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第1章:屈強な戦士を悩殺!

 VRMMORPG《Twilight Fantasia》が正式リリースを迎えたその日、世界中のプレイヤーが待ち焦がれた新たな冒険が幕を開けていた。ベータテスト期間を経て、正式サービスとなる今日は、すべてのアバターや所持品が初期化され、改めて最初から始めることになる。

 ベータテスターたちはテスト時の知識こそ持っているものの、アイテムもレベルも初期状態に戻っているため、一般プレイヤーとほとんど同じ条件だ。しかし、ベータテスターには一つだけ特典があった。それは限定種族の選択権。彼らはベータ限定で選べた特別な種族やクラスを、正式版でも引き継げる権利を得ている。


 その中で、ひときわ注目されている小妖精族フェアリーのプレイヤーがいた。

 名前はシフォン(Ciffon)。

 ベータテスト時代、彼女は可愛らしい外見で界隈の一部から密かに話題になった人物だった。パステルカラーのふわふわロングヘア、フリルたっぷりの淡い色調の魔導服、頭にはウサギ耳風のアクセサリ。そんな「あざとかわいい」装備で世界をちょこまかと駆け回る姿は、ベータ中にごく一部のプレイヤーに印象を残している。

 もっとも、ベータ中は皆テストに集中しており、彼女の意図を見抜いた者は少なかった。その愛らしい仕草や言動は「ただの天然か、癒し系プレイヤーなのかな」と思われていたのだ。しかし、それは大きな誤解である。


 シフォンは意図的に「あざとかわいい」を演出している。

 リアルの彼女は、ゲーム内ほど甘い声や仕草を振りまくタイプではない。だが、このVR世界で可憐なフェアリー娘として振る舞うと決めた時点で、彼女は役に没頭することにした。

 ――この世界であざとさを極めれば、周囲の男性プレイヤーを次々と自分の味方にして楽できるに違いない、と。

 彼女が狙うのは強さではない。可愛い装備、きれいな風景、楽しくほのぼの遊ぶ時間。戦闘は苦手だが、代わりに強い仲間を増やせばいい。無自覚ではなく、完全に自覚的な戦略である。

 ベータ中もひそかに試し、効果を実感していた。そのため今回は正式サービス開始と共に、最初から狙い撃ちで、「あざとかわいい」行動で周囲を魅了する作戦に出たのだ。


 そして、今、正式サービス開始から数十分後。

 大都市プレリュードタウンで初期リスポーンしたシフォンは、予想通り大量のプレイヤーでごった返す中心広場を避け、人通りの少ない裏通りへと足を運んでいた。

(さぁて、今回はどうやって最初の「攻略対象」を落とそうかな……)

 彼女は目を細め、周囲を見回す。強く頼れる男性プレイヤーがいれば、すかさず引き寄せ、初心者クエストの護衛をしてもらいたい。

 VRゲームとはいえ、ここは一種の“社交界”なのだ。リアルの容姿に関わらず、このアバターなら誰でも魅了できる。ましてやシフォンには自分でも気づいていない特殊な「魅了チャーム」スキルが潜在している。ベータで何度か遭遇した男性プレイヤー達の反応で、その効果に薄々勘づきつつある。要は、あざとさ全開で微笑みかければ、相手は簡単にコロリと落ちるというわけだ。


「えへへ……今日もいっぱい褒めて、いっぱい甘えちゃおう♪」

 シフォンはほほ笑む。ウサギ耳アクセがピコリと揺れ、フリルがふわりと揺らめく。自分が今、どれだけ可愛く見えているかを自覚した上での演出だ。


 その時、路地の暗がりから、無骨な男が姿を見せた。

 鍛え抜かれた体躯、粗い金属鎧、背中には巨大な両手剣。典型的なタンク職戦士の出で立ちだ。

 彼の名はグラント。

 いかにも無愛想そうな表情で、通りかかるシフォンを一瞥する。何か言いたげな眼差しだが、特に話しかける気配はない。

(おっ、いかにも硬派なタンクタイプ発見♪)

