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第3章:寂しがり屋ヒーラーを懐柔!

 朝靄が晴れ、清々しい日差しが降り注ぐプレリュードタウン。VRMMORPG《Twilight Fantasia》の世界で、シフォン(Ciffon)は今日も意図的な「あざとかわいい」戦略を胸にログインしていた。


 正式サービス開始後、数日のゲーム内時間が経過した。

 シフォンは既に二人の男性プレイヤーを手中に収めている。無骨な戦士グラントとクールなアサシンのカイ。どちらも、かわいい仕草や褒め言葉、甘え上手な態度を駆使することで骨抜き状態にした。今やグラントは専属護衛騎士のように傍に控え、カイは影のようにふらりと現れては彼女を助けてくれる。


 だが、シフォンは満足しない。この世界は広い。もっといろいろな職業・性格の男性プレイヤーを攻略して、自分の「推しメンリスト」を充実させれば、あらゆる場面で強力なサポートが得られるだろう。

 幸い、あざとかわいいムーブはどんな男性プレイヤーにも効く。多少の時間や手間はかかるが、その価値は十分にある。


「さて、今日は何しようかな~♪」

 シフォンは柔らかな声で自問する。いつものようにかわいい装備を揃え、パステルカラーのフリル魔導服にウサギ耳アクセを揺らしながら、宿屋を出た。


 今日は少し大きなダンジョンへ行く予定だった。戦士グラントの提案で、初心者向けダンジョン「クリスタル洞窟」の攻略を試みることになっている。戦士とアサシンがいるなら、基本的な火力と防御は十分。

 しかし、問題は回復手段だ。グラントはタンクとして耐久力があるし、カイは回避を駆使できるが、シフォン自身は戦闘が苦手。回復手段も限られ、ポーションを大量に用意するのはコストがかさむ。


 そこで「専属ヒーラー」がいれば、と考えてしまう。

 回復役が一人いるだけで、ダンジョン攻略の安定感は段違いになる。しかもシフォンの「推しメン」が増えれば、ワンチャン今後、ヒーラーが必要なときも困らない。

 幸い、タウンには多くのヒーラー職プレイヤーがいる。問題はどうやって好みのタイプを捕まえるか、だ。


(確か、ベータ時代に、よく街中で「回復職募集中」の看板を出してた人がいたっけ。ヒーラー職ってパーティで軽んじられたり、報酬があまり良くなかったりで、孤独な人も多かった気がするなぁ……。そういう寂しがり屋さんを狙えば、ちょっと感謝するだけでメロメロにできちゃいそう♪)


 シフォンはウサギ耳を揺らしてほくそ笑む。

 そして、何かヒーラーらしい人を探そうと、広場から少し外れた路地を歩く。しかし、思ったより人が多くて落ち着かない。

 すると、何やら視界に入った。人通りの少ない角で、若い男性アバターが所在なさげに立っている。ローブ姿で、杖の先には癒し系のクリスタルが輝いている。典型的なヒーラー装備だ。


 彼は行き交うプレイヤーたちに何か声をかけようとして、やめて、また口を噤んで……という挙動不審な様子。

(あれは……ヒーラーさんかな? 声をかけづらそうにしてる。人付き合い苦手なのかしら?)


 シフォンは試しに近づく。すると、その男は自分が話しかけられたことに驚き、慌てて視線を泳がせる。

「え、あ、君、その……迷ってる、のかな?」

 彼の声は小さく、少し震えている。ヒーラーらしい優しげな雰囲気はあるが、どうやら内気で控えめなようだ。


「うん、実はちょっと困ってて……」

 シフォンは微笑み、あざとく小首をかしげる。

「あ、あの、もしよければだけど、僕、ヒーラーで、手伝えることがあれば……」

 相手はそう言ってから恥ずかしそうに俯く。その仕草が「寂しがり屋」感を醸し出している。

 (やった、予想的中♪ これは簡単そうね)


「わぁ、助かる~! ありがとう!」

 シフォンはすかさず甘い声で感謝する。声のトーンは柔らかく、高め。相手を緊張させないように、にこやかな笑みを絶やさない。

「私、シフォンっていうの。あなたのお名前を聞いてもいいかな?」

 彼に名を尋ねることで親近感を演出。


「あ、僕は……エルネスト。エルって呼んでも……いいよ」

 エルネストと名乗る彼は、面差しがどこか幼さを帯び、頬を紅潮させている。ヒーラー特有の柔和な顔立ちに加え、明らかに対人コミュニケーションが苦手そうな雰囲気がある。


「エルさんだね♪ 素敵なお名前!」

 シフォンははじける笑顔。

「実はね、私、近いうちに『クリスタル洞窟』っていうダンジョンに行きたいんだけど、回復役がいなくて困ってたの……。エルさんみたいな優しいヒーラーさんが手伝ってくれるなら、すごく助かるなぁ♪」


