ミレア
10話でいす
ミレアの朝は、音が多い。
人の声。
金属の擦れる音。
荷車の軋み。
森で暮らしていた頃とは、空気そのものが違う。
「……落ち着かないな」
思わず漏れた言葉に、レオンハルトが鼻で笑った。
「最初は誰でもそうだ」
「情報が多すぎる街は、慣れるまで疲れる」
俺は宿の窓から、通りを見下ろす。
魔力灯が消え、代わりに朝の光が石畳を照らしていた。
(……街じゃ、魔法も生活の一部か)
◆
朝食を終えた後、俺は前から気になっていたことを聞いた。
「なあ、レオン」
「なんだ」
「魔法の詠唱ってさ」
レオンは視線だけ向ける。
「必須なのか?」
一瞬の沈黙。
だが、意外にもすぐ答えが返ってきた。
「いいや」
「必須じゃない」
(……即答か)
「詠唱はな、“工程”だ」
レオンは指で机を軽く叩いた。
「魔法を発動させるまでの手順を、言葉にして外に出してるだけ」
「術式の組み立てを、口に出して確認してるようなもんだ」
(……なるほど)
「だから、慣れれば省略できる」
「いわゆる無詠唱、ってやつか?」
言った瞬間、少しだけ間があった。
「……その呼び方は、街の連中が好む」
レオンは肩をすくめる。
「正確には、“内部詠唱”だ」
「言葉に出さず、頭の中で同じ工程を踏んでいるだけ」
(完全な省略じゃない、と)
「だから速いが――」
「事故る」
即答だった。
「工程を飛ばしたつもりで、実際は理解してない」
「そういうやつが、一番危ない」
(ゲーム的じゃないな)
◆
「じゃあ、短い詠唱は?」
「それは実用的だ」
レオンは頷いた。
「何度も使う術式を、簡略化する」
「街の魔力灯や、職人の道具はほとんどそれだ」
「生活魔法は、安定性が最優先だからな」
通りで見た灯りを思い出す。
派手さはないが、壊れない。
暴れない。
(……確かに、理にかなってる)
「じゃあ、“決まった形でしか使えない魔法”は?」
俺がそう言うと、レオンは少し顔をしかめた。
「固定術式だな」
「便利だが、応用が利かない」
「教えやすく、使わせやすい」
嫌な言い方だった。
「軍や教会が好む」
やはり、か。
◆
昼前。
俺たちは街を歩いた。
露店の前では、魔法の話が普通に交わされている。
「無詠唱ができるやつは天才だ」
「いや、あれは寿命削る」
「詠唱が長い方が強いんだろ?」
(……噂、適当だな)
酒場の前では、別の話。
「最近、教会の人間が増えた」
「変な子どもを探してるらしい」
「帝国がまた兵を動かすとか」
レオンは、そういう話を黙って聞き流す。
「全部、鵜呑みにするな」
小声で言った。
「街の噂は、事実と不安が混ざってる」
「役に立つのは――」
「雰囲気、か?」
「分かってるじゃないか」
◆
午後。
魔道具屋の前で、俺は足を止めた。
簡単な浮遊具。
灯り。
冷却箱。
どれも派手な魔法じゃない。
「街の魔法は、“失敗しないこと”が価値だ」
レオンの言葉が、腑に落ちる。
「強さは、二の次だ」
(……修行で派手なことやらない理由、これか)
◆
宿に戻る途中、俺は言った。
「無詠唱って、別に目標にするものじゃないな」
レオンは少し驚いた顔をした。
「ほう」
「できるかどうかより」
「理解してるかどうか、だ」
一瞬。
それから、レオンは小さく笑った。
「……ようやく、街に来た意味が分かった顔だ」
夜。
窓から見える街の灯りは、安定している。
揺れない。
暴れない。
(……この世界の魔法は)
特別になるためのものじゃない。
生き延びるための技術だ。
それを理解した夜だった。
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