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第5話 アイン遺跡突入

「ダイチ、喉渇いてない?」

「ん……大丈夫。水はヨーコが飲んでよ」


 気落ちした様子の俺を気遣っているのだろう、ヨーコが努めて明るく声をかけてくれた。

 だが、情けないことに俺にはカラ元気を出すほどの気力さえ湧かない有様だった。


 ――ヨーコが後3年で死ぬ? ウソだろ。


 たった一人で砂漠に放り出されそうになった俺を助けてくれたヨーコ。

 最初は確かにその容姿の美しさに惹かれていたが……今は、自己を顧みず人に尽くすあまりに哀しい生き方を選ぶ彼女を見ていると辛くてたまらなかった。

  身勝手な同情――きっと彼女を一番侮辱しているのは俺だ。だけど――。


「ダイチって、今何歳?」


 益体もないことをぐるぐる考える俺をヨーコの声が現実に引き戻した。

 無理に話題を探してくれているのだ、ハキハキ答えなければ。


「お、俺、17歳。高校二年……ってこの世界に学校なんてないか」

「コウコウって言うのはわからないけど、教会の人間は教育施設で学習を行っているって言うのを聞いたことがあるわ。私達はブレインダウンローダーで済ませちゃうけど」

「ぶ、ブレインダウンローダー?」


 先を歩くイリーナが振り向いた。


「あたしがお前に被せてやったアレだよ。砂漠での一般常識とか、言葉とかそういうのを頭に直でブッこむんだ。おめぇには中途半端に言葉の一部しか入らなかったみてーだがな。脳みそ足りてねぇんじゃねえの?」


 あの拷問器具のことか。

 なるほど、確かに人が人に教育する余裕などない世界でアレは効率的だろう。だけど、何故か俺には一般常識がインストールされなかった。どうしてだろう?


「容量がスカスカの人間のが入りやすいんじゃないの。逆に」

「ブッ殺す! ……くそ、もしてめえがコールドスリープされてた妙なやつじゃなきゃ八つ裂きにして……」


 あーしてこーして、と架空の俺の腕をもぎ取るような動きをしているイリーナを見ていると少しずつ元気が出てきた。まさかあいつはそれを見越して――?


「おいインポ野郎! もし情報体と契約できてもそいつの力がショボかったら……わかってんな?」


 いや、イリーナのアレは素だ。顔が本気だもの。


「イリーナ。いくつ?」

「あ!?」

「歳だよ、トシ。俺だけ教えててズルいだろ」


 ギリギリ、とイリーナが歯を鳴らす。


「テメェに、関係、あんのかよ」

「ないけど。気になるじゃん。……もしかして数をかぞえられないってんじゃ――」

「19だ! これでいいかよ!」

「年上か……ナマ言ってスンマセン!」

「死ねクソが! ――チッ!」


 舌打ちするとイリーナは前を向いて歩き出す。

 やっぱり、イリーナは口が悪いだけで悪人って訳じゃないようだ。

 バカ話でようやく気持ちが落ち着いてきた。俺はヨーコに顔を戻す。


「えーと……ヨーコは?」


 寿命の話をした後で年齢を聞くのには相当の勇気が要った。だけどこの流れで聞かないわけにもいかない。


「私、17歳。同い年だね」

「き、きぐうー。ぐうぜーん。だ、だから気があうのカナ?」

「すごい不自然な喋り方になってる……」


 ロボットのようにギクシャク歩きながら話を続ける。

 ヨーコが申し訳なさそうに口を開いた。


「あの……ごめんね。私が変なこと言っちゃったから……」

「い、いや! 変じゃない。うん。ナニモ。変っていうのは俺みたいなことをイウンダヨ?」

「それはそうかも」


 くっ! 舌鋒鋭いヨーコのツッコミがツボってしまう。しかし笑うなんてそんな失礼なことするなんてそんなありえないダメだ笑っちゃだめだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ目標をセンターに入れてスイッチスイッチー!


