これは完璧な個人能力の昇華だ
八人の仲間は、無情にも惑星の各地へと散り散りになった。互いを探し、再び集うため――それぞれが命を懸けた旅を始める。しかし、その道は容易ではない。立ちはだかるのは、次々と現れる強敵たち。
だが絶望は彼らを止めなかった。むしろ、それは試練となり、彼らの内に眠る力を呼び覚ます。
追い詰められ、限界を超えたその先にこそ、真の強さがある。仲間のために、己の誇りのために――今、戦いの炎が彼らを包む!
【多美格 タミグ】
ドメグが落ちたのは、よりによって建設現場のど真ん中だった。甲高い衝突音に周囲の作業員がビクリと肩を揺らす。だが、次の瞬間には誰もが無言で腰を上げ、また重機と資材に向き合う。頭からも体からも、汗が滝みたいに流れ落ちているのに——。
「全員、作業開始ッ!!!」
怒号が響いた途端、現場は一斉に狂ったような熱量で回りだす。ドメグは目を丸くする。どうしてこんな状態で、まだ動けるの——彼女は、まだこの場所の“本当の怖さ”を知らなかった。
銃を構えた男が近づいてくる。「お前、なぜ動かない?」
「わ、私、何をすれば?」ドメグが素直に頭を下げると、男は鼻で笑った。「新入りか。ついて来い」
ここは「白雪姫エリア」の建設場だと男は言った。城の組み上げを手伝え、と命じられる。銃口の圧に、ドメグは逆らえない。背中を冷たい汗がつたい、心臓が早鐘を打つ。
城の前では別の監督官が「レンガ運びだ」と短く命じる。見渡せば、誰もが汗にまみれ、息を荒げながら、ただ黙々と手と足を動かしている。——なんて逞しい人たちだ。最初、ドメグは本気でそう思った。自発的に困難に挑む、誇り高い職人たちの現場なのだと。
指示に従い、彼女はレンガを抱える。戦い慣れた体に加えて、動物流能・大雪人形態——力は申し分ない。人並み外れた体幹で、負荷を負荷とも思わずに運ぶ。
やがて、ひとりの女性と知り合った。ラチケン・ミミ。十年前、家で食事をしていたところを突然連れ去られたのだという。玄関を開けた瞬間、二人組に腕をつかまれ、宇宙船へ押し込まれた。九歳の息子は、泣き叫ぶしかできなかった。母は連れ去られ、子は置き去りにされたまま——。この十年、一度も抱きしめてやれていない。数日前、やっと電話で声を聞けたけれど、今どうしているのかも分からない、と。
ドメグの胸がきゅっと締めつけられる。ちょうどその時、ミミが腰を痛めてレンガを落とした。音に気づいた監督官が血相を変えて近づく。ドメグは慌てて事情を説明し、治療を願い出た。せめて医療室へ、と。
しかし返ってきた言葉は冷酷だった。「腰をひねっただけだろ。続けろ。止まるな」
「少しだけでも——」食い下がるドメグに、銃口が向けられる。「三秒以内に立てないなら、射殺だ」
瞳の奥で怒りが弾け、足が一歩、前へ出る。——が、ミミがすがるように腕を掴んだ。ここで抵抗すれば、彼女が、皆が殺される。歯を食いしばって、ミミは自力で立ち上がる。ドメグは拳を震わせながら、怒りを呑み込んだ。
やがて昼休み。配られたのは、侘しい饅頭が二つだけ。ドメグは眉をひそめる。これだけで、どうやって持つというのか。十年もの間、ミミは——。喉の奥が熱くなる。急いで腹におさめるが、当然足りない。しかも休憩は十五分。短すぎる。周囲の者は当たり前のように立ち上がり、また作業へ戻っていく。
(ここは、誇りある職人の現場なんかじゃない。——強制だ)
理想が音を立てて崩れ落ちる。胸のどこかで、何かが決定的に切り替わった。
作業の合間、何気なく尋ねた。「……ご主人は?」
