第13話 インターミッションと言う名の説明回
ガンマに手伝って貰いながらトラックの後部座席へヨーコをそっと横たえる。
「――ッ」
「ごめん! 痛いよね!?」
声こそ上げないがヨーコが足の痛みに体を強張らせたのを感じ、謝罪した。
「平気よ。貴方こそ――その肩。それと、足を痛めてるでしょう」
撃たれた左肩を見ながらそう言うヨーコに向け、俺はびっくり顔を作る。
「あれ!? 本当だ、穴開いとる! ヤベー、この服って高い?」
「貴方って人は本当に……」
おどける俺に苦笑するヨーコ。
俺はにかっと笑ってみせた。
「大したことないよ。雑菌とか入ったらアレだけど……」
「雑菌? 砂漠にはまず居ないわ」
「そうなの?」
そういえば砂漠の砂は無菌に近いと聞いたことがある。まあ、皮膚表面の雑菌が傷に入ってもヤバいから気を付けるに越したことはないか。
「砂漠に生息する生き物はモンスターくらいよ。……ああ、一度でいいから植物が見てみたい」
そうか。生まれたときから砂漠に生きるヨーコは植物を見たことがないのか。
あれ? じゃあビタミン摂れないんじゃ……? 壊血病になりそう。
「や、野菜とか果物とかって手に入らないの?」
ヨーコが気の毒な人を見る顔をした。
「そんな高級品、教会のお偉いさんかケテルの人間くらいしか口にできないわ」
「ケテル?」
「この砂漠最強のトライブよ。彼らは砂漠に生きるトライブでありながら教会と結託し、物資の補給を得ているわ」
ケテル。さすがにセフィロトの樹の一番上に位置するセフィラの名を冠するだけはあって組織力がまるでイェソドとは違うらしいな。――そう考えると下手したらイェソドって最弱のトライブ?
てか庶民は野菜食えないの!? よく体が持つな!
「えーっと、ビタミンとかって……」
「安価なビタミンダンゴは何とか手に入るわ。カロリーダンゴやミネラルダンゴなども合わせて買っているの」
「び、ビタミンダンゴ……」
おい俺の頭! もっとカッコイイ名称で翻訳できねぇのかよ!
てかそんなことどうでもいい。足が重傷のヨーコを早く医者に……、医者に……。
「い、イェソドには……医者っている?」
ヨーコがまたも苦笑した。
「いないわ。イェソドは弱小なの……そんな技術者も医療物資もない」
「じゃ、じゃあどうし……」
「あーしがこのままトレーダーのキャンプに連れてくっす。キャンプに医者がいるんで、そいつに診させるっす」
ガンマ。任せろ、と言わんばかりに親指で自分を指している。
「あの……ウチにはお金がな……」
項垂れてイェソドの寂しい懐事情を説明しようとするヨーコに対して、ガンマは指を振って彼女の言葉を押し留めた。
「あのっすね……さんざウチから略奪してったホドのヤツらの野営地を壊滅させたんすよ? トーゼン、タダで診て貰うに決まってるっす」
「ガンマ様……! ガンマ様と呼ばせて頂きたく候!」
「やめるっす! むず痒くなるっす!」
そんなわけで、俺達はガンマの運転するトラックでガンマの所属するトレーダー達のキャンプへ向かうこととなった。
道中、ガンマの運転するトラックの助手席で、ぶり返して来た肩の痛みを紛らわせるために2人へ話しかけてみる。
「イェソドにはお金がないって言ってたけど……通貨の発行ってどこがやってるの?」
ガンマの呆れ顔。
「教会に決まってるっす。アンタ、ブレインダウンローダー使ってないんすか?」
「悪かったな。使ったけど何故か俺には言葉くらいしかインストールされなかったんだよ」
「あ、そうなんすか? そりゃ悪いこと言っちゃったっすね」
「いーよ別に。コールドスリープから起きたばっかで頭ボケてたとかか……? もう一回やってみ……いや、あの拷問は二度とごめんだ」
目まぐるしく変わる映像と音の洪水、それに尋常ではない頭痛。あれをもう一度味わうくらいなら人からアホだと思われたほうがマシだ。
「まあ、人から直接説明された方が楽しいし。――ヨーコとも話すきっかけにもなったし結果オーライってやつだよ。ねっ」
「ねっ、て言われても……もう、バカ」
もう、バカ。――頂きました! 肩の痛みなんか吹っ飛んじゃうぜ!
