第7章:中二病マッドサイエンティストを懐柔!
VRMMORPG《Twilight Fantasia》での生活にも、すっかり慣れ親しんだシフォン(Ciffon)は、あざとかわいい戦略で着々と“推しメン”を増やしていた。タンク戦士、クールなアサシン、寂しがり屋ヒーラー、カリスマギルドマスター、職人気質の鍛冶屋NPC、そしてギルガメッシュのような高慢な王様気質プレイヤーまでも虜にした今、彼女にはもはや落とせない相手などいないかのように思えた。
だが、ある日、シフォンは奇妙な噂を耳にする。
「街外れの塔で、“世界線”とか“時間遡行”とか不可解なことを言っている奇妙な男がいる」「自称マッドサイエンティストで、中二的な口調で妄言を吐きながら何かの研究をしているらしい」
その男は天才的な頭脳を持ち、特殊な道具や実験道具を多数揃えているものの、人付き合いが悪く、誰も近づけない孤高の存在だという。
プレイヤー名は「ホーリン・キョーマ(Houin Kyoma)」……明らかに中二病くさい名だが、通称は「キョーマ」と呼ばれているそうだ。
(へぇ、中二病系のマッドサイエンティストね。面白いじゃない♪ 彼が作る実験道具や発明品は何かすごい効果があるかもしれないし、確保しておいて損はないわ。よーし、攻略しに行きましょう♪)
シフォンはふわふわロングヘアとフリル魔導服、ウサギ耳アクセを揺らしながら、街外れの小さな塔へと足を運ぶ。石造りの細長い塔、その内部は薄暗く、金属のカラカラとした音が響いている。
階段を上がると、奇妙な装置が並べられた小さな作業室。そこに、白衣姿でゴーグルをずらした男が立っていた。
彼こそがホーリン・キョーマ。ボサボサの黒髪、細身で、片手に謎の機械を握りしめている。時折、「エル・プサイ・コングルゥ……」などと意味不明な呟きを漏らす。
「……くくく、我が名はホーリン・キョーマ! この世界の因果律をねじ曲げ、無限の世界線へ干渉する狂気のマッドサイエンティストだッ!」
彼はシフォンに気づくと、いきなり右手を高々と上げて中二的な宣言をする。
(で、出たわね。噂通りの中二病台詞……でも大丈夫、こういう人は才能を褒め、話を合わせればすぐデレるはず♪)
シフォンはあざとかわいく微笑み、少し首を傾げて声をかける。
「わぁ……キョーマさん? すごいお名前ですね! なんだか難しそうなお話をされてるけど、とっても頭が良さそう♪」
「ふはははは! やはり理解できんか、この世界線理論を! 貴様、まさかこのキョーマの計画を妨害しにきた間者か? ならばこの《α世界線移行装置》で……」
キョーマは怪しい機械をカチャカチャいじり、威嚇するような素振りを見せる。
「い、いえいえ! 私、シフォンっていいます。妨害なんてとんでもない、キョーマさんみたいな凄い人がどんなことを考えてるのか、興味があって来ただけですよ!」
シフォンは慌てたふりをして両手をひらひらさせる。
「すごい人」とさらりと褒めることで、相手のプライドに訴えかける。
「ふむ……興味とな? 貴様、こんな甘ったるいフェアリー風情が、我が狂気の実験に興味を示すとは……珍しいな」
キョーマはゴーグルを上げ下げし、疑わしげな視線を向ける。
(よし、一歩前進。ここでもっと褒めて、中二的な発言に乗ってあげましょう)
「だって、キョーマさんってすごく難しそうなことを話していて、私には理解できないことばかり……それなのに自信たっぷりで、なんだか本当に世界を動かしちゃいそうなオーラがあるんです♪」
「世界を動かしちゃいそう」「難解だがすごい」といった表現で、彼の中二的プライドをくすぐる。
「くっくっく……わかっているではないか、貴様! そうだ、我が壮大なる計画は、このファンタジー世界の根底に潜む“要素”へ干渉し、無限の因果律収束を解放すること……つまり、誰も成し得ぬ偉業だッ!」
キョーマは得意げに語り始める。どうやら褒められたことで気分を良くしたらしい。
