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ミレア

10話でいす

ミレアの朝は、音が多い。


人の声。

金属の擦れる音。

荷車の軋み。


森で暮らしていた頃とは、空気そのものが違う。


「……落ち着かないな」


思わず漏れた言葉に、レオンハルトが鼻で笑った。


「最初は誰でもそうだ」


「情報が多すぎる街は、慣れるまで疲れる」


俺は宿の窓から、通りを見下ろす。

魔力灯が消え、代わりに朝の光が石畳を照らしていた。


(……街じゃ、魔法も生活の一部か)



朝食を終えた後、俺は前から気になっていたことを聞いた。


「なあ、レオン」


「なんだ」


「魔法の詠唱ってさ」


レオンは視線だけ向ける。


「必須なのか?」


一瞬の沈黙。

だが、意外にもすぐ答えが返ってきた。


「いいや」


「必須じゃない」


(……即答か)


「詠唱はな、“工程”だ」


レオンは指で机を軽く叩いた。


「魔法を発動させるまでの手順を、言葉にして外に出してるだけ」


「術式の組み立てを、口に出して確認してるようなもんだ」


(……なるほど)


「だから、慣れれば省略できる」


「いわゆる無詠唱、ってやつか?」


言った瞬間、少しだけ間があった。


「……その呼び方は、街の連中が好む」


レオンは肩をすくめる。


「正確には、“内部詠唱”だ」


「言葉に出さず、頭の中で同じ工程を踏んでいるだけ」


(完全な省略じゃない、と)


「だから速いが――」


「事故る」


即答だった。


「工程を飛ばしたつもりで、実際は理解してない」


「そういうやつが、一番危ない」


(ゲーム的じゃないな)



「じゃあ、短い詠唱は?」


「それは実用的だ」


レオンは頷いた。


「何度も使う術式を、簡略化する」


「街の魔力灯や、職人の道具はほとんどそれだ」


「生活魔法は、安定性が最優先だからな」


通りで見た灯りを思い出す。


派手さはないが、壊れない。

暴れない。


(……確かに、理にかなってる)


「じゃあ、“決まった形でしか使えない魔法”は?」


俺がそう言うと、レオンは少し顔をしかめた。


「固定術式だな」


「便利だが、応用が利かない」


「教えやすく、使わせやすい」


嫌な言い方だった。


「軍や教会が好む」


やはり、か。



昼前。


俺たちは街を歩いた。


露店の前では、魔法の話が普通に交わされている。


「無詠唱ができるやつは天才だ」

「いや、あれは寿命削る」

「詠唱が長い方が強いんだろ?」


(……噂、適当だな)


酒場の前では、別の話。


「最近、教会の人間が増えた」

「変な子どもを探してるらしい」

「帝国がまた兵を動かすとか」


レオンは、そういう話を黙って聞き流す。


「全部、鵜呑みにするな」


小声で言った。


「街の噂は、事実と不安が混ざってる」


「役に立つのは――」


「雰囲気、か?」


「分かってるじゃないか」



午後。


魔道具屋の前で、俺は足を止めた。


簡単な浮遊具。

灯り。

冷却箱。


どれも派手な魔法じゃない。


「街の魔法は、“失敗しないこと”が価値だ」


レオンの言葉が、腑に落ちる。


「強さは、二の次だ」


(……修行で派手なことやらない理由、これか)



宿に戻る途中、俺は言った。


「無詠唱って、別に目標にするものじゃないな」


レオンは少し驚いた顔をした。


「ほう」


「できるかどうかより」


「理解してるかどうか、だ」


一瞬。

それから、レオンは小さく笑った。


「……ようやく、街に来た意味が分かった顔だ」


夜。


窓から見える街の灯りは、安定している。


揺れない。

暴れない。


(……この世界の魔法は)


特別になるためのものじゃない。


生き延びるための技術だ。


それを理解した夜だった。


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