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緊急事態をお知らせします

『緊急事態をお知らせします。先程、市南部より近づく所属不明の大規模武装集団が確認されました。市民の皆様は、至急近くの避難施設へ、何も持たずに避難して下さい。避難後は施設内の誘導員の指示に従って下さい。

 繰り返します……』


 防災無線のスピーカーが、焦りと緊張を纏った放送を流したのは、あたしの入社後六十日目の午後の事だった。突然の事に何を言ってるのか理解できず、隣の先輩女性社員、セシルさんと顔を見合わせた。十八年生きてきたけど、こんな内容の放送を聞くのは初めてだ。

 ただ、何かは起るだろうな、とは思ってた。何故なら昨夜、一番重い頭痛を来たから。何かを訴える女の人の声も今迄に無い位、悲痛なもので。とんでもない事が起きるとは覚悟してたが、まさかこんな理解できない事とは思わなかった。

 武装集団って。所属不明って。自慢じゃないけど、このソフィア市って例の教会ができてから、一度も戦火にさらされた事が無いし。そこそこ大きい都市だけど、首都では無いし。重要な施設が有る訳でも無いし。

 疑問符を頭の上に一杯浮べながらも、放送の指示に従って、あたしたちは一番近くの避難施設、例の教会へと避難を開始した。あたしは未だ体験したこと無いけど、この会社では年に一回、避難訓練を行なってるらしくて、当番制の誘導係の誘導で混乱する事もなく会社の外に出られた。そこで一旦、部署毎に点呼を取り、全員揃ってる事が確認できると、部署毎に纏まって教会を目指す事になった。


 あたしたちと同じく避難する人が、不安そうな表情で教会への道を歩いていた。走って避難する人がいなかったのは、この街が攻撃されるなんて事無いと思ってるからだ。あたしもそう思う。これは何かの間違いで、その集団とやらは途中で何処か違う所へ行くんだろう、と。

 教会に近づくにつれ、道は避難する人でごったがえすようになった。時折不満の声を上げる人がいるけど、まあ、落ち着いてるほうじゃないかな。メディアとかで見る、あの不平不満怒号で喧しい避難風景からすると随分と静か。やっぱり皆、何かの間違いよね、と思ってるんだろう。そんなひそひそ声も聞こえるし。

 孤児院の皆どうしてるかな。あのあたりの避難先も確かこの教会だった筈。もしかしたら、院長先生や先生達の顔を見れるかも。なんて、不安を誤魔化す為、楽しそうな事を考えていると、あたしたちの前に誘導員と思われる男性がやってきて、あたしたちの人数を確認した。

「皆さんは、教会内に入って下さい。入口には別の誘導員がいますので、その指示に従って下さい」

 その誘導員の方はそう告げると、無線でどこかへ連絡し、あたしたちの次に並んでいる人達への対応を始めていた。教会の入口へと向うあたしの耳には「……広場の……へ行って下さい」と言う声が細切れに聞こえた。ああ、同じ避難先でも院長先生達と顔を合わせられないかも、とちょっとがっかりした。


 教会入口には複数の誘導員が居た。あたしたちは、その中の一人の女性に案内されて教会内へ足を踏み入れた。案内された所は、教会の奥まった所にある、小さな集会なら開けそうな部屋だった。そこには同じ会社の別部署の人達が所在なさそうにしていた。

 漸く落ち着けるようになったのでセシルさんと取り留めのない会話を始める。

「わたし、実はこの教会に来るの初めてなんです。セシルさんはどうですか」

「私も初めて。観光名所だけど、近過ぎるとどうしてもね。何時でも来れると思うと足が向かなくて」

 セシルさんも初めてだったみたい。学校の社会見学的な授業でも何故かこの教会は選ばれないし。

「俺も初めて。この前の通りなんか通勤路だから、建物なんかは毎日見るんだけど、中には入った事が無いんだよ」

 同じ部署の男性社員も初めての様だ。近過ぎるとやっぱりそうなるんですかね。だから物珍しさも手伝って、あたしは部屋をじっくり見渡した。部屋は出入口が二つ、反対の壁には窓が幾つか並び、空の明りを室内に齎してた。日差しの様な強い光ではないから北向きなのか東向きなのか。そして残りの壁には絵画が一枚ずつ飾られてた。一枚は男性の、もう一枚は女性が描かれてる。どちらも美男美女さんだ。

