この道のゆく先は
あたしは、再び地下の遺跡へと舞い戻ってきた。あたしに提示されていた選択肢は三つ。
一つ目。
北の反デモリッシュ派に付き、彼らの望みを叶える。
あの人は、ロウさん達を現状のままにする気だ。只々あの人の実験の為に。
「あたしがこの装置を使って、あの人の実験を早める事ってできますか。早く完成すれば、ロウさん達を助ける事ができますか」
『早める事は可能ですが、貴方の生ある内に完成する事は無いでしょう。あの方は既に幾つもの世界で同じ事を繰り返していて未だ完成していません。。
また仮に完成したとしも、経過観察の為といってデモリッシュ達の境遇を変えようとはしないでしょうね。そしてそれは何時迄も続くでしょう』
駄目だ。ロウさん達にも人びとにも救いの目が見えない。
二つ目。
南のデモリッシュ達に付き、彼らの望を叶える。
ロウさん達に遺跡を占拠させず、遠隔で元に戻す事ができるだろうか。
『元に戻す事は可能です。ですがあの方は即座に証拠隠滅を図るでしょう。その証拠には貴方も含まれます。
そして何事も無かったかのように、同じ実験を繰り返すでしょう。実際にあの方が別の世界で行った事です』
そうだった。実際ルシエラさんの世界は二度デトルアントが蔓延し、二度目は破滅したんだった。
残る三つ目。
どちらにも付かず、この遺跡を放棄する。
「ルシエラさん」
詳しい説明をルシエラさんに聞かないと。
「遺跡を放棄すると、どうなりますか」
『あなたが遺跡を放棄すると、この世界から別の世界へ遺跡が移ります。遺跡が移った事は、あの方にもロウさんにも分りますから、ここでの争いは回避されるでしょう。
ですが、デモリッシュは元に戻る方法を失い、あの方は心置き無く実験を継続するでしょうね』
あたしが、何も知らなかった時に戻るという事だ。本当に何も知らなかったなら良かったのに。でも知ってしまった今となっては何かせずにはいられない。
「選択肢は三つしか無いんですか」
『貴方に良い考えがあれば、是非とも教えて欲しいです』
あの人をどうにかした処で別の誰かに憑依して同じ事を繰り返すだろうし、考えを改めさせる事も無理だろう。それが出来るなら幾つもの世界で同じ実験を繰り返してない。
ロウさん達をどうにかするなんて有り得ない。これ以上彼らを追い詰めてどうする。
あれ、あたしの心に何かが引っ掛った。ロウさん。あたしの存在を感知した人。あの人と同じでロウさんでもある何者か。確か……ラウさん。ルシエラさんの世界の護る人。金狼の、ラウさん。彼は不老ではあっても不死ではなかった。
「ルシエラさん。ラウさんって居ましたよね。”護る者”の」
『彼がどうかしましたか』
「ラウさんは”護る者”としての使命を果すため、言ってみれば偽物のデトルアントになったんですよね」
そして、デトルアントとして行動していた筈。”変える者”や”継ぐ者”を見守る為に。でもラウさんはデトルアントとの接触を持ちながらデトルアントにはならなかった。
「ラウさんは一度ルシエラさんが癒した後で自ら偽デトルアントになりましたけど、ロウさん達を直接、偽デモリッシュにする事ってできませんか」
『可能ですが、それであの方の目を誤魔化すという事ですか。でもそれ程時間は稼げませんよ』
「暫くで良いんです。その間に世界中の人を偽デモリッシュにしちゃいましょう。そうしないとあの人は実験を何時迄も続けそうですし」
問題は一つだけ。とても大きな問題が一つ。
『とんでも無い事を考えますね。貴方もあの方と同じ立場になる、とい事に気づいてますか。相手の同意も無く、勝手にその人の生の在り方を変えてしまうのですよ』
そう、本来なら希望者だけ処置すべき事だ。けれど、そんな時間的余裕は、多分無い。
あたしは人非人の犯罪者として歴史に残ってしまうだろう。でも、あの人に踊らされて発狂しそうな不死の人生を送るのと、あたしに、勝手に不老にされるけど自死は選べる人生、どっちがましだろう。
