第4話 ~初恋の人~
「……はぁ、めんどくせっ」
転校生みたいな自己紹介を終えた後、俺達1年A組の生徒は全員、運動場に集められていた。というのも、入学式の翌日というホントだったらありえない事情なのだが、入学式の次の日というこの日に、体力テストみたいなものを行うためらしい。
入学式の後日に体力テストを行うという、トンデモな学校だが、これでも一応、偏差値はいいほうの学校なんだ。
……全然、そんな感じのしない日程だけどな。
まぁ、とにかく、俺が言いたいのは事前に連絡するなり、前に学校に来たときに言っといてくれということだ。
別に体を動かすのがイヤなわけでもないし、走るのがめんどうってことでもない。
連絡を一切くれずに、いきなり体力テストをやるぞ。という、先生の態度がめんどくさいのだ。おかげさまで、体操服を用意してくるの忘れてきたよ。
俺以外の人達は、学校指定の真っ青なジャージに赤いラインが入っている体操服を着用していた。
「よし、全員着替えたな」
「先生、俺だけ体操服いるっていう連絡、きてなかったんで持ってきてないんですけど」
「……あぁ、そうか。ならカッターシャツのまま走ってくれ」
おいおい、それでいいのか?
「それって、良いんですか。走りやすさという意味で」
「大丈夫だろ。お前だし」
それはどういう意味ですかね?
俺、そんなに走りに自信があるわけではないんだけど……。
「まぁ、いい。始めるぞ。全員、スタート位置につけ」
まだまだ、このはた迷惑教師に文句は言いたいが、俺以外のクラスメイトが文句一つ言わずに移動し始めたので、泣く泣くスタート位置に向かう。
カッターシャツで走るためには、ブレザーが邪魔になるので、先生に荷物を渡しておく。ブレザーに土をつけたくないというのも、心のどこかではあったかもしれないが、先生に荷物持ちをさせたかったというのが一番、しっくりとくる。
「一年生は五週で、蓮だけ十週だ」
「おい、ちょっと待て。それはおかし……………」
「スタート!!」
いきなりすぎる無茶振りに文句の一つでも言いたかった。が、運命は無情にも、自己中心的鬼畜教師、川村先生の号令によって掻き消される。
俺にばかり試練を与え続ける神様とやらに、心の中で苦情を言う。
(……神様は、俺に恨みがあんのか)
理不尽な目にばかり合っている、俺の半生を振り返りつつ空を見上げる。
(まぁ、こんなことばっかり言ってても意味はないな)
まずは、俺に出来ることからこなしていこう。
――最初から飛ばしていくぜ!!
スタミナなんぞ知ったことか。という信条の元、全力で走る。
そのおかげで、現在の状況はトップだ。
周回で言うと、ドベは確実なんだけどな。てか、この状態で一位になれる人がいるのならば、俺が見てみたい。
―――side out
side 佐倉 理恵
グラウンド五週を終えた一年生は、ほとんどの人は疲れがピークに達しているのか、グラウンドに倒れ込んでいた。
そんな中、水無月 蓮は、速度が別段、落ちるわけではなく、ずっと全速力で走っていた。
既に八週も走っているのに、体力の限界がないみたいにずっと笑顔で。
そんな彼を見て、これから一年間、一緒に暮らすことになるクラスメイトの女子達は。
『……水無月君、ずっとあのペースで走ってない?』
『そういえばそうね。しかもずっと笑顔で』
『……でも、あの笑顔、カッコイイ』
本人の知らないところで、評価は格段にあがっていた。
(知らぬは本人だけってね……)
「……蓮の両親は、あんなに無尽蔵な体力が、つくような仕事を蓮にさせてるのか」
不意に聞こえてきた川村先生の呟き。
本当に小さな声だったため、聞き取ることが難しかったけど、幸いにも近くにいたので、聞き取ることが出来た。
(……水無月君の両親はどんな仕事をしてるのだろうか)
どうしたらあんな体力がついたのか、気になったため、事情を知っているであろう先生に聞く。
「先生」
「ん、あぁ。なんだ佐倉か。どうした?」
水無月君のことを考えていた先生に話しかけると、急に登場した私にびっくりしたのか、少々、オーバーリアクションを取っていた。
「さっき、水無月君の親って、どんな仕事をしてるのですか?」
「……あいつの両親は、違法者を捕まえる専門の警察官だ。別の言い方をすると、エージェントとも言えるかな」
「エージェント……」
「そうだ。つまり、必然的に危なっかしい仕事をしてるということになるな。あいつや水無月妹の両親は……」
(……ということは、水無月君が親の仕事を手伝ってるってことは、水無月君自身も危ない橋を渡ってるんじゃ)
「その可能性は高いな。だから、気にしているんだ」
「……あれ、口にだしてました?」
心の中でだけでしか思っていなかったはずのことを、当てられた。
もしかして思っていたことが口から出ていたのかと思い。驚いた私は、怪訝な表情を浮かべながら先生に聞く。
だが、先生は心底面白いことでもあったかのように、大笑いをする。
「なんで笑ってるんですか」
こんなにも、真剣に気にしてるのに。
「すまんすまん。その反応がな、蓮と同じだったんだ。だから面白くてな」
「私の反応が水無月君と同じ?」
「あぁ、顔に出てたから言ってやると、蓮も。あれ、口に出してました? って言ったからさ。確かに、お前とあいつは似たもの同士だけど………」
(私と水無月君が似たもの同士?)
「蓮――!! てめぇ、ペース落としてんじゃねえよ!! もっと走れるだろうが」
「はぁ、アンタ。どこ見て言ってんだ!! これが限界だっつーの!!」
――どこが似てるのよ。
先生の言った言葉を否定しつつ、大声で先生と言い合っている水無月君の姿を見る。
『君って、なんか僕に似てる気がする』
『似たもの同士、頑張ろう、ね』
すると何故か、今の水無月君の笑顔が、10年ぐらい前に会った一人の男の子の笑顔と重なって見えた。
「えっ?」
(……気のせいよね)
走った直後だったので、大量の汗を吸い込んだままの体操服の上からネックレスを握り締める。
「……おい、佐倉。どうした」
「はいっ? な、なんですか」
気がつけば、目の前に先生がいたのでびっくりした。
「……なんですか?じゃねぇよ。こっちはお前の様子が急に変わったから心配してたってのに」
「あはは、それはすみませんでした」
苦笑しながら謝ると、先生は「ったく」と言いながら、いつの間にか走り終えていた水無月君のほうへ行く。
「やっぱり、気のせいよね」
皆に囲まれて、困りながらも笑顔を絶やしてない水無月君を見ながら呟く。
(でも、そっくりなんだよね。……性格がよくて、いつも笑顔で、何より、あの時、私に話してくれた境遇が)
首にかけている初恋の男の子からプレゼントされたネックレスをさっきよりも強く握りながら、私は誰にも聞かれないような声で呟く。
「ねぇ、水無月君。あなたは私の初恋の人なんですか?」と。