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第6話 覚醒の部屋

 小銃の弾丸が心許ないというイリーナとヨーコが隊列を交代。ヨーコ、イリーナ、俺の順で並び遺跡を奥へ進む。


 遺跡の内部の景色を一言で言うと、打ち捨てられた廃墟だ。


 だが電源が生きているのか、パソコンに似た通信端末が時々ノイズのような音を立てる。


「端末を壊したら情報体も消えないかな?」

「大気中の電波に乗って出てくるわ。無理やり巣から追い出された情報体は凶暴になるから絶対にダメ」

「浅知恵でした……」


 ヨーコやイリーナが行わない行動には、それだけの理由がある。思いつきで動きたがる落ち着きのない自分を恥じた。


「ずいぶん奥まで行くんだね」

「ええ。ダイチがコールドスリープされていた場所まで行く」

「わかった。その辺のやつじゃダメな理由があるんだね。着いていくよ」


 ヨーコが首だけで振り向いた。


「私達の事を信頼してくれるのは嬉しいし、短慮に動くことを控える事も大事。だけれど、自分で考えることをやめてはいけない」


 敵わないな。俺の薄っぺらな行動指針など全てお見通しってことか。

 イリーナは? ……大あくびをしている。


「じゃあ、手短に教えて貰えるかな。わざわざ奥の情報体を探しに行くワケを」


 話しながらも周囲の警戒を怠らない。

 体を大きく動かして音を立てないよう、眼球だけを転がして辺りを見回す。


 せわしなく目を動かしているのでヨーコからみっともなく見えてしまうのは少し恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。


「一つは、遺跡の深部にいる情報体の方が強力な事が多いから。通常の手段では情報体との契約を破棄することはできない……。だから、出来るだけ強い情報体と契約する必要がある」

「とてもよくわかった。他に?」

「コールドスリープされていたダイチの付近にいる情報体には、ダイチと関係がある可能性がある。ダイチが何故コールドスリープされたのか、どうしてダイチの知る世界と私達の世界は大きく異なるのか。それを知る助けになるかもしれない」


 俺と関係のある情報体? AIに知り合いなんていないぞ。――まさか、アホな質問して遊んでたチャットAIが俺に対して反旗を翻したなんてことは――。


 ない。と思いたい。そんなマヌケな理由でコールドスリープされてたまるか。


 世界が崩壊した理由。俺が何百年もの間(少なくとも創始歴が始まる前からだから、250年以上か? この世界の歴史も勉強しなくちゃな)コールドスリープされてしまった理由。


 気にはなる。しかし俺には今、目先のことしか見えていないので、そんなの後回しだと言う気持ちが強い。


 だが、ヨーコはそう思ってはいない。俺が失われた自分の時代に帰りたいはずだと思っているのだろう。


 勿論その気持ちがないわけではない――が、今の俺にはやることがある。もし万が一、元の時代に帰れるタイムマシンがあったとしても決して乗るわけにはいかない――そう考えたら不意に胸が痛んだ。


 咳払いして気持ちを切り替え、ヨーコへ笑いかける。


「すげぇとてもよく理解できました。ありがとうございますヨーコ先生」

「せんっ……!?」


 ヨーコは何故か顔を赤くして前に向き直った。

 げっ、なんか知らん地雷踏んだか?


「ま、またなにか分からないことがあったら聞きなさい」

「はい、先生」


 俺に背を向けたまま、びくっとヨーコが肩を震わせている。耳が真っ赤だ。まさか、バカにされたと感じて怒りを堪えているのか!?


 するとイリーナが俺に振り向いてニヤニヤしながらヨーコを親指で指している。「見てみろよあの顔」とでも言いたげだ。なんだよ一体?

 

「ヨーコ? 先生呼びはまずかった?」

「まずくない! ……まずくない。好きに呼んだらいいじゃない」

「えっと嫌だったんならそう言って貰えれば――」

「嫌じゃない! ……嫌じゃない」


 ヨーコは振り向かずにずんずん進んでいく。まだ耳は真っ赤だ。


 イッシッシ。イリーナが変な笑い声を上げた。 

 わからん。女の子の気持ちは本当にわからん。

 




 ようやく、俺が目覚めた装置のある部屋にたどり着いた。

 何気なく俺が昨日起きたカプセル状の装置に目をやる――お袋はどうしているだろう?