その一言で、ミミの目から大粒の涙がこぼれた。「夫は、ガール・リプトン。子どもが生まれる少し前に、この場所へ連れて来られました。私は——彼の姓を、子どもにも残したの。けれど、ここへ捕らわれてから彼の消息を尋ねたら、『とうに死んだ』って……。あの日から、私の時間は止まったままなんです」
ドメグは静かに頷く。もう迷いはない。夢幻王国——ここを、ひっくり返す。
その時だ。高空を横切る影。艦だ。漂流軍団の雑兵十名が乗った小型艦が、建設現場を俯瞰して歓声を上げた。「目標地点、発見!」
報告を受けたベクンスフィンクの口元に、ゆっくりと嗤いが浮かぶ。
「……ようやく、俺の“救出計画”を始められる」
【羅克 ロック】
ロックが長距離飛行の果てにたどり着いたのは、工事現場のただ中だった。ドメグがいた現場とは異なり、ここは神話区の「アヌナキ章」を作っている場所らしい。
ロックは目立つように砂地に落ち、周囲の視線が一斉に彼に集まる。監察官たちが銃を構えながら押し寄せ、十数人が一斉に銃口を向ける。ロックは膝をつき、両手を高く上げるしかなかった。
監察官たちは身分を問いただすが、ロックは声も出せず、しどろもどろになる。従順な態度を見せる彼を見て、監察官たちは傲然と言い放つ。
「よし、市の建設に回せ。命が惜しいなら素直に動け」
命あっての物種──ロックは渋々従ったが、胸の奥には「復讐」の種が芽生えていた。
仕事の最中、ひとりの男が声を掛けてきた。名を名乗る――天爾・沃拉奇だ。ロックがここへ飛ばされた経緯を話すと、ウォラチは表情を硬くする。
「角の生えた奴か……」彼は震えたように言った。数日前、漂流軍団が霸主軍団を襲撃したとき、ウォラチの部下たちも同じように吹き飛ばされた。行方不明の仲間が多く、彼は親を救うためにこの混雑した工事現場に潜り込んでいたのだ。
ふたりが話し込んでいるところへ、監察官が巡回に来る。会話を咎められ、床に二発、警告の発砲が響いた。ロックの怒りは燃え上がる。思わず中指を立てる仕草をした瞬間、それを見た監察官の一人が引き金を引いた。だがロックの反応は速く、弾丸はかすりもせずかわす。――その瞬間、闘志が爆発した。
ウォラチは目を見開き、これはチャンスだと察する。彼もまた、ここで父母を見つけ出す望みを抱いていた。二人は互いに頷き合い、共闘を誓う。
怒りに駆られたロックは足元の細かな石を一握りに掴み、それらを監察官めがけて投げつける。摩擦で既に燠火を帯びていた石片は次第に燃え盛り、命中した監察官の服に火が点く。咄嗟に一人が発砲するが、ロックは冷静に指先で弾丸を受け止め、投げ返す。驚愕の力で弾丸は監察官の頭蓋を貫き、その部位は火を上げて倒れた。ロックはそうして一人を片付けた。
だが視線を上げれば、そこには数百の監察官が整列していた。全員が連発ライフルを握り、次の命令を待つ。指揮官の号令と同時に、数百発の銃弾がロックとウォラチに向かって飛んできた。だがウォラチは瞬時に反応し、自身のリセン流能(利線流能)を用いて防護ドームを作り出す。銃弾は弾かれ、二人は辛うじて耐えた。
すると、外の銃声が急に止まった。代わりに落下する足音が断続的に聞こえる。二人は恐る恐る頭を出し、外の光景を目にして凍り付く——そこには、血に染まった地面に倒れる監察官たちの姿。惨状の中心にただ一人、背中を向けて立つ男がいた。男はゆっくりと振り向き、淡々と言った。
「敵は全て倒した。安心して出てこい」
ロックの脳裏にある名が過ぎる。――レスタ(雷斯塔)か? 問いかけても男は答えず、ただ黙ってさらに奥へ進み、残る監察官たちを次々と葬っていく。その圧倒的な力に、ウォラチも呆然とする。
