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あたしはノア

 あたしはノア・ソフィア。たぶん十八歳の、孤児。拾われた時の年齢が分らないから、たぶん、なんだ。預けられた孤児院がソフィアで、ノアはそこで付けられた名前。

 今日は十八年間お世話になった孤児院の退所日。院長先生や手のあいた先生達にお見送りされた時は、ちょっとうるっとしたけど、それは内緒。とびきりの笑顔でお別れの挨拶をした。院長先生も先生達も涙を溢しそうになってたけど、今日はおめでたい日なんだし、明るくしなくちゃね。

 皆に別れを告げたあたしは、これからお世話になる会社の寮への道を歩き出した。時々振り返って見ると皆、いつまでも手を振ってくれていた。


 学校ではとにかく勉強を頑張った。お陰で市内でも有数の会社の、事務員として雇ってもらえた。多分だけど、あたしみたいな境遇の子を雇うと、会社が優遇措置が受けられるのも、あたしの就職を後押ししてくれたんだと思う。理由はどうあれ、衣食住の不安無く暮していける事にほっとしたんだ。


 寮に着いたあたしは、明日からの出社に備え休む事にした。ベッドにごろっと横になる。十八年間の色んな思い出や、明日からの生活に想いを馳せる。

 院長先生いつも優しかったな。先生達は厳しかったけど、学校に通うようになったら何で厳しかったのか理解できたし。例えば、あのとっても我儘で皆から嫌われてた子の親ったら甘やかすだけだったもんね。厳しかったけど、それは愛情からだって分って先生達に感謝したら泣かれてしまったけ。

 先生達、感謝できる子に育ててくれてありがとう。お陰で明日からの会社員生活も何とかなる様な気がしてます。


 そんな事をとりとめも無く思い返していたら、ズキっと痛みがこめかみに走った。

 まただ、と思った。この頭痛みを感じるようになったのは何時からだろう。少くとも十年はお付き合いしていると思う。

 この頭痛を感じると、何故か女の人の声が聞こえてくる。何を話してるのか言葉が全然解らない。この症状が始まった最初の頃は、怖くてひたすら怯えてたっけ。

 怖くて怯えたのは女の人の声が聞こえたからだけではなくて、その後に良くない事が起るから。声が聞こえ始めて数日から数十日後に、何かが起る。それに気付いたのは、八歳の頃。親友だと思っていたお友達から酷い意地悪をされた。その子が好きな男の子とあたしが特別仲良くしてるって勘違いで嫉妬されたからだった。あたしはその男の子の事、何とも思って無かったのに。その元親友とはそれっきり疎遠になってしまった。

 今日の痛み方だと数十日後だろうな。その日が近づいてくると段々重い痛みになってきて、女の人の話しも長くなるんだ。

 これから暫くこの頭痛と突き合わなくちゃいけないのか。折角明日から新生活の始まるっていうのに、何かケチが着いちゃった。

 溜息がでる。

 よし料理でもして気分を変えよう。この会社の寮は賄いが無いから自炊は必須だ。でも孤児院時代には徹底的に料理を覚えさせられたので、あたしとしては問題無し。今日の晩御飯は何にしようかな、と冷蔵庫の中を見ながら献立を考えてるうちに、頭痛の事は心の片隅に追い遣られていった。


 会社員生活は、まあまあ順調だった。最初の内は孤児なのを揶揄されたり、可哀想がられたり、普通に接してくれたり。学生の時もそんなもの事だったし。仕事に関してはきっちりと教えてもらえた。個人の感情と仕事は別、と割り切ってる人達ばかりだったのが何気に嬉しい。この会社の人達が特別なのか、それとも大人の人が皆そうなのかは判らないけどね。

 お陰である程度の仕事、もちろん新人でも出来るものだけ、を任せてもらえるようになった。

 あたしは丁寧にミスの無いよう気を付けてそれらの仕事を熟していたからか、揶揄も可哀想がりも少しずつ減っていって、同じ仕事仲間として接してくれる同僚が増えていったのは僥倖だった。


 例の頭痛は今でもある。というか段々頭痛の間隔が短くなってきてる。まだ数日に一度の頻度だけど。仕事中に頭痛が起きたら、表情を変えによう我慢して、女の人の声はなるべく無視するようにしてる。まだ数秒から十数秒の話だし、これ位なら何とかなるし。