 シフォンは心の中でニヤリとするが、顔には出さない。ここはあざとく近づいて、迷子の初心者を装うといいかもしれない。

 手元にあるのは初期クエスト受注のための簡易チュートリアル情報だけ。NPCガイドは広場にいるはずだが、その位置をあえて外したのはこういう時のためだ。


「うぅ……あれれぇ? ガイドNPCさん、どこかなぁ……」

 わざとらしく弱々しい声を上げ、キョロキョロとあたりを見回すシフォン。その仕草は小動物のようで、自然と相手に「助けてやらなきゃ」という気を起こさせる。

 グラントはちらと彼女を見る。

「……そっちじゃない。初心者なら大通りでガイドを探せ」

 無愛想な声、まっすぐな指摘。シフォンはパッと彼の方を向く。

「あ、そ、そうなんだ……ありがとう教えてくれて! えへへ……私、初めて正式サービスに入ったばかりで……」

 ここで「初ログイン」とは言わずに、「正式サービスに入ったばかり」と言い換えることでベータ経験者であることとの整合性をとる。ベータのデータがリセットされ、今日が新規スタートという意味だ。


 彼女は慣れた調子で自分の二の腕を少し抱きしめるような仕草をして、小首をかしげる。

「実はベータからやってたんだけど、正式スタートしたら皆一斉にやり直しだから……なんだか、また迷子になっちゃって。あっちの広場は人が多くて、私ちょっと怖くなっちゃって……」

 弱気を見せて相手の保護欲を刺激する作戦だ。彼女は、あざとく困ったような笑顔を見せる。

 グラントは腕組みをしていたが、その表情にはわずかな柔らかさが生まれている。

「ふん……初心者エリアで怖がることもないが、人混みが嫌なら裏通りはもっと危ない。盗賊NPCに狙われるぞ」

 無愛想に言い放つが、それは実際に心配している証拠だ。シフォンは心の中でガッツポーズ。


「そ、そうなんだ……知らなかったよ。ごめんね、なんか迷惑かけちゃったかな……でも教えてくれてほんと助かった♪」

 笑顔で礼を述べ、軽くペコリとお辞儀。ウサギ耳アクセがふるふると揺れ、そのささやかな動きで男性心をくすぐる。

 グラントはすぐに目をそらすが、わずかに頬が赤くなっているように見える。

(よしよし、早くも反応あり♪ 実直な戦士タイプは、こういう健気ムーブが効果的ね)


 その時、路地の奥から不穏な音が響いた。唸るような低い咆哮。

 姿を現したのはイノシシ型モンスター《ブラッドボア》だ。初心者がいきなり遭遇するにはやや手ごわい相手。

 シフォンはわざと弱々しく後ずさりした。

「きゃっ、な、なにあれ……怖い……!」

 本当はベータで何度か見たことがあり、危険度は知っているが、あえて怯える演技をする。モンスターの出現はチャンスだ。ここでグラントが彼女を守れば、その恩義でより深く彼を引き寄せられる。


「下がってろ。俺がやる」

 グラントは大剣を鷲掴みにし、真っ向からモンスターに立ち向かう。タンク職らしい豪胆さ。

 シフォンは一歩彼の背後へ隠れ、わざとらしく声を震わせる。

「う、うん……ごめんね、私、戦闘得意じゃなくて……お願い……」

 「お願い……」の言い方は、蜜をたっぷり含んだ甘い声。魅了系スキルがスパークしているに違いない。


 グラントはその声に一瞬動揺したようだが、すぐに集中を取り戻す。ブラッドボアの突進を受け流し、重い剣撃を叩き込む。手慣れた戦いぶりは流石ベータ経験者といったところ。タンク職とは言え、火力もそこそこ高いようだ。

