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第10話 初依頼

 トレーダーの少女、ガンマと共にヨーコの部屋へ向かう。

 中は白いシーツのベッドとクローゼットだけのシンプルすぎるレイアウトだった。しかし、女の子の匂いがする気が――イカンイカン、鼻をひくひくさせたらまたディメンション・ゼロにからかわれる。

 あのガイコツ野郎になんて思われようと構わないが、ヨーコに聞こえてしまうのだけは絶対マズイ。


「そこに座って」


 ベッドを指し示してそう言うヨーコに驚愕。

 いやそこ、いつもヨーコが寝てるとこだろ!?


「え!? ベッドに!?」

「ごめんなさい、椅子とか置いてなくて……私の部屋に人が来ることなんてなくて」

「い、いや! そうじゃない! 俺の汚い尻をヨーコのベッドに乗っけるくらいなら立ってるよ!」


 そう言って直立。

 困ったようなヨーコと、うわぁ……って顔のガンマ。


「あー、あーしは座らせて貰うっすね。そこの召使いは立ってるといいっす」


 ガンマがヨーコのベッドに腰かけた。

 んんっ! 空気を変えるためにヨーコが咳払い。


「それじゃ、まずは状況を整理しましょう」


 ヨーコの話をまとめるとこうだ。

 イェソドのアジトとガンマの所属するトレーダー(トライブの人間相手に商売している人の集まり)は程近い位置にあり、助け合いながらこれまでやってきていた。

 しかし、最近はホドというトライブが勢力を伸ばし――イェソドの近くまで縄張りを拡大し始めている。

 トレーダーのキャンプからイェソドのアジトまでの間に野営地点を設け、そこを拠点にすることで付近を通りかかる者たちを襲っているらしい。


「タチ悪い連中だな……そいつらを追い払いに行くってのは難しいの?」

「ホドの奴ら、本拠地が堅牢っすから……アジトが手薄になることをあまり気にせず、強力な情報体使いを多数野営地点に派遣してるっす。対してイェソドは――イリーナさんとかランディさんがもし居ない時に襲われてしまったら――終わりなんす。そもそも強力な情報体使いの数が違いすぎるっす」


 戦力比が違いすぎて真っ向勝負は無理。先手必勝で攻撃を仕掛けようとしてもアジトを守る人間が居なくなり危険すぎる。なるほど、事態の打開が非常に難しいということがよくわかった。


「わ、私が情報体と契約できてもっと強ければ……」


 ヨーコが俯いてしまった。

 俺は自分勝手な義憤に燃える。


「ヨーコのせいな訳がない。悪いのはホドの連中だ。――わかった、なんとなく」


 状況は理解できた、と思う。

 それに、作戦と呼べる程のものではないが、こうしてみようかという考えも出来た。一つ懸念があるとすれば――。


「ヨーコ、身体能力を発揮するのって、その……」

「心配してくれるのね。大丈夫よ。私の強化された力を使ったからって体に負担がかかるわけではないわ。――それは、常にそこにあるものだから」


 もしかしてヨーコはいつも体の不調を感じているのだろうか。俺の健康さを半分でも分けてあげることができれば――できもしないことを考えても仕方ない。

 少なくとも、力を発揮することによって起こる不調はない。と言われて安心した。


「了解。――ディメンション・ゼロ!」

「アン? 気安く呼ぶんじゃネーヨ」


 ドクロ顔の情報体が天井から頭を出した。コイツどこに潜んでんだよ。


「お前、情報体を一時的でもいいから追い払えるか? 人と契約しているやつを」

「オチャノコ。一時間くらいの間でよけリャ何体だって無力化できるゼ」

「マジ!? 強えなお前! 頼っていいっすか!?」

「いつもオイラをウザがってるくせにゲンキンなヤローだゼ」


 するするとガイコツ男が上半身まで天井から出てきて、逆さまになったまま腰に手を当てた。俺は頭を下げる。


「いままですまん。どうか助けてくれ」

「ウッヒョー! イキってたやつがオイラに頭下げんのチョー快感! 苦しゅうないゾ!」


 そういうと頭を高速でくるくる回し始めた。目ぇ回んないのか?


