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第17話 ホド戦リザルト

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 無意識の海にたゆたい、夢も見ずに寝ている。

 

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 何も感じず、何の感慨も湧かない。

 意識がない。じゃあそう自覚する自分はなんだ?


 ぐらぐら、ぐらぐら。

 だんだんと感覚が戻ってきた。

 俺は……。


「――じょうぶ!? 大丈夫!? ダイチ!」

「……あ?」


 目を開けた。

 俺はトラックの後部座席に寝かされていたようだ。

 ヨーコが俺の顔を覗き込んでいる。


「め、目が覚めた?」

「……うん」


 何か面白いことを言わなければと思ったが、頭が回らない。

 目をぎゅっと閉じ、意識を覚醒させることに集中する。


「アジト、着いた?」


 やっとそれだけを口にすると、ヨーコが肩を撫で下ろす気配がした。


「着いたわ。でも、あなたの具合が悪いのならトレーダーのキャンプに戻ってガンマさんに治療をお願いしようかと思って……」

「ああ……心配かけたね。――寝起きの顔はあまり見ないで」


 半目で寝ボケた顔だけはヨーコに見られたくなかった。もう遅いが。

 ふう、とヨーコが息をつく。


「冗談が言えるようなら、まあ……。――もう少し休んでて。私はボスに報告をしてくる」

「いや、頭がハッキリしてきた。俺も行くよ」


 なんだと!? 君がホドをやっつけてくれたのかい!? 昨日はすまなかった! 君は英雄だ!