五分も経たないうちに、その大工事現場の監察官はほぼ全滅した。やがて、大門の方から一団が歩み入る。彼らは明らかに人間とは異なる種族で、二メートル前後の高身長に厚い装甲を纏い、致命的なライフルを携えている。だが、その列の中央には、一組の人間──男と女が立っていた。王級の風格を漂わせるその姿を見た瞬間、場の空気は変わった。
──此処で、史詩の幕が上がろうとしている。
【馮馬克司雅 フォンマクスヤ , 赫比斯 ヘビス】
フォンマクシア(馮馬克司雅)とヘビス(赫比斯)は、飛行中にある一面の艦影が並ぶ空地へと落ちた。そこは重装の兵士たちがびっしりと配備された場所で、よく見ると彼らの姿は人間とは違う──別種の生命体のように直立して動いている。
着地するや否や、周囲の兵士たちが銃を向けて取り囲んだ。厳しい問い詰めが続くが、二人は口を閉ざす。拳銃を抜き、発砲しようとした時、ある上官が制止した。彼は二人の身体に何か「秘密」がありそうだと嗅ぎ取り、その場で拷問室への連行を命じる。二人が戸惑う間もなく手枷がはめられ、全身の自由を奪われて三人の兵士に押さえられながら、冷たい室内へと連れて行かれた。
中は高度な技術で満たされた施設だった。薄霧のようなシールドが張られ、外部からは内部の様子も見えない。足下の床が静かに動きだし、二人を小さな個室へと運ぶ。シールドが消えると、目の前にはガラス張りの監房。鉄格子の代わりに巨大なガラスがはめられている。扉が開き、二人を押し込むと床からテーブルがせり上がり、そこにはいくつかのボタンとマイクが置かれていた。監房に向けて拷問官が問いかけるためのものらしい。
ヘビスはガラスに額を押し当て、熱で融かせないか試みたが効果は無い。すると床が不気味に動き、鋭い突起が伸びてきて――二人の下半身に刺さる。痛みは当然あるが、彼らにとってはさほど致命的なものではなかった。
やがて上官――パスロディ(帕斯洛帝)がマイクに向かって低く告げる。彼は一切を解き明かすまで諦めない構えだ。――ところが、問いは一発で終わった。
「私たちは……“肉球のある掌の者”に弾き飛ばされて、ここに落ちてきただけです。遊びに来ただけで、悪意はありません!」
真摯な答えに、事情は奇妙ではあるが、パスロディは一度それを受け入れる。さらに拍子や服装といった細かな特徴を尋ねるが、二人は弾かれる直前に一瞥しただけで、掌に“肉球”があった、という以外に手がかりはない。仕方なく、その情報を元に調査を開始する旨を告げ、手枷は外すが監房からの解放は見送られた。信用するには時が必要だという。
三十分ほどが過ぎ、ヘビスは外の仲間の安否を案じて焦りを募らせる。フォンマクシアは落ち着いて、仲間の力を信じるという。やがて監房の扉が開き、二人は出される――と見せかけて、態度を一変させる。わずか十秒の連携で三人の兵士と上官を打ち倒し、武装を奪い取る。上官のポケットの中からは、なんと飛行船の鍵が見つかった。
二人の心中には一つの計画が生まれる──この飛行船を密かに動かして脱出し、仲間の捜索を続けるのだ。だが外は重装備で守られており、単純に脱出するのは難しい。何より厄介なのは、この地にいる“強大な流能者”クムリ・ジュフォン(庫姆力・朱峰)である。彼は膨大な力を生み出し、最盛期には島をも持ち上げるという恐るべき人物だ。
ヘビスは考えを巡らせる。自分たちは罠にかかった犠牲者なのだ、と事情を説明すれば、国を守る兵士たちなら情を示すはずだと。実際、正直に事実を話すと、外にいた兵士たちはしばらくのためらいの後、彼らを解放した。ヘビスの読みは当たったのだ。