 今日も頭痛が起きた。何時ものように遣り過したけど、隣の先輩女性社員に気付かれたみたい。

「どうしたの。ちょっと疲れちゃったかしら」

 って声を掛けられた。あたしが仕事に集中できてないように見えたらしい。

「すみません、昨日夜更ししてしまいまして」

 学生時代からの言い訳の定番、夜更しで誤魔化したけど。

「仕事に差し支えるから。お肌にも悪いしね。今度から気を付けてね」

 お小言半分、心配半分の指導を頂いてしまった。あたしは「はい、気を付けます」と素直に反省するけど、少し不安になった。頭痛が起きる度に集中できてないように見られたら、態度不良で解雇されるかもしれないし。

 入社したてで余裕が無かったから気付かなかったけど、先輩社員さんでも、集中できてないのを誤魔化す技術に長けているだけだったみたい。あっ、不真面目なんじゃないよ。仕事はきちんと熟してます、その社員さんも。その方の名誉の為に付け加えさせていただきました。


 そんなこんなで、入社後三十日位の事、あたしの歓迎会を開いてもらいました。入社後直ぐじゃないのは、仕事に慣れてきて、こういう催しにも落ち着いて出席できるだろうという配慮からだそうです。

 先輩社員の皆さんは地酒で、あたしは未成年という事で果実水で乾杯しました。

 あたしは早速、質問攻めに合いました。困ってる事はないかとか、仕事は楽しいかとか。好きな俳優さんはとか、趣味は何とか。中には恋人いるの、なんていうものまでありました。

 プライベートな質問にしどろもどろになりながらもこの時間を遣り過すと、いつしか宴は、まったりとした歓談の時を迎えてた。

 あたしは、会社でも隣席の先輩女性社員の方に声を掛けた。頭痛の時に指導してくれたあの方ね。

「先輩、先日はご指導ありがとうございました。それで、ちょっとご報告しておく事がありまして」

 その女性は地酒で桜色に染った、きりっとした目元をあたしに向けてくる。同性のあたしでも、ちょっと、どきっとしてしまう。

「なあに。ノアさん」

「はい、実はわたし頭痛持ちでして。時々、本当に時々なんですけど、この前のように頭痛でボウっとする事があるんです。といっても数秒から数十秒で直るので、仕事には差し支えないようにします」

 気味悪がられるだろう女の人の声の事は省略して話した。

「毎日起るのかしら」

「いえ、一年に一回も無いです。ただ頭痛が起る時は数日置きに数十日の間起きます」

「病気ではないのね」

 これは、あたしも気になったので病院で調べてもらった事がある。結果、どこにも異常はなかったよ。

「はい、病院で検査してもらって問題はありませんでした」

「わかったわ。じゃあ、後でバレない遣り過し方、教えるわね。勿論、サボりに使っちゃだめよ。うふふ」

 妖艶なのにお茶目な先輩は、笑ってアドバイスをくれた。なので、あたしも微笑みを返したよ。

「悪い事には使いません。よろしくご教授下さい。ふふっ」


 宴席の話題はいつの間にか街の中央にある教会の話になってた。この教会は大変古くからある、とても美しい建築物と広場があって、観光名所にもなってる。だけど、この教会が有名なのは、それだけではないのだ。実はこの教会の地下には、更に古い年代の地下遺跡があって。そして遺跡には、誰も触れる事のできない、だから用途の判らない装置が幾つも置かれているのでした。

 触れる事ができないというのは文字通り、触れようと手を伸ばしても弾かれてしまう、不可視の障壁があるという意味。

 文献によれば、そもそも教会自体、この遺跡と装置群を護る為に建てられたそうで。それ以前の事はどの文献にも残って無いそう。

 そんな不思議な物があれば、与太話というのは弾むもので。異星人がどうとか、超古代文明人がなんとか、議論百出百家争鳴となる訳で。

 その日の楽しい宴の夜はわいわいがやがやとしたまま更けていったのです。


 そんな、会社員生活を送っていたあたしが、()()に遭遇したのは入社後六十日目の事でした。


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