に歌って聴かせてくれた。そうして、布団の中で、ラムザ爺さんが背中を撫でてくれながら、深い眠りについたのを思い出す。どうしてか、涙がこぼれた。

 きっとユナの姿がないことに気付いたに違いない。だから歌を歌ってくれているのだ。そう思ったら、この掠れた声がとても綺麗なものに思えた。

 歌はそれからしばらく続き、ラムザ爺さんが歌をやめるよりも先に、ユナはうつらうつらと深い眠りに落ちていった。



 ジェスはかれこれ、数時間ほど前から気持ちが浮ついていた。

 いつの間にか、正午の自由時間はルーンと会うことが日課となってしまった今も、ジェスの足は屯所から庭園へと向かっている。右の手はしっかりと握られ、その中には赤い花の髪飾りがあった。

 いつものように、街へと買出しへ下りたときだ。普段買出しに利用する店をいくつか回り、そのつど抱える袋に重みが増していく。そうして屯所へと戻ろうとした矢先のことだった。たまたま目にした店に並べられていた、輝かしい装飾品。男のジェスにも、若い女性向けに作られたのだとひと目でわかるデザインだった。

 普段ならば、自分とは縁のない店。素通りするだろう店なのに、その日はなぜか足が止まった。

 少し前、ルーンはお気に入りだと言った髪飾りを風に飛ばしてしまったのだ。飛ばされた当初は後から探す、と笑っていたのだが、実際リュウを交えて探してはみたが、思っていたとおり案の定見つからない。ルーンの表情が、わかりやすいほど落胆していたのを思い出す。更に加えて、最近のルーンは常に鬱屈とした表情でいることが多い。理由を訊ねてみれば、彼女の兄、アズの誕生日の催し物が近いのだ、と洩らした。そう思いを巡らしていると、ひとつの髪飾りに視線が止まった。

 白い肌によく映え、光のように眩い金の髪にも劣らない存在感を放つそれは、真っ赤な薔薇の花を模した小さな髪飾りだった。花の中心部分に小さな石がいくつも散りばめられ、光にあてると水遣りのあとの水滴のような輝きを見せた。

 無意識のうちに、ルーンに似合うもの、と見定めていた自分に驚いた。伸ばしかけていた手を慌てて引っ込め、店を去ろうと背を向けたときだった。店主の女がジェスに声をかけた。

「それは最近、若い女たちに人気があるんだよ」

 思わず振り向いて、女店主を見た。人好きのする笑顔で、ふっくらとした体格がまた、親しみを覚えた。

「贈り物かい?」

「いや、あの――」

「綺麗に包んであげるよ。どんな女性かい? リボンはピンクがいいかねえ」

 ジェスが頷く前から、カウンターの下に頭を突っ込み、あれよあれよといううちにたくさんの包装紙や飾り紐が並べられた。ピンクの他にも赤や白、金色などもあり、細さ長さもまちまちだった。どれがいいかい、と尋ねる女主人の笑顔は、穏やかではあるものの、客を取り逃がさないように必死であるのが窺えた。

 そうして、諦めのため息をついてジェスが選んだのは、髪留めと同じ赤い色だった。



 庭園に近づくたびに甘い芳香が強くなり、ジェスに流れる緊張も強くなっていった。

 女性に贈り物を買うのは生まれて初めてのことだ。どう相手に渡していいのかわからない。しかも相手は王女だ。買った髪留めだって、ジェスの安い給料では最高級のものだが、ルーンからしてみれば、なんてことはない値段に違いない。以前なくしてしまった髪留めと比べても、石の数や大きさも違えば、輝きだって大違いだ。それを思うと今から竦む。だが、買ってしまった以上、ジェス自身が持っていても仕方のないものなのだ。

 片手のひらの中に納まってしまうほど小さな髪留め。上質の紙で包まれ、赤い留め紐は丁寧にも花の形に見立てて飾られていた。ジェスの手の隙間から、赤いリボンがひらひらと揺れる。