 シフォンは自然に「優しい」「助かる」といった肯定ワードを連発。これでエルネストに「自分はこの子に必要とされている」という感覚を与える。

 彼は予想通り、目を潤ませて小さく頷く。

「そ、そんな……僕なんて未熟だけど、それでもいいの? 今までパーティに誘ってもらえなくて、いつもソロで街うろうろしてたから……」

 エルネストはポツリポツリと吐露する。どうやら過去にないがしろにされた経験があるらしい。ソロだとヒーラーはあまり強くないので、パーティで真価を発揮する職業なのに、仲間に恵まれない。そんな憂いを抱えていたのだろう。


(うふふ、こっちの思惑通り。寂しがり屋ヒーラーはちょろいなぁ)


「もちろんいいよ! エルさんみたいに真面目で優しそうな人に手伝ってもらえるなら、私、とっても嬉しいな♪」

 シフォンは両手を胸の前で組み、ウサギ耳アクセをぴょこぴょこと揺らす。これだけで相手の視線は彼女に釘付け。


「わ、わかった……! 僕でよければ頑張るよ!」

 エルネストは思わず身を乗り出す勢いで答える。その瞳にはもうシフォンへの信頼が芽生えている。


 しかし、そこで不意に甲高い金属音が響く。

「シフォン、遅いぞ! どこに行ったんだ!」

 低く響く声が路地裏に駆け寄ってくる。

 グラントだ。彼は頑丈そうな鎧と巨大剣を携えて、一目散にシフォンを探していたようだ。その後ろを影のようにぬるりとついてきたのはカイ。相変わらず無表情だが、シフォンの居場所を気にしている。

 二人の男性プレイヤーは、シフォンが見知らぬヒーラーと親しそうに話している光景を目撃する。


「おい、その男は誰だ?」

 グラントは不機嫌そうに問う。彼にとってシフォンは“守るべき姫”のような存在。そこに突然現れたヒーラーが加わることは面白くない。

「……新しい仲間か? 勝手な真似だな」

 カイは冷淡な声で付け足すが、その目には嫉妬の色が滲んでいる。


「うふふ、二人とも紹介するね! こっちはエルさん、ヒーラーさんなの。エルさん、この二人はグラントさんとカイさん、私と一緒に行動してくれている仲間だよ♪」

 シフォンはあざとく笑って状況を和らげる。二人に対しても満面の笑顔と軽やかな声で「仲間」として紹介することで、エルネストが疎外感を感じないように配慮している。


「よ、よろしく……エルネスト、です……」

 エルネストは緊張で声が裏返りそうだ。

 一方、グラントは不満げに鼻を鳴らし、カイは腕を組んで黙っている。


(ここは私の腕の見せどころね。二人の嫉妬をなだめつつ、エルネストをパーティに馴染ませなきゃ)


「ねぇ、グラントさんとカイさん、今日のクリスタル洞窟攻略の件なんだけど、エルさんが回復を手伝ってくれるって! これでみんな安心して挑めると思わない?」

 シフォンは明るく提案する。「みんな」という言葉を強調し、あくまで自分がハーレムを形成しているのではなく、彼ら全員が仲間であるように見せる。


「……確かにヒーラーがいれば安定するが」

 グラントは渋々ながら認める。

「ふん、ヒーラーくらい、どこにでもいるだろ」

 カイは拗ねたような口調。だが、この程度は予想済み。


「でも、エルさんはとっても優しくて、私が困ってたらすぐ声かけてくれたんだよ! 私、その優しさがすごく嬉しかったの♪」

 シフォンはエルネストを全面的に褒め、同時にグラントやカイにも「こんな優しい人が仲間になるなんて素敵でしょ?」と促す。

 嫌々ながらも、彼らは反論しづらい。シフォンが喜んでいる以上、否定すれば彼女の不興を買うかもしれない。


「い、いや、そんな……僕、大したことは……」

 エルネストは完全に照れまくっている。今までこんなに素直に褒められた経験がないのだろう。


 こうして、渋るグラントとカイをなんとか丸め込み、シフォンはエルネストをパーティに組み込むことに成功した。

 初心者パーティだが、タンク役のグラント、ダメージディーラーとしても暗殺を得意とするカイ、そして回復役のエルネスト、さらには天性の「あざとかわいさ」で男心を操るシフォン。この編成なら、クリスタル洞窟攻略はまず間違いなくうまくいく。


 数時間後、彼らはダンジョン内部へと足を踏み入れた。

 クリスタル洞窟は透明な結晶が散在し、壁面には淡い光が反射している幻想的な場所だ。モンスターは弱いスライムや小型ゴブリン程度だが、油断すればダメージが重なる。ここでヒーラーの有無が分かれるわけだ。