二人は朱峰に接触を求め、事情を説明する。朱峰は最初は警戒の色を隠さなかったが、やがて興味を示し、飛行船に乗せることを約束した。フォンマクシアは率先して舵に向かい、だが朱峰はふと不審な点に気付く。上官のポケットから取ったはずの鍵が、本来は団長級にしか所持されないはずの“飛行船の鍵”であること、しかも二人の立場を考えると不自然である──と。
朱峰の顔色が変わる。鍵の出どころを問いただすが、二人は答えを濁す。もし上官を襲った事実が露見すれば取り返しがつかない。やむなく、二人は「上官から預かった」と偽り、言い逃れを試みた。朱峰はパスロディの性格をよく知っているらしく、疑念を拭えない。
その時、衝撃の一報が届く。監房内で三名の兵士の遺体と、上官が意識不明の状態で発見されたという。二人は冷や汗を流し、朱峰は激怒した。即座に発砲命令を下そうとするが、フォンマクシアが一撃で朱峰を階段から蹴り落とし、素早く艦のハッチを閉める。ヘビスが鍵で発艦の手続きを済ませると、鋭い風切り音が耳を切った。
朱峰は即座に全員出撃を命じ、追跡の艦隊を飛び立たせる。二人の脱出劇は、こうして熾烈な追走劇へと移行した――追いつめられれば逃げ切る、仲間を探すための必死の航行が、今、始まったのだ。
無線の向こうから流れてきたのは、脅しとも挑発とも取れる声だった。朱峰は冷たく笑いながら言う。
「――一時間以内に俺に捕まらなければ放してやる。捕まったら、その時がお前たちの死期だ」
その言葉に、ヘビス(赫比斯)とフォンマクシア(馮馬克司雅)は顔を曇らせた。まるで遊びのように扱われることが、二人の誇りを燃え立たせる。言葉は不要だ。行動で示すのみ――。
「三、二、一、開始ッ!!!」
先に出発していたのは彼らの飛行船。朱峰は追跡装置で痕跡を追うしかない。フォンマクシアは発進と同時に全速を叩き込み、前方へ――序盤、有利に見えた。だが朱峰の艦は性能も追跡力も一枚上手で、間もなく距離を詰め、背後には追撃の艦隊が列をなす。
ヘビスは機首に這い上がり、正面から迎え撃つ。鋭利な刀を投げつけ、相手機のエンジンに命中させる。だがその刃には零下百五十度の冷気が帯びており、エンジンは凍結して停止した。もう一基が稼働しているだけ――さあ仕留めるぞ、というとき、朱峰のレーザーが激しく降り注いだ。ヘビスは吹き飛ばされ、辛うじて天井の開口部に掴まって命を繋ぐ。機内に戻って身体を確認すると、不幸中の幸いで致命傷は負っていなかった。
天井のハッチが開いていた隙を突き、六名の兵士が素早く飛び降り、二人の船に侵入してきた。だがヘビスの反応も素早い。瞬時に銃を振るって迎撃し、侵入者たちを片付ける。天井が閉められていないという“甘さ”に気づいたのだ。
その隙を見て朱峰は自ら上空へ乗り出し、ハッチを開いて急降下の一撃を放つ。衝撃で彼らの飛行船は地面に叩きつけられ、大爆発を起こした。だが、生き残ったのは――驚くべきことにヘビスとフォンマクシアである。爆炎の中から二人は立ち上がり、無傷と言えるほどに平然としていた。朱峰は嘲笑う。
「ゲーム、終了だ!」
だが二人は怯まない。正面きって挑み、2対1の勝負を受けると宣言する。朱峰は苛立ちを隠さず、後方の兵士に手出し無用を命じた――これは、自分の屈辱を晴らすための“面子”の勝負だと言わんばかりだ。
戦闘が始まる。ヘビスは跳び込んでの斬撃を浴びせる。朱峰は素手で受け止めるが、その肌を焼くような高熱に耐えきれず、勢いでヘビスを十メートルほど吹き飛ばした。だがそれも本気ではない。フォンマクシアは徒手格闘に転じ、かつて鍛えた技を解き放つ。朱峰は直径五メートルにも達する巨石を掴み、叩きつけんとするが、フォンマクシアは冷静に一拳で粉砕してみせた――その力に朱峰は驚愕する。まさか“ただの人間”がここまでの力を持つとは、と。