いかん、ニヤついたらディメンション・ゼロにからかわれてしまう。耐えねば。
「あー、おほん。……教会ってトライブの敵だよね? なんでそんな奴等の通貨使うの?」
「おお……マジっすか。そっから説明するのめんどっちいっすねー」
「お願いしやすよガンマ様ー。かわいい後輩の頼みじゃないっスかぁー」
「うーわ! ウザいっす! 激ウザっす! ……わーかったっすよ」
とってもダルそうなガンマが話を続ける。
「教会っても一枚岩じゃないんすよ。自分達の利権のために砂漠のトライブやトレーダーと付き合いがあるヤツらもいるんす」
「おわっ、政治的な話になってきた……俺の頭じゃ理解できなくなるかも。簡潔にオネシャス」
へらりとそう言う俺にガンマが口を尖らせた。
「アンタ人に説明受ける立場ってもんがわかってないっすね!? ――ったく。教会には大きく分けて2つの勢力があるっす。教会のトップ、教皇マールスが治めるアイオーン派。それと教会のナンバー2、女帝ルナーが率いるデーミウルゴス派。……ここまではいいっすか?」
「すぐ忘れそうだけどとりあえずいいよ!」
「ざけんなっす! ……アイオーン派は代々トライブの人間を、ヒュリック――『魂を持たない、認識すらできない存在』――として忌み嫌っていたっす。反対にデーミウルゴス派は使えるものは何でも使う、たとえそれがトライブの人間でも、というスタンスだったっす」
ぽけー。
あ、ガンマが「聞いてんのかおめえ?」って顔してる。
「――ん? 聞いてるよ続けて」
「目が虚ろだったっすよアンタ……まあそんなわけで、デーミウルゴス派はトライブと仲良く――仲良くはないか――して、遺跡の発掘品を買ってやったり、反対に教会の武器を卸してやったりして裏で付き合いがあったわけなんす。教会の通貨、ドラクマを使用するのはそれが理由っすね」
「ほー。……なんか過去形で話してない?」
ガンマが顔を歪めた。
「イヤなとこばっかり鋭いっすねアンタ……そうなんす。最近教会の内部がキナ臭くて、どうも今の教皇、マールスはトライブの人間に寛容で、逆にデーミウルゴス派のルナーはトライブを敵対視してるってウワサっす。スタンスの逆転化が起きてるようなんす」
「はーん」
「飽きてきてるっすよね!? 人に説明させといて……! ぶっ飛ばすっすよ!」
「ごめんなさい! 固有名詞の嵐で頭がフリーズしちゃうの!」
苛ついて拳を振り上げるガンマはちびっこいので全く怖くないどころかかわいいが、これ以上彼女のプライドをキズつけてはいけない。俺は必死に頭を下げた。
「なるほど、よくわかりました。教会とは言ってもその組織は大きく、親トライブ派、反トライブ派のそれぞれがおり、各々が各勢力との付き合い方を模索していると。そのためトライブも教会と同じ通貨を使って価値観を一部共有していると。そんなわけっスかね」
「異様にまとめるの上手くてなんかムカつくっす!」
テストとかでも全部の言葉は記憶しきれないから、何とか要点を見つけようとする俺の眼力が発揮されたようだな。よしよし。
30分くらいトラックを走らせたところで、トレーラーやテントが集まった集落を発見した。
「ついたっす。――あ、医者とは言ったけど正確には医者じゃないっす。まあ傷が治ればなんでもいいっすよね?」
「なんでもは良くないけどヨーコの足が治るならなんでもいいよ!」
「どっちっすか……てかアンタは少しくらい自分の怪我の心配もするっす」
「肩は弾丸貫通してるし、捻挫なんてしばらくほっときゃいいよ! いいからヨーコの足治して!」
「はいはい。――ヨーコ。この男、なんでこんなにアンタに懐いてるんすか?」
「わ、私にもなんでなのか……多分コールドスリープから起こしたことを恩に感じてくれてるんだと……」
それもあるけど、俺のこと砂漠に放り出したり売っぱらったりしないで優しくしてくれたからだよ! あと君のことが好きだからだよ! 今言うようなタイミングじゃないけど!