「じ、自分の情報体に言いたい放題言わせてる情報体使いは始めてみたっす……」

「主人公っぽいべ。いいだろ」

「なんで嬉しそうなんすか……」


 俺とディメンション・ゼロのアホっぽい協力関係に呆れたガンマが溜め息。


「それで、どうするの?」


 俺はヨーコとガンマにやりたいことを伝えた。


「――シンプルだけど、計画はシンプルな方がうまくいくとも言うっす。あーしは賛成っす」

「うん。――私のために、私の力を必要とする作戦を考えてくれたんでしょう? ありがとう」


 二人は納得してくれたようだが、ヨーコが大いに勘違いしている。アジトに戻ってきてから自己評価が低くなりすぎている。


「何言ってんだ、肉体を強化できない俺じゃ何もできない。ヨーコが必要不可欠なんだよ。それに、ディメンション・ゼロの力。一番いらないのは俺自身だろ」


 ヨーコの身体能力と、情報体を無力化するディメンション・ゼロ。それが成功のカギだ。別に俺じゃなくてもいい。


「ううん、そんなこと……貴方の存在が、私に力をくれるわ」

「え!? そ、それはまさか……」


 ヨーコは頬を染めてはにかんだ。ついに来るか!?


「良かったら私と……友達になってくれるかしら」

「もうなってたと思ってたよ俺は!」


 お友達でいましょう宣言! 今日イチのダメージ! 俺は瀕死の重傷を受けた!


「そうなの? ……とっても嬉しい。これからも一緒にいてね」

「そんなこと言って勘違いさせないで! 俺に無駄な希望を持たせないで!」


 突然取り乱し始めた俺をきょとんとして見つめるヨーコと対照的に鬱陶しそうなガンマ。それとゲラゲラ笑うディメンション・ゼロ。

 皆と共に、ホドの脅威からこのアジトとガンマのキャンプを守ろうと心に誓った。


「じゃあ、お願いするっす。ホドの野営地まではあーしが車で連れて行くっす」

「免許あるの?」

「多分それは運転技術がどうこうじゃなくてあーしがちびっこいから聞いてんすよね!?」


 君のような勘のいいガキは嫌いだよ。




「ふぁれてきふぁ」

「へ、平気……?」


 イェソドの人間が警備するガンマのトラックはアジトから程近いところに停車してあった。

 俺とディメンション・ゼロ、ヨーコ、そしてガンマはトラックに向かって歩いている――ところで、赤いイヤミ女にビンタされたところがめっちゃ腫れてきた。


「ふぁいふぉーふ。ふぐあおうお」

「ダイジョーブ、すぐ治るよ。ヨーコちゃんがキスしてくれればね。……って言ってるゼ」

「ふぃっふぇふぇーあお! へめーふあえんあ!」


 ディメンション・ゼロがヨーコに翻訳。――するなら後半に余計なもん足すな!

 変なことをディメンション・ゼロに吹き込まれたヨーコは顔を赤くして俯いた。


「わ、私がそんなことしても何もならないよ……」

「いいや、かわい子ちゃん。ダイチにヤル気出させんならそれが一番サ。ヤル気出過ぎて鼻血出してぶっ倒れるカモしんねーけどナ! ウヒャヒャヒャヒャ!」

「こおふぁいほふあおう! よーおいへんあおおふひほうあ!」

「ヤベー今のは難易度高ェゼ。まあ多分オイラを讃える言葉だろーナきっと。ゲヒャハハハ!」


 ちげぇよ! このガイコツ野郎、ヨーコに変なこと吹き込むなっつってんだよ!