 激しい攻撃の応酬が数合続き、やがてグラントの一撃がモンスターの急所を捉える。ブラッドボアは消散し、その場には何か素材アイテムが落ちるのみ。


「す、すごい……グラントさん、すごいよ! あんな怖いモンスターを一人で倒しちゃうなんて、めちゃくちゃかっこいい……」

 シフォンは胸の前で手を合わせ、瞳をキラキラ輝かせて称賛。ここで「かっこいい」と素直に褒めることで彼の自尊心をくすぐる。

 彼女は自覚している。男は褒められると弱い。特に硬派な戦士タイプは、思わぬ純粋な賞賛に弱いのだ。


「べ、別に大したことじゃない。初心者狩場の雑魚だ」

 グラントは視線を逸らし、つっけんどんな返しをするが、その頬は再び赤みを帯びている。どうやら先ほどの戦闘で軽い高揚感もあったようだし、彼女からの無垢な賞賛が追い打ちをかけている。

(よし、いい感じ♪ もっと褒めて、もっと優しさを引き出そう)

 シフォンはさらにもう一押し、そっと近づいて、上目遣いで見つめる。

「でも、私、すごく嬉しいよ。グラントさんが守ってくれたから、安心できたもん……ありがとう♪」

 「ありがとう♪」という言葉を甘え声で紡ぐ。しぐさは清純、声は甘美。このコンボは多くの男性プレイヤーにとって劇薬だ。


 グラントはごくりと喉を鳴らし、言葉に詰まる。

 彼女がこの世の天使か何かのように思えてきたかもしれない。

 シフォンは確信していた。彼はもう自分に好意を持ったはずだ。

(ここで離さず、もう少し近づけば……狩りのお手伝いとか、護衛とか、お願いできるよね)


「ね、グラントさん……私、まだこの世界で右も左もわからなくて……本当はガイドNPCさんに初期クエストを聞いて、それから簡単な狩りとかしたかったんだけど、一人じゃ不安で……」

 甘えた声で不安を訴え、唇をわずかに尖らせる。よく少女漫画で見る「困ったなぁ」の表情を、わざとらしくない程度に演技する。

「もしよかったら、少しの間でいいから、私に付き合ってくれないかな?グラントさんが一緒にいてくれたら、私、安心できると思うの……」


 彼女の言葉は破壊力抜群だ。すでに半分心を掴まれたグラントにとって「守ってほしい」と頼られることは最高の報酬にも等しい。

「……仕方ないな」

 彼はわざと気だるそうに答えるが、その目はどこか得意げだ。

「ここから広場へ出れば、初心者向けガイドNPCがいる。案内してやるよ」

「わぁ、ありがとう! グラントさん優しい♪」

 シフォンはぴょこりと飛び跳ねて喜ぶ。ウサギ耳アクセサリがピコピコ揺れ、フリル服が舞う。この無邪気な仕草ももちろん計算ずく。

(これで彼はもう私にゾッコン♪ 序盤の雑用は彼に任せて、楽々スタートを切れそうね)


 こうして二人は裏通りを抜け、石畳の路地を歩き始める。

 通りすがりのプレイヤーたちが、無骨な大剣士と可憐なフェアリー娘の組み合わせに目を留める。中には「あれは限定種族のフェアリーか……可愛い」「うわ、あのタンク超ラッキーだな」などと囁く者もいる。


 グラントは少し気恥ずかしそうだが、顔を伏せながらシフォンの先導役を務める。

 シフォンはその横で「あっ、あのお店かわいい♪」「わぁ、あそこに美味しそうな果物屋さんがあるよ」と軽いトーンで話しかける。彼がどれだけ自分を見守っているか、感じ取れるようにアピールするためだ。

