第2章:冷酷な暗殺者が骨抜き!
VRMMORPG《Twilight Fantasia》正式サービス開始の夜が明け、新たな朝が訪れる。
シフォン(Ciffon)はログインし、プレリュードタウンの宿屋の一室で目覚めた。昨日は初期クエストを終えて、簡単な素材狩りをした後、街の片隅で採取品を売りさばき、小銭を手に入れたところでログアウト。再度この世界へ戻ってきた今朝は、狙い通り、屈強な戦士グラントがしっかりと宿のロビーで待っている。
「おはよう、グラントさん♪ 昨日はありがとう、おかげで助かったよ」
シフォンはあざとかわいく微笑み、昨夜のお礼を伝える。
グラントは少し顔を赤らめ、「お、おはよう。今日はどうする?」と尋ねる。
もうすっかり“専属護衛騎士”状態だ。シフォンはそれを内心で満足げに受け止めつつ、飴を与えるような柔らかい笑みを浮かべる。
「今日はね、ちょっと『お花畑クエスト』をやってみたいんだ♪」
お花畑クエスト――それは街の郊外に広がる小さな野原で、美しい花々を摘み、指定の花冠を作ってNPCに納品するというもの。戦闘要素はほぼなく、収集系のほのぼのクエストだが、完成報酬でかわいい髪飾りやアクセサリがもらえるという噂がある。
シフォンが狙っているのはもちろん「かわいい装備」。戦闘は苦手だし、彼女がこの世界で求めるのは強さではなく愛らしさ。
しかしこのクエスト、ベータ時代に少しだけ記憶がある。確か花畑にはレア花もあり、それを狙ってプレイヤーたちが押し寄せることもあったとか。競争率が高いかもしれないが、ここで自然体を装いながら一石二鳥を狙いたい。
「お花畑クエスト、か。別にいいが、俺がいても何も役に立たないぞ?」
グラントは少し困惑しながら言う。タンク戦士にとって、戦いのないクエストは肩透かしだろう。
シフォンはクスッと笑い、「グラントさんはいるだけで頼もしいよ。だって、もし何か予想外のことがあったら守ってくれるでしょう?」と甘く囁く。
この一言で、グラントはもう反論できない。
「……あ、ああ。もちろんだ」
彼はまるで照れた少年のように少し視線を泳がせる。
そんなグラントを連れて、シフォンは街外れのお花畑へと向かった。
初期狩場より少し進んだ先に、陽だまりのような一角がある。色とりどりの花々が風に揺れ、蝶々が舞う穏やかな草原地帯。ここでは採集スキルを使って花を摘み、指示通りの花冠を作るのがクエストの目的らしい。
シフォンはさっそく採集スキルで花を摘み始める。ピンク色の小花や、青い小さな蕾、細い蔓のような材料が必要だ。
「わぁ、かわいいお花……こうして摘むと、ふんわり甘い香りがするね♪」
さりげなくグラントに振り返って微笑む。
彼は「そ、そうか……俺にはよくわからんが、綺麗なのは確かだな」と不器用に応じる。
(ふふ、やっぱりこういうほのぼのクエストは私のフィールドね)
ところが、その穏やかな空気を裂くように、さっと影が走った。
シュッ、と空気を切る音。視界の端に、黒いマントを翻す細身のシルエットが見える。
シフォンは目を凝らす。
(あれは……アサシン系のプレイヤー?)
ひとりの男性プレイヤーが、花畑の隅でじっと立っている。黒ずくめの装備、顔下半分を覆う布、両腰には短剣がぶら下がっている。まるで闇に溶け込む影法師のような佇まい。
彼が突然、低く冷たい声で言い放つ。
「……花畑でクエストなんて無駄だな」
その目線はシフォンとグラントに向けられている。どうやら同じクエストエリアにやって来て、この行為を見下しているらしい。
グラントは不快そうに眉をひそめ、「何だ、お前……」と声を上げる。
だがシフォンは、むしろこの突っかかり方を待っていた。クールで冷酷なアサシンタイプ、彼女の“次なる獲物”にぴったりだ。
無駄呼ばわりされてカチンとくるかと思いきや、シフォンはふわりと笑顔を浮かべる。
「えへへ、確かに効率的じゃないかもしれないけど……お花、綺麗じゃない? せっかくだから、こういうのも楽しみたいなって思ったんだ♪」
あざとい笑顔で答える。普通、冷酷なアサシンタイプは無駄なことを嫌い、感情を動かされないはず。だが、シフォンには自信があった。この世界において、彼女の魅了は容赦なく効く。
案の定、アサシンは一瞬動揺したように微かにまぶたを伏せる。
「……くだらん。目的もなく花を摘むなど、戦力にならない」
突き放すような言葉。しかし、言葉の裏には戸惑いが見える気がする。
シフォンはここで決定打を与えようと考えた。
この手のクール系男子には、意表を突く可愛らしい行動が効果的。彼は花など興味ないという態度だが、そんな彼に花を贈ればどうなるだろう?
