第10話 水無月 蓮ちゃん
「もう、朝なのか……」
翌日の朝、俺はいつもよりかなり早めに起きた。
原因となるのは、確実に会長の呼び出しなんだけどな。まぁ、核となる部分がそれなだけであって、後はちゃんと睡眠時間を多くしてみたとかそんな感じかな。
ちゃんと0時までには寝させてもらったからね。
いつもなら親の呼び出しやら、自分自身の用事とかで寝るのが遅く3時ぐらいになることが頻繁にあるからな。
「さてと、約束の時間まで後1時間以上あることだし、ゆっくりと準備をしようかな」
最低でも7時までに学校に着けばいいんだ。
そう考えると、後1時間以上の空き時間があるってことだ。
部屋できちんと畳んでしまっているカッターシャツに袖を通し、机の上に雑なまま置いていたスラックスを着る。
ちなみに寝ているときに着ていた服の上から着ているだけだ。
「あ、今日は早いですね。どうしたんですか?」
いつもより早い時間に起きている俺の姿を見て優奈は驚く。
悪かったな、普段から起きる時間が遅くて。
けど、本当ならこの時間に起きることなんて余裕なんだぜ。ちょっと夜更かしをしていたらこの時間に起きることも難しくなるけどもね。
「昨日さ、先生に言われてただろ? 水無月兄は明日7時にくるようにってよ」
「……そういえば言ってましたね」
昨日のことだってのに、すでに忘れている優奈に笑いながらソファーに鞄をドサッと乱雑に放り投げる。
「でも、どうしましょう? まだ朝食の用意が出来てないんですが」
「ああ、別に気にするな。途中でなんか買っていくから」
学校に行くまでにコンビニがあったりするから、そこでおにぎりやらパンやらを買って学校に行ったら何の問題もないだろう。
そういえば俺が行こうとしてるコンビニで、期間限定のおにぎりってのが発売してるんだったかな。たしか、その名も《わさびたっぷりマグロたっぷり激辛おにぎり》。
名前だけ聞いたらおかしな感じしかしないだろうが、簡単に説明しちまえばわさびマグロってことだ。ただ、わさびの量が倍増されていたりしただけな。
ま、それを買うつもりはさらさらないけどな。普通に適当なパンを二つに、コーヒーかなんかでも買うさ。
最初はおにぎりを二つ買おうかなって思ってたんだけどさ、今日ってさよくよく考えたら火曜日なんだよな。ってことでパンにした。
火曜日だからってなんでパンにしたんだ。と思うかも知れないだろうが、次に言う言葉で納得してもらえると俺は思っている。
月曜日と水曜日、そして金曜日は毎週の如くおにぎりが少し安くしてもらえるんだ。そんでもって、その3日以外である火曜日、木曜日はパンが少し安いってわけだ。
正直に言って、お金がまったくないということではない。普通にお金は持っているし、あるいは使いきれる自信がないぐらいある。
だけど、ある程度お金は使わないでおくほうがいいと思うってことだ。
「そうですか、ならお金を――」
(まーた、こいつは……。いつも言ってんだろうが)
続きの台詞がわかってしまった俺は、その言葉を言わせないように優奈のふっくらとした唇に指を当て口を閉じさせる。
「だから、前にも言っただろ。それはお前のお小遣いなんだから、俺に渡すのはおかしいって」
「ですけど……」
頬がほんのりと赤くなっている優奈を尻目に、俺は話を進めていく。
「良いから。俺もお小遣いをもらってるからそれを使うっての。いいな?」
「はい、わかりました」
――なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。
なんで優奈の顔ってか、頬が赤くなってるんだろうな。俺にはさっぱりわからないんだ。
まぁ、今は気にしてる時間がないからスルーさせてもらおうか。
「んじゃ、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい。放送部には私と理恵さんで見に行きますね」
「来んな」
微笑みながら言ってくる優奈に笑顔を見せつつも軽口を叩きながら家をでる。
優奈のことだから、これは冗談に決まっている。
あいつは笑いながら言うときはほとんどが嘘なんだ。……あれから何一つ変わっていないのであれば、そうなはずだ。
☆
「で、なんでこうなるんですか? 美琴さん」
家を出てから20分後、学校のフロア1階に存在してる放送部部室に俺はいた。