どっちも嫌なのは判ってる。けど、どっちかしか選べないとしたら。
「あたしは、その汚名を着ます」
『……分りました。では、今直ぐ取り掛からないといけない事は、デモリッシュ達の行動を止める事です。ノアさん、ロウさん達を説得しましょう』
あたしは、キュベレイ9さんと共に再びロウさんの処へと跳んだ。
ロウさんの説得に何とか成功したあたしは、一番最初にロウさんを”偽化”(偽デモリッシュ化)した。勿論、外からは見えない様、天幕の中で行なった。
”偽化”に必要な情報は何故かキュベレイ9さんが知っていた。ラウさんが入力した情報を発掘したと言ってたっけ。
日を跨ぐ頃、ロウさん達全員を”偽化”し終えた。その間、ADeSの戦闘員達は教会を占拠したが、地下への侵入は見合わせたみたい。何故直前になって作戦を変更したのか分らないけど、正直、助かった。あの人にとって遺跡自体は本当にどうでも良かったんだろう。これで明日までちょっと余裕ができた。
今日は色々な事が有り過ぎた。緊急放送から今迄、たった半日の出来事なのに。
ちょっと横になって……
結構深く眠ってたみたい。変な姿勢で眠ってたのか、ちょっと身体が痛い。
軽く伸びをして、今日やる事を思いだす。
時間になったらロウさん達に教会の方まで来てもらう。勿論戦闘する振りをして、ADeSの戦闘員達の注意を引くためだ。
そして、キュベレイ9さんに”天華(点火)”を発動してもらう。ルシエラさんの当初の装置では特定の条件を満たした人しか発動できなかったけど、今ではキュベレイ9さんに命令できる人が発動できるようになってた。
多分この辺であの人は気付くだろう。何人かの戦闘員は地下へと侵入して来ると思う。でも遺跡を覆う光の膜が、彼らから遺跡とあたしを護ってくれるだろう。”消灼”なんて使われない限りは。
それから”偽化”だ。謝っても謝り切れるものじゃないけど、今の内に謝っておく。皆さん御免なさい。あなたたちを、これから、化物の一歩手前の人間に変えさせて頂きます。
時間が来た。
キュベレイ9さんの合図がくる。
「キュベレイ9さん、”天華(点火)”」
『”天華(点火)”開始します』
何処からともなく光の粒子が溢れ出てくる。光の粒子は外へ外へと拡がって行くみたい。
どれだけ時間が経っただろう。長いようにも短いようにも感じられた。戦闘員達が階段を降りてここに侵入して来たのが見えた。
キュベレイ9さんが合図を送ってきた。
「キュベレイ9さん、”偽化”」
『”偽化”開始します』
開始の声と共に、あたしの身体も、目の前の戦闘員さんの身体も、何かの微小な波に包まれた感じがした。その波は細胞一つ一つを揺らしてく。身体の芯から皮膚まで、ありとあらゆる所を揺らした波は唐突に途絶えた。
気が付くと、溢れ返っていた光の粒子は、消えてた。
目の前の戦闘員達は何が起ったのか分らず、仲間を見回しては互いに問い掛けるような素振りを見せてた。
暫くすると地下にあの人がやってきた。白皙の顔にあの笑みは今は無い。あの人は光の膜の向こうのあたしをじっと見つめてた。
「何をした。鍵の少女」
その声は酷く平板だった。
「世界中の人びとを偽デモリッシュにしました。もう誰もデモリッシュにはなりません」
あたしの声も淡々としたものだった。
次第にあの人の口元が顫えてくる。表情は強張り、肩が震え、両手は強く握り締められてく。
「君は、何て事をしてくれたんだ」
「あなたこそ、何をしたのか分ってるんですか」
あたしの声は冷たさを増していた。
あの人は、もう真面に会話できない位激昂していた様なので、あたしは最後に言いたい事を言う事にした。
「あなたの選んだこの道のゆき先は、一体どこへ向うんですか。そこは、あなたの大事なひとに自信を持って紹介できる所なんですか」
これは、あたしへの問いでもあった。あたしの選んだこの道の行く先は、一体どこへ辿りつくのだろう。
あたしは誰にも自信を持って紹介できる気がしない。
終
最後までお読み下さった皆様、ありがとうございます