 そして、先ほどから何度も息を吸っては吐いて、を繰り返していることに気付いた。自分でも驚くほど戸惑っている。鼓動も気のせいか速く、熱く感じた。昂ぶっているのだとわかった。

(たかが街で無理矢理買わされただけじゃないか。自分で持つにはおかしすぎる。それだけだろう……)

 いつの間にか、爪先を見ながら歩いていたジェスの耳に、歌声が聴こえてきた。

 よく聞き慣れた声、ルーンとリュウの声に似ている、と顔を上げて見つけたのは、万年樹を囲う石垣の上に腰をかけ、二人並んで歌を歌っている姿だった。時おりリュウが歌につまづき、ルーンがそれを見て笑いかける。やがてリュウが再び歌いだすが、どことなくルーンとは外れて歌う姿に、またお互いの顔が無意識のうちに綻ぶ。万年樹の葉の隙間から注ぐ陽の光よりも暖かい空気に満ちていた。

 心温まる光景だというのに、ジェスはルーンの隣にリュウがいるのを見つけて、足が止まった。心臓が、音を立てながら迫ってくるような息苦しさを感じ、手の中にある髪飾りを更に力強く握る。

 一歩を踏みだせずに佇むジェスの姿を見つけたルーンが、歌をやめ駆け寄ってきた。ルーンの先にあるジェスを見たリュウもまた、ルーンの後を追い歩み寄る。

 どちらも疑いのない笑顔を浮かべていた。ジェスには、それが余計心苦しく感じた。なぜかはわからない。だが苦しい、とそれだけが胸の奥に落ちた。

「随分とリュウと仲良くなったのですね」

 自分でも厭味な言い方だ、とジェスは思う。

普段感情を外に表すことなど滅多にないジェスの言葉に、リュウは、溶かすように笑顔を消した。何か言いたげな瞳がジェスを捉える。困惑に染まった瞳をそれ以上見ていることができず、ジェスが視線を逸らすと、ルーンは二人の間に流れた空気など一切見えていないかのように、いつもどおりの調子でジェスの腕を引っ張った。

「当たり前じゃない。ジェスのお友達なんですもの。それよりも、ほら、早くこっちに――」

 全てを言い終わるよりも先に、ルーンが首を傾げた。視線はジェスの右手――花飾りを包んでいる留め紐が風に靡いていた。

「それはなに?」

「いや、なんでもない」

 ルーンの指先がジェスの手に触れようとした瞬間、ジェスは避けるように右手を自分の背後に回した。だがいつの間にか隣に来ていたリュウの手によってそれは阻止された。いつになく真面目な面持ちのリュウが、握られていた手を力いっぱいこじ開けた。ジェスが握り締めていたせいで少し歪んだ、可愛らしい包装紙が申し訳ないように姿を現した。

「これ、渡すんだろう?」

 ジェスの目を見据えたリュウは、もう先ほどのような困惑の色はなかった。笑顔が胸に痛い。ジェスはなぜか罪悪感に駆られた。

「なに? どうしたの?」

 更に近寄り、覗き込むようにして二人の間に割って入ってきたルーンを見て、ジェスは覚悟を決めた。正直気恥ずかしいという気持ちは拭えない。もともとリュウがいると知っていたら、渡すのすら後日にまわしたというのに。そのまま渡さす、知らずごみとなっているだろうことは明白だが。

 すっと伸びてきた腕に、ルーンはやはり首を傾げた。

「これをルーンに渡そうと思って……」

 やがて皺だらけになった包装紙と、小ぶりの花に似せて組まれた細く赤いリボンが大きな手のひらにのっていることに気付き、ルーンは言葉を失った。

 ただじっと髪飾りを見入るルーンに、たまらず先に声を出したのはジェスだった。

「あの、買出しのときに店番の方につかまって、無理矢理買わされたものなので、あの、だから、ルーンが前つけていたものに比べたら全然見れるものでもないし……って、そうじゃなくて、えっと、要は自分が持っていても仕方ないので受け取って貰えると助かる」