「んっ! くふっ……な、何その顔! やめてよダイチ……あはははっは!」


 なんとも言えない顔で笑いを堪えていた俺を見て、先にヨーコが決壊した。俺ももうダメだ。


「んぶふっ! くっ! ふはひゃひゃひゃっ! あ、ごめぇっふっふっふっふっ! どぅふっ!」

「なにその笑いか……あははははっ! ちょっと笑わせないでよ! んっ、ふふふふっ!」

「だはははっ! はっ、ぎゃははははっ!」


 ヨーコと2人で腹が痛くなるほど笑って、気分が上向いてきた。我ながら単純なものだ。


 ――肉体のリミッターを外すことのできる技術がこの世界には存在する。ということは、治療法があっても良さそうなものだ。

 ヨーコの諦めきった顔を見るに、トライブの人間ではそんな治療を受けられない、ということだろう。

 だけど、高度な技術力を持った集団に行けば? ……例えば、教会だ。そこでの治療によって本来の寿命を取り戻せるかも知れない。

 または、人の治癒能力を強化するという情報体だ。もし他人の体を治療できる能力者がいるならば。


 ――可能性は、ある。まだ諦めるには早い。

 もし俺がこの世界に来たことに意味があるのなら――それは、ヨーコのためであってくれたらいい。心の底からそう願った。



 イェソドのアジトを出てからおおよそ5時間(時計はヨーコに見せてもらった。ねじ巻き式のレトロな時計だった)。ようやく、アイン遺跡に到着した。

 崩れかけた廃病院のような建物。イリーナに担がれてあそこから出たのが遠い昔のようだ。


「アンアースが反応してやがる……情報体がいるな」


 目を細め、ちらりと遺跡に目をやったイリーナは身を伏せ、小銃を点検し始めた。


 情報体って他の情報体の存在を感じ取れるの? 銃に砂入ったりしたらどうやってメンテするの? ――色々と質問が浮かんできたが、彼女の邪魔をしてはならない。俺達は今、脅威が生息する場所の付近にいるのだ。


「好都合ね。ダイチ、大丈夫?」

「あ、ああ。――契約ってどうやってやるの!?」


 情報体と契約する。そうは聞いたが、具体的にどうすればいいのかわからない。


「簡単よ。――お前を一生自分の意識に住まわせてやる。代わりにお前へのアクセス権を寄越せ。……おおよそこんな意味の事を伝え、相手が了承したら契約成立よ。普通はね」


 普通は、という言葉に含みがあった。

 ヨーコが照れたように笑う。


「私は失敗したから。――相手の情報体が了承するところまでは行ったの。だけど……情報体が私に入った瞬間、その情報体は弾け飛んでしまった。――お前の精神は我らの住めるような環境ではない――そう言って」


 その時の絶望感を振り払うかのように首を振り、


「ダイチはきっと大丈夫よ。私以外でそんなこと言われた人間はいないもの」

「そっかー。じゃあ安心だね! ……っとは言いづらいでしょ! 自虐やめて!」

「あ、……ふふっ。そうだよね。ごめん」


 もう、彼女の境遇にいちいちヘコむのはやめだ。大事なのは俺が早く一人前になり、治療法を探すこと。それだけを考えていよう。


「うし、行くぞ。てめえらは後から付いてこい」


 男らしいイリーナが小銃を構え遺跡の入口へ向かう。「キャーカッコイイー! イリーナさまー! ステキー!」などと言って彼女の邪魔はしない。喉元まで出かかったが。

 ヨーコも腰に差したリボルバーの銃把に右手をやり、いつでも抜けるよう警戒しながら歩いていく。

 俺もそれに続いた。


 遺跡の入口にたどり着き、イリーナが開いた玄関のドアから中を伺う。銃を構えたままそっと中に入った。

 じゃり、とイリーナの足元で砂が音を立てた。その瞬間――。


 粘着質な音とともに、イリーナの体が白い何かに巻き付かれ、覆われた。

 虫の繭っていうか、蜘蛛の糸のような……。


「危ない!」


 ヨーコが叫んでリボルバーを発砲――遺跡の天井近くに潜んでいたらしい巨大な蜘蛛がイリーナに飛びかかろうとしたところを撃ち落とした。

 地に落ちた蜘蛛――でかい。デカすぎる。

 体長は1.5メートルを優に超えているだろう。牛でも食えそうなほどの巨体だ。

 虫ってのは外骨格だから、地球の重力では自重を支えきれなくなるためあまり大きくなれないと聞いたが――。


コール(来い)! アンアース!」


 イリーナが叫ぶと、鎧姿の人影が姿を現した。

 そいつは以前と同じくイリーナの体内に入っていくと――。


「ぬうおっ!」


 裂帛の気合とともに、イリーナが蜘蛛の糸を引きちぎった。

 そのまま小銃を構え、ヨーコに撃ち落とされた格好のままもがいていた巨大蜘蛛に照準をつけ、連射。

 破裂音とともに弾丸が撃ち込まれ、足をばたつかせた蜘蛛の体からゆっくりと力が抜けていったのが見て取れた。

 