 ――って言われるチャンスだし。行きたい。

 それを知ってか知らずか、ヨーコはジト目でこちらを見ている。


「本当に平気? あなた自分の不調を隠すフシがあるから心配」

「猫みたいに思われていたのか」

「ねこ?」


 猫を知らないのか。やはり未来では猫は絶滅しているか、極一部しか生き残らなかったらしい。

 ……人々から食料として見られていなくて良かったけど。犬や猫の肉だけは食べられる気がしない。


「かつて人類と共に暮らしていた、誇り高く気高い生物のことさ」

「へえ……私も見てみたかったわ」

「きっと気に入るよ」


 多分ヨーコが想像しているのは猟犬みたいに凛々しいやつだろうけど、小さな猫も絶対気に入ってくれるはずだ。ウサギ型の情報体、アモラルの愛らしい見た目に反応してたし。

 ダベってたら本当に回復してきた。よし、行こう。





「ボス? いらっしゃいますか?」

「入ってくれ」


 ボスの部屋のドアをノックすると返事があった。この人、どっかで遊んでる時とかないのか? たまたま俺たちが仕事時間に来ているだけかも知れないけど。


「失礼します」


 部屋に入る。金髪を指で弄るボスと、赤いスーツの女がいた。


「あぁら、ヨーコと……コールドスリープされてた子じゃない。昨日から姿が見えなかったから、2人で駆け落ちでもしたのかと思ってたわ」

「すみません、ちょっと仕事をしに出かけていました」


 俺がそう言うと、赤いスーツの女が鼻を鳴らした。

 ボスは女に射すくめるような視線を向けている。


「逃げたわけじゃなかったようだな。では君の報告はこれで終わりということでいいかね?」

「……はい。大変失礼致しました」


 女はボスに頭を下げ、退室しようとする。

 俺達とすれ違う瞬間、殺意を感じるほどの冷たい視線を寄越してきた。

 俺はにっこり笑い、受けて立つという意思を表明。女は歯噛みして部屋を出て行った。


「申し訳ありません、指示なく勝手に動いてしまって」

「ああ……構わない。何の指示事項も与えなかったのは私だからな。何をしてきたのか聞いてもいいかな?」


 鷹揚なボス。最初は感情が感じられず冷たい態度だと感じていたが、単に今起きているイザコザに疲れているだけなのかも知れない。


「それについては私から話させてもらいたい」


 ベータが部屋に入ってきた。ボスが目を剥く。


「ベータ……久しぶりだな」

「すまん、イェソドの皆には本当に悪いことをした。ホドのせいで身動きが取れなくなっていたんだ」

「ああ、そうだろうな」


 口調こそ穏やかだが、ボスの声には怒りと悲しみが込もっているように俺には聞こえた。

 外に出れば敵対トライブに襲われ、自衛しようにもトレーダーから食料や物資を得ることも出来ず、イェソドは本当に極限状態に置かれていたのだろう。

 ベータは深く頭を下げた。


「彼らが、ホドの野営地を壊滅させてくれた。マスクドコングが本拠地に帰還したのをトレーダーの人間が確認している」

「――ッ!?」


 ボスが息をのんだ。


「詫び、と言っては些少に過ぎるが……物資を持ってきた。武器に弾薬、食料などだ。金も払うが、これは本当に少額なんだ。すまん」


 ボスが席を立った。ベータに歩み寄る。


「君が、彼らに依頼を?」

「いや、ガンマが困っているのを見て、彼らから働きかけてくれたそうだ。――素晴らしい若者を擁しているな。イェソドは」


 ボスが俺達を見た。俺はいたたまれず、茶化したくなったが、さすがにそこまで空気が読めないわけではない。尻をきゅっと締めて耐える。


「2日前にコールドスリープから目覚めたばかりの君が、これほどのことをやってくれるとは……夢にも思わなかった」


 一度言葉を切り、ボスは頭を下げた。


「今までの非礼を詫びよう。そして、イェソドはもう君の家だ。これからも力を貸してもらいたい」

「あの! ……すみません、大きな声をだして」


 褒められるのはこそばゆいが嬉しい――しかし、俺だけに頭を下げるのはどう考えてもおかしい。


「ヨーコです。今回ほとんど全てのことを俺は彼女に頼っていました。俺は情報体を使って少しサポートしただけです。もし彼女が居なければ、俺は5、6回死んでいます」

「ダイチ、やめて」


 俺の服の裾を引っ張り、小声でそう言うヨーコに対して俺は首を横に振った。


「謙遜とかそんなんじゃない……龍機兵(ドラグーン)の時だって、コングの時だって、いつもヨーコがバカな行動を取り続ける俺を守ってくれた。だから何とか生きていられるんだ」


 ヨーコは俯いてしまった。

 ボスは一歩引き、改めて俺()に頭を下げる。


「すまない、その通りだ。――ありがとう。ヨーコ、ダイチ。君達を労わせて貰えるとありがたい。ベータの持ってきてくれた食事で祝おう」


 俺はこっそり鼻から息を吐いた。

 ヨーコが軽んじられるのだけは我慢ならない。


「胸を張ってくれ。君が縮こまってちゃ、俺もデカい顔できないだろ」

「わ、私……でも……」


 ヨーコはこれまで、どれだけ軽んじられ、疎まれ、迫害されてきたのだろう。

 情報体と契約できないことを引け目に感じ、寿命を捧げてまで自分のトライブの力になろうと戦い続けて来たのに。

 それを考えると、ボスに対する恨みは消えそうにない。ただ……ここでそれを喚き立ててもヨーコが悲しむだけだ。


「さあ、メシだメシだ。行こう、ヨーコ。――ボスも一緒に食べましょうよ。俺と言う新たな仲間を祝うために」

「だ、ダイチ! ……ボス、すみま……ダイチは悪気があるわけでは……」


 ヤバい、ヨーコに気を遣わせてしまった。

 だけどボスは穏やかに微笑んだ。


「構わんさ。彼にはそれだけの働きをしてもらっているからね。私もフランクに接してもらうほうが気が楽だ。……ベータ、君も来い」


 ボスの言葉に驚愕するベータ。

 