 言葉の最後、窄むように声が小さくなっていくのを見ていたリュウが思わず吹き出し、声をあげて笑った。相変わらずルーンはじっと花飾りを見つめたまま喋るどころか動く気配すらない。瞬きも忘れた瞳は、全ての光を吸収したかのように光り輝いている。

「いや、別に無理にってわけじゃないんだけど。贈り物なんてしょっちゅうだろうし、何より安物だし」

 言ってため息を落とした。

 そもそも、ルーンに何かを贈ろうなどとなぜ考えてしまったのだろうか。身分なんて、雛と鷹ほどの差があるというのに。親しくしてもらい、勘違いをしてしまったのかもしれない。自分と並んでいるような錯覚に陥ってしまったのかもしれない。本当は、自分は常に見上げる位置にいるというに。

「――これ、わたしに?」

 ジェスが咄嗟に顔を上げると、風に紛れてしまいそうなほど小さな、遠慮がちな声でルーンが呟いた。そろりと長い指が伸びてきて、ジェスの手の中にある髪留めに触れた。

 皺になった包装紙が、音をたてる。花の形に組まれた赤いリボンが、ゆるゆると解かれていき、ジェスはその様子をただ見つめることしかできずにいた。

「髪飾りだわ……」

 感情の窺えないぼんやりした声で洩らす。

「ルーン王女によくお似合いだと思いますよ」

 リュウが笑顔で言うと、ルーンもそうかしら、とジェスとリュウを交互に見た。

「どうしてわたしに?」

 期待を込めた瞳で、ルーンはジェスを見上げた。

「いや、だから店の者に無理矢理……」

 思わず視線をそらしたジェスを追いかけるように、ルーンは更に言葉を続けた。

「ねえ、どうしてこの色を選んだの?」

「いえ、別に……」

 まさかルーンに似合うと思って、などとは口にできず適当に誤魔化すと、リュウが笑いながら言った。

「お前が一生懸命選んでる姿がなんとなく想像つくな」

「そうなの? ねえ、ジェス、わたしために選んでくれたの?」

「いや、だから、その――」

 そしてそれは忽然と沸き起こった。ゆっくりと流れていた空気が途端、張り詰め途切れる。辺りにはどよめきに満ちていた。

 何事かと、視線を巡らせば、ざわめきの中心となるのは、長い渡り廊下のずっと向こう。アズがこちらに向かって歩いているところだった。白いシャツのボタンはしっかりと全部留められ、ゆったりとしたズボンは若草色。首から下げられた飾りの真ん中には金色に輝く宝玉が埋め込まれ、力仕事とは無縁な綺麗な指にはいくつもの指輪が嵌められていた。ルーンは度を越えた贅沢を厭う。だがアズは全く正反対で、驕侈を極めていた。

 すれ違いざま、周りにいた者が、突然のアズの登場に戸惑い硬直する。咄嗟の出来事で、叩頭することすら忘れているようだった。中には、道を開けることすら忘れてアズの姿を見入ってしまっている者すらいた。

 王族は、基本的に城の外に出ることはない。姿こそ知ってはいるものの、直接お目にかかれる機会など滅多にない。ルーンがこうして庭園にやってくるという行為は、極めて稀なのだ。

 涼しい笑顔を浮かべたままルーンの目の前までやってくると、無言でアズを睥睨するルーンを通り過ぎ、ジェスの前で立ち止まった。ルーン、そしてリュウを見渡し、最後ジェスで視線を止めた。

「楽しそうだね。私も交ぜてはくれないかな」

「……何しにきたのよ」

 ルーンの言葉に、一瞥をくれて微笑んだだけだった。再びルーンに背を向けると、目の前のジェスを見た。

「君にお願いがあって今日は来たんだ」

「わたくしに、ですか」

「そう」

 端的に頷き、笑んだ。

 気安い笑顔だった。だが、その裏にどす黒い感情をひたすら隠している、ともジェスは感じた。確かに笑っている、笑っているのに――ジェスは以前にも感じた、薄気味の悪い恐怖を覚えた。思わず目をそらしたくなるような、ラナトゥーンには冬は訪れないが、もしあるのだとしたら、きっと、冬場に触れる水のような冷たさなのだろう。