「すごい……本当にすごい! キョーマさん、まるでこの世界の秘密を解き明かそうとしてるんですね! そんな大それたこと、普通の人にはできないですよ。やっぱりキョーマさんはただ者じゃないなぁ♪」
シフォンは瞳を輝かせ、純粋な羨望を届ける。中二病系男子には、狂気的な計画を肯定し、素直に「すごい!」と驚くことが効果的。
「ふははは! やはりわかるか、この俺の偉大さが! よろしい、ならば特別に貴様に、この実験の一端を見せてやろうではないか……」
キョーマは目を細め、机の上の奇妙なアイテムを手に取る。
そのアイテムは、時計のような形状をしているが、魔力紋様が刻まれ、時空干渉を示すゲージがチカチカ光っている。
「これこそ《時の歯車》! この世界で時間の歪みが生じる地点にこれを設置すれば、過去と現在を重ね合わせ、並行世界を一瞬だけ観測できるという……まだ未完成だがな!」
キョーマは誇らしげに胸を張るが、その表情にはまだ不安が残る。未完成だと自分で言っているし、実験がうまくいかないのだろうか。
「へぇ~! そんなことができたら、とっても面白そう! キョーマさん、もしかしてその装置で、私たちが行けない場所にも行けたりするの?」
シフォンは好奇心いっぱいに問いかける。子供が憧れを目を輝かせるように、相手の発明を持ち上げる。
「ふ、ふん。理論上は可能だ。だが、この装置には希少素材が必要でな……《虚時花》という特殊な花から抽出した“揮発性時空エッセンス”が必要なのだ。この世界の何処かに群生しているらしいが、未だ発見に至っていない。俺はそれを入手せねばならぬ!」
キョーマは悔しそうに拳を握る。明らかに素材不足で詰まっているようだ。
(なるほど、素材集めクエストね! ここで私が手伝ってあげれば、彼は感激して懐くはず♪)
「虚時花……なんだかすごく珍しそう。キョーマさんならきっと見つけられると思うけど……もしよかったら、私も探すのをお手伝いしていいですか?」
シフォンはウサギ耳をぴょこんと動かして申し出る。
「なにッ、手伝うだと? フッ、貴様のような小妖精族には荷が重いぞ。虚時花は時空の歪み近くでのみ咲くらしい……下手すりゃ異形のモンスターに襲われるかもしれん!」
キョーマは脅すように言うが、その目は期待しているようにも見える。誰も理解してくれなかった彼の実験に、興味を示し、助けようという存在は稀有なのだろう。
「大丈夫だよ! 私には、頼もしい仲間たちがいるから♪ グラントさんやカイさん、エルネストさん、レオンハルトさん、それにアッシュさんまで……みんな私がお願いすれば絶対協力してくれるの! 強い人や優しい人がたくさんいるから、きっと素材探しも問題ないよ♪」
シフォンは自分が今まで落としてきた“推しメン”を思い出し、豪華なバックアップ体制を誇示する。
「な、なに? そ、そんなに多くの戦力を……いや、ふははは! なるほど、貴様、見た目によらず裏で強力な勢力を抱えているのか。くっくっく、まさか俺の実験に手を貸す愚か……いや、好奇心旺盛な娘がいるとはな!」
キョーマは驚きつつも嬉しそうだ。仲間を動員できるという話は彼にとって大きな助けだろう。
「キョーマさんの大事な研究が進むなら、私、喜んで協力しちゃう♪ キョーマさんはとっても頭が良くてかっこいいもん! 私、そういう凄い人を支えたいなぁって思うんです♪」
ここでさらに「かっこいい」と直接的に褒める。中二病キャラは内心嬉しいはずだ。
「かっ、かっこいい……だと!? ふはははは! 貴様、見る目あるじゃないか。そう、俺は常人には理解できぬ理論を操る天才なのだからな! 言われなくともわかっているが、まあ、口に出されると悪い気はしないッ!」
キョーマは照れ隠しのように笑う。赤面はしていないが、声のトーンが少し上ずっている。