シフォンは手元にある花をいくつか摘み取り、手早く小さな花冠を編む。ベータ時代に練習したことがあるので、手際は悪くない。
そして彼が目を留める間もなく、ふわりと近づき、その頭上に花冠をポンと乗せた。
「はいっ、これ、アナタに♪ すごく綺麗だし、きっと似合うと思ったの」
無邪気な笑顔で贈り物をする。
「な、何を……?」
アサシンは面食らったように目を見開く。黒い布で覆われた顔がわずかに赤らんだような錯覚さえある。
彼はごていねいに花冠を手で押さえながら、「意味がわからん。俺は殺し屋だぞ、花など……」と戸惑いを口にする。
シフォンは微笑んで、相手の目をまっすぐ見つめる。瞳には純粋無垢な輝きを宿して。
「だって、あなた、きっと素敵な人なんだと思うの。こういう綺麗なもの、似合わないはずないよ?」
ここで決して相手を嘲笑したり、からかったりしない。あくまで素直な“信頼の視線”で語りかける。
「な……」
アサシンは言葉を失う。
シフォンはあざとかわいい態度を見せつつ、あえて何も強要しない。「花冠をつけたままにしろ」とも言わない。ただ「似合うと思って」と押し付けがましくない笑みを浮かべるのみ。
グラントが苦々しげな表情で二人のやり取りを見ている。「お、おいシフォン……こいつは怪しい奴だ。近づくなよ」
しかしシフォンはその言葉を笑顔でスルー。「大丈夫だよグラントさん、危ないときは守ってくれるんでしょ?」と軽くフォローを入れ、同時にグラントをなだめる。
今、彼女は次なるターゲットであるアサシンに集中している。グラントに対しては既に陥落済みだし、彼は文句を言いながらも黙って従うだろう。
アサシンは花冠を外すか否か、戸惑っているようだ。その一瞬を逃さず、シフォンはもう一撃加える。
「ごめんね、突然変なことして……でもなんか、あなたのクールな雰囲気に、この色の花が映えると思ったの。私、そういうの好きなんだ♪」
「す……好き……だと?」
アサシンは驚愕の表情。誤解を与えるかもしれないが、ここは計算済み。色味の話だと後で補足できるし、「こういう綺麗なものが好き」であって「あなた自身が好き」とは断言してない。「嫌いじゃない」というニュアンスが十分伝わればいい。
アサシンはきまり悪そうに視線を泳がせる。その仕草は、冷酷な暗殺者らしからぬ初々しさがある。
(よし、効いてる効いてる♪)
シフォンは内心でほくそ笑む。この男はクール系だが、意外と純情らしい。可愛い花冠を頭に乗せられるなんて予想外、動揺は必至。
チャームスキルによる不可視のオーラが、彼の心をじわじわと溶かしているはずだ。
「……俺は『カイ』だ」
不意にアサシンは名を名乗った。
「カイさん……素敵な名前だね♪」
シフォンは喜ぶように声を弾ませる。
「俺は効率重視で動く。こんな花なんかに時間を割く気はなかったが……お前がそこまで言うなら、少しくらい付き合ってやってもいい」
彼はそう言いながら、まんざらでもなさそうな目をしている。完全に心を開いたわけではないが、少なくとも拒絶はやわらいだ。
グラントが苛立たしげに問う。「なぜお前がここにいる? 花畑クエストをバカにしてたじゃないか」
カイは鼻で笑う。「素材が転がっているなら拾う。それだけのことだ。俺が何をしようが勝手だろう」
冷酷な態度を取り繕うが、その頭にはまだ花冠が鎮座している。そのアンバランスさが微笑ましい。
「ふふ、二人とも仲良くしてね♪」
シフォンはあざとい笑顔で、二人の男を眺める。
グラントは「仲良くする気はない」とそっぽを向き、カイは「別に、俺は自分の好きにする」と言い放つ。だが、二人ともシフォンの側から離れない。
その後、シフォンは花畑で必要な素材を摘み、花冠クエストを進めていく。クエストアイテムはランダムポップで手に入りにくいが、カイがすばやく探索し、花が生えているスポットを見つけて教えてくれたりする。「そこに青い蕾があるぞ」「こっちの蔓は希少だ」などと手際よくサポートしてくれるのだ。
口では文句を言いながら、カイはなぜか彼女を手伝っている。
「ねぇカイさん、ありがとう♪ 本当に助かるよ。カイさん、こういうのに詳しいんだね!」
シフォンは素直に褒める。褒めれば男は喜ぶ。まして彼は花のことなんて興味ないはずなのに、こうして働いているのだから、そのギャップを肯定してあげることで、彼のプライドをくすぐる。
「べ、別に詳しくない。ただ目敏いだけだ」
カイはツンと顔を背けるが、その頬はわずかに赤い。
彼はすでにシフォンに惹かれ始めている。しかし元来クールな性格のため、素直にデレることは難しい。それでも彼女の笑顔と感謝の言葉が、少しずつ彼の防壁を崩していく。
一方のグラントは複雑な心境だ。
(何だあのアサシン……シフォンと仲良くなろうとしているのか?)