「あーもういい加減にするっす! やる気あるんすか!?」


 とうとうガンマに叱られた。

 11歳か12歳くらいの見た目の少女に面と向かって怒られると大人の立つ瀬がない。


「ふあん、ひゃんほあう」

「オッ、今のはなんとなくワカルぜ! すまん、ちゃんとやる。――だろ!? ダイチ! オイラ正解だろ!?」

「ううへー!」


 締まらない感じで俺達はホドの野営地へ出発した。




 運転席のガンマ=流し目。


「さっきのやり取り見てたら不安になったんすけど……本当に大丈夫っすか?」

「ご心配おかけしており、誠に申し訳ございません。善処致します」

「うさんくせーっす! どんどん不安が増すっす!」


 助手席から後ろに体を乗り出す――憔悴した様子のヨーコ。


「大丈夫? 車酔い?」

「あ、貴方どうしてそんな落ち着いてるのよ……私は心臓が破裂しそう」

「ディメンション・ゼロがいるからね。アイツに任せれば大丈夫さ」


 それにヨーコを守ると心に決めたことで腹が据わっている。何が何でもホドの連中を蹴散らしてやる。

 情けないのはヨーコとディメンション・ゼロ頼りだということだが。


「オーイーラーは最強ー。あー最強! (サイキョー!)最強! (サイキョー!)ディメンショーン、ゼー、ローー!」

「どうやってそのエコーみたいな声出してんだ!?」


 窓から顔を出す――おだてられて調子に乗ったディメンション・ゼロが荷台で歌って踊っている。ウザすぎる。


「んふっ! ――ごめんなさい」


 思わず笑ってしまったヨーコ。申し訳なさそうに謝っている。――許さん。

 

「ダーイーチーも最強ー。あー最強! (サイキョー!)最強! (サイキョー!)ひゅーうーがー、だーいーちーー!」

「くふっ! ……あははははっ! ――なんで無理やり笑わせるの!」

「君の笑顔が見たい。他に理由が必要かい?」

「そんなこと言う人だった!? 貴方もしかしてお酒とか飲んでる!?」


 イェーイ。俺の歌にタイミングばっちりでコーラス入れてくれたディメンション・ゼロとハイタッチ。触れないからすり抜けるけど。


 俺はこの子を死ぬ気で笑わす。ピエロになろうが構わない。


「はあ。――まあ怯えて何も出来ないよりマシだと思うことにするっす」

「一つ大人になったねガンマちゃん。大人になるって悲しいことなの」

「だーれがガンマちゃんっすか! アンタいくつっすか!?」

「17ちゃい」


 小柄なガンマでも運転できるよう調整された運転席――位置を上にしたアクセルとブレーキ。視界を確保するための高い座席。そこから怒りの視線が飛んでくる。


「じゃあ年下じゃないっすか!」

「え!? ――ガンマちゃん、いくつ?」

「じゅーはちっす!!」

「ええー!? そうなのかい!?」

「なんすかその声!」


 あまりに驚いてマ◯オさんみたいな声出た。





 大きな地面の断層が切り立った崖のようにそびえている。ガンマはそれに沿うようにトラックを停車させた。


「この上に奴らの野営地があるっす。このままトラックで近づくといい的なんで、降りていくっすよ」

「わかった」


 トラックを降りる俺とヨーコ。

 何故かガンマも降りてきた。


「あの、危ないからここで待ってなよ」


 キッ、と鋭い視線を向けてくるガンマ。


「なにいってるっす。この野営地を突き止めたのもあーしの情報体の力っすよ。戦闘タイプじゃないからってナメないで欲しいっす」


 トレーダーのガンマも情報体を持っているのか。

 それはそうか、トライブや教会の人間といった戦闘行為を行う人達だけが情報体と契約する訳じゃない。恐らくほぼ全ての人間が情報体の力を利用して生きているんだ。

 それは戦闘に使う訳ではないにしろ――誰しもが何かしらの助けを情報体から得ている。


 すると――一切の助力を情報体から得られないヨーコの孤独は、どれだけのものだっただろう。

 孤独感だけじゃなく、力が及ばないことで劣等感や罪悪感にも苛まれているはずだ。寿命を削ってまで肉体改造を行ったのも、そんな背景があったからなんじゃないのか?


「悪い。それじゃ手伝ってもらえると助かる」

「なんで急に泣きそうな顔なんすか!? さっきまでヘラヘラしてたくせに、そこまであーしにビビらなくてもいいじゃないすか!」

「え、俺今、泣きそう?」

「ウルウルしてるっす! イジメられた子供みたいっす!」


 違う。俺が泣きそうだとすればそれは――何も悪いことなんてしていないのに、自分を責め続けている人を見ているからだ。

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