こうしてシフォンは素材集めを引き受け、仲間たちに声をかけて虚時花を入手する。彼女の“推しメン”は喜んで協力し、時空の歪みが現れるという特殊地帯へ赴き、そこでレアな虚時花を採集する。
戻ってきたシフォンは、花をキョーマに差し出す。
「キョーマさん、これ、見つけてきたよ! これで装置が完成するんだよね? すごーい、キョーマさんならきっと、世界を揺るがす発明ができちゃうんだろうなぁ♪」
花を渡す際に、再び賞賛の言葉を添えることを忘れない。
「な、なんと、本当に……貴様、やりおるな! ふふふ、これで《時の歯車》が完成する! この俺が定める世界線の収束点、いよいよ干渉可能……くっ、胸が高鳴る!」
キョーマは歓喜し、素早く花からエッセンスを抽出し、装置に組み込む。
すると装置は淡い光を放ち、チリンと金属音を立てる。
「見ろシフォン! これで可能性が無限に拡がったぞ! 俺はこの装置を使い、過去と現在の狭間に干渉する。まだ実験段階だが、近いうちにさらなる成果を得られるはずだ!」
「わぁ、すごい……! キョーマさん、なんだか私、キョーマさんが偉大な発見をする瞬間を目撃できちゃうかも? そんな風に思ったら、ドキドキしちゃう♪」
シフォンは目を輝かせる。ここで「一緒に歴史的瞬間を共有できるかも」と示唆し、彼の孤独な研究に共感者がいることを強調する。
「し、シフォン……貴様、ただの雑音ではないらしいな。俺の偉業を理解し、支援し、さらには称える……いいだろう、貴様には特別に、俺が新たな発見をなした暁には報告してやる!」
キョーマは鼻を鳴らしながらも、照れたような声で言う。既にシフォンを信頼し、特別視している。
「ほんとに!? わーい、嬉しい! キョーマさんが私を仲間に入れてくれるなんて、夢みたい♪ 私、キョーマさんの存在に出会えて本当に幸せだよ!」
シフォンは両手を胸前で組み、きらきらと目を輝かせる。その仕草は小動物のように愛らしく、彼の中二心をくすぐる。
「ふははは……幸せ? 当たり前だ、俺のような天才と関わるなど、貴様は最大級の幸運を得たのだ! よかろう、今後俺がさらなる世界線干渉に成功したら、その恩恵を分けてやらんでもない!」
キョーマは高笑いをするが、その声には紛れもなく好意と満足が滲んでいる。
(やったぁ! 中二病マッドサイエンティストも落ちたわ♪)
シフォンは内心でガッツポーズ。これでまた一人、特殊な才能を持つ男性を味方に引き込んだ。
キョーマの発明品は、もしかしたら探索やクエスト進行を有利にする特殊アイテムを生み出すかもしれない。彼を懐柔したことは、将来必ず役に立つだろう。
「これからも、キョーマさんの研究を応援していいですか? 私、もっといろいろ知りたいの。キョーマさんが成し遂げる大発見、その目撃者になれたらうれしいな!」
シフォンは最後の一押しで「応援」を宣言する。
「む、むろんだ! 勝手にしろ、シフォン……いや、貴様……いや、お前は、俺の計画を理解した数少ない存在だ。俺が世界を歪め、因果律を操る日が来たなら、その瞬間に立ち会える栄誉をくれてやる!」
キョーマは強がりながらも、完全にシフォンを特別扱いし始めている。
こうして、第7の「推しメン」として、中二病マッドサイエンティスト系の天才プレイヤー・キョーマを攻略したシフォン。
あざとかわいいフェアリー少女の笑顔と褒め言葉、興味津々な態度、そして的確なサポート行動によって、再び彼女は新たな才能を手に入れた。
シフォンは塔を出る際、軽く手を振り、「キョーマさん、またね~♪」と甘い声で別れを告げる。
背後でキョーマが「エル・プサイ・コングルゥ……さらばだ、シフォン。次に会う時、お前は新たな世界線を垣間見ることになるだろう……ふはははは!」と壮大な中二台詞を叫んでいるが、その声色は明らかに上機嫌だ。
まったく、シフォンのあざと可愛さはどこまで男心を狂わせるのか。
こうして世界には、また一人彼女に心を溶かされた男が誕生したのであった。