普通にその部屋で部長でもある生徒会長様の話を聞きながらぼうっとしておくつもりだったのだが、当初の予定は完全に崩れさってしまった。
ただ崩れただけならマシなんだ。この、今の状況からすると数倍もマシだろうな。
何故なら――。
「うん、可愛いよ。蓮ちゃん」
(……ホント、なんでこんなことに)
俺が現在着ている服が、女物の服だったからだ。
俗に言う女装というやつを部長の権限と生徒会長の権限を最大限に使われて、強制的にさせられているのだ。
~10分前~
「確か部室って、ここだよな」
俺のあまり当てにならない記憶力を最大限に使って辿りついた場所は、南館一階のとある部屋だった。
「……でも、こんな感じだったっけ?」
ふとそんなことを思い、不安になってしまうのも仕方がない。
前まではこんな不穏な空気じゃなかったし、第一、昨日ちょっと寄ってみたけどもこんな変な……絶対に行ったら嫌な目に合いそうな気がするというオーラはなかったはずだ。
「なんか急に帰りたくなってきた」
目の前に広がる黒いオーラを見て、行きたくなくなる俺であったが、あの自分勝手で自分が中心だと思っている会長からの呼び出しだからな。
呼び出しに応じず、そのまま帰ったら悪化するような気がするんだよね。
「まっ、帰らなくても悪化はするけどね」
ガシッ、という効果音がついたかと思うくらい力強く腕を掴まれる。
いきなり掴まれた腕を見て驚きながら、おそるおそる声の発信源を見てみる。
そこにいたのは、とても良い笑顔をしていた会長の姿だった。
――会長の笑顔って素敵ですよね。とか、女の子は笑顔が可愛いですよね。とか相手を褒めるような言葉を言って気分を良くしてあげたい気分なのだが。
今の会長には何を言っても無駄な気がするほど、明るくとても良い笑顔だった。まるで、悪巧みを実行している最中の会長の笑みのようだ。
「……会長? な、なにを」
「良くも去年は、私に仕事を放り投げてくれたわね」
俺が会長に仕事を放り投げる……?
何のことを言っているんだ。と思っていた時間は束の間に消えさった。
頭の中に一つの記憶が浮かび上がってきたのだ。
(あれっ、ちょっと待てよ。なんか当てはまる件があるんだけどなんだったかな)
あれは部活というよりかは、クラスの出来事といったほうがいいかも知れないな。
確か会長の立ち位置はクラス委員だっただろ……。
「あっ!? クラス委員補佐」
「正解♪」
「ちょっ、待て!! アレには事情が……」
具体的には親の超危険な仕事をしていて、学校にくる事自体、無理だったんですけど。
「問答無用!!」
そう宣言し、俺の襟首を持つ会長。
そんな会長によって引きずられながら部室に連行される俺であった。会長に引きずられている間、ずっと俺の脳内ではドナドナが鳴り響いていた。
「り、理不尽だーーっ!!」
◇
……そうだった。
無理矢理、部室に引きずり込まれたんだ。そして会長に全てを丸投げした罰という意味で女装させられてるんだった。
(アレだな。人間、嫌なことはリアルに忘れるもんだな。さっきまですっかり忘れてたよ)
「どう、可愛いと思わない? ヒロくん?」
会長はたまたま部室にいた男子生徒に話しかける。
「そうですね……。これはかなりレベルが高いですね。可愛いですよ、蓮」
「……うるさい」
女装した俺に可愛いと言ってくる、この金髪天然パーマの名前は【加藤 浩紀】。
俺の幼馴染み……もとい腐れ縁だ。
家も数十歩も歩かない距離にあり、そのせいで小学校も中学校も一緒だったという。本当に腐れ縁みたいなものだ。
「はぁ~、またツンですか? せっかくデレさせたのに、また攻略しなおさないと」
露骨にため息をつき、文句を言いまくる浩紀。
俺の気のせいだよな。今、俺のことを見ながら言った気がするんだけど、攻略って言ってるからお前がいつもやってるギャルゲーの話だよな。
「……浩紀。お前、何の話をしてるんだ?」
「何の話ってそりゃあ、水無月蓮ちゃんの話に決まってるじゃないですか~」
その言葉を聞いた瞬間、ブチッという音が俺の頭から聞こえた。
「誰がツンツンだ! しかも一回もデレたことねぇし、これからデレるつもりもねぇ! 後、お前に攻略されたつもりもねぇぞ!」
今まで溜まっていたストレスを全てぶつけるように、浩紀に大声でツッコム。
会長に対しての恨み辛みってのもあるんだからな!