「セシルさん、あの絵に描かれている方、どなたなんでしょう」

 セシルさんは改めて二枚の絵画をじっくりと見詰めた。

「う〜ん。ちょっと分らないわ。多分、関係者には有名なんでしょうけど」

「そうですか」

 知る人ぞ知る、なんでしょう。あたしは、特に女性の絵に心を惹かれた。美しくて聡明そうで、何故か寂しそうで儚そうで。見詰めていると誰かを思いだしそう。


 そんな時だった。あたしが頭痛に襲われたのは。過去一番、重い頭痛。ああ、何故こんな時に。もう直ぐ何かが起る。待った無しだ。焦る彼女の声が聞こえる。

「逃げて、ここは危険だから今直ぐ逃げて」

 こんな事は初めてだ。彼女の言ってる事が理解できた。そして、彼女が絵の中の女性だという事も。あたしは、彼女の絵を茫っと眺めた。

「早く。貴女の生命が危いの」

 でも何処へ。どうやって。他のみんなはどうなるの。

「地下へ、地下遺跡へ。他の方は貴女と一緒だと巻き添えになるかもしれない。地下への入口は向かいの男性の絵を……」

 あたしは、その声に操られるように男性の絵を見た。セシルさんが心配そうな顔で、青褪めたあたしを見ているのが分る。あたしが、男性の絵に近づこうとした時、その放送が入った。


『続報です。先程の武装集団は市の南部に到達。また、市の北部にも武装集団が現れました。双方の関係は不明。未だ避難されていない方は近くの避難施設、または西地区の公会堂へ急いで下さい。既に避難された方は誘導員の指示に従って下さい。

 繰り返します……』


 南北から何かがやって来る。彼らは何しに来たのか。あたしは、何故生命を狙われるのか。何も分らない。ただ、声の言う通りに、男性の絵へ近づこうとした。

「すみません。通して下さい」

 お願いして、壁までの道を空けてもらう。もう一歩という処で出入口から誘導員さんの指示が飛ぶ。

「皆さん。武装集団が来る前に西地区の公会堂へ避難します。今直ぐ広場まで移動して下さい」

 同僚達はぞろぞろと部屋を出て行った。あたしもそれに続いて、部屋を出ようとした。けど、何故か視線を感じる。出入口を塞がない様、ちょっと横にずれて、視線を感じる方を見る。絵の中の女性が、懇願する様な目であたしを見ている気がした。

 あたしを除いた全員が部屋から出ると、誘導員さんが声を掛けてくる。

「さあ、あなたも早く」

「はい」

 急かされて部屋を出るけど、あの女性の言った事が気になって仕方が無い。どうしよう。でも、悩んだのは数瞬だった。あたしは屈んで靴紐を直すふりをした。

「すみません。直ぐ追い付きますので、先に行って下さい」

 誘導員さんはあたしのしている事を確認すると軽く頷き、広場の方へと歩いていった。その隙にあたしは部屋に取って返した。

 セシルさん、先輩社員の皆さん、誘導員さん。ごめんなさい。あたし、あのまま一緒にいたら、皆さんを巻き添えにするかもしれなくて。もし、また会う事ができたら平謝りします。だから、どうか、無事でいて下さい。


 あたしは部屋に戻り男性の絵の前に立った。そして先刻の続きで、額の右下と左下に指を当ててから、その絵を回転させた。まるで絵の真ん中に鍵があって、その鍵が壁に刺さっているかのように。くるりと絵を一回転させ、手前に引っ張る。

 すると。

 絵の下の壁が消えていた。その先には地下へ続く階段通路が見えた。そんな非常識に現れた階段通路を降りようかどうか躊躇する。けど、後ろから女性の声が。

「急いで」

 その声に背中を押されるように、あたしはその階段通路を降りていく。

 階段通路は照明が無いのに、柔らかな明かりで満たされていた。ふと、後ろを見るとあの部屋が何かに遮られて見えなくなっていた。消えた筈の壁が元に戻ったのかも。あの男性の絵はどうなってるのかな、という考えが過るが、もう確かめようもない。あたしは頭を軽く振って、地下への階段を降りていく。


 暫く階段通路を降りて行った先には、あたしの語彙では言い表せない光景が広がっていた。

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