追い立てる朱峰は大樹を引き抜き、投げつける。フォンマクシアは樹上を駆け、宙返りの軌道で樹を跳ね返し、朱峰にぶつける。砕かれて飛んだ樹が朱峰を弾き飛ばす間、ヘビスは作戦を語る。フォンマクシアは頷き、次の一手へと動く。
朱峰はやや動揺するが、すぐに冷静さを取り戻し、地面の大石を番手にとって投げる。ヘビスは炎を利用し、周囲の樹木を高温にまで熱し、朱峰に反撃の余地を与えまいとする。しかし朱峰の武器は視認できるものだけではない。彼は巨大な石塊を軽々と持ち上げ、投擲してくる。石の重みがヘビスを圧迫するが、やがて石は蜂の巣のように砕け散り、溶けたような熱が辺りを覆う。
その瞬間、フォンマクシアが叫んだ。「ヘビス、急げ! 船が直った!」
なんとフォンマクシアは壊れたはずの飛行船を即座に修理していたのだ。ヘビスは反転して駆け戻り、床の起動を押す。朱峰は慌てて追いすがるが、二人は起動を完了させ、飛行船は跳ね上がる。時刻は一時間制限の四十分を過ぎた。朱峰は気迫を帯び、石や焼けた樹を投げつつ追撃命令を下す。己の手は大きく火傷を負っていたが、なお追いすがる。
ヘビスとフォンマクシアは必死に逃走するが、飛行船の電源が遂に尽きる。やむなく彼らは近くの小島に不時着する。朱峰も追い詰められ、同じ島へと強行着陸した。三者三様に降り立ち、互いに睨み合う。朱峰が拳を振り上げる――その瞬間、全身を押しのける衝圧が走った。視線の先、木陰に一人の人物が立っていた。頭には布を巻き、堂々とこちらを見据えている。――龐だ。
朱峰はその気配を見て一瞥し、侮ったように戦いを挑む。だが龐は冷静に応じ、拳を構える。朱峰が先手を取り、だが龐の一撃が生む衝撃波に吹き飛ばされ、血を吐くほどのダメージを受ける。朱峰は初めて龐の強さを思い知る。やがて、一時間の制限が満了する。勝負は――ヘビス、フォンマクシア、龐の勝利に終わった。
しかし、彼らにとって戦いは終わりではない。龐が受けた一本の電話が、事態の本質を示していた。ロックからだ。彼は奇妙な工事現場にいると告げる。傷だらけの人々がいて……龐は直感した。先ほど見つけたあの資料と、今目の当たりにしている光景が繋がる――これは“ただの遊園地”ではない、巨大な悪事の匂いだ。
三人はすぐに朱峰の飛行船の鍵を目指し、現場へ向かった。だが気づけば、朱峰自身は同行していない。――どうやら彼をここに置き去りにするつもりらしい。誰を味方に、誰を罠に嵌めるのか。波紋は、これからさらに広がっていく。
【凱伊 カイ】
カイ(凱伊)は船の中で、のんびりと眠りこけていた。夢幻のような光景には興味がなく、いつもどおりただの休息を取っている──はずだった。だが、真夜中の静けさを破るアラーム音で目を覚ます。ドメグ(多美格)からの着信だ。彼女は震える声で伝えた。「今、危ないの。工事現場に囚われてるの……」そして位置情報が送られてきた。
半分寝ぼけていたカイの頭は一瞬でシャキッと目を覚ます。仲間の安否は嘘でも試しでもない。問いかける前に、カイはすぐに船を起動させた──仲間を救うのは、今この瞬間、自分しかいない。彼にとって同胞の命こそ、何よりも優先される。