「ええーっ、それじゃあの夜のことも嘘何ですか!?」
「あの夜のことって、何だよ」
俺の記憶の中に、こいつと夜に会った記憶はないんですけど。
変な誤解を生みそうな表現はやめてくれ。
「僕が不良に絡まれていたとき、助けてくれたじゃないですか」
ああ、そんなこと合ったな。うん、あったんだが……。
「お前が不良に絡まれていたのは朝だろうが!!」
「あれ、そうでしたっけ?」
「ああ、そうだっての。勝手に捏造するな!!」
こいつが朝っぱらから駅前で絡まれてたから、めんどくさくて助けたんだったかな?
どちらかといえば、めんどくさいというか不良がうるさかったの方があってるな。
「まぁまぁ、夫婦喧嘩はそれぐらいにして」
俺らが言い合っていると、会長が茶々を入れてくる。
ってか、『誰が夫婦だ!!』とツッコミを入れたくなったが、言った後、めんどくさくなりそうだから心の中で思うだけにしておく。
「まずは蓮ちゃんに説明しないとね」
「説明?」
何の話だ? 後、蓮ちゃんって呼ぶな。
「これは今から35日前のことじゃった」
「いや、そんな昔話ネタみたいに言わなくていいから」
てか、今から35日前って何日だよ。えっと、今日が4月15日だから……3月10日か。うわっ、時期的に何の話かわかっちまった。
「ぶー、仕方ないわね。なら普通に話すわ」
「(それが普通とは思いませんが)お願いします」
アンタの日頃の口調って、そんなんだったっけ?
なんか違うような気がするんだが……。
「……卒業する直前、去年の部長さんが言ったのよ」
「何てですか?」
以外に普通そうな話だったので、真面目に聞くことにした。
去年の部長が意外にも、真面目な人だったから破天荒なことを言うことはないだろうと思って、安心して聞こうと思うことが出来た。
「『蓮に女装させなさい』って」
「なんでだよ!!」
前言撤回、全然マトモな話じゃねぇや。というか、話が飛びすぎて意味がわかんねぇ。
そんでもって、あの人は普通だと信じていたのに。俺の期待を完全なまでに壊していきやがったよ前部長。
「というのは、冗談で……去年の部長が言ったのよ。
『全然、部活に来ていない蓮にたっぷりとお仕置きしてあげて』って」
「はぁ、なるほどね。で、思いついたお仕置きがこれってわけか?」
「そう」
大体、こうなった理由はわかったけどもこれはないと思うんだよ。
そんでもって学校に来れない理由も大層なものだから許してくれるとありがたいんだけどな。仮にも先生方に話は通してあるし。
「……はぁ、わかった。これでお仕置きは終わったよな? 帰っていいか」
一応、無理矢理とはいえ着たんだから良いよな。帰っても。
「いえ、ダメよ。これから部活紹介なんだから、それで出てもらうわ」
この人、なんて言った?
男の俺にこの姿で新入生全員の前に出ろと。バカじゃないの!?
「はぁーー!? そんなの却下するに……」
「却下すると、これより露出が多い衣装を着せますよ」
「……わかったよ。出ればいいんだろ」
現在、着ている衣装はありきたりなメイド服。
だが、これより露出が多い衣装となると着たくないので、おとなしく従っておく。
――こいつら、後で覚えてろよ。