彼はシフォンに心酔しているが、今こうして別の男が近づいてくることに軽い嫉妬を覚える。
だがシフォンはグラントにも適度に笑顔を向け、「グラントさん、さっき持ってくれた大きな花束、ありがとうね♪ 重かったでしょう?」と感謝する。
彼女は同時進行で二人に優しい言葉をかけ、同時にふわふわとした仕草を見せて彼らの心を惹きつけ続ける。
カイは無言で花冠を戻そうとするが、外そうとしてはためらい、結局頭の上に載せたまま行動する。
それをシフォンは見逃さず、「あ、その花冠、もう気に入ってくれたの? 嬉しいな♪」と冗談めかして笑う。
「ち、違う! ただ外すタイミングを失っただけだ!」
カイは慌てるが、既にその姿は明らかに照れた青年だ。
やがてクエストの必要分の素材が揃い、花冠は完成する。
NPCに渡すと、お礼に小さなアクセサリをもらえた。淡い色合いの花を模した髪飾りだ。シフォンはそれをさっそく装備する。
「わぁ、かわいい……カイさんのおかげ、グラントさんのおかげでできたよ! ありがとう♪」
彼女はニコニコと微笑み、二人を見上げる。
グラントは不機嫌そうな顔をしているが、シフォンに礼を言われてむっとしながらも「べつに、俺は守っただけだ」とそっぽを向く。
カイは「ふん、こんなもの大した価値はないだろ」と言いつつ、頬を赤らめたまま。
この瞬間、シフォンは確信した。カイもほぼ落ちた。彼はクールを装うが、実際はこれ以上突き放す理由を見失っている。ここでトドメを刺す。
「ねぇカイさん、これからも私、いろんなクエストしてみたいなって思ってるんだけど……もしよかったら、また一緒に遊んでくれる? カイさんが見つけてくれた花、すごく助かったし、信頼できるなって思ったんだ♪」
シフォンは小首をかしげ、ウサギ耳アクセを揺らす。これで断られるはずがない。
「お、お前……」
カイは言葉に詰まる。「……別に、遊ぶも何も、俺は暇な時に好きなことをするだけだ。それがお前と重なるなら、仕方ないから付き合ってやってもいい」
決まり文句のようなツンデレ発言。事実上の「OKサイン」だ。
「わぁ、嬉しいな! ありがとう、カイさん♪」
シフォンは満面の笑みで応える。
グラントが「くっ……」と悔しそうな小声を漏らすが、シフォンはそっと彼に微笑みかけ、「グラントさんももちろん一緒だよ♪」と付け加える。こうして男同士の摩擦を最小限に抑える策も忘れない。
結果的に、この花畑クエストでシフォンはクールなアサシン・カイを取り込み、グラントとカイという二人の男性プレイヤーを惹きつけることに成功した。
カイはいつでも彼女の傍にいるわけではないが、興味を持った以上、ふとした時に影のように現れて手助けしてくれるだろう。そんな「サポート役」がまた一人増えたわけだ。
ログインするたび増える推しメン達。まだ始まったばかりだ。
シフォンはしたたかな笑顔を胸の奥に隠しながら、「みんなで仲良くできたらいいなぁ♪」と無邪気な声を上げる。その言葉は表向きの理想論に聞こえるが、現実は彼女が操るあざとかわいい舞台劇。
今日もまた、ひとりの男が彼女に骨抜きにされ、陰で付き従う存在になった。
遠くで吹く風が花畑を揺らし、色とりどりの花弁が舞い散る中、シフォンは微笑み続ける。
この先、さらに多くの男性プレイヤーが彼女の魅了に屈し、ハーレムを形成することになろうとは、その場の誰も確信できない。しかし、すでに二人が揃い踏み。
彼らはシフォンの無邪気なあざとさに囚われ、離れられなくなってしまった。