「わぁ、綺麗な結晶……」

 シフォンはわざと感嘆の声を上げる。こういった風景を楽しむ純粋な姿勢が、男性陣に「彼女を守りたい」と思わせる。

 グラントは前衛でモンスターを受け止め、カイが素早く敵を仕留める。エルネストは慣れないながら必死で回復魔法を詠唱し、パーティ全体を癒してくれる。


「エルさん、ヒールありがとう! すっごく安心できるよ♪」

 シフォンは戦闘後すぐにエルネストを褒める。彼の動きはまだぎこちないが、そこを責めず素直に感謝することで、エルネストは舞い上がるほど嬉しそうだ。


「よかった……僕なんて役に立たないと思ってたけど、シフォンさんがそう言ってくれるなら、もっと頑張る……!」

 エルネストは目を潤ませ、声を震わせる。普段どれだけ孤独だったのか、その反応でわかる。シフォンは心の中でニヤリ。


 グラントが小声で「なんだあのヒーラー、ずいぶん感激してるな」とぼやくが、シフォンは「グラントさんも頼りになるよ。さすがタンク!」と即座にフォロー。カイにも「カイさんの刃はほんと素早くてかっこいい!」と一言。

 こうして少しずつ二人の不満を宥め、エルネストを認めさせていく。


 ダンジョン中盤、ちょっと強めの中ボス:小型クリスタルゴーレムと遭遇。

 グラントがタンクとして前に出る。カイが背後から奇襲をしかける。しかし敵の攻撃でグラントがじわじわ削られ、カイが不意打ちに失敗して少しダメージを負った。

 シフォンは焦ったふりをし、「エルさん、グラントさんとカイさんを回復してあげて!」と甘い声で頼む。


「う、うん、わかった!」

 エルネストは真剣な表情で回復魔法を放つ。癒しの光が二人を包み、体力バーが回復していく。グラントとカイはそのおかげで再び攻勢に転じ、ゴーレムを撃破。

 戦闘後、シフォンは全員を眺め、「みんなすごい、最高だよ! エルさん、回復が神がかってたね♪」と大袈裟に褒める。


「か、神がかってたなんて……は、初めて言われた……!」

 エルネストは頬を赤らめ、頭をぶんぶん振る。自信なさげなヒーラーが自分を認めてもらえたと感じる瞬間だ。


 この一言でエルネストは完全にシフォンに惚れ込んだ。純粋無垢な笑顔で自分を必要としてくれる存在を、どうして見捨てられようか。

 彼は以後、シフォンの頼みなら何でも聞きたくなるだろう。彼女がクエストをやりたいと言えば手伝い、素材集めと言えば同行する。そうやっていずれ、シフォンが一声かけると男たちが競うように助ける理想の状況が整っていく。


 ダンジョン攻略を終え、報酬を手にした後、パーティは町へ戻る。

 その帰り道、エルネストは何度もシフォンに感謝の言葉を口にする。「こんな楽しいパーティは初めて」「僕、もっと頑張るから、また呼んでね!」と瞳を輝かせている。


「もちろんだよ、エルさん! エルさんがいると安心感が違うもん♪」

 シフォンは優しく微笑み、彼の自尊心をくすぐる言葉を続ける。


 傍らでグラントは渋い顔、カイは無言。だが、シフォンは気にしない。彼らはもう陥落済み。多少の嫉妬はあるだろうが、シフォンが時々甘い笑みを向け、「みんな仲間だよ♪」と微笑めば、彼らは黙って従う。


(こうして、また一人増えたわね……うふふ、着々と私の推しメンが揃っていくわ)


 こうして3人目の男性プレイヤー、寂しがり屋のヒーラー・エルネストがシフォンの虜となった。

 あざとかわいい行動と、素直な賞賛と感謝。それだけで彼の心は溶かされ、以後、彼女を支え続ける存在となる。


 「エルさんがいてくれると本当に安心だなぁ……ありがとうね♪」

 街の片隅で、シフォンは最後にもう一度感謝の言葉をかける。エルネストは自信なさそうな笑顔で「う、うん! 何でも言って、僕頑張るから!」と答える。その姿は、完全に彼女を敬愛する忠臣そのもの。


 シフォンはほのぼのと笑みを湛え、「みんな仲良しだね~♪」と無邪気に言う。

 だが、彼女の内心はしたたかだ。ここまできたら次のターゲットを考えなければ。

 冷酷なアサシンも、寂しがり屋ヒーラーも、無骨な戦士も、皆シフォンの手のひらの上で転がされていることに気づかない。彼らは彼女の無垢な笑顔を信じ、競い合うように尽くすのだ。


 こうして、シフォンのハーレム計画は着々と進行していく。

 次はどんな男性が現れ、彼女のあざとかわいさに屈するのか――それはまた別のお話。

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