飛行船は密森星の上空をかすめ、広大な草原の真上を通過した。だが突然、船体が大きく揺れる。カイは「単なる気まぐれか」と思ったが、その揺れは偶然ではなかった。――背後から追ってきたのは、あのベクンスフィンク(斯芬克)の仕業だった。なぜ神妖の者があちこちに散らばっているのに、まだ飛行船が飛んでいるのか。答えはどうでもよかった。カイには一つの原則がある。「神妖の者は誰であれ敵だ」──そういう単純な基準で動くしかなかった。
ベクンスフィンクは容赦なく追いすがり、撃ち落とさんと攻撃を仕掛ける。だがモディアック(莫迪亞克)製の高性能装備はそう簡単には壊れない。何度か攻撃は空振りに終わり、意外な展開が生まれた。カイは船を降りて相手に詰め寄ることにしたのだ。双方が甲板に降り立つ。言葉は要らない。刃と拳で答えるだけだ。
「なぜ追ってくる? 今すぐ説明を──」
カイが問いかけると、ベクンスフィンクはためらいなく言った。
「俺はお前を殺す――ただ、それだけだ」
その一言が、火種になった。カイは静かに答える。「なら、来い」。言い終わると同時に、彼の周りに十体の“分身”がひらりと現れた。実体を持たぬ、幽体にも似た影のような存在だ。ベクンスフィンクは嘲るように笑い、強烈な一撃を繰り出す。しかしカイは慌てる素振りもなく、分身を前に並べて衝撃波を受け止めさせる。分身たちは刀を携え、波動などものともせず突進する──まるで精妙な人形のようだ。
ベクンスフィンクは勝算を確信する。分身だけが戦っている本体は無力だろうと踏んで近づき、一気に間合いに入った。だが分身の一体が投げた刀が、彼のふくらはぎを深く切り裂く。多少の傷は痛くもないが、確かに肉の切れた感覚が走る。さらに続けて、本体がダメージを受けると分身たちが消えかかる──ベクンスフィンクは確信した。「やはり、本体が無防備だ。分身を崩せば終わりだ」と。
そこへ電話が割り込むように鳴った。カイの携帯に入った声は、ポウ(龐)その人だった。短く、だが重い言葉が伝わる。
「急げ、ロック(羅克)たちを助けろ。今すぐだ」──カイはただ「すぐ助けに行く」とだけ返して通話を切った。
ポウの声を聞いて、カイは気合を入れ直す。だがその間にも分身は次々に叩き潰され、彼の体は傷だらけになっていった。何度も殴られ、斬られ、身体はボロボロになる。それでも、カイは諦めない。意志で分身を生み出し続けるしかない。だが、彼一人では限界がある。
「来たか……!」
遠くから、重い降下音が響いた。ポウの一群が到着したのだ。ベクンスフィンクはその気配に不意を突かれ、思わず構えを乱す。ポウは睨みつけ、静かに近づく。ベクンスフィンクは怯み、言葉を漏らすと止めどなく饒舌になってしまった。
そうして明かされたのは、彼の真実だった。斯芬克は、ここへ来た理由を泣きながら語る──幼い頃から共にあった母を救いに来たのだと。二日前、久しぶりに母と繋がり、ビデオ通話で痩せ細った彼女の姿を見た。傷だらけの表情、怯えに満ちた目。母は「大丈夫」と繕ったが、斯芬克の問いに――本音を吐いた。ここは耐えがたい場所で、毎日途方もない建築を強いられ、睡眠は二時間しか許されないと。斯芬克は堪えきれず、ついに決意したのだ。母を取り戻すと。
その言葉に、ポウの拳はふと緩む。斯芬克は素直に謝り、「勝手に攻撃して申し訳ない」と頭を下げる。真摯な表情を見たポウの怒りはやがて消え、代わりに険しかった顔が、静かな決意へと変わった。
「分かった。協力してやる。お前の母だけじゃない──この場所に囚われている、すべての無実の人間を救い出すんだ」
その声に、カイや周囲の者たちの胸に新たな炎が灯る。──憎しみだけではなく、救いの意思が戦場に広がっていく。
この話、戦闘シーンがめっちゃ多いよ!!!
次回――すべての奴隷を救出する、最後の戦いが始まる!!!