「俺もか!? いや、しかし……」

「ウチの連中にはよく言っておくとも。トレーダーの皆も私達と同じく、ギリギリの状態にあったのだと。遠慮しないで騒ぐといい。――昔のように」


 ベータが一瞬、泣きそうな素振りを見せた。

 そして、まともにボスの目を見返す。


「ご相伴に預かろう、アレス。酒も持ってきたことだしな」

「それは嬉しいな。……君は飲めるのか?」


 俺に向けて笑顔でボス(アレスという名前だったのか)が声をかけてきた。俺はへらりと返事をする。


「俺の時代では17歳は飲んじゃいけなかったんで……お茶とかにしときます」

「そうか、それは残念だ。飲ませて気が大きくなったところで寛大に許してもらおうと思ったのに」


 穏やかな空気の中で、ボス――アレスとベータ、ヨーコ、それに俺は連れ立って食堂へと向かった。

 俺は、アレスに対して笑いかけながら胸中の気持ちを押し殺す。

 

 ――許してやるよ。寛大なヨーコに免じてな。だが、もしも次にヨーコのことを甘く見たり、手酷く扱うことがあったら……殺してやるからな。







 配給所兼食堂に着くと、人でごった返していた。

 テーブルの上にずらりと食料が並べてある。ベータが持ってきてくれたものだ。

 俺達が部屋に入ると、一斉に視線がこっちに向く。怖い。


「坊主! どこ行ったのかと心配してたぜ。見ろよこの食料! こんなご馳走久々だぜ!」


 ランディさんが満面の笑みで声を上げた。こっちまで嬉しくなってくる。

 ボスがぽんぽん、と手を叩いて注目を自分に変えさせた。


「あー、諸君。ここにある食料についてだが、――ヨーコくんとダイチくんが私達の縄張りからホドを撤退させてくれた。そのお礼にとトレーダーから頂いたものだ」


 場がざわめく。俺とヨーコ、そしてベータに視線が集まる。


「我々の食料の備蓄も底を尽きそうだったところだ。大変ありがたいことだ」

「ちっといいすか」


 ランディがベータとボスに近寄る。剣呑な雰囲気。


「トレーダーとウチは今までお互いに協力し合ってたってのに、近頃は全然顔見せなくなっちまって……俺達は食料も弾薬も補給出来なくなっちまったんだ」


 ランディはベータに向かって顔を近づけた。


「空きっ腹で弾丸(タマ)も少ない状態、それでも何とか戦い続けて来てんだよ。ホドが居なくなったからまた仲良くしようなんざ、ムシが良すぎねえっすか?」


 ベータは深く頭を下げる。顔を上げないまま言葉を続けた。


「すまない。それについては申し開きのしようもない」


 ボスがランディからベータを庇うように前に出た。

 

「我々はまだいいさ、(ランディ)やイリーナを筆頭とした強力な情報体使いが居たのだから。トレーダーにはそれすら居なかった。ランディ君は……死んでもいいからイェソドに物資を売りに来れば良かった、とトレーダーの皆に言うつもりか?」

「う……」


 ランディが一歩引いた。ボスが畳みかける。

 