 親父は物心がついた頃にはもう居なかった。


 ――あの人は忙しい(ひと)だったからね。家族なんてモンを持つようなガラじゃなかったのさ。


 そう言ってお袋は俺に笑顔を見せた。

 強い(ひと)だった。ただの一度も俺の前で弱音を吐かなかった。

 

 もしクソ親父がある日ひょっこり帰ってきたら――アンタの助けなどいらない。お袋は俺が助ける――そう言ってやるのを密かに楽しみにしていた。


 だけど、女手一人で必死に育てた息子もある日突然いなくなってしまった。

 それはきっと今よりずっと昔の事なんだろう。実感はないけど。


 だけど俺は、俺がいなくなった後の人生をお袋がどんな気持ちで送ったのか考えずにはいられなかった。


 俺のことなど忘れて楽しく暮らしてくれていたならいいのに。だけど――きっとあの(ひと)は突然消えた俺のことをずっと気に病み、憔悴しきって――死んだんだろう。

 それを考えると――どんな理由があろうとも、俺をこの装置に閉じ込めはるか未来までコールドスリープした人間を決して許すことはできない。


 知らず拳を握りしめていた。

 無意識に、この怒り――いや、殺意だ――をぶつける矛先を探しているのか? ……誰に?

 イリーナか? それともヨーコにか?


 バカ言うな。何も知らないままマヌケにも200年だか300年だかを寝こけて過ごした俺をようやく起こしてくれた恩人達だぞ。一生をかけて恩を返す必要がある。やり場のない怒りは収めろ。


 俺はぎゅっと目をつむり、お袋にしてやれなかったことの数々を考え続けるのをやめることに全力を注いだ。


 再び目を開ける――ヨーコが部屋の奥に進み、1台の端末の前で足を止めるところだった。


「あの時は私とイリーナだけだったから、情報体を宿すことのできる人間が居なかったし――それにコールドスリープされてる人間の方に目を奪われていたから、この端末を調べるのは後回しにしたのよ」

「珍しい人間を売り飛ばせば、しばらく食うのに困んねえと思ったのにな。――おめえマジで役に立たなかったらあたしが食っちまうぞ」


 脅かそうとそんなことを言うイリーナに俺は肩を竦める。


「男に対して食っちまうなんて言うと勘違いされるから気を付けた方がいいっすよパイセン。いくら美人でもセクハラになるっすよ」

「あ!? そりゃどういう意味だ!?」

「二人とも。静かに」


 このアホみたいなやり取りがとても愛おしく感じる。もうこれ以上後ろを見るのはやめよう。


 ヨーコが端末を操作し始めた。

 手慣れた様子でキーを叩いていく。


「俺、スマホばっかでパソコン使ったことってほとんどないんだよね。学校の授業でちょっと触ったけど」

「ほとんど何言ってっかわかんねぇぞテメェ」

「パソコンも? パーソナルコンピュータ」

「知るか。いいから黙ってろボケ」


 どうでもいいやり取りで気を落ち着かせる。

 もし、情報体との契約に失敗したらどうする? 仮に契約できたとしても、そいつが役に立たなかったら?

 ――ヨーコの立場は非常にまずいものになる。

 俺は祈るような気持ちでヨーコを見守った。


「これ、プロテクトがかかってる。パスワードが必要みたい」


 またあのデカい人面が飛び出すのではないかと恐々としていた俺はずっこけそうになった。

 イリーナが不満そうな声を上げる。


「ああ!? そんなもんかかってる端末なんてあんのかよ!」

「ちょくちょく見かけるわ。あなたは興味ないから記憶に残っていないみたいだけど。……イェソドにハッキングできる人間はいないし……諦めるしかないのかしら」


 不意に、頭に声が響いた。

 ――ナマエだよ! オメーのナマエ! ヒュウガダイチって入れろ!


