1意識していませんでした
1意識していませんでした
「お疲れ様ー」
六限の授業が終了し、そのまま帰りのホームルームも終えた。続々と同級生が帰って行った。私は終始我慢していた尿意に耐えられず教室を出てトイレに向かった。
トイレを終えた瞬間、安堵を覚えた。汚く汚された手の表裏を水で洗い流して教室に戻った。
教室には佐伯とクラスの中心的な存在の女子がきゃっきゃっと話をしていた。
「さえ先て彼女いんのー?」
「いてもいなくても言わねぇーよ」
「てことはいるってこと!?ショックなんだけどー」
黄色い声が教室を温めた。
私にはこの場は似合わないと思い荷造りを始めた。
「遅いし、もう、帰ろ?」佐伯は女子を宥めるように優しい口調で言った。
「つまんなーい!帰ろー!」
「気いつけて帰れよー」
「はーい!」
扉が閉められ、一瞬にして教室が静寂に包まれた。
「お前も帰えんの?」佐伯は少し声を低くして問いてきた。この教室にいるのは私と佐伯だけ。答えるべき人は私だけであった。
「はい。もう、遅いので」
「帰る前にさ、ちょい手伝って欲しいもんがあって」もう帰ろうと思ったのに。まぁ今日はピアノのレッスンも休みだし帰っても誰もいないしいっか。私は彼の願いを引き受けた。
私は自身のバッグを手にとり教室の鍵を閉めて佐伯に渡した。
「ありがとうございますねー」
「いえいえ。何を手伝えばいいですか?」
しばらく廊下を歩いて2階の図書室にやってきた。室内には誰もおらず。再び2人だけの空間となった。
「ここの本を教室に運んで欲しいー」貸し出しコーナーの横に一つのプラスチック箱があった。箱の中に多種多様の本が詰め込まれていた。全て読んでみたい気持ちを抑え込んだ。
「先生?」すぐ近くにいたはずの佐伯が姿を消していた。一体どこに行ったんだ?
私は図書室内を徘徊し始めた。図書室内は薄暗く、私だけのように感じた。
ふとした瞬間に本棚に目を向けると、数えきれない小説が並べられていた。いつの間にか小説コーナーに来ていたようだ。私は気になり思わず手を伸ばした。
太宰治
夏目漱石
森鴎外
どの本を手に取っても知っている自分が嬉しくなりその場に浸った。
「あー俺も好きそれ」
「うわ!」
浸っているところにキャスター付きの椅子に乗った佐伯が来た。
「何やってんの?」
「先生こそ何してらっしゃるんですか?」
「んー?お前探してた」
「私も先生のこと探してましたよ」
「そっかー」
「今は読書の時間じゃないです。荷物を運びましょう」
「お前が読んでたじゃーん。俺は読んでないっつうの」
「‥‥」私は何も言い返すことが出来ず黙った。
私は小説を本棚に戻し、貸し出しカウンターの方へ足を向けた。すると佐伯が私の手首を掴んできた。
「いいんだよー荷物運ばなくても。二人でいたいだけだから」そう言いながら本を指差した。私はどう対応していいか分からず手を引き離した。
「ちょっと!何するんですか!」大きな二重目が私のことを見つめている。下から。その目に耐えられずに私は図書室を飛び出した。
なになになに?あの表情は何?いきなり手首を掴まれたら動揺するに決まってる。私はあの時の状況がフラッシュバックされてほんの少し、体温が上がった。
「ただいま」
誰もいない家に足を踏み入れた。ある程度重たいスクールバッグをおろし手を洗った。すぐにも壊れそうな木造りの椅子に腰掛けた。机の上にあった小説の一つを手に取り付箋からのページを読み始めた。
部屋の静寂はまるで私の心の中みたいだ。部屋を見渡すだけで自分自身の気持ちが分かる。
小説を一瞬で読み終えると、夜ご飯の支度を始めた。今日はささみ丼と卵スープでいっか。簡単に出来る料理は女子の味方だ。
「んー!はぁー!」私はお風呂から上がり、牛乳ビンを一度に飲み干した。歯を磨いて自室に戻り布団に寝転がった。
『二人でいたいだけだから。』‥ちょっと待って?今思い返してみると手首を掴まれてこんなこと言われるなんて、、、。新手の殺人みたいだ。
私は自分の手首を見つめた。徐々に手首を顔に近づけた。
「んーーーー!もう!」
私の赤面癖は佐伯のせいで一生治らないみたい。
「いいんだよー荷物運ばなくても。二人でいたいだけだから」俺は彼女の手首を掴んでいた。
彼女は大きな声を出して図書室を出ていった。
「顔真っ赤じゃん‥」
思わず声が出た。