「それに、誰も来なかった訳じゃない。ガンマくんが危険を冒して来てくれていただろう。それもドラクマ(資金)をほとんど持たないイェソドの為にツケにしてくれてまでな」


 反論はあるかね? という顔のボスに、ランディは降参と手を上げた。


「わかった、わーかりましたよ。――スンマセン、ベータさん。言い過ぎました」

「いや、君の気持ちはもっともだ。すまなかった」


 ベータとランディが握手した。

 何ていうか……俺の性格が悪いのかも知れないが、茶番感がある。

 皆に対して影響力のあるランディさんが納得した、という姿を見せることで他のメンバーの溜飲を下げるのが目的なんじゃないかと邪推。

 ほら、赤スーツの女とかネチネチ言いそうだし。

 イリーナは……多分メシ食わせたら機嫌良くなる。現に今、テーブルの缶詰をくすねてニヤニヤしてるし。


「よし、話はまとまったな。それでは食事にしようじゃないか。我々の新しい仲間、ダイチくんとヨーコくんの戦いっぷりも聞きたいことだし」


 ボスがそう言うと、歓声がはじけた。





「ねえこれ、何の肉?」

「昨日も食べてたじゃない。分からず食べてたの?」


 缶詰の肉を食堂のおじさんが焼いて塩を振ってくれたやつに齧りつきながらヨーコに話しかけた。

 昨日はヨーコの寿命のことで頭がいっぱいだったから何を食べてるのかなんて気にもしなかった。


「教会で作ってる合成肉だよ。……もしかして人間が材料だったりしてな? きししし」


 イリーナがイヤなことを言って俺をビビらせようとしてきた。が、自分が美味そうに食べてるせいで説得力がまるでない。


「人間の肉なら“合成“なんて言わないでしょ。それに私、教会に居た時に見たことがある。水槽のような装置の中でタンパク質が合成されて肉になっていくのを」

「ふーん。その装置いくらすんのかね?」


 ヨーコとイリーナが雑談している。……今何て言った?


「ヨーコ、教会に居たの!?」

「あえ? 言わなふぁっふぁっふぇ」

「食べながら喋るんじゃありません」


 ヨーコは思ったより食い意地が張っている。かわいい。

 ……いやそうじゃなく!


「ヨーコはイェソドで生まれたんじゃなかったのか」

「うん。子供の頃にね、情報体と契約失敗したせいで砂漠に捨てられたの。それでイェソドに拾ってもらったのよ」


 ああくそっ! どうしてヨーコにそんなこと言わせちまったんだ俺はバカか! せっかくの楽しいメシだってのに!

 何とか楽しい方向に話を持ってかないと!


「あーん、おお、うぇっ……ほ、ほれはあのその……え、えりゃいめにあったたたね……あー、おー、んえー」

「んふっ! ……けほっ、けほっ! ――食べてる時に笑わせないでよ! 鼻からお肉出たでしょ!」


 しどろもどろで喋ろうとしたらマトモに話せなかった。けどヨーコが笑ってくれたので結果オーライということにしよう。


「おーす、坊主! 両手に花かよ、いーねー。俺も混ぜちくりや」

「うおっ酒臭っ!」


 どかっ、とランディさんが俺の肩に手を回してきた。その吐息に混ざるアルコール臭が鼻を直撃。


「あーん? ダレが臭いってぇ? ……はー」

「ぎゃー! 目に染みる!」


 酒乱かこの人は! 息を人に吐きかけるんじゃない!


「全く……私じゃ不服ってわけ?」


 青い髪をボブカットにした女性が腕を組んでランディさんを睨んでいる。ランディさんはヘラヘラしながら手を上げた。


「おー! ミア! 何言ってんだお前が居なくちゃ始まらねえよ! 坊主に酌してやろうぜ、酌!」

「い、いや俺は……」

「はい」


 ミア、と呼ばれた青髪の美人が俺にグラスを手渡した。ランディさんがすかさず手に持ったボトルから琥珀色の液体を注ぐ。

 臭いを嗅いでみる。ツン、と刺激臭が立ち上ってきた。……すげぇヤバそうな臭い。


「俺、17……」

「ほれー」

「んがぐっ!?」


 ランディさんが俺の口にグラスを当て、勝手に酒を流し込んできた。

 口の中で痛みと刺激臭が暴れ回る。


「ぐぶふぉっ!」

「うがぁっ! 目に酒が!」


 思わず噴き出してしまった拍子に、吐いた酒がランディさんの目にかかった。転げ回って苦しんでいる。


「バカねぇ……ごめん、ダイチ君。コレは回収するわ」

「ま、待てミア! 俺はまだ坊主と喋りてぇ!」


 ミアさんがランディさんの首根っこを掴んで引きずっていく。俺は思わず苦笑した。


「楽しいな、ヨーコ。君がここの人達の力になりたいって思った気持ち……少しだけわかってきた気がするよ」


 そう言うと、ヨーコは顔を伏せて肩を震わせた。

 イリーナが「アホか?」という顔で耳をほじっている。

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