「うおっ!? イリーナ、なにか言ったか!?」


 突然響いた声に死ぬほどびっくりした。

 イリーナが俺をからかってるんじゃないかと思ったが、


「あ? 何いきなり焦ってんだよ。……アレか? こえーから今日はもう店じまいだとか言い出すんじゃねぇだろーなコラ」

「ち、ちげぇよ!」


 イリーナじゃないらしい。じゃあ今の声は――?


「ダイチ?」


 ヨーコが不安そうにこっちを見ている。

 彼女にも今の声は聞こえなかったらしい。


 ――俺の名前?


「ヨーコ、パスワードだけど……ヒュウガダイチって入れてみて貰えるかな」

「そう、か」


 俺の言葉に得心がいったようにヨーコは端末に向かってキーをたたき始めた。

 すると、イリーナが色めき立つ。


「おめえもしかして……情報体に余計なこと吹き込まれたんじゃねぇだろうな!」

「ちょっ、く、くび絞めんなって……!」


 胸ぐらを掴まれ、すごい力で首を締め上げられた。

 イリーナの腕をタップし、なんとか弁解しようとする。


「よ、ヨーゴもいっでだだろ! ごごどじょうぼうだいは、ぼでに、がんげーがぶんじゃだいがっで……!」

「何言ってんのかわかんねぇぞオラァ!」

「ぐ、ぐび、はだぜ……」

「イリーナ! やめなさい! ……失敗したわ」


 いきなり突き飛ばされ、壁に思いっきり頭を打った。

 チカチカする視界の中でヨーコを探す。

 イリーナが大股でそちらに向かっていった。


「んだと!?」

「パスワードはダイチの名前じゃなかったわ。ほら。――えらー、いんてりじぇんすでざいん、りびんぐしんぐ、かみんぐ……って出てる。えらー、って失敗って意味よね?」

「あたしに聞くなそんなもん!」


 いってぇ……イリーナのやつ本気で突き飛ばしやがって。

 頭をさすりながらふと壁に目をやった。――その目が飛び出しそうになる。

 鎧を着た騎士のような姿が、壁を通り抜けて部屋に侵入して来ていた。


「い、イリーナ……」

「あ!? 役立たずは黙って……」


 イリーナの言葉が突然途切れた。

 一体、二体……合計七体の情報体が、俺達を取り囲んでいる。


 騎士のような奴が三体。四足獣のようなものが二体。マスクを被った人間のような姿をしたものが二体。情報体は様々な姿をしている。


 「コール(来い)! アンア――スッ!!」


 イリーナの体から鎧姿の情報体が飛び出した。マスクを被ったような姿の情報体に襲いかかり、拳で殴り飛ばす。

 たてがみを生やしたライオンのような情報体が一体、イリーナへと跳躍した。その太い右前足を彼女の背中に突き込む。


「うあが、ああ……ああああぁっ!」


 彼女の顔が強張り脂汗が流れ出した。

 肩や腕が不自然に痙攣。情報体が彼女の体を乗っ取ろうとしているのか!?


「イリーナ!」


 思わず叫んだ――イリーナは大きく息を吸うと、


「お、おオオオオォッ! ――アンア――――スッ!」


 イリーナの咆哮にアンアースが呼応する。

 力を溜めて宙を舞う――アンアースはたてがみの四足獣に拳を叩き込んだ。イリーナの体内に侵入しようとしていた四足獣が弾き飛ばされ鳴き声を上げる――アンアースは止まらない――周囲の情報体へ向かって次々と拳打を繰り出した。敵を寄せ付けない疾風怒濤の攻撃。


「がはあっ! ぜぇ……ぜぇ……てめぇら――ぶちのめす! 行け! アンアース!」


 情報体の呪縛から解き放たれたイリーナは額に青筋を立て、再び自らの操る情報体へと攻撃を指示した。

 三体の情報体が一斉にイリーナとアンアースに襲いかかる――アンアースはイリーナの前に立ち塞がり、彼女を護るべく奮闘し始めた。


「ダイチ! 逃げるわ!」


 手を掴まれた。

 驚いてそちらを見る。ヨーコが決死の表情をしていた。


「い、イリーナは――?」

「情報体を持たない私達には、情報体を攻撃する手段がない――今はイリーナと、彼女のアンアースの強さを信じるしかない!」


 一体の情報体がこちらに迫っていた。慌ててヨーコと共に部屋の反対側へ走る。

 イリーナとアンアースを見た――多勢に無勢だ。

 アンアースが一体を攻撃している間に、もう一体がイリーナを襲っている。

 アンアースの拳で殴り飛ばされた情報体も致命傷を受けた訳ではないようだ――再び起き上がり、再度イリーナへと攻撃を開始する。


 素人目にも形勢は不利だとわかる。このままではイリーナがやられ、情報体に乗っ取られてしまう!

