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第28話 トマス

「ふむ……そうだな。もし我々が、君に手助けをしたなら、どんなお返しをしてくれるかな?」


 ボスは口元を隠すように手を組み、トマスと名乗った赤髪の少年を睥睨している。

 透徹した視線を向けられ、トマスはオタオタし始めた。


「え、あ……そうですね……。――あ! まだどこのトライブも手を付けてない遺跡の場所を知ってます! それを教えますよ! ちょっと遠いですけど……」


 トマスは唇に笑みを浮かべつつ、探るような目をボスに向けている。

 ボスは片眉を上げ、「それで?」という表情を返答の代わりにした。


「あ、あと……ネツァクの情報体使いの能力とか、人数とか、武装とかも教えられます! 最近、ティファレトとの抗争で人員がかなり減ってるんで、狙い目ですよ!」


 うーん。

 なんか、自分の所属していたトライブの事をペラペラ喋るような奴は信用しきれない。

 

 まあそりゃ俺だって、また地獄の砂漠に放り出されるかもしれないとなったら、何でもするって気になるかもしれないけどさ……。

 仲間だった人達を売るようなマネはしたくないって考えるのが普通じゃないのか?


「なあ……ネツァクの人達って、どんな奴ら?」


 思わず口を挟んでしまった。ヨーコが非難するような目を向けてくる。


「へ? ――ああ、俺は元々ティファレトで産まれたらしいんだけど、物心もついてない赤ん坊の頃にネツァクの奴らに攫われたんだとさ。それから小間使いとして毎日雑用してたんだ。そんで俺が15歳になったんで情報体と契約しに遺跡に行ったら……さっき話した通り、見捨てられて砂漠に放逐された。まあとにかく、血も涙もない奴らさ。ネツァクの人間ってのは」


 トマスはあっけらかんと切ないエピソードを披露した。

 親から引き離され、縁もゆかりも無い組織の一員として働かされていたという。その話が本当なら、トマスは仲間を裏切った訳じゃない。奴隷にさせられていただけだ。


 勝手に話を横取りした俺を嗜めるように、ボスがちらりとこっちを見た。俺は視線から逃れるように首をすくめる。


「人手不足はどこも同じようだな。……話は承知した。ダイチ。ヨーコ。――それとイリーナの3人で、彼が情報体と契約するのに協力してあげなさい」


 俺はヨーコと顔を見合わせた。

 ヨーコが再びボスの目を見る。


「それは……彼をイェソドの仲間に入れてもいい、ということでしょうか?」

「情報体使いはいくらいても足りない。もしトマス君がダイチ君のように強力な情報体と契約できるのなら、このトライブのために働いてもらうとしよう」


 トマスが目を潤ませて顔を上げた。


「あ、ありがとうございまっす!」

「まだ礼を言うのは早い。君が不要と判断したら、我々は君を再び砂漠に追い出すのだから」


 ボスは表情を変えずにそう言ったが、言葉とは裏腹に、どんな情報体と契約したとしても、この少年を見捨てないだろうと思った。何しろ得体のしれない俺をイェソドに入れたくらいだ。

 ボスは態度にこそ出さないが、人を思いやれる男なのだ。


「よかったな。とりあえず、メシにしようぜ」


 そうトマスに声をかけ、肩に手を置いた。

 すると、敵意とも怒りともつかない視線が返ってきた。俺は狼狽して一歩下がる。


「――はい! 俺もう腹ペコで目が回っちまって……ご馳走になります!」


 何事も無かったかのようにトマスが柔らかい笑みを見せ、快活な返事を寄越している。


 今、俺に見せたトマスの表情はなんだったのか――?

 俺がビビり過ぎなのか? それで見間違えた?


 今考えてもわからない。

 とにかく、トマスには腹いっぱいになってもらってからゆっくり打ち解けて貰うことにしよう。



 ◇◇◇



「いやぁ……ホント、ご馳走様でした」


 虫の缶詰を4つ、合成肉を3つ、カロリーダンゴ、ビタミンダンゴ、ミネラルダンゴをそれぞれ4つずつ、それに水を6杯。

 普段俺が食べる3、4食分くらいの量を一気に平らげ、トマスは満足げに腹をさすっている。


「相当腹減ってたんだな……何日くらい砂漠を歩いてたんだ?」

「あー、1週間くらいです。一日分の食料は貰えたんで、それを切り詰めて3日分くらいに分けていたんですが……」

「全然足りなかったワケだ」


 あの酷暑の砂漠を3日も4日も飲まず食わずで歩き続けていたら、脱水症状なんかを起こして死んでいた可能性は非常に高かったはずだ。トマスが今ここで元気にメシを食えていることは奇跡に近い。


「何にせよ、生きてて良かったな」

 

 俺はトマスを労うつもりで笑いかけ、そう言った――瞬間、トマスはまたあの不穏な目つきで俺を見ている。

 そう思ったのもつかの間、トマスは人懐っこい笑みを浮かべた。


「ダイチさんとヨーコさんは命の恩人です! 俺、何でもしますんで好きなだけ使ってやってください!」


 歯を見せ、人好きのする笑顔を向けてくるトマス。


 俺はちらっとヨーコを見た。

 彼女はトマスがたまに見せる嫌な表情に気づいていないのか、おっとりと微笑んでいた。

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