「私の誕生日が近いことはご存知かな?」

「ええ……」

 近頃ルーンの表情が優れなかった。アズの誕生日が近いのだと、その場は身内のみのパーティーではあるものの、アズとしてではなく「国王」としての祝いの席だということも聞いていた。その隣に、自分の席がある、と泣きそうな顔で訴えてきたのはまだ記憶に新しい。

「是非ともその席に、君とご友人の方にもご出席を願いたいのだが、どうかな」

 ジェスとリュウを交互に見比べ、そしてやはり微笑んだ。

 思いも寄らない言葉に、ジェスは言葉を失い、リュウは眉根を寄せて怪訝そうな表情でアズを見つめた。

 いわば新王お披露目の席といっても過言ではない。たとえ騎士団に所属しているとはいえ、ジェスやリュウのような最下位ランクの者が参加するということは、ありえないことなのだ。騎士団長、ならびに国王の近辺を護衛する者、たった数えられるほどの限られた人数のみが許される場所。それをアズ本人から出席を望むなど、驚愕を通り越して畏怖すら覚える。

「――アズ。あなた何を企んでいるの……」

 真っ青な顔をしたルーンが震える声で絞り出す。

「なにも」

「出る必要なんかないわ!」

「ルーン、君のお客様ではないのだよ。私が望んでいるんだ」

 でも、と呟いたルーンの声は、風に叩き落された万年樹の葉と同じくして静かに地面に落ちた。

 しばしの後、リュウが重い沈黙を破った。

「畏れながら、我々の一存だけでは判断することはできません」

 ルーンの表情がぱっと輝く。だが打ち捨てるように、アズは首を横に振った。

「騎士団長殿にはすでにお伝えしてある。私が望むのならば、と」

「……なぜそこまでしてジェスたちを招きたがるの!」

「なぜ? 君と親しくしてくれている者たちを招いてなにを不審に思うのかい」

 ルーンの恨みの篭った視線を受け流し、穏やかな面持ちでジェスを振り返った。

「そういうことで、出てはくれないかな」

「――はい。そう、お望みでしたら喜んで」

「そうか。ありがとう、嬉しいよ。パーティーは城の中の庭園で執り行われる。当日は案内をよこそう」

 城の中の庭園――ああ、たった一度、騎士団に所属が決まった際、城の中をひと通り案内されたときに、立ち寄ったことがあるかもしれない、とジェスは広い庭園を思い起こしていた。最初に案内された屯所がいくつ入るのかわからないほど壮大な庭園だった。白いテーブルクロスを敷かれた横長のテーブルがいくつも並び、辺りには季節の花々がたくさん咲いていた。王族の方がここで食事をとられ、また催事の際にはこの庭園に溢れんばかりの人で埋め尽くされるのだと教えられた当時は、ちょうど薔薇が見事に咲き誇る季節だったのをジェスは思い出した。

 庭師と、催事の警備を任される者しか立ち入れない場所と聞き、おそらく自分は二度とお目にかかることができないだろう、などと考えていた。それがこんなことになろうとは、誰が思おう。

 確かになぜ自分が招かれたのかはわからない。不審だとも思う。しかしそれを言って軽く断れる相手ではないのも確かなのだ。行けといわれれば行く、退けといわれれば退くことしか許されない相手なのだ。

「それでは楽しみにしているよ」

 アズが背を向け一歩を踏み出そうとした刹那、再び振り返る。強い、射るような視線はルーンにのみ注がれていた。

「――君はどうしてここに来たがるのかな。王族にとって、万年樹は災いにしかならないことをしっかりと覚えておくんだね」

 そう言い残して去っていったアズの後ろ姿を、ルーンはただ無言で怒りとも悲しみともとれる表情で見つめていた。

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