 しかし俺にできることなど――。

 焦燥感と、ヨーコを危険に晒しているという恐怖がいっぺんに頭の中で弾けた。すると、一つの思いが頭を支配する。


 ――パスワードは間違っていない。間違っているのは――――。


「ごめん! ――ヨーコは外に逃げろ!」


 俺は端末に向かって走った。

 ヨーコが悲痛な声を上げる。


「ダイチ――ッ!」


 彼女の声に、胃を握りつぶされそうなほどの切迫感を感じる。しかし俺にはどうしてもイリーナを見捨てて逃げることができない。


 端末にたどり着く――目を剥いて画面を見た。

 四角いウィンドウの中に、全く見たことのない単語が表示されている。しかしそれは――。

 ――よし! アルファベットだ!

 

 キーボードに記載された文字列も同じくアルファベットだった――パソコンの操作に不慣れな俺でもなんとかわかる――俺は祈るような気持ちでキーをタイプし始めた。


 『DAICHI HYUGA』。震える手でそう入力する。


「ダイチ! お願いよ、逃げてぇッ!」


 ヨーコが背中に取り縋った――ほとんど泣き声。

だが俺は構わずエンターキーに指を叩きつける。

 すると――。


 画面からまばゆい光とともに、ヒーローのような黒い服を纏い、髑髏の顔を持った情報体が飛び出す。

 そいつは宙に舞い上がると、かん高い笑い声を上げた。


「ウヒヒヒヒッ! カカカカカカッ! よォやく出てこれたゼッ! ――なんだオメー、スッゲー焦った顔してんじゃンよ」


 ガイコツ顔の情報体は妙に軽い口調でそう言った。

 肩に置かれたヨーコの手が恐怖で硬直したのを感じる。

 

「お、俺の意識に住まわせてやる! だから――」

「アセンな。オチツケッてば……。オイラと契約するってことがどういうことか、ワカッて言ってんのカ? ……オメーはもう、逃げられなくなるってこったぜ」


 イリーナに目をやる――彼女は三体の情報体に羽交い締めされているような格好でもがいていた。顔は蒼白を通り越して真っ白。


 ――俺はノンキなガイコツ情報体に対し、キレて叫んだ。


「どうなろうが知ったこっちゃねぇッ! 俺の持ってるモンなら何でもくれてやるから、俺と契約しろ――ッ!」


 絶叫。

 ガイコツは一瞬動きを止め、

 

「その言葉、忘れンなよ」


 そう言って――部屋の中央の天井近くに浮かび上がり、俺に向かってこう言った。


「オイラの名を呼びな。ヒュウガダイチ。――もうオメーは知ってるハズだぜ」


 知るはずがない――そう思った。

 だが俺は息を吸うと、腹の底からその名を口にする。


「ディメンション・ゼロォォォォーーッ!!」


 イリーナを助けてくれと言う想いを込め、絶叫する。するとガイコツ野郎の空虚な眼窩に赤い炎が灯り――腕を交差し力を溜め始めた。


「テメーら、失せなッ!」


 交差した腕を解き放つように薙ぎ払いながらガイコツ野郎――『ディメンション・ゼロ』は、そう言った。


 するとガイコツ野郎の手から光が発生。その光は部屋を埋め尽くす。

 その光を浴びたイリーナを襲う情報体達は、怯えたようにイリーナを攻撃する手を止め――次々に退散していった。壁を通り抜けて部屋から逃げて行く。


「契約は、成立だぜ。ダイチ。……やっぱやーめた! ――なぁんつっても、もう遅ぇんだからな」


 ドクロの顔をした情報体――ディメンション・ゼロはそう言ってカタカタ笑った。

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