「ジャイアントスパイダーか……前回は居なかったのにな」

「ツヴァイ遺跡をホドの連中が荒らしたと聞いたわ。そこから逃げてきたんじゃないかしら」

「ここから割と近えしな。ハタ迷惑なこった」


 これが、モンスターか。

 人を襲う巨大な生き物。日本で例えるなら、ヒグマやイノシシがその辺を歩いているようなものだ。


「ビビっちまったか? ぼくちゃん」


 イリーナがニヤニヤ笑いを向けてくる。俺は大きく息を吸うと、


「こいつ、食えるの?」


 精一杯の虚勢。だけどイリーナはそれが気に入ったようだった。へっ! と嬉しそうに笑った。


「モンスター系は毒あるし寄生虫もやべぇから普通食わねえよバーカ。んなことも知らねえのか」

「知らなくて悪かったな。なんせ昨日起きたばっかだからよ」

「そうだったな赤ちゃん。ばぶばぶー、ヨーコちゃまにオッパイ飲ませてもらったらどうだ?」


 えっ!? いいんすか!?

 俊敏な動きでヨーコの胸を見た。

 すぱーん! と目の前に星が散る。


「バカやってないで行くわよ。とっととついてきなさいバカ」

「バカで挟まれたありがたいお言葉!」


 暑さでマスクとゴーグルを外していたのでモロにヨーコのビンタを食らった。耳がキンキンする。


 と、イリーナの顔が突然強張った。


「来やがるぞ!」


 遺跡のエントランスホールの奥から、モヤのようなものが立ち上った。

 そいつは徐々に姿を現していく――モヤが巨大な人の顔を形作った。こいつが、情報体か!?

 デカい人面がイリーナに向かって飛び込んでくる。


「アンアースッ! ガードしろッ!!」


 モヤでできた人面はイリーナの体内に入ろうとしたが――鎧姿のアンアースに殴り飛ばされた。

 情報体は逃げようとホールの奥へ飛んでいく素振りを見せ――突如反転して俺達の方へ向かってきた。


「お、お前を精神に――」

「アイツはムリよ! 下がりなさい!」


 契約の口上を並べようとしたが、ヨーコに首根っこを掴まれ引っ張られた。人面が俺たちに迫る――。


「させっ、かよッ!! アンアース!!」


 イリーナが手を伸ばした――アンアースが体から飛び出し、情報体の後ろ髪をつかむ。

 アンアースはそのまま力を込めて髪を引っ張り、モヤで出来た人面を引き裂いた。情報体は苦鳴を上げ、空気に溶けるように消え去っていった。


「ごめん、伝え損ねてた――問答無用で取り憑こうとしてくる情報体は契約できないわ」

「い、いや、俺も不用意だった。ごめん。……ダーク系もいるのね……」


 ニュートラル系じゃないから会話にならない的なやつが情報体にもあるらしい(この例え伝わるか?)。

 それと――。


「あん? なんだよ」

「ごめん、助かったよ」


 守ってくれたイリーナに頭を下げた。

 彼女は鬱陶しそうに足を踏み鳴らす。


「仕事でやってんだからいちいち礼なんか言うんじゃねぇよ、うぜぇな」

「そうか……。そうだな。もし俺が一人前になれたら、そん時ゃ借りを返すぜ」

「は! 明日死ぬやつみてぇなセリフだな。せいぜい頑張るこった、坊っちゃんよ」


 ガサツで人の気持ちなど気にしないが、身を挺して俺を守ってくれるイリーナ。

 環境に不慣れな俺のことを常に考えてくれるヨーコ。


 まるでいっぺんに2人も姉ちゃんが出来たみたいだな、と気持ち悪い感想を抱きながら俺は更に奥へと足を踏み入れていった。

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