ADeSへ
あたしを覆っていた光が薄れてきた。黒白のパターンが目の前に浮かび上がってくる。視界は次第にはっきりしてくると、灰色を基調とした白黒の直線パターンが施された、戦闘服だと分る。いや、グローブ・ブーツからヘルメットまで一体化したそれは、スマートな宇宙服と言った方が良いかも。ヘルメットの横にはADeSの文字が見える。
そんな戦闘服の集団は陣地を構築している様だった。彼らは何らかの資材を運んだり、それで簡易施設を作ったりと、黙々と作業していた。
いや黙々というのは違うか。突然作業を中断して何処かへ行く者や、互いに顔を見合せて、まるで会話している者を見掛ける。
『ルシエラさん。彼らの会話を聞けるかな』
『ここからはルシエラに代って、わたくしキュベレイ9が担当いたします。彼らの交信によって発生する位相の擾乱を捕捉・暗号を解読し、ノアさんへ音声イメージとして投影しますので、暫くお待ち下さい』
知らない人のお出ましだ。
『あの、キュベレイ9さん。あなたはキュベレさんの関係者ですか』
『いえ、わたくしはキュベレ博士が設計・開発したD兵器IIのオペレーティングシステムです。マルチタスク化されてますので、質問・指示は随意にどうぞ』
何か凄そうなのは分った。
あたしは、大人しくキュベレイ9さんの解読を待った。そして、そんなに待つ必要は無かった。
『彼らの交信を投影します』
「FA、戦闘支援まで資材取りに行ってこい」
「飯はまだかな」
「愚図ぐすするなっ」
「おい、この前よ……」
「よし、お前は次に……」
「実戦投入なんて勘弁しろよ」
ちょっと待ってっ。情報量が多すぎ。わーわーとしか聞こえないっ。
『キュ、キュベレイ9さん。色んな会話が一斉に聞こえて。どうにかならないでしょうか』
『パーティや宴会等に出席された事は……注意を向けている会話や、気になる単語は自然に聞き分けられるでしょう。あれと同じです。誰かに注意を払えばその方の会話が聞き取れる様になります』
なる程。ではこの場で一番偉そうな人を探そう。全体を見渡してるあの人がそうかな。
「ALからEL付いて来い。FLはこの場の指揮代理を命ず」
六人の戦闘服が作業を中断し、内五人が命じた人に付いて行き、残る一人が命じた人と交代した。移動した六人を追い掛けようと考えたら、自然に彼らの後を追う形になっていた。
「本作戦についてのブリーフィングを行うため、野戦本部へ向う」
「L、質問いいですか」
「AL、許可する」
「既にデモリッシュが南部を占拠しているという情報は本当でしょうか」
「本当だ。これから行うブリーフィングはそれを踏まえた物となる」
「彼らとの戦闘の可能性は」
「彼らの動き次第だ」
「了解です」
聞き捨てならない会話が聞こえてきた。戦闘になるかもって、じゃ、この街は、街の人達はどうなるの。戦いが始まらないよう、どうにかしなくては。
そんな事を考えながら後を付いて行くと、彼らは中型のドームを横に従えた、仮設の大型テントの中へ入って行った。あたしも、続いてテントに入る。
テントの中には複数のディスプレイを乗せ、忙しそうに手を動かすオペレーターが座る大きめの机が目に入る。彼らはインカムからの声を聞き素早く指を動かす。するとディスプレイ上の表示が切り替わり、それを読み取った彼らはインカムへと指示を飛していた。
奥まった場所には十人程が座れる机あり、先程の六人がコの字に座ってるのが見える。そして一辺だけ開いた中央席に、多分ここで一番偉いだろう男性が座った。
「戦闘員の諸君、想定されていた事ではあるが、デモリッシュの存在が確認された。したがって、これより計画はB案へ移行する」
六人の戦闘員は軽く頷く。それを受け取った中央の白皙の男性もまた頷き返す。
「教会の占拠および地下遺跡の確保。これに変更は無い。教会占拠後のデモリッシュとの戦闘には”消滅”の使用を許可する。教会に近づけるな。また街への被害は最小にする事。
ここ迄で質問は」
戦闘員達はこれにも頷く。
「次に、教会がデモリッシュに占拠され場合だが、デモリッシュの排除を優先する事。それが不可と判断した場合……」
ここで話を切った白皙の男性は、一同を見回す。
「”消灼”の使用を許可する。デモリッシュは殲滅、教会や街への被害は考えなくても良い。Lは事前に使用許可を求める事。
質問は」
戦闘員達は固唾を飲んでいるようだった。何故なのか不思議に思ったあたしはキュベレイ9を呼び出した。
『”消滅”ってなに』
『対象の全ての位相を変調する事で、原子間の電磁気力を遮断する事です。この空間内の物質は原子レベルでばらばらにされます。ただしあの戦闘服の出力では、相手への接触が不可欠で効果は頭部くらいの範囲に留まります』
ばらばらって。ゾクっとする言葉を聞いた気がする。
『あ、ゾーイさんが使ってたあの』
『はい、そうです』
あの地下遺跡で、ルシエラさんに立体映像で見せられたあれか。
『そ、それじゃ、”消灼”は』
『空間の一部に核融合の様な超高温状態を創り出すことです。この空間に巻き込まれたものは、何も残さず蒸発するでしょう。また周囲への被害も甚大なものになります』
ひゅっ。息が止った。それってルシエラさんの世界のベルさんが使ったあれじゃ。
『はい、そうです。彼女の場合は全世界同時に起動させる”天華(点火)”と併用したのであの結果となりましたが』
『なんで、そんな、自滅技術があるの』
『ルシエラが治癒技術の開発過程で偶然発見してしまいました。そして治癒が失敗に終った場合の最終手段として残したそうです』
人間が居なくなって彼らだけになっても良いでしょうに。
『傲慢な考えかもしれませんが。彼らは不老不死です。その世界の太陽が滅ぶまで何十億年もです。貴女は耐えられますか。元に戻せないなら終らせよう。それがルシエラさんの考えです』
わかるけど分かりたくない。
『なんで彼らが使えるの』
『戦闘員の方が着用している戦闘服のお陰ですね』
戦闘服を良く見てみると。
『あ、ちょっと違うけど、あれってLuCyじゃ。ヴィーさんの世界の』
『はい、そうです』
なんであれが此処にあるの。それより、あれって、地下遺跡の三基の装置の端末の筈。だったらキュベレイ9さんやルシエラさんがどうにかすれば使用不可にできるんじゃ。
『すみません。わたくし自身はオペレーティングシステムなので、アクセス権のある方からの指示があれば実行します。またルシエラさん達は他の世界には不介入の立場を取っていますので不可にはできないかと』
なぜ。なぜ。なぜ。
『この世界の事を、この世界以外の者にお任せするのですか。神でも無い只人に。意見を求めれば彼女達は答えてくれるでしょう。でも、決断するのはこの世界の人でなければ』
『なら、何であたしには』
『何もしなければ貴女は死んでいたでしょう。ADeSとデモリッシュの戦闘に巻き込まれて。あなたに働きかけた事で、あなたには選択肢が増えました』
冷水を浴せられた気分になった。一番最初に命拾いしたのは、あたしだったから。
いつの間にか戦闘員の六人はテントから居なくなってた。
白皙の男性があたしを見詰めていた。いや、見える筈が無いんだから只の偶然だろう、と思っていたのだけど。
『やあ、そこにいる誰かさん』