 グラントは「寄っていくか?」と聞きたいような、でも恥ずかしくて言い出せないといった様子を見せる。それがまたシフォンには愛らしい。


 やがて広場に到着。ガイドNPCが所定の位置でプレイヤーを待ち受けている。

「ここがガイドNPC。お前はここで初期クエストを受ければいい」

「ほんとだ……教えてくれてありがとう、グラントさんがいなかったら絶対迷子のままだったよ」

 シフォンはお礼を言い、NPCに話しかける。基本的なクエスト情報を確認し、初期装備や回復アイテムを受け取る。

 ここで普通なら「あとは頑張れ」と別れるところだが、シフォンは戦闘が苦手だというフックを既に仕掛けている。グラントは自分がいないと彼女が困ると思っているはず。


「これで準備完了だよ!」

 シフォンは手を叩いて、ニコッと笑う。

「でも……ちょっと狩りに出て素材集めしたいけど、やっぱり一人で行くのは不安で……」

 彼女は上目遣いでしょんぼりした顔をする。これが彼女の必殺技。すでに高まっているグラントの保護欲を最高潮に引き上げる。


「……ついていってやるよ。初心者狩場まで、護衛する」

 グラントが言葉に詰まりながらも申し出る。

「わぁ、本当!? 嬉しい! ありがと~グラントさん♪」

 シフォンは彼の腕の近くでスキップするような仕草を見せる。もちろん腕に触れるまではしない。あくまで可憐さと無邪気さを保ち、過度なボディタッチは避ける。この微妙な距離感がまた、彼をドキドキさせるのだ。


 その後、二人は初心者向けのフィールドへ向かう。

 道中、シフォンは「グラントさんって、どうやってそんなに強くなったの?」「ベータの時からタンク職だったの?」などと素朴な質問を投げかける。

 グラントは照れながらも答える。「ベータからタンクをやっていた」「仲間とダンジョン攻略をした」など、彼なりに思い出話を聞かせる。

 シフォンは「へぇ~、すごい!」「頼れるなぁ!」とキラキラした目で返事。男は自己顕示欲を満たされるとますます気分が良くなる。

 こうして、着実に彼をシフォンの“護衛騎士”へと調教していく。


 初心者フィールドでは弱いスライムや小型狼などが出現する。シフォンはわざと魔法詠唱に時間をかけ、当たらないような位置取りをしてグラントに盾になってもらう。

 「すごい、グラントさんがいると安心だな!」と甘えれば、彼はさらに張り切り、ほぼ一方的にモンスターを倒してくれる。

 シフォンは素材を拾うだけで楽々成長。戦闘経験値も入るし、グラントが自分を気に入っていれば、後々レアアイテムを譲ってくれるかもしれない。


(順調順調♪ この世界、男の人たちほんとちょろいなぁ……)

 心中で舌を出しながらも、顔は天真爛漫な笑顔のまま。シフォンは軽やかにフェアリー服を揺らし、あざとかわいく振る舞う。


「……シフォン、その……そろそろ休むか?」

 彼女を気遣うようにグラントが声をかける。それはまるで紳士のような振る舞いだ。最初は無骨だった男が、もうすっかり彼女に対して優しげな雰囲気を見せている。


「うん、ありがと。グラントさん優しすぎる~♪」

 シフォンは膝を軽く曲げ、両手を胸の前で組んでほっこりした笑みを浮かべる。完全に彼は彼女に心酔してしまっているように見える。

 そう、これこそが彼女の戦略だ。強い男性プレイヤーの心を無自覚(実は自覚的だが)に溶かし、自分を守る盾に仕立て上げる。

 この後、シフォンはさらに新たな出会いを求め、いろいろな男性プレイヤーと接触していくことになる。彼らが“推しメン”となり、シフォンを崇拝し、競い合うハーレムを築くなど、彼女はまだこの先の展開を楽しみに思い描いている。


(さて、次はどんなタイプの男を攻略しようかな? クールなアサシンとか、優しいヒーラーとか……ふふふ♪)

 そんな考えを巡らせながら、シフォンはグラントに微笑みかける。

 グラントは顔を赤くしつつ、「これからも俺が守ってやる」と半ば独白のように呟く。

 彼女が望めば、彼は必ず手を差し伸べるだろう。その思惑通りの展開が、シフォンを内心でほくそ笑ませる。


 こうして、あざとかわいいフェアリー娘・シフォンの冒険は始まったばかりだ。

 正式サービス初日から既に一人のタンク戦士を完全に虜にし、護衛騎士として確保することに成功した。

 彼女は笑顔で「みんな仲良くしようね♪」と口にするが、内心はしたたかだ。この世界ではあざとさこそ最強の武器。魅了の力で、ログインするたび推しメンが増えていく。それが彼女の計画であり、目的でもある。


 誰もが気付かぬうちに、彼女のハーレムが静かに形成され始める――その記念すべき第一歩は、屈強な戦士・グラントを悩殺することで達成されたのである。



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