くそー、さっきカッコよくコングを倒した時に告白してみたらどうだったんだろ!
――あ、コング。
「コングって……あのまま死んだりとか……」
「大丈夫よ。彼も同化型の情報体使いのようだったから、情報体が復活すればきっと負傷を治すでしょう」
ほっとした。……情報体が復活すれば?
「ディメンション・ゼロ。無効化した情報体っていつ復活する?」
「アー? 聞くの遅ェんだヨ。――オイラ達が離れりゃスグ戻ってるゼ。効果範囲は300メートルくれェだからナ」
「ならいいか……お前、口調戻ってんな」
「ア?」
あの時、コングに追い詰められていた俺を心配してくれていたディメンション・ゼロは、異様に真剣な口ぶりだったのを思い出した。マジで俺がヤバい時は真剣になってくれるらしい。
「まあ、いい。切羽詰まった時はマジメにやってくれるってことがわかっただけで御の字だ。――あんときゃ助かったよ。あんがとな」
「オー! そーいや思い出したゼッ! オメー、瞬間移動終わりの加速を利用して石飛ばすってのぁいいアイデアだったケドヨ……マテリアルキャノンてなんダヨ! 必殺技の名前叫ぶヤツ、最近マンガでも見ネェゼッ!」
「な!? うるせぇな! てか最近のマンガ知ってんのかよお前!」
「オイラはなんでも知ってんだヨッ!」
「じゃあ赤いスーツの女のパンツ見なくても知ってんだろ!」
「ソレは生で見ルことに意味があんじゃネーかヨッ!」
「それはわかる!」
……あ。女性陣がいること忘れてた。
「ふぅ、ディメンション・ゼロのレベルに合わせて話すのも大変だぜ」
「お医者さんに頭も治して貰ったら?」
「死ぬといいっす」
「ダメだった! ごまかしきれなかった!」
ヨーコとガンマの冷たい視線に背筋が凍る。
猛者はこの視線を浴びることで快感を感じられるらしいが、俺はまだそこまでのレベルに達していないらしい。
「……はあ、着いたっすよ。治療者を呼んでくるからトラックで待ってるっす」
呆れ顔のガンマ、略して呆れガンマが運転席のドアを開けて飛び降りた。ステップに足が届かないからだ。かわいい。そういえば乗る時も頑張ってよじ登ってた。
「ガンマ、いいやつだよな。助けることができてよかったよ」
「なんでそれを本人に言ってあげないのよ……からかってばかりじゃない」
「からかいたくなるんだよな……小さくてかわいいから。ヨーコもそう思わない?」
ヘラヘラしながらそう言うと、ヨーコの表情が消えた。
「……ふーん。そうかもね」
「……え? なんか怒ってる?」
「怒ってない。どうして私が怒るの?」
「なんか怒ってるぅー! 言い方冷たいもの!」
「冷たくない! 怒ってない! 勝手に思い込まないで!」
「ええ!? なんで!? どーして!? 俺なんか言った!?」
「うるさいバカ!」
なになになに!? なんでキレてんの!? 女心と秋の空は移ろいやすいって言うけど、移ろい